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激昂のイレギュラー  作者: 亜空獅堂
Phase8:白亜の閃光――虚構
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Phase8-7:白亜の閃光――虚構

 クロエ・モースの名が、全世界に向けて発信された『ワシントン内のイレギュラー特定リスト』に載っていた。

 カザミには、その名を使って潜入しているわけではないから大丈夫だと伝えておいた。しかし実際のところ、伏せていた名が割り出されたということは、そう長くはこの場に居られないことを意味している。


 ちょうどクロエは、この世界を歪なものに変えた黒幕と繋がるかもしれない最後の情報を得るため、ワシントン中央に位置する建物へと訪問していた。

 その三階。廊下を進み、目的の地点まで辿り着く。

 機密情報管理室……。

 事件の証拠や機密データを保管する為の部屋であるため、特対のスクワッドルームのようなガラス張りの壁では決してない。鉄扉で固く閉ざされている。

 クロエは、扉の横のカードリーダーの前で足を止めた。


 正規のIDカードを読み込まなければ中へは入れない。しかしクロエには、侵入するすべがある。

 偽装した特殊なIDカードをかざすため、首から提げていたそれに手を伸ばす。



 そこから先の動作へは進めなかった。

 カチャッ。

 金属と鉛玉の摩擦する音が、後頭部のすぐ傍で聞こえたからだ。


 レジスタンスとして、多くの修羅場をくぐり抜けてきたクロエには、振り向かずとも理解できる。

 銃を突きつけられたのだ。

「いい歳しての潜入ごっこは楽しかったか?」

 偉そうなよく耳を通る声の主は、背後にいる男。


 事前に収集していた情報と、声の特徴が合致する。

 クロエは彼が何者か気づくと、全く動じることなく、挑発的な笑みを浮かべて両手を耳より高く上げた。

「レディに対して年齢の話とは、デリカシーが無さすぎるねぇ、監査官様」

「自分たちのアジトが血溜まりにされているというのに、警察という職になりすましてしまったせいで、すぐには行けない。さぞ苦しい気分だったろう」

 彼、フラン・リードの指摘は、その時の心情としては全くもって正しい。

 カザミとレッドが向かっていなければ、あの場にいたレジスタンスの仲間たちは全員死に絶えていただろう。


 クロエは振り返り、その顔を拝むこととした。

「さすが、警察の不正を捜査する役回りだ」

「ゴードン・ルッツ逃走の際に誤情報を流したのもお前だな?」

 何から何までお見通しらしい。クロエは溜息混じりに肩をすくめる。

「やっぱりその時から気づかれてたわけかよ」


 廊下の逆側から重い足音を響かせ、ガード・アーマードを装着した者たちが銃を構えて駆け寄ってくる。

 包囲された。逃げ出す手段は無いと考えていい。

 フランが、誤情報の拡散についていやみったらしく言及する。

「あのような素早い工作は外部からではできない。こそこそと動くには目立ちすぎたな」


 その工作とは、偽画像を用いた撹乱だ。

 『ゴードンが逃走に使用した車両と同じナンバーのものが、ワシントン南西部で乗り捨てられている』という内容のフェイク画像。AIで適当に加工したものを、更に仕上げとして監視カメラのように粗い画質にした。

 じっくりと検証されればいずれ見破られる、ということは分かっていた。

「わざわざ中央署まで来たのが運の尽き。今すぐ投降してもらう」


 だが通常の警察官ならば、既にクロエの眉間に鉛玉を撃ち込んでいただろう。

 威圧的な言葉とは裏腹の彼の行動から、クロエは一昨日の出来事を掘り下げることとした。

「噂通りの甘ちゃんだね。ここにテロリストが来た時も、殺さずに捕らえたかったみたいじゃないか」

「情報を引き出せる素材が手に入るんだ、何がいけない」

 それも一つの考え方としておかしくはない。


 だがクロエは、あえて鼻で笑った。

「イレギュラーの考え方に似てるな……と思っちまって」


 ガンッ!!

 痛みと感じるよりも先に脳が揺れた。

 アーマード装着者によって銃で殴られたのだ。

 視界が明滅。倒れかかるも、なんとか掌で受け身を取る。


 フランが冷徹な視線で見下ろす。

「お前と同類だとでも言いたいのか。私が?」

 クロエは、殴られた側頭部を擦りながら息を鳴らした。

「素質はあるよ……。ウチは初めて知った時から、あんたを注目していた。この腐った組織を変えれる奴なんじゃないかと思ったからだ」

「現状に何ら問題はない」

「本当に? 今さっき大統領様がぶっ放したあの砲撃について、全く違和感を覚えなかったわけか?」

 彼の視線が冷ややかならば、こちらは熱を持った高ぶりだ。

 獣のような目つきで彼を見上げた。

「無関係な人まで殺すことないのに、って思ったはずだ!」


 彼の目元がピクッと揺れる。

 まだ隙があると見込み、クロエは核心を突きつける。

「六年前の、家電量販店立てこもり事件からそうだろ」



 より目立った反応だった。

 彼は目を見開き、反論の言葉も述べない。

 すると彼は、部下であるアーマード装着者たちの方を見た。

「下がれ」

『いや、しかし……』


 フランの眼光がより鋭さを増す。

 部下たちは顔を見合わせ、渋々と下がっていった。

 人影が完全に消えるまでフランは待つ。クロエは服の埃を払いながら立ち上がる。


 やがてフランは、俯きつつクロエを睨んだ。

「建物の陰で涙を流していた女か?」

 クロエは頷かない。

 事実ではあるが、自分で肯定したくはなかった。

 主張だけはで通す。

「誰の銃弾だったかは分からない。もしかしたらあんたのだったかもしれない。だがそうだったとして、あんた個人に恨みは抱かない」


 そしてクロエは、人差し指を真下へ向けた。

 この場所――警察組織そのものを示している。

「警察の乱暴なやり方のせいで、カルヴァンとデイヴは死んだ。組織自体をめちゃくちゃにぶっ壊さないことには、何も変わらないんだからな!!」


 あの事件の対処のために出動された部隊の一人に、フランはいた。

 人質にされていたクロエの家族が巻き添えで死に、泣き腫らしていた姿を彼に見られた。

 イレギュラーであると気づいたはずだが、彼は見逃してくれた。


 しかし彼から放たれた言葉は、どこか無機質なものであった。

「その件がいきすぎた対処だったかどうかは、監査委員会で既に検証されている」

「知ってるよ。答えはノー。凶悪な犯罪者四名を殺すことを優先した。結果として尊い市民の命が二名失われたものの、犯人を逃がした際の将来リスクのほうが圧倒的に高い。適切な判断であった……」


 言えば言うだけやるせなさが募る。

 クロエは歯ぎしりをした。

「納得できるか……。夫と息子が死んだんだぞ!!」

 フランの表情は変わらないが、影が差し込んでいるように見えた。


 クロエは悔しさを、八つ当たりのようにぶつける。

「あんた達に言っても分からないんだろうがね、本来の人間っていうのは、まずこういう時に一言でも謝るもんさ。本意じゃなくてもな!」

 バツが悪くなったのか、フランはくいっと視線を逸らした。

「お前の言う通り、人の死は単なる損失でしかないと気づいたのは、あの日からだ。私も警察の変革も望んでいるが、だからといってイレギュラーと同類だと見なされるのは甚だおかしい」

「……おかしくなんかないよ」


 言葉で軽く寄り添ってやると、彼はすぐに視線を戻した。

 クロエは、本来ならば同類としか話さない秘密について、ここで切り出す。

「イレギュラーになる条件を知ってるか? 一つはある程度こっちで分かりきってるが、それ以外は仮説のまま」


 話の途中で、フランの胸を突きつけるように指差した。

「だがその仮説のほうに、あんたは踏みかかってるかもしれない」





 母からの通知により、メーナはホワイトハウスのライブ配信を病室のテレビで視聴していた。

 ナイゲール社という会社への追求。宣言通りに放たれた裁きの光。

 全てが、メーナの身体を震え上がらせるには十分すぎる情報だった。


 しかもその直後に、病院の下の階から、凄まじい轟音が聞こえた。

 明らかに銃声だったと思われる。平穏はどこにもないかと身震いが加速する。


 メーナは、網膜上にブラウザを展開。

 大量のアクセスによって読み込みが重たくなっていた、イレギュラーの特定リストがようやく映し出される。

 まず真っ先に、自分の名前が載っていないことを確認した。


 しかしそれだけでは落ち着けない。現に銃声は聞こえていた。

 ここを離れて逃げたほうがいいという選択肢も思いつく。

 だが、母が自分の命を狙う理由が無いことから、杞憂な考えとも思った。この病院にいる他のイレギュラーが狙われただけだろうと。



 他のイレギュラー……。

 ふとよぎる。

 間違いなく、アングはイレギュラーだ。

 もしこのリストに、彼の名が載っていたら?


 名前はアルファベット順に並んでいる。

 ページの先頭へと戻り、Aの項目から続く、nの付近へと恐る恐るスクロールを進めた。


 Ang Lee。

 彼の名は……無い。

 メーナはようやく、ホッと胸を撫で下ろせた。

「よ……よかったぁ……!」

 ひとまず、彼が社会的立場を失う羽目にはならなくて済む。



 安堵の束の間。

 ガシッ、ガシッ……。


 息を呑んだ。

 重たさと甲高さが重なった足音が、廊下から聞こえる。

 扉の前で音は止まった。


 メーナの身体が、氷漬けになったように固まる。

 ビクビクと震えながら扉の方を向く。

「だ……れ……?」

 返答はない。

 代わりに起きた変化は、想像の範疇になかった。



 ドンッ!! ドッ! ドゴォッ!!

 早く開ければいいものを、扉が揺れ始める。

 まるで、殴りつけているような激しい音。


 その比喩表現は間違いではなかった。

 支える金具が悲鳴を上げ、外れる。

 扉が、病室の内側へと倒れ込んできた。

 実行者の挙動の終わりは、両手で押し倒すという野蛮なものだった。


 見たことのない存在がそこに立っている。

 想像していたのは、灰色の量産型アーマード。

 赤が来てくれれば一番嬉しかった。茶色が来れば、死を確信した。



 しかし視線の先にいる彼は、緑色だ。

 毒々しい胸の紋様や、骸骨の装飾ベルト。白骨化した魚介類のような肩当て……。

 そもそも、母の部下なのか、誰かが仕向けた存在なのかも分からない。


 ただ、自分を守ってくれはしないということだけは、直感で理解した。

 緑色のアーマードが、無言でこちらを見る。

 ベッドの上で座っていたメーナは後ずさり、掌を後ろの壁につけた。


 顔が青ざめる。

「こ……来ないで……!!」

 懇願を聞いてくれるどころか、近づいてきた。

 迫り来る恐怖に、メーナは思わず横に仰け反る。


 つい、ベッドから床へと転げ落ちてしまう。

 咄嗟に立ち上がろうとするも、腰が抜けて、身体の節々が言うことを聞かない。

 そもそもどこに逃げればいい? 窓から飛び降りて奇跡を願うか?

 だが今の自分に、そんな勇気があるはずもない。


 こんな、わけも分からず、死ぬのか。

 緑色の悪魔が、病室の中央まで足を踏み入れる。

 もはや、一瞬の死を待つのみ。顔を上げることもできない。

 緑のタイルの床が、最期の光景……。



 一筋の風が、廊下側から吹きすさぶ。

「でぇぇいッ!!」

 掛け声に反応し、緑のアーマードが即座に振り返る。


 結果、彼は『それ』を、顔面で受けることとなった。

 銀色のブーツによる、強烈な跳び蹴りをだ。

 横薙ぎの軌道で正面から打ち抜かれた結果、緑の装甲は窓側へと吹き飛ぶ。

 叩きつけられ、窓ガラスも割れた。


 乱入者は、器用に左足、右足の順で着地。

 しゃがむような体勢でメーナの前へと降り立つ。

 思わず目を見張った。

 こちらの人物については見覚えがある。


 しかし、どういうつもりか。

 昨日、自分を拉致しようとした、あの狐の仮面の女性ではないか。

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