第十九陣 鋼鉄の雹(ひょう)、揺れる碧眼
皇都郊外にある、陸軍演習場。その一角で、尋人は新生クラウスの本格的な操縦訓練を行っていた。
霊子結晶を組み込んだ新機関「紫電」は、以前のクラウスとは比較にならない加速を見せる。機体の各部状態や周辺情報は、詩織が新たに術式を組み込んだ霊子硝子盤に逐一更新されていく。
「……これなら、見える。敵の弾道も、戦場の綻びも」
尋人は操縦桿を握り直し、機体を横に振ってみる。かつて画面越しに見ていたゲームの世界が、今は現実のものとしてコックピットの窓越しに流れていく。
だが、彼が高揚感に浸っていた時、インペトラル帝国では新たな陰謀の歯車がゆっくりと回り始めていた。
* * *
インペトラル帝国の首都、聖アレクセイ。
蒸気機関の煤煙が空を覆い、巨大な歯車が街の鼓動を刻む凍てつく大都市の中心に、天を突くような黒鉄の宮殿がそびえ立っていた。
宮殿の謁見の間。静謐な沈黙を破ったのは、軍靴の音だった。
「陛下。大秦国への侵攻準備、すべて整いました」
眼鏡の奥を冷酷に光らせ、参謀のイワンが深々と頭を下げる。彼の前、高みにある玉座に座るのは、帝国の絶対的支配者――雷帝アレクセイ。
かつては異民族の支配と内紛に喘ぐ極北の小公国の君主に過ぎなかったが、圧倒的な霊子力で黒鉄の軍団を率い、わずか一代で世界を震え上がらせる大帝国へと押し上げた傑物。その巨躯から放たれる威圧感は、周囲の蒸気すら凍りつかせるかのようだった。
「……あの地に眠る霊子資源は、我が帝国のさらなる拡張に不可欠だ」
アレクセイの声は低く、重い。
「かねてから従順ならざる動きは見せていたが、ちょうど良い口実が出来た。属国でありながら皇國に高純度霊子結晶を流した罪は重い。イワン、徹底的にやれ。『鋼鉄の雹』を降らせよ」
「御意。大秦国の肥沃な大地を、帝国の世界制覇への新たな動力源といたしましょう」
極寒の北の大地から、不穏な「雷鳴」が響き始めていた。
* * *
訓練を終えて整備ドックに戻った尋人たちを待っていたのは、大鳥居からの緊急招集だった。司令室の正面、太い蒸気パイプが複雑に絡み合う壁面には、巨大な霊子硝子盤が鈍い燐光を放っている。そこに映し出されていたのは、大秦国の国境付近を示す戦況地図と、数枚の写真だった。
「先刻、インペトラル帝国が大秦国を急襲したのち、宣戦布告した。今まで散々利用した挙げ句、不意打ちするとは、帝国らしいといえばらしいが……」
大鳥居の声は低く、その顔には苦虫を潰したような皺が寄っていた。
大鳥居が傍らの真鍮製レバーを引くと、かすかな排気音と共に霊子硝子盤の画像が切り替わる。帝国との国境監視所が陥落寸前に転送してきた、最新の写真だった。
高所の防衛拠点から見下ろすように撮影されたその写真には、巨大な蒸気運搬トラックから次々と無人機巧兵が降り立ち、大秦国の街を炎に包んでいる様子が見える。写真が切り替わる。次の写真には、砲撃を受け、黒煙に包まれて崩れ落ちた建物の残骸。その周囲で逃げ惑う人々の姿が、永遠に固定されたように、生々しく写っていた。
その凄惨な状況を目の当たりにした弥生は、両手で口元を覆い、絞り出すように声を上げた。
「ひどい! ……ひどすぎる、こんなの……!」
弥生の悲痛な叫びが、作戦室に重く響く。
詩織が硝子盤に一歩近づき、地図上で明滅する赤と青の部隊記号を指差した。送られてくる情報が更新されるたび、帝国軍を示す赤い記号が、大秦国の青い防衛線をじわじわと侵食していく。
「見せしめ……ということですね。皇國と内通する気配を見せた大秦国を、他の属国への警告として潰そうとしている」
詩織の冷静な分析が、かえって事態の残酷さを浮き彫りにした。尋人の脳裏に、海市で背中を預け合ったあの青年――白龍の姿が浮かぶ。彼は今、あの硝子盤の向こう側、硝煙と絶望が渦巻く戦場の中にいるはずだった。
「この情報は大秦国から伝達されてきた。水面下で和平交渉中とはいえ、先日、皇都を襲撃したばかりの敵国からの救援要請……。軍上層部で、『虫が良すぎる。黙して静観すべし』との意見が大半なのは理解できる。……だが、今かの国が帝国の手に落ちれば、地政学上、皇國は喉元に刃を突きつけられることになる。凛たちが海市で得た大秦国の内情も加味し、『六花分隊』に命令を下す。 直ちに、大秦国の救援に向かえ! ぐずぐずしていると、機を失う。特務隊の独断専行になるが、全責任は俺が負う! 皇國軍人の義気、存分に見せて来い!!」
「景虎! 男だにゃ!」
「大鳥居の旦那! そうこなくっちゃ!」
にゃん丸と蘭が威勢良く二人でハイタッチを交わす。
凛が敬礼のポーズを取りながら、きっぱりと宣言した。
「承知しました! 必ずや大秦国を救い、皇國の楯となって参ります!」
(俺たちが駆け付けるまで持ちこたえろよ、白龍……)
尋人は心の中でそう強く願いながら、拳を固く握りしめた。
* * *
大秦国へ出航するため、貨物蒸気機関車に新生クラウスを積み込み、急ぎ北方の軍港へ向かう六花分隊。
その車両最後尾の片隅で、エレナは一人、ブリタニア王国公使である父アーサーから受信した、懐中通信機の暗号文を睨みつけていた。霊子炭の微かな熱を帯びた小型硝子盤の表面に、緑色の組換字がぽつぽつと浮かび上がる。
『クラウスのコアユニット情報を秘密裏に取得せよ』
彼女の脳裏に、自分に全幅の信頼を寄せてくれる尋人の笑顔が思い浮かぶ。
「お父様、よりによってこんな大事な時に……! ヒロト。私、どうすれば……」
冷たい金属と硝子の塊を握るエレナの手が、小さく震えていた。
尋人たち六花分隊の救援は間に合うのか!?
一方、エレナの動向も気掛かりです……。
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