第十五陣 夕闇に滲み出る吐露
機械工房に併設された酒場「海燕亭」。夕暮れ時、赤い提灯が軒先にぶら下がる運河を臨むテラス席で、尋人と白龍は黒ずんだ円形のテーブルを挟んで座っていた。
目の前で、白龍は麦酒を喉を鳴らして煽っている。その飲みっぷりは、線の細い美青年の外見からは想像もできないほど荒っぽく、どこか自棄気味だった。見た目は自分と同い年くらいに見えるが、大秦国の飲酒年齢は何歳からなんだろうか。ふと、そんな素朴な疑問が尋人の頭をよぎる。
「貴様は飲まないのか?」
「いや、まだ飲める歳じゃないんで。お茶で結構」
「そうか……。海市の蒸し暑さには、この地酒が良く合うんだがな」
白龍は少し残念そうに言うと、静かに陶製のジョッキを置いた。
不意に、運河から流れる夕闇の風が彼の栗色の長髪を揺らす。汗ばんだ首筋から立ち上る熱気とともに、鼻を突く酒の匂いに混じって、わずかに沈香のような神秘的な香りが漂った。
(……お香? それにしても……)
磁器人形のように整った顔立ちと白い肌。先の戦場で見せた苛烈なまでの闘志とまるで違う、触れれば壊れてしまいそうな繊細な印象に尋人は戸惑った。
「……私の顔に何かついているか?」
どこか沈んだような乾いた声だった。その瞳の奥には、隠しきれない疲労と深い憂いが沈んでいる。尋人の目に映るその姿は、かつて一戦を交えた荒武者とは別人のように見えた。
尋人は冷たいお茶を口にし、思い切って率直な疑問を投げかけた。
「……俺、この世界に来て間も無くて、世界情勢っての? あんまり分かってないんだけど、なんで、大秦国は皇國に攻めて来てんの?」
「それは……。口にするのも忌々しいが、大秦国は事実上、帝国の傀儡国家だからだ。主要な貿易経路を押さえられ、命令に背けば経済封鎖と過酷な軍事制裁が待っている。従わねば、千万の民が飢えと闇に沈むことになるのだ」
白龍は震える手で、空のジョッキを強く握りしめた。
「瑛華様は、あえて暴君を演じておられる。帝国に従順なフリをし、国民の不満をすべて御身に引き受けながら、大秦国の行く末を模索されている。瑛華様のお役に立てるなら、私は汚れた仕事でも喜んで引き受ける」
吐き捨てるようなその声には、思い通りにならない歯がゆさが痛いほど込められていた。先の皇都襲撃の裏に、そんな苦渋が秘められていたのかと尋人は驚く。
「……どうにかお互い戦わずに済む方法がないもんかな」
「戦士とは思えぬ甘い台詞だな……」
白龍は、束ねた髪を指で無造作に触り、呆れたように微笑んだ。
その瞬間、一瞬だけ柔らかい表情がこぼれた。
「ここは夢と現が溶けあう街。絵空事を聞くのも悪くないか……。とはいえ、霊子結晶は譲れんがな」
運河を流れる蒸気船の汽笛が、遠くで物悲しく響く。
敵同士であるはずの彼らは、いつの間にか共通の強大な敵を見据えながら、静かに器を傾けていた。
尋人と白龍、それぞれの想いが交錯する夜が更けていきます。
次回、静から動へと物語が動き出します。
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