第十陣 白銀の機巧武者
さっきまで尋人たちを包んでいた牛鍋の温かさが、一瞬で消え失せた。
夕凪亭を飛び出した尋人たちの目に飛び込んできたのは、夜の皇都を朱色に染める火の手だった。
「……ひどい」
弥生が小さく息を呑む。
攻撃を仕掛けてきたのは、夜陰に乗じて潜入してきた帝国の特殊強襲部隊だった。
すでに各所に無人機巧兵を放ち、皇都を混乱に陥れている。
「嘆いている暇はないにゃ! 全員、地下ドックへ急ぐにゃ!」
にゃん丸の号令で、尋人たちは路地裏の鉄扉を蹴破ると、階段を駆け下り、薄暗い構内で息を潜めていた軍用地下鉄へと飛び乗った。
行き先は、特務隊の地下格納庫。そこに、皇國の希望が眠っている。
* * *
地下格納庫は、地上の喧騒とは別の意味で戦場だった。
幾多の整備兵が駆け回り、真鍮のパイプからは高圧蒸気が絶え間なく噴き出している。
「ヒロト! クラウスは、ばっちり整備済みよ! 早く乗りなさい!」
エレナが、巨大なクレーンに吊るされたクラウスの胸部ハッチを指差す。
尋人は昇降機に飛び乗り、クラウスのコックピットへと滑り込んだ。
ハッチが閉まり、外部の喧騒が遮断される。密閉された空間に満ちるのは、仄かなラベンダーの香り。エレナが気を利かせてくれたのだろうか。それが、不思議と尋人の心を落ち着かせた。
「佐藤殿、聞こえるか」
通信機から、機巧甲冑「蒼月」を纏った凛の声が届いた。
「これより『六花分隊』は前線に参戦する。……だが、不測の事態だ。皇都に侵入してきたのは帝国軍だけではない。……大秦国の精鋭が確認された」
「大秦国……?」
初めて聞く国名に尋人が眉をひそめると、無線に詩織が割り込んできた。
「大陸に版図を広げる大国ですが、現在はインペトラル帝国の軍事力に屈し、従属を強いられているはずです。その大秦国が、帝国の先兵としてこの皇都へ侵攻してきました」
「帝国に操られてるってことか……」
尋人はクラウスの操縦桿を握り締めた。その瞬間、尋人の霊子が機体に流れ込む。クラウスは以前のような荒々しい振動を上げず、まるで深海から目覚める巨大な鯨のように、静かに、そして力強く脈動し始めた。
「クラウス、出ます!」
格納庫のハッチが開き、加圧された蒸気が一気に放出される。
尋人たちは夜の皇都へと射出された。
* * *
六花分隊が到着した商業区は、騒然としていた。
逃げ惑う人々を、帝国の無人機巧兵が冷酷に追い詰めていく。凛の蒸気刀がその一体を両断し、蘭の戦斧が後続を粉砕するが、いかんせん数が多い。
「くっ、キリがないにゃ! 尋人、あの親玉をやるにゃ!」
にゃん丸が指し示した先――
時計塔の屋根の上に、炎に照らされた敵機が街を見下ろしていた。
それは帝国の無骨な黒鉄色とは対照的な、流麗な曲線を持つ白銀の機巧武者だった。クラウスと同程度の大きさを持つその機体各部には、赤い刺繍のような龍の意匠が施され、三日月の光を浴びて妖しく光っている。
「此処が、倭國の心臓部か。こうも容易く侵入を許すとはな。買いかぶりが過ぎたか……」
外部回線から聞こえてきたのは、氷のような冷たい響きを持つ青年の声だった。
「……誰だ、お前は! 帝国軍じゃないのか!?」
尋人が問いかけると、白銀の機体はゆっくりとその顔をこちらへ向けた。
「その深緑の機体、もしや、先の内戦で消失したと伝え聞くクラウス!? 貴様、何者だ!?」
「俺は佐藤尋人だ!」
「佐藤尋人? ……倭王ではないのか。まぁ、良い。その実力、確かめさせてもらう!」
白銀の機体が、背中の巨大な青龍刀を抜いた。その重厚な刃を流れるように回し構える予備動作――尋人の目には、それが周囲の空気さえも断ち切るような、極めて洗練された「型」として映った。只者じゃない……!
「お前のせいで、せっかくの牛鍋が台無しだよ。夕飯の邪魔をされた俺は機嫌が悪いぜ!」
クラウスの背面排気筒から白煙が吹き出す。
大日本皇國、インペトラル帝国、そして大秦国。
三つの国の思惑が交錯する夜が、今、幕を開けようとしていた。
大秦国からの刺客登場!
次回、機巧武者同士の激しい戦いが始まります。
お楽しみに!
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