第三十二陣 空飛ぶ船と新大陸からの使節
大秦国との国境近くに広がる、インペトラル帝国軍前線基地。
空を覆う鉛色の雲と同化するように、巨大な工場群から絶え間なく漆黒の煤煙が吐き出されていた。
鼓膜を揺らすのは、金属が悲鳴を上げて砕かれる轟音。
薄暗い視察通路から眼下の巨大な溶鉱炉を見下ろしていたのは、帝国軍参謀のイワンだった。
「……ふむ。かつての名機も、溶ければただの鉄塊に過ぎないな」
感情の無い乾いた声が響く。彼の視線の先では、龍京攻防戦後に回収された一部の有人機が、巨大なプレス機によって容赦なくスクラップにされ、次々と炉へ放り込まれていた。
背後に控えていた副官が、顔を青ざめさせながら口を開く。
「イワン参謀……よろしいのですか? 先の戦いにおいて、回収された無人機巧兵の残骸は確かに再利用すべきでしょう。ですが、残存している有人指揮官機まで炉にくべるとは……。あれは我が軍の誇り高き騎士たちの搭乗機ですぞ」
「誇り高き騎士の搭乗機?」
イワンは眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、ひげを蓄えた口元に冷めた笑みを浮かべた。
「そのような旧態依然な要素に依存したことが、今回の『作戦』に狂いを生じさせた要因とは思わないかね?」
イワンは手元の分厚い計画書を一瞥する。そこに記されているのは、帝国の工業力を結集した「完全自動化兵器群」の生産ライン図面だった。
「これより我が軍に、個人の技量など必要ない。求められるのは、性能を向上させた無人機の大軍だ。大秦国と皇國の脆弱な同盟など、圧倒的な物量による緻密な波状攻撃ですり潰せばいい」
イワンの背後で、新たな生産ラインから生み出された無塗装の量産型無人機巧兵が、不気味なほどの一糸乱れぬ動きで整列していく。
感情を一切排した計画経済が、北の大地で静かに胎動を始めていた。
* * *
一方、帝国からの奪還の歓喜に沸く大秦国の首都、龍京。避難していた住民たちも戻り、街は活気に溢れている。しかし、尋人たちは、帝国の反攻作戦を警戒し、未だ龍京に留まっていた。
修復作業が進む街の中心にある宮殿のテラスで、手すりに寄りかかりながら遠くの空を見つめていた尋人の隣に、凛が静かに歩み寄ってきた。
「……尋人。先ほど、皇國代表団と女帝陛下の間で、大日本皇國と大秦国の同盟が正式に締結されたそうだ」
「そっか……。俺たちの戦いの結果が、国同士の付き合い方にまで、影響を与えたんだな……」
「ああ。長年対立していた両国が、手を取り合う。お前が繋いだ縁だ」
凛は誇らしげに微笑むが、尋人の顔は晴れなかった。
「でも、インペトラル帝国が、このまま黙って引き下がるとは思えないんだよな……」
――ゴォォォォォォォォォォ……!!!
その時だった。
龍京の空を震わせるような、重低音が轟いた。
街の喧騒が一瞬にして静まり返る。次の瞬間、雲海を切り裂くようにして、一隻の巨大な鋼鉄の船が青空のもとに姿を現した。
「な、なんだあれは……!!」
この世界で初めて目にする「空飛ぶ船」に、凛は目を見開いて絶句する。だが、その隣で尋人は、空を見上げながらぼんやりと呟いた。
「へえ……この世界にも飛行船ってあるんだなぁ……」
「ひ、尋人!? お前、何故そんなに落ち着いているのだ?」
「あ、いや……えっと、びっくりしすぎて声が出ないだけ」
慌てて取り繕う尋人の背後から、白龍が驚きと警戒の入り混じった表情で駆けつけてきた。
「あれは合衆国の船だ。我が国が復興と軍事支援の要請を打診していた新大陸の工業大国。――まさか、これほどの新技術を持っていたとは……!」
* * *
それから、小一時間後。
宮殿の敷地内にある迎賓館は、異様な緊張感が漂っていた。
大秦国と大日本皇國のトップ層が円卓を囲む中、その中央に堂々と座っているのは、一人のうら若き女性だった。深紅のフォーマルドレスにボレロジャケットを羽織った合衆国の特命全権公使――グロリアである。
その円卓の末席には、尋人の姿もあった。大秦国の女帝・瑛華からの「龍京奪還の最大の功労者にして、知恵者の尋人の意見も聞きたい」という強い要望により、分隊長の凛とともに、特例で同席を許されていたのだ。
「タイム・イズ・マネーよ。単刀直入に言うわ」
グロリアは真っ赤なルージュを引いた唇を吊り上げ、扇子をパチンと鳴らした。
「あなた方の支援要請には現状ではお応えできない。仮に支援したところで、今のあなた方では、いずれインペトラル帝国に圧倒されるわ」
「なっ……!! 無礼であろう! 我々を愚弄する気か!!」
大秦国の将校が机を叩いて立ち上がるが、グロリアは冷徹な目で彼らを睨むと一蹴した。
「事実を言ったまでよ。確かにあなた方の国も造兵廠を建て、工場の近代化を進めているわ。でも、結局は兵器ごとに規格の違う部品を生産して、最後は熟練の職人がヤスリで削って現場合わせで組み立てている状態。先の戦いは、ご自慢の機巧武者とパイロットの質で何とか押し切ったみたいだけど……」
グロリアは手元の資料を円卓に放り投げた。
「そんな一か八かみたいな戦い方じゃ、帝国が本格的に無人機巧兵の量産体制を整えたら、衆寡敵せず、あっという間に飲み込まれるわよ」
反論できる者は誰もいなかった。確かに先日の戦いも薄氷を踏むような勝利だった。あれ以上の大軍で攻め込まれたら、次は凌げるかどうかわからない。
重苦しい沈黙がその場を包み込む。尋人は、グロリアの発言を聞きながら、腕を組んで考えた。
(……なるほど。機巧武者とかこの世界の技術半端ないなぁと思ってたけど、現代の日本の工場ほどは、進んでないところもあるのか……)
「あの……だったら、部品の規格を完全に統一して、互換性を持たせればいいんじゃないですか? ポン付けで交換できるように」
尋人は何気なく、思い付いたことを口にした。
会議室の全員の視線が、一斉に末席の尋人へ突き刺さる。
「あ、それに、人が動いて組み立てるんじゃなくて……ベルトコンベア、つまり動く作業台みたいなもので流して、作業員は自分の持ち場を動かずに、同じ単純作業を繰り返すようにすれば、効率も上がるんじゃ……」
シーン、と静まり返る室内。
皇國や大秦国の重鎮たちは、尋人が何を言っているのか全く理解できず、呆然としている。余計なことを口走ったかと、尋人は下を向いて頭を掻いた。
だがその瞬間。ガタッ!! と激しい音を立ててグロリアが椅子を蹴飛ばすように立ち上がった。
先ほどまでの不敵な笑みは完全に消え去り、その目は限界まで見開かれている。
「……ちょっと、そこの少年!」
グロリアの放った甲高い声が、凍りついた室内に響き渡る。
「あなた……自分が今、何を言ったか分かっているの!?」
詰め寄る彼女の凄まじい眼光に、尋人がたじろぐ。
彼の何気ない一言が、この世界に第二の産業革命を巻き起こそうとしていた。
尋人の何気ない発言で、会議の行方が思わぬ方向に傾いて……?
次回も、お楽しみに!
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