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剣道七級の俺が、異世界で鋼鉄の「機巧武者」を駆り、帝国の蒸気演算を粉砕するまで 【全61話・執筆済/明日完結!】  作者: 角乃とうふ
第六章 女帝の帰還

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第二十六陣 敗走のロジスティクス

 インペトラル帝国軍が、大秦国の首都龍京(りゅうけい)牌坊(はいぼう)をくぐった時には、大秦国軍はおろか非戦闘員一人いない、もぬけの殻だった。


 地平線を埋め尽くすように進軍してきた帝国の無人機巧兵(スチームドール)団。その圧倒的な物量を前に、大秦国の女帝・瑛華(えいか)は、街と味方の被害を最小限に留めるため、早々に都からの撤退を決断していた。

 その英断のおかげで、龍京の外郭は激しい炎に包まれたものの、主要市街地と民衆の虐殺という最悪の事態は避けられていた。だが、さしたる抵抗を受けずに龍京を占拠した帝国軍の追撃が、すぐそこまで迫っていることに変わりはない。多くの避難民と傷ついた将兵は、パニック状態で南方へと逃れる過酷な撤退戦を余儀なくされていた。


 * * *


「おい!! 前の蒸気荷車、早く動かせ! 敵に追いつかれるぞ!」

「無茶言うな!! 荷台の車輪が泥に嵌まってるんだ!」

「身の回りの物を捨てろ! 命の方が大事だろうが!!」


 叫び声、悲鳴、赤子の泣き声が、壊れかけの蒸気機関の排気音と混ざり合って、街道の泥濘(ぬかるみ)に響き渡っていた。

 南方へと続く一本道は、乱雑に荷物を詰め込んだ大型の蒸気運搬車や荷馬車、放置された荷物、そして着の身着のままで逃げてきた人々によって完全に埋め尽くされ、最悪の大渋滞を引き起こしていた。このまま帝国軍の追撃を受ければ、背後から一方的に蹂躙されてしまう。


「……ひどいな。これじゃあ、戦う前に全員追いつかれちゃうぞ」


 前線から撤退して敗残軍に追いついた尋人は、クラウスのコックピットから街道の惨状を見下ろして眉をひそめた。

 隣には、白銀の装甲に深く傷を負った氷閃(ひょうせん)が、沈痛な気配を纏って佇んでいる。操縦席に座る白龍(ばいろん)の、悔しさに歯を食いしばる気配が通信越しにも伝わってきた。


「私のせいだ……。瑛華様がせっかく街を護るために撤退を決めてくださったのに、民をこんな危険に晒してしまうなんて……! これでは何のための撤退か分からない!」

「白龍、自分を責めるな。悪いのは奇襲を仕掛けてきた帝国の連中だ」


 尋人は白龍をなだめながら、コックピットの窓から街道の様子をじっと見つめた。

 過去の記憶が、尋人の脳裏でふと蘇る。


(なんだ、あの荷物の積み方は……。バラバラに突っ込んであるから、荷崩れして余計に時間がかかってるんだ。まるで、あの最悪だった年末の配送倉庫の現場みたいじゃないか)


 思い出すのは、去年の冬休み――年末の繁忙期に小遣い稼ぎのためにやった配送倉庫での短期バイトの日々だ。

 あの時、口の悪いバイトの先輩に怒鳴られながら叩き込まれた「段ボールの詰め込み方の基本」と「整理整頓のコツ」。


(トラックに荷物を積む時は、重いものが下、軽いものが上。隙間なくきっちり詰める。位置を固定する。そして、運ぶ人とかフォークリフトとか、それぞれの移動速度に合わせて動線を分ける。……ただそれだけの仕分けで、あの大混雑していた倉庫内が劇的に流れるようになったんだ。ここでも、応用できるかも――)


「……やるしかないか。白龍、女帝陛下に繋いでくれ。俺に、この街道の荷物整理と、移動ルートの指示を出させてほしい」

「え……? 佐藤、お前、何を言うのだ。このような大混乱の中、皇國の、それも士官でもないお前の言うことなど誰も聞かんぞ」

「だから、女帝陛下の言葉が必要なんだ。お願いだ、信じてくれ!」


 尋人の勢いに、白龍は一瞬気圧されたように押し黙ったが、やがて意を決して頷いた。


「……わかった。瑛華様は現在、脱出用指揮車輌で移動中のはずだ。至急、直通回線を開く!」


 数分後。尋人の提案を聞いた瑛華は、その意図を瞬時に理解し、大秦国の軍用回線と拡声器へ直接、その堂々とした声を響かせた。


「大秦国の将兵、ならびに我が民草よ。女帝・瑛華である。これより、皇國の特務隊員、佐藤尋人に撤退の差配を預ける。彼の指示は我が(めい)と思え。全員、一糸乱れぬ統制をもって、その言葉に従うが良い」


 最高権力者である女帝からの直接の呼びかけに、街道の将兵や民衆のざわめきがピタリと止まった。誰もが驚きに目を見開く中、尋人はエレナが用意した拡声器を使って、倉庫バイト時代に叩き込まれた「手順」で明確な指示を飛ばし始めた。


「みんな、落ち着いて聞いてくれ! まず、車両に積んである荷物を整理するんだ。食料や医療品、燃料ごとに分けてくれ! 荷物を積む時は、重い燃料や木箱を下にして、軽い医療品や衣服を上に積む! 隙間を作らずに、お菓子の箱をきっちり詰めるみたいに並べるんだ。これで荷崩れしなくなるし、運搬効率が上がって余計な車両を減らせる!」


 尋人の指示に合わせ、通信車に乗る詩織が素早く動いた。尋人の意図を汲み取り、荷物の正しい積み方を分かりやすく描いた簡易的な図面データを、各大秦国軍の指揮官の端末へと一斉に転送・共有していく。


「それから、移動する場所を分ける!」


 尋人の指示は続く。


「スピードの出る大型の蒸気車は右側を走ってくれ。足の遅い荷馬車や、歩いている人は左側だ。動く速さが違うものがごちゃまぜになっているから、詰まっちゃうんだよ。お互いの通り道を分ければ、スムーズに進めるはずだ! 街道の曲がり角にある障害物は――」

「合点承知の助だ! あたしに任せな!!」


 尋人の言葉に応じるように、機巧甲冑「金剛」を纏った蘭が飛び出した。街道の隅で立ち往生していた巨大な壊れた車両や岩を、強靭な腕力にものを言わせ、次々と路肩へと片付け、道を切り拓いていく。


「な、なんだこれは……。さっきまでの大渋滞が、みるみるうちに解消されていくぞ……」

「信じられん。ただ荷物の置き方と、通り道を分けただけなのに、あれほど滞っていた列が、目に見えてスムーズに前へと進んでいく……!」


 それは、大秦国の人間にとっては魔法のような光景だった。しかし尋人にとっては、日本の配送倉庫や、日常の交通整理で誰もが目にする「当たり前の工夫」に過ぎない。倉庫でのバイト経験をヒントにした素朴なアイデアが、大秦国軍の窮地を確かに救いつつあった。


 混乱していた敗走の群れが、滔々(とうとう)と流れる大河の如く動き始め、大秦国軍と民衆は驚くほど滞りなく南方へと後退していく。


 しかし、尋人の表情は晴れなかった。

 どれだけ移動がスムーズになろうとも、背後に迫る危機が消えたわけではない。


「これでみんな、早く動けるようになった。だけど……」


 尋人は険しい表情で霊子硝子盤の戦況マップを見つめる。詩織の情報分析から断続的に更新される地図に示された、帝国軍を示す赤い部隊記号は、背後からじわじわとその距離を詰めていた。

現代知識を生かして、敗走を手助けする尋人。

次回、迫り来る帝国の追っ手に、殿を引き受ける一人の少女が立ち向かいます!


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