Phase8-5:白亜の閃光――虚構
カザミが確認した時点で、ライブ配信の同時接続者数は既に一千万人を超えていた。
事前の告知がなかった緊急の配信でここまでの視聴数を叩き出していること自体が、マリウスという人物がどれだけ注目されているかの証左となっている。
彼女の言葉は、早い段階で核心へと踏み込む。
『昨日表明した通り、私の当面の目標は、社会を脅かすイレギュラー達の駆除。手始めにワシントン一体の範囲内で実行します』
カザミは特に驚かない。
惨い話だが、現に彼女は第一段階を行ってしまっている。
『しかしその前に、皆様方にはどうしても知っておいてもらいたい事実があります』
ここからは未知の段階だった。
『ナイゲール社が主催した医療サミットに、なぜ部外者である私が参加したのかについてです』
実際、あまりにも不可解な話だ。
政治アナリストを名乗っているだけだったという彼女が、なぜ巨大企業のサミットで第一プレゼンターに繰り上がり、会場のセキュリティシステムまで掌握できたのか。
マリウスは、その疑問に先回りするように続けた。
『我々は、兼ねてからのビジネスパートナーでした。ゆえに事前に打ち合わせていたのですが、一つは、身分を偽って正常な人間として過ごす、愚かなイレギュラー達を白日のもとに晒し、排除するため』
それはもはや、誰もが知るところである。
やはりダブルスタンダードであるナイゲール社の、手引きがあったことは間違いない。
『ここまでは、ナイゲール社さんにも事前に伝えていた部分です』
突如、彼女の言葉に含みが生じた。
『というのもつい先日、私はある信じがたい情報を入手しました』
笑みを作ったまま、どこか残念そうに眉を下げ、視線も執務机へと落とす。
『当初は私も、明らかとなった真実を直視できず、目を背けようとしました。ですがアメリカ国を導く大統領として、向き合うことと決めたのです』
彼女は執務机の席から立ち上がる。横へと歩いていく彼女を、カメラが追いかける。
壁面にプロジェクター用のスクリーンが用意されており、その白い布に一つの図が投影された。
それぞれ中央に『A』『B』と記された二つの円。間を、弧を描いた矢印を介して札束の絵文字が行き交っている内容だ。
『これは、ある組織同士による資金流出入を図解したものです。前提の情報からお話しましょう。一部情報統制が働いているようですが、メキシコ地域は現在、イレギュラーが指揮するレジスタンス組織により、政府の中核を掌握されている状態に陥っています』
カザミもよく知る状況である。主にクロエとの会話で聞いた。
しかし、何故そんな話がここで大々的に出てくるのかは、全く分からない。
『それを知り、私は妙だと思いました。メキシコ地域のレジスタンスは、現地のカルテルと結託しているようですが、ただそれだけで一国の政府を打倒できるはずがない。出来過ぎた結果だと』
マリウスが空でスワイプの動作を行うと、スクリーン上の札束の横に、アサルトライフルの絵が浮かび上がった。
『調査の結果、このアメリカに居を構える企業が、カルテルに資金だけでなく、武器まで横流ししていることが分かりました。それを計画したのがどこの誰なのか……。もうお分かりでしょう』
カザミはカフのホログラムでこの映像を見ているが、まだルーとも通話は繋がっている。
先に映像を見ていた通話越しの彼女から、愕然と息を呑む声が聞こえた。
その理由の導入となるスライドが、カザミの目にも飛び込んでくる。
白い髭を携えた、渋くも威厳のある男性の写真が映し出された。
『彼は、ナイゲール社のCEO、スペルダ・フリーランドです。人が何不自由なく暮らせる、健やかな社会を目指す。……以前に彼はそう言っていました。残念ですが、その高尚な理念は嘘偽りだと判明しました』
マリウスが声を張り、こう結論付ける。
『彼こそが、イレギュラーに支援をし、平和を破壊せんと企む張本人だからです!』
証拠も何も提示されていない。
しかし、このような一方的な主張でも、ある程度の影響はある。カザミは眉間にシワを寄せた。
『今日は呑気に……いや、あるいは無関係を装うために、郊外のゴルフ場へと向かっていたようですが……』
次のスワイプは、あまりにも軽く行われた。
写真が切り替わる。
挙動とは不釣り合いな、あまりにも凄惨な内容だった。
蜂の巣状態の遺体を、武装した黒い部隊が取り囲み、ピースサインを作ったり遺体を指差したりしている。
『私が兵を派遣し、処刑いたしました』
ルーが絶句した意味がハッキリと分かった。
一連の処刑は、マリウスが全ての罪をナイゲールに被せ、悪として標的に定めたことを意味する。
『違う……』
ルーは、震える息と共に話し始める。
『確かに、フリーランドCEOの意向で、私たちのようなイレギュラーを保護する裏派閥は誕生しました。ですが、メキシコのカルテルは、世界のあらゆる国と黒い取引をしていたんです! 持ち合わせていた資金や武力はその影響! 彼女は嘘を言っている!!』
そんな主張が届くはずもない。
マリウスもまた続ける。
『しかし、彼の息がかかった人材、誤った理念は多く蒔かれています』
この時カザミは、視界の隅に入り込んだ巨大な影に気づき、息を呑んだ。
それは、空に浮かんでいる。
大陸とも要塞とも呼ばれるワシントンの象徴。白い家。
本来ならば侵入するはずのない北東部。ビル街の空域を低い高度で浮かんでいる。
『現に本社ビルの中では、私に協力すると謳っておきながら、自身がイレギュラーであることを隠していた人物もいた。私はそれを確かめるために、わざわざ本社ビルへと出向いたのです』
その本社ビル。
ちょうどカザミがいる位置からも、ガラス張りの横半分が見えていた。
だからこそ気づいてしまう。
ホワイトハウスが、ゆっくりとそのビルへ近づいているように見えることに。
予感で、身体が小刻みに揺れ始める。
そんなカザミをよそに、通話越しのルーは不満で声を荒げた。
『あなた達こそ、ナイゲールを秘密裏に利用して、悪事を働いていたくせに!!』
「ルーさん……。何かまずい。早くそこから離れて!!」
マリウスは、プロジェクターの映像を切り、大統領の椅子へと戻る。
『つまりナイゲール社そのものが、イレギュラーを庇う悪徳企業だということです。であればどうするか』
笑みの口角が、より邪悪に釣り上がる。
『この社会から、抹消する他ありません』
それは、悪魔の宣言であった。
遅れての再生だったはずなのにだ。
まるでタイミングを合わせたかのように、目に見えた変化が空で生じる。
ホワイトハウスが……。
いや正確には、台座となっているスラスター群のどこかからだ。
突如として、直視すれば目が潰れるほどのまばゆい緑色の光が、露出し始めた。
一体どこから生じているのかは、徐々に光量が増しているために判別できない。台座の中心よりはビル側に位置している。
ルーのオフィスからも見えているのか。完全に言葉が止まっていた。
しかし、唾を飲む重い音の後。
彼女は一転して、静かに口を開いた。
『伝えなければならないことがあります。カザミさん』
カザミは目を見開く。
何故なら先ほどまで、彼女はカザミのことを、偽名の『ショウさん』と呼んでいた。一体どこで耳にしたのか。
あるいは、どこかで気づいたのか。
そして彼女から語られるのは、更に重大な情報だった。
『私はリリアンさんの意志を継ごうと思い、この世界を歪めた黒幕について、独自に調べていました』
理解が追いつかない。
いま言われても、素直に喜べるはずがない。
『断片的な情報ですが、幾つかは、私の家に隠してあります……!』
「そんなこといいから! お願い……!」
無理だ。
彼女が今いるオフィスの高さ。要塞が実行している準備の時間。もう逃れることはできない。
既に死刑宣告は下された。
そんなことは痛いほど分かっているのに、懇願だけがカザミの口から漏れる。
光が十字に煌めく。
心臓が止まりかけた。
ドガァアアアアアアアア!!
台座から放たれたのは、同色の太い熱線。まずは地面へ向けて照射される。
振動が病院付近にまで伝わる。
まだルーとの通信は繋がっている。
『最期に……』
だが、彼女は。
訪れる死を悟っていた。
『同じリリアンさんに救われた者として、あなたを知れてよか――』
光が。
天空へと走るまでの時間は、一瞬であった。
地面を焼いた灼熱は縦に薙がれ、ナイゲール本社ビルを両断する。
赤白い断面が見えた。
ビルの三分の一がその色で塗りたくられ、蒸発。残る両端のブロックは制御を失う。
右端は道路へと倒れ、左端は隣のビルにもたれかかった。
まるで、チーズが裂かれるのと溶かれるのが、同時に行われたかのような光景。
生きているはずがない。死んだ。
あまりにも無情に、数百の命が消し飛んだ。
最期に自分に希望を見出してくれたのだとしたら、それは大きな間違いだ。
ここで見ているだけで、何もできなかったのだから。
だが真に許せないのは、虐殺を実行した人物だ。
利用するだけ利用して、いらなくなったから捨てた。そんな些細なことなのだろう。
カザミは震える手で、しばらく放置していた配信の映像を睨むように確認する。
画面の中のマリウスは。
天から降り注ぐ悲鳴を、断末魔を。
堪能するように目を閉じていた。
やがて、そっと目蓋を上げる。
『ワシントンに滞在する皆様方、いかがだったでしょうか。まだ神とは程遠いですが、私なりの粛清をお見せしました』
彼女は組んだ手同士を顎に付ける。
『しかし真にあるべき世界とは、このような粛清を必要としない世界のことです。ナイゲール社に蔓延っていたイレギュラーの、ご家族・ご友人の方々。猛省してください。あなたの身近にいた人間は、社会不適合者でした』
カザミは、歯をギリッ……と擦り合わせた。
イレギュラーの存在が悪であると、民衆に知らしめる。彼女らの常套手段だ。
この攻撃で、無関係な人々も殺しているだろうに。
そのことについてマリウスが言及する。
『なお今回の照射で、処罰対象ではない無実の人々も被害を受けました。それについては謝罪致しましょう』
彼女はカメラに向かって軽いお辞儀を行う。
二秒も持たずに顔を上げた。
『身近な人を亡くされて寂しいと思われますが、お詫びとして特別補償金が入ります。死亡者一人につき一万ドルを給付する予定です』
対面の歩道にて、同じように補償金の情報を見ていた中年の夫婦がいる。
「マジか! ならラッキーだぁ!」
「ヨハンソン、死んでくれてありがとう」
男性はガッツポーズをし、女性は両手を合わせて天を仰いだ。
彼らの息子があのビルの中で働いていたのか。死を喜んでいる。
代わりなんて存在しない命のはずなのに。
それをたったの一万ドルで処理しようという傲慢。こんな狂ったやり方がまかり通る現実に、カザミは歯を噛み締めることしかできなかった。
『しかしこれは、私が始めた粛清の一歩目に過ぎません』
すると彼女は、画角の端にあったノートパソコンへ目を向ける。
予め準備していたのか、マウスをワンクリックしただけで、すぐに視線をカメラへと戻す。
『たった今、ホワイトハウスの公式サイトに、あるリストを公開しました』
カザミの心臓が嫌な音を立てる。
最悪の予感は、的中する。
『我々が現時点で察知・特定した、ワシントン内に潜むイレギュラー達の名前です』
背筋が凍りついた。
いずれ、彼女が派遣した部隊がイレギュラーを個別に襲撃してくる。その程度のことだと思っていた。
だが彼女は、社会的にも殺すつもりなのか。
このように世界中に名前を拡散されれば、もう今までのように働いたり、学校に行くことなどできない。正義ぶった自警団にも襲われかねない。
そもそも彼女は嘘吐きだ。リストの内容が正確な情報なのかも、分かったものではない。
だというのに彼女は、自分こそが正しいと証明するように言うのだ。
『容赦はしない。リストに記載されている者たちを、これより全ての武力を持って殲滅に向かいます』
嫌な動悸が駆け巡る中、パッチから通信が入る。
『カザミ様!! マリウスが公表したイレギュラーのリストに、クロエ様の名前が……!!』
「ッ……!!」
遂に動揺で、足元まで覚束なくなる。
これまでクロエがイレギュラーであると、同族以外に気づかれたことはなかった。
脳波を測定してイレギュラーを見つけ出す技術というものが、本物である可能性が再び浮上する。
しかし、だとしたらおかしい。
パッチのことだ。カザミやアングの名があれば、同じく真っ先に報告してくれているはず。使っている偽名も含めて全て検索した上でだ。
サミット会場でのアングもそうだったが、何故か自分たちは、今のところ彼女の粛清対象から外されている。
判別できていないのか。それともあえて見逃されているのか。
ともかく、この危機を本人に伝えなければならない。
パッチとの通話を切り、急ぎ、クロエへと連絡。
三回目の発信音の途中で、彼女は応答した。
カザミが即座に叫ぶ。
「クロエ! 潜入捜査を切り上げて!! あなたの名前が!!」
対する彼女は、未だに余裕綽々といった感じに鼻で笑った。
『状況は分ーってる。まさか本名で潜り込んでるとでも思ったか?』
「皮肉言ってる場合じゃない!!」
『必死だねえ。それより見つけたぞ。ラット・クリーナーの正体は、高級時計の修理屋、タイム・ジュエリーだ!』
突然耳に飛び込んできた、カナの死を偽装した者たちの情報。
確かに彼女に頼んでいたことではあるが、今の状況で聞く羽目となったことに額を押さえる。
『サミットでの自動機関銃を警察が回収していたが、その自動射撃用の電子制御ユニットに使用されていたオイルを、鑑識が分析した。時計修理屋が使用するような高級の代物だった。下手に広がらず、絶対に乾かない。そんな特徴的な資材を大量に仕入れているのはどこなのか、調べればすぐに特定出来たよ。奴ら、裏の活動をする時はそう名乗って動いてたんだ!』
話を聞きながら、カザミはエアバイクを停めた駐車場へと駆け足で急いだ。
『だが問題なのは……この重大な証拠に蓋をして、揉み消そうとしてる奴が、警察内部にいるってことだっ』
今の彼女の声に違和感を覚えた。カザミは立ち止まる。
よく聞けば、人が走る際に必ずといっていいほど生じる、掠れた吐息が鳴っていた。
彼女も急ぎ、どこかへ向かっているのか。
「待って。何しようとしてるの!?」
『こっちのことは安心しろ。寧ろお前が適当に首突っ込んで、目をつけられるほうが危ない!!』
有無を言わさず通話を切られた。
これ以上巻き込まないようにという彼女なりの配慮だろう。
カザミにとっては逆効果だ。
あり得ない。許せない。ふつふつと苛立ちが募る。
「そっちがどう言おうったって、絶対に迎えに行くから……!」
ここからクロエの潜伏先までは、そう遠くない。
早く駐車場へ……という最中のことだ。
野太いエンジンの駆動音とサイレンが、後方から迫ってくる。
カザミは振り返り……ちょうど付近に低木があったため、その陰に隠れる。
病院の入り口前にてパトカーが停まった。
ドアが次々と開き、中から、ガード・アーマードを装着した三名の警察官が出てくる。
まさか自分を狙って……とカザミは警戒。ジャケットの襟元を繋ぎ合わせてバリアの準備をする。
だが少なくとも、カザミの姿を見つけたわけではなかったようだ。
彼らは皆、病院の中へと入っていった。
ならば今のうちに……という安堵は一瞬で潰える。
ある複数の可能性によってだ。
彼らは、何のためにここへ来た?
たった今、マリウスによってイレギュラーの処刑リストが公開されたばかりだ。
もしもそれを頼りに、彼らが点数稼ぎをしに来たのだとしたら?
あるいは、と一人の少女の顔がよぎる。
メーナ・シンフォニー……。
イレギュラーになってしまった彼女が入院している。もし彼女を狙っているのだとしたら?
カザミは、乱れる呼吸を必死に落ち着かせる。
事態は現在進行系で進んでいる。次は誰が死ぬのか分からない。
クロエを助けたいと思うのならば、病院は無視してすぐに向かったほうがいい。
代わりに、この病院内にいる者たちが、死ぬこととなる。




