Phase8-3:白亜の閃光――虚構
聞いていた話と違い過ぎる。
体験入社の最中に入手したスクープは、自分の手柄としていい。だからタロウは、普段『化石メディア』だと罵っていたゴシップ誌からの誘いを、ものは使いようだと割り切り、受け入れたのだ。
デスクの前に立つタロウの目の前で、編集長イイアラは着席していた。身体を横に向けて脚を組み、タバコを吸うという偉そうな振る舞いである。
「ぱっと出の登場人物じゃ弱いからさ。軽くの紹介で済ませて、今回はレッドをフューチャーする構成にしてみたんだ。どう?」
タロウの手元には、印刷されたプルーフ……。すなわち、雑誌に掲載される前のサンプルが渡されている。
内容は、あまりにも偏っていた。
レッド・アーマードは悪である。この主張が根本にあるとしか思えない、一方的な言葉選び。思想誘導。
まさに、タロウが忌み嫌っていた化石そのもののやり口である。
問題点はそれだけではない。
「で、でも、同じ時系列のこっちの写真……」
タロウは、首から提げていた一眼レフの小モニターで、使われなかった二枚の写真を編集長に見せる。
ナイゲール本社ビルの前。路駐していた車の中で張り込みをしていたタロウは、事件を目撃。咄嗟にシャッターを切った。
一枚目は、ビルから走って逃げようとしていた一般人を、指揮者のようなアーマードが斬り裂いた光景。
そして二枚目の写真は、その斬られた人々を起こすレッドの姿である。
「多分、襲われた人を助けてるっぽい……」
この二枚を使うのと使わないのとでは、見えてくる状況の複雑さが大きく異なる。
公平な報道を志すタロウのプライドに関わることだが……。
「あー、それは使わない」
迷うことなく一蹴された。
彼は身体の向きをこちらに向け、両肘をデスクに突いて手を組む。
「何でだと思う? 一緒に並べたら、盛り上げたい『凶悪性』の部分の威力が弱くなるだろ? 前でも後ろでもね! 読者がどっちの視点で見ればいいのか、あぁあああぁ、わっかんなくなる!」
わざとらしくあたふたした挙動の後、極端な切り替えだ。
タロウの顔をねっとりと覗き込んできた。
「ネット主体の君じゃあ気付けないことなのかな? ん?」
流石にムッとした。
自分の考えが如何に正しいかを伝えるため、タロウは過去の経験を話し始める。
「知ってのとおり、オイラはレッドと直接会ってます。その時の様子を見るに、確かに暴力はしてたんですけど、彼なりの正義は持ってそうで。なのにいきなり彼女を襲うっていうのには、なーんか違和感が……」
「知らないよ! 真実はこっちで作るもんだ!」
自信を親指で差しながら彼は言った。
心底、このような編集部に関わってしまったことを後悔する。
最低限の不満の表現ということで、タロウもぐぐっと天井を見つめた。
「編集長! ウェブ用の先行記事、こんな導入はどうでしょう!」
後方から、女性の社員がノートパソコンを持って駆け寄ってきた。
デスクにパソコンが置かれ、編集長が嬉々として読み上げ始める。
「『おとぎ話は生まれませんでした。血に飢えた赤き野獣は爪を逆立て、美しき花を引き裂いた! 凶行に見舞われたのはなんと――』。さいっこうの煽り文句だ!!」
「ありがとうごっざいます!!」
「早速、投稿準備に取りかかるぞ!」
改めてタロウは、サンプルの原稿を見下ろす。
記事の内容が捏造であろうとも、肝心の、これが自分の手柄になるのであればまだ良しとする。TruthHunterXのクレジットさえ載っていればいい。
本文を書いた記者の名前はデカデカと記されていたが、写真を撮影した人物に関しては……。
タロウの眉が弱々しくしなる。
「オイラの名前が、ど、どこにも……」
「この記事が不評になっても、責任に問われないよ? お試し入社で良かったね~」
立ち上がったイイアラに、肩をぽんぽんと叩かれた。
そこからの編集部内は、タロウを除いて活気に満ち溢れていた。
みんなで協力して、良い記事を作ろうという、美しいチームワーク。
だが、やっていることは捏造記事の量産である。
実に歪な構図に見えた。
*
ジョリントは、リビングのガラステーブルに、レイシキが撮影した一枚の写真を置いた。
先のレジスタンス拠点襲撃の際、現場に駆けつけたある人物を捉えたものだ。
油断していたのか、彼女は狐の仮面を外していた。
「名前はカザミ・シルヴァ。カナさんの『実の姉』に当たる人物とのこと」
取り囲むような位置で、キャンディとヴィウスも見下ろす。
キャンディは、自身の両掌をぱちんと合わせた。
「あ~、なるほど~! この前、お人形ちゃんが突然暴走したのって、こいつの顔見たからなんだ~」
「その件は私も妙だと思っていましたが……これで合点がいきました」
中央警察署からの脱獄、逃走の際、このカザミという人物はエアバイクで追いかけてきた。
カナ及びブルーの暴走が発生したのは、狐の仮面が割れた直後だ。
「彼女は、この重大な事実の報告を意図的に怠った。言語障害を考慮しようとも、看過できる事ではありません」
「めっずらし~。彼氏くんがお人形ちゃんにお冠だなんて」
キャンディがニヤニヤとからかってくる。
機嫌を悪くしているという自覚はない。
単に、一つの不和が破滅をもたらす可能性もある。常に最悪を想定しているだけだ。
特に表情も崩していないはずだったが、指揮者の男は、写真を庇うようにスッと前へ出た。
「まあまあ、よさないか。我がハーモニーはまだか弱い少女。伝達の重大さに気づけないことは、若さを考えれば起こりうる話だ」
「年齢は関係ありませんが……」
ジョリントは、ふとあることに気づく。
いずれ顔を出すだろうと思っていたもう一人の姿が見えない。
当事者であるカナは、シャワーを浴びている最中。レイシキは出撃後のメンテナンスで、この場にはいない。
それらとは別の、白衣の男性についである。
「サイラックさんは?」
「彼ならば、自宅で大掛かりな準備に取り掛かっているところだ」
「準備……? ああ、趣味の話ですか……」
彼にこそ、この事実について問うてみたいところではあった。
ジョリントはひとまず、ソファに腰を下ろす。
キャンディが写真を摘み取り、片目を閉じて間近で見た。
「この情報って何のメリットがあんの~? 別に次会った時にバラせばいいんだよね?」
「彼女の家族関係、レジスタンスとの繋がり、戦闘能力……。我々の居場所を突き止め、襲撃してくるかもしれません。排除できる時に排除したほうがいい」
ジョリントにとっては、危機管理として当然のことを言ったまでという感覚だった。
しかしここでヴィウスは、自身の髪先を指でなぞり始める。
「ふむ……。その警戒はごもっともだが、事を急ぐ必要はないのではないか?」
何が言いたいのか理解できず。
ジョリントがただ視線を合わせると、指揮者は勿体ぶるように続けた。
「寧ろよりドラマティックな展開になるとわたくしは思うのだがね」
「彼女の感情を引き出す術があると?」
「そこまでは……言及しないが」
思わせぶりなだけで中身が無い。
ジョリントは、今のやり取りは無駄だったと、心の中で吐き捨てた。
するとキャンディが、片足立ちで耳をすませるポーズを取る。
「あっ、まずい! お人形ちゃん、もうシャワー終わったみたい!」
奥の部屋から、かすかにドライヤーの音が聞こえる。すぐにこのリビングへと来るであろう。
ジョリントは、話の切り上げにかかる。
「では皆さん。この件を、彼女には絶対に伝えないように」
誰も頷いてはくれなかった。
一抹の不安を覚えていると、着席しているジョリントの膝の上に、キャンディが勢いよく座り込んできた。
彼女は、人に見られることを前提としているとしてか思えないような、極端なミニスカートをいつも履いている。
ゆえにズボン越しだが、ジョリントの男性器と、彼女の臀部の肌が直接当たる。
「お~♡ お~ぅ……♡」
雑な喘ぎと意地悪な笑みを浮かべ、ぐりぐりと擦り付けてきた。
ヴィウスは、両方のこめかみを指で挟む。
「なんと下品な光景だ。優雅ではない」
苦悶の声が漂う間に、カナが現れた。
歩きながら、満足気に腕へ保湿クリームを馴染ませていたが……。
ソファの上の二人を見ては歩みを止め、明らかに目を丸くした。
キャンディは動きを止めず、それどころか来訪者へ向けて手を振った。
「人前でヤッたほうが興奮するんじゃないかな~と思って。お人形ちゃんも試してみる~?」
笑顔のまま、カナの表情がピキッと固まったように見えた。
天井の角へと視線を逸らす。
それを確認したキャンディは、つまらなさそうに激しく視線を落とす。
指先で、弧を描くように先端を突いてきた。
「やっぱさぁ~、ちゃんと繋がってないんじゃないの~?」
警察署への襲撃時に恋人として振る舞う役回りが確定して以降、こうした身体接触が増えた。
本来の男性ならば、悦びとして何らかの肉体的変化が生じるのであろう。
ジョリントにはそれが無かった。
産まれて此の方、一度も経験していない。
脳内に、手術台とメス。
覚えているはずのない虚無の記憶が蘇りかける。
幻覚を振るい落とすためでもあった。
キャンディの両肩を掴み、持ち上げてから隣の席へと退かす。
立ち上がり、コートをかけているハンガーラックの下へと向かう。
不満の女声が背中に浴びせられる。
「え。逃げんだ!」
「ホワイトハウス着陸の為の手続きがありますので」
「我々は待機ということでいいのかな?」
コートを腕に通してから振り返り、問いを投げかけてきたヴィウスへ指示を出す。
「キャンディさんと共に、例の空き物件に行ってください」
「何故かミズ・マリウスが買い取っていた、あそこか?」
「今回はあくまで下見です。詳細な指示は追って出されるでしょう」
対して、ワガママな爆弾魔は、両手を後頭部に回してソファにふんぞり返った。
「キャンちゃん、パパの指示以外は受けたくなーい」
というよりも、単純に彼女はマリウスの存在を毛嫌いしている。
だがこの件に関しては、彼女の爆弾に関する協力が不可欠となる。
「キャンディさん」
なので、彼女にとっては最重要事項となる、ある単語を先に伝えた。
「HS型をそこで使用します」
その名を出した途端、すぐに視線が合う。
彼女の瞳が、星空のように輝いた。




