第二十一陣 嵐の前夜、それぞれの想い
大秦国の最前線基地。一時的に帝国軍の先遣隊を退けた尋人たち六花分隊は、損傷した機体の整備と補給のため、そこに身を置いていた。
夜の帳が下り、基地内には蒸気機関の排熱と、焚き火の爆ぜる音が混ざり合っている。
「……驚いたな。佐藤の指示通りに動くと、霊子消費が三割は減る」
白龍は愛機氷閃の傍らで、驚きを隠せずにいた。彼女は長袖シャツにパイロットスーツの袖を腰に結んだ、気取らない恰好で尋人と向き合っていた。
「君の腕は超一流だけど、少し、目の前の相手との一騎打ちに集中しすぎているんだ。複数を相手にする時は、全員を視界の隅に置きながら、自分が攻める番と守る番のテンポを一定に保つ。それが、囲まれずに効率よく倒すコツだよ」
尋人は、かつてやり込んだゲーム――TPSの経験を、噛み砕いて伝えた。
白龍はその言葉を反芻するように頷く。孤独に戦ってきた彼女にとって、自分の実力を認めつつ、対等な「戦友」として言葉をくれる尋人の存在は、何より心強かった。
「佐藤……お前は不思議な男だ。私の素顔を見ても、態度を変えぬのだな」
「男とか女とか以前に、俺たちは背中を預け合う仲間だろ」
尋人の真っ直ぐな言葉に、白龍は少しだけ照れたように視線を逸らした。
「……背中を預け合う、か。心地よい響きだな」
ぽつりと呟いた彼女の冷えた手を温めるように、尋人は用意していた木製のお椀を差し出した。
「はい、これ。皇國の俺の下宿で、お千代さんが持たせてくれた『味噌玉』で作ったスープ……味噌汁っていうんだ。冷めないうちにどうぞ」
「みそ、しる……?」
聞き慣れない異国の料理に、白龍は首を傾げながらもお椀を受け取った。大秦国の香辛料が効いた料理とは違う、どこか素朴で、深く芳醇な香りが湯気と共に立ち上る。
慎重に口をつけ、一飲みした瞬間――白龍は驚きに目を丸くした。
「っ……! なんだ、これは。体の芯から温まるような、深く優しい味がする……。このような美味、初めてだ!」
「口に合って良かった。大秦国の戦場は夜になると冷え込むから、ちょうどいいと思ってさ。あ、皇國では、これを毎朝飲むのが定番なんだよ」
尋人が微笑むと、白龍は名残惜しそうに汁をすすり、夜空を見上げた。
「毎朝、か。皇國には、このような温かさがあるのだな。……いつか、物見遊山で行きたいものだ」
「うん。その時は、俺が案内するよ! あっ、俺も案内出来るほど詳しくないんだった……」
言ったそばから、尋人はバツが悪そうに頭を掻く。その姿を眺めながら白龍は小さく微笑み、もう一度、愛おしそうに温かいお椀を両手で包み込んだ。
***
その頃、整備区画の暗がりでは、エレナが一人、新型クラウスの主制御盤の前にいた。接続した霊子演算器を震える指先でタイプする。父アーサーから命じられた「機密情報の回収」だ。
この情報を手に入れることが、不列顛王国が皇國と手を組んだ不皇同盟の真の目的であり、そのためにアーサーはエレナを、技術顧問の名目で特務隊へ潜り込ませたのだった。
(お父様……。今頃になって、こんなスパイの真似事みたいなことをさせるなんて。でも、このデータは霊子変換のコア部分だけじゃない……ヒロトと一緒に、詩織さんと一緒に、みんなで作り上げたものなのに)
青白い燐光を放つ硝子盤に浮かび上がる、尋人の戦術ログや、機体の霊子追従情報。そこには、ただの数値ではない、彼らの「想い」が宿っていた。エレナは唇を噛み、転送開始のボタンに置いた指を止める。諜報員を務めるには、エレナは六花の仲間と親しくなり過ぎていた。
「エレナさん? こんなところで何を……」
背後からかかった弥生の声に、エレナは肩を跳ねさせた。
「あ、弥生! ええと、その、霊子圧力計の微調整をね!」
「……そうですか。いつも遅くまでありがとうございます。私なんて、後方で霊子補給や皆さんの回復をすることしかできなくて……。でも、エレナさんはクラウスをあんなに強くして、六花分隊を支えている。本当にすごいです!」
弥生は、尊敬のこもった純粋な瞳でエレナを見つめた。
「でも、無理はしないでくださいね。エレナさんが倒れたらと思うと、私心配で……」
衷心からの弥生の気遣い――その優しさが、かえってエレナの胸に鋭い棘となって突き刺さる。自分は仲間を裏切り、大切な情報を盗み出そうとしているのだ。その罪悪感に胸が締め付けられ、息が詰まりそうになる。
「……うん、ありがとう、弥生。もう休むよ」
絞り出すように答えるのが精一杯だった。弥生が安堵して去っていく後ろ姿を見送りながら、エレナは暗闇の中で激しい自己嫌悪にさいなまれていた。涙が溢れそうになるのを堪え、拳を強く握りしめる。その指先が、血の気が引くほど白くなっていた。
***
その頃、大秦国の首都龍京の宮殿内。
本陣から帰還した女帝・瑛華は、白龍から転送されてきた戦況報告に目を通していた。そこには、六花分隊、特に佐藤尋人を称賛する言葉が溢れている。
「佐藤尋人、か。あの娘の心をこれほど短期間で開くとは……」
彼女の脳裏には、先ほど見た戦場での二機の残像が焼き付いている。
深緑のクラウスが敵を引き付け、白銀の氷閃が仕留める。その動きは、もはや双頭の龍の如くだった。
瑛華は、蒸気端末を閉じると、窓際に近づき、夜空に浮かぶ下弦の月を眺めた。
「確かに心地良い風が吹いた。しかし、これは嵐の前のささやかな猶予に過ぎぬ……」
瑛華はこれから訪れるであろう、さらなる波乱を見据えていた。
***
同日同刻。インペトラル帝国前線基地司令部。
参謀のイワンは一人、チェスの盤面に向き合っていた。
「興味深い。個の武勇に頼らず、システムとして戦場を支配しようとする者が皇國にもいるとはな。だが――」
彼は盤上の黒いポーンを一つ進め、冷徹な笑みを浮かべる。
「圧倒的な物量の前に、その小細工がどこまで通用するか。試させてもらうぞ、佐藤尋人」
* * *
翌朝。
地平線を埋め尽くすほどの帝国軍――膨大な数の無人機巧兵が、蒸気の咆哮を上げながら大秦国の防衛線に迫り来る。
尋人と白龍、そして六花分隊の真価が問われる、さらなる激戦が始まろうとしていた。
信頼、葛藤、憂慮、策謀が入り混じる夜が更けていく……。
次回、再び両軍が激突します!
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