Phase8-1:白亜の閃光――虚構
今日もあまり眠れなかった。
だから目覚めが悪いというわけではなく、むしろ何の抵抗もなくカザミは起き上がることができた。
この時間に連絡が来る、ということは事前に知らされていた。
廃墟マンションの一室。
朝日差し込むリビングにて、パジャマのままのカザミは、ヨーグルトを掬いながらソファに座っている。
カフから聞こえるアングの発言をもとに、空間に浮かび上がったホログラムで画像検索を始めた。
聞いたことはあるが、クラシックに興味がないため、気にかけたこともない男。
その名前を打ち込んで顔を直視した。やや前のめりになる。
「ヴィウス=ノヴァ=マイヤーが、あの茶色いアーマードの装着者……。にわかには信じ難い話だけど」
表示されたのは、切れ長で細い目の美形。銀色に染めた腰まで届く長髪……。
という特徴的な外見から、かなり目立つ人物ではある。
通話越しのアングが、静かな声で述べる。
『確証は持てない。だが、奴の言動、戦い方……。全部が結びついている気がする』
「有名人な立場でありながら犯罪行為に手を染めてる、なんてよっぽどクレイジーな奴だけど……。あたしも警戒はしておく」
『俺は今から図書館に行って、あの指揮者が過去に出したエッセイ本やインタビュー記事と照らし合わせてみる』
彼は昨日のひどく沈んだ時と比べて、調子を取り戻した。寧ろ、今までで一番活発になったように思える。
だからだろうか。
『もし黒だと判断したら、次回の奴の公演場所まで赴いて、引っ捕らえる』
どこか、危うさまで漂っているように聞こえた。
カザミは思わず唾を飲み込む。
「……イキイキとしてきたのはいいけど、君のお腹の傷も軽症じゃないんだから、完治するまでは目立った動きをしないほうがいいと思う」
彼は、マリウスに剣で横腹を貫かれたばかりだ。
再び敵が動き出すという断定もまだ無い状況。ゆえにカザミの指摘は真っ当なはずなのだが……。
アングは小さく息をついてから、ボソッと述べた。
『お節介が』
「んなっ……!?」
カザミが顔面を歪ませている間に通話は切られた。
思わず、耳に取り付けていたカフを投げ捨てそうになる。
それは堪えて、傍に置いてあったクッションの角を掴み、タコ殴りにした。
「あんの捻くれ者……! ちょっとは丸くなったと思ってたのにぃ……!!」
七発ほどで気は済んだ。
彼についてはひとまずのところはいい。いま抱えている事象の中では、オアシスのようなもの。
残っていたヨーグルトを一気に平らげ、カザミは立ち上がる。
足の踏み場のない寝室へと入った。
カーテンで閉ざされ真っ暗な中、二つの明かりが向き合っている。
パソコンのモニターと、お手伝いロボットの顔面モニターだ。
彼には、自分が朝食とアングとの話し合いを済ませている間に、しっかりと『見ていて』ほしいと頼んでいた。
床に散乱した袋を広い歩幅で乗り越えながら、パッチの背後まで向かう。
「お嬢様の様子は?」
『就寝シタようには見エマセン。よほど今の状況に堪エテイルのデショウ』
「たった一日で、見えてた世界が激変しちゃったんだもん。無理もないよ」
パソコンに映っているのは、ワシントン東部病院のセキュリティをハッキングすることで入手した、リアルタイムの監視カメラ映像。
その集中治療室と呼ばれる空間のものだが、妙な状況であった。
本来ならば、重篤患者や医療用カプセルに入れられた患者が入れられているであろう場所。
しかしベッドやカプセルは全て撤去され、残ったのは一つのテーブルランプ。一つのパイプ椅子。
そしてそれにぽつんと座る、メーナ・シンフォニーのみ。
元々は、カザミが病室に侵入した後、メーナはどうなったのかが気になったがためにパッチにハッキングを行わせた。
彼女はずっと下を向いている。小刻みに揺れる様子は、睡眠時の穏やかな寝息とは明らかに異なる。
「ハッキングに成功してから二時間。未だに何も起きず……」
『カザミ様が病室に侵入シタことによる混乱カラ、この場所へ匿ワレタのデハ?』
そうなのだろうが、それにしては雰囲気が重苦しい。まるで尋問室だ。
カザミは、ゾッとするような仮説を立て、口を覆う。
「まさか、イレギュラーになったことがバレた……?」
もしそうならば、既に殺処分されていてもおかしくはない。わざわざ独房のような状態にした意図は不明。
そもそも、殺す意図自体が無いようにも思える。
いずれにしても、この映像を見続けていれば、真意を確かめられるはずだと踏んでいた。
ただ、気乗りしていないのは相棒の方である。
『あの……カザミ様。この女のコトなら、アング・リーに任セタほうガいいのデハ』
空気がピリッと張り詰める。
カザミは表情を変えず、ただ画面の向こうの彼女を一点に見続ける。
ロボットの彼が振り返り、一礼。
『お気持ちヲ害シタのでアレバ謝リマス。ですが、我々が気にかける義理ナド無イでアリマショウ? ましてや、あのマリウス・マキシロードの娘ダトいうのナラバ』
パッチの機械的な視点から見れば当然の言い分である。
彼女の存在は、イレギュラーを滅ぼそうとする勢力と戦うにおいて、足を引っ張る害にしかならない。
だが、誰のせいで彼女がこうなったのか。
それを考えれば、放置するという選択はどうしても取れなかった。
どうにか彼女をこれ以上巻き込まず、そのうえでアングに知られないようにする手段はないものか。
考えている間に、それは起きた。
ザザ、ザ――!
異変に気づいたパッチも、音源であるパソコンの方へ向き直る。
『ン……? な、何ダァ?』
メーナが映っていたはずの監視カメラ映像が、突如として砂嵐に変わったのだ。
「まさか、ハッキングがバレた……?」
『しかし、ネットワークには入り込めたままデス』
パッチはキーボードの矢印キーを押す。
病院内の他の平和な様子が、連続で切り替わって表示された。
『集中治療室のカメラだけをオフにサレタか……』
カザミは脳内で、ある予測を立てる。
自然と眼力が強まった。
「つまり、今からあの部屋で起きることを、誰にも見られたくないってことよね」
*
「おぉ! 見たかったのはこれだ!!」
特対のスクワッドルームにて、ダンが歓喜の声を上げた。
机の上に置かれたノートパソコンで、ある車載カメラの映像が再生されたためだ。
これは、ワシントンの北西警察署、その駐車場内に停められていたパトカーのものである。
昨日は大統領権限の命令により、レジスタンス拠点の襲撃に時間を割いた特対メンバーだった。だが本来は、ワシントン内のパトカーに取り付けられた、爆弾についての捜査及び解体の手伝いをしていた。
今朝はようやくその本来の仕事に取り掛かっている真っ最中である。ダンに加え、ジョイ、ハルもその映像に釘付けとなっていた。
一人の男性が、画面外からぬらりと現れる。
彼は、左手にある物体を持っていた。歯車のような形をしている。
ハルが映像を指差す。
「あっ、これ! パトカーに付けられてた爆弾ですよ!!」
映像の男はパトカーの鍵を開け、エンジンをかけた。
車が浮遊する際は、車体裏の四隅からホバー用の小さな炎が上がる。その状態のまま彼は車から降り、体勢を低くする。
カメラに映る範囲からは姿を消したが、おそらく仰向けで、車体裏の隙間へと潜り込んだと考えられる。
パトカーを容易に開けられた点や、いかにも公務員のようなきっちりとした服装。どこかからか入り込んだ部外者には思えない。
ダンが顎のジョリジョリした部分を擦る。
「この作業をしているの……警察関係者じゃないのかぁ?」
予想的中。ジョイは指を鳴らす。
「だと思ったよ! やたら多くのパトカーに爆弾だなんて、内部の人間じゃないとできっこないってさ!」
犯行のプロセスは把握できた。ジョイは、限界まで顔を画面へ近づける。
「つまりこいつを捕まえれば……」
「待ってジョイ君! 送られてきた映像は全部で三つある!」
ノートパソコンの前に座るハルが、マウスを操作する。
「ファイル2を再生します。こちらは東警察署の防犯カメラで、現在より二ヶ月も前のものらしいです」
「二ヶ月だとぉ? 奴ら、そんな前から仕込んでたのか」
ダンが驚く中、今度は高い位置から見下ろしの映像が始まった。
こちらは深夜帯のようで、分かりやすいように暗視仕様で処理されており、物体が白く強調されている。
先ほどと同様に、ふらついたような足取りでパトカーへと近づく人物が映る。
ジョイは目をぱちくりとさせた。
「あれ? 別の人っぽい」
「先ほどよりも露骨に警察の制服だぞ」
警帽のシルエット。各部分に備え付けられた装備品の形などから、誰がどう見ても警察官だと答えられる。
「二人とも、なーんか妙にフラついてるし、生気が無いよねー。ちょっと姿勢の良いゾンビみたいでさ」
ハルは目を細め、その画面をジッと見つめる。
「そういえばフェニックス・フィールドで、逆立ちをしてた警備員の人がいたんですよ」
ダンは小指で耳の穴をほじる。
「なんだぁ? 職務怠慢ってやつじゃないかそいつぁ」
「問題なのは、強化イレギュラーやレッド達がいなくなってからも、ずっと同じことをしていたことなんですよ」
ジョイにとっては初耳であった。
強化イレギュラーが会場に現れた際に、ジョイは無断でアーマードを着用。その事後処理として取り調べを受けていた。
ハルは腕を組んで続ける。
「もしかしたら催眠術なんじゃないか、とゼオン元本部長と話してたんですけど」
「つまり……こいつらも同じだと言いたいわけか」
ダンは車椅子を滑らせ、後ろに置かれている巨大な机へと向かう。
一面タッチパネルとなっており、ネット上で多くアクセスされているニュース記事が自動で表示されている。
その中で、昨日のとある「小さな事件」についての記事を見下ろす。
「確かにそれで言うと、ナイゲール社ビルの騒動の裏で起きていた、社員の溺死自殺……。IDカードが失くなっていたから妙ではあったが、そいつも催眠術を使われた可能性があるというわけか……」
ジョイは、人差し指を立てて提言した。
「そうだっていうのなら、この人たちを洗脳してる瞬間さえ捉えていれば!」
「流石にカメラの死角でやってると思うよ。その瞬間は映し出されていないんじゃないかな」
ハルは、三つ目の動画ファイルも再生。
早回しで見るも、パトカーに爆弾を取り付ける人物以外は誰も映らなかった。
「ほらね。そこまで迂闊じゃなかった」
ジョイは、画面から顔を離してダルそうに立つ。
両掌を頭より高く上げた。
「はい、手詰まりー!!」
「周辺の監視カメラを見て回ればいいだろう! 面倒くさがるな!」
父の叱る声がうるさいため、両耳を塞ぐ。
そのダンは、考え込みながら天井を見上げた。
「あとは……そうだなぁ。パトカーを自宅に持ち帰って登録している者も多いだろうから、全員に呼びかけを――」
途端に、発言を止めた。
彼だけでなく、部下の二人もそちらを見る。
ダンの鋭い視線が向けられたのは、スクワッドルームと廊下をつなぐ、出入り口の扉だ。
「えっ。なに……?」
ジョイが思わず呟いたのを、ダンが制止するように手を伸ばした。
続けて彼は、らしからぬ小声で言う。
「誰かいるぞ」
ベテランである彼だからこそ察知できた異変。
ジョイとハルはハッとなり、ホルスターから拳銃を取り出す。
まさか、今の室内の会話を聞かれていたのか。
車椅子で近づけば相手に気づかれかねない。ここはジョイが身を低くし、足音を立てぬように扉の前へ。
背中を壁に当て、聞き耳を立てるも、離れる様子はなし。
つまり扉を開ければ、その瞬間に敵と対面するということでもある。
ジョイは扉の取っ手を一気に引く。
すぐさま銃を対象へ向けた。
「誰だ!!」
その姿に、ジョイは面食らう。
「……あれ?」
気の抜けた声を出しては、すぐさま拳銃をしまった。
「何やってんだよ母さん、こんなところで」
それは、ここにいるはずのない人物。ジョイの母親であるバレリー・フルーレだった。
やや目を見開き、少し身を後ろに引く程度にだけジョイの威嚇へ反応した。
彼女は、姿勢も表情も平常に戻す。
「週に一回は昼食作ってあげるって言ったでしょ? それなのに二人とも忘れちゃって」
「だって急いでたから~」
ダンが、車椅子の車輪を両手で回して近づいてくる。
「今日って火曜日か? 一気に忙しくなったもんだから、曜日感覚がなぁ」
「ともかく、はい。サンドイッチ」
中に昼食が入ってるであろうバスケットをダンに渡す。
「わざわざすまないなぁ」
「昼食代がかからない! ラッキー!」
ジョイがガッツポーズをしていると、近くのエレベーターが開く。
二人の人物が乗っており、どちらもこの階で降りる。
中にいたのは、ダンの担当医務官であるエイリンと、監査官のフラン。前者は、顔までの高さはある大量の紙の束を両手で抱えている。
後者は、何やらぐったりと疲れ切った顔を浮かべていた。
エイリンが、ダン達のもとへスタスタと近づいてくる。
「おはようございます~。ハル捜査官はいますか~?」
「中にいるが?」
「ありがとうございます。ハル捜査官~!」
ふわふわとした声を上げながら、彼女は駆け足で中へ。
今にも紙の束が崩れ落ちるのではないかという危うい光景だが、絶妙なバランス感覚でハルの傍へ辿り着いた。
フランは、バレリーの前まで来てから肩で息をする。
「勝手に移動されては……困ります……。バレリー夫人」
対して彼女は、全く悪びれない感じに笑みを浮かべる。
「昔勤務してた頃を思い出したらついワクワクしちゃって。会員証? がなかったから流石にここには入れなかったけど」
彼女は元警察事務員だ。
現場に出向いていたわけではないが、夫のダンと出会ったのも仕事での繋がりからである。
一方のエイリンはというと、大量の紙の束をドサッとハルの前に置いた。
目が点になっているハルをお構いなしに説明し始める。
「爆弾の騒動や中央襲撃などから、世間でも警察内にスパイがいるのではと囁かれている状況です~。内部でのデジタル改ざんは容易だという疑いを晴らすため、アナログでの書類が大量発行されました。ここにある分だけではないですよ~? まだこの九倍はあります」
「えーと……。つまり?」
あたふたと視線を動かすハルへ、入口に立つフランが大声で補足した。
「情報漏洩の観点から、一般の事務員には任せられない事象というわけだ! 誇りに思え」
「え……」
彼女は、自分の両頬を潰す勢いで両手を押し当てた。
「えーーー!? 私がやるんですか!? デスクの人じゃなくて!?」
「部署ごとに仕分ける作業ですからね~? 刑事課の分はみなさんが受け持つとして、交通課や内部調査課、鑑識行きに検事局行き、あとは~……」
丁寧な説明が為される中、ハルは口から魂が出ているかのような抜け殻と化していた。
デジタル化が進んだ今ではあまりない作業だが、いざやるとなればこういった作業は多ければ丸一日かかるという。事件の捜査をしてるほうが楽しいと感じるジョイも気の毒だと思った。
そんな様子を眺めていた時のこと。
ツンツンッ。
誰かに肩を突かれたので振り向く。
いつもジョイに文句を言ってくるフランだった。
顎でクイッと「こっちに来い」のジェスチャーを行う。
ジョイは苦虫を噛んだ顔をしつつ、廊下の一番奥へと向かう。
フランは、腕を組みながら壁に寄りかかった。ここで話すぞという意味か。
ベテランなダンでも、会話の内容までは聞き取れないであろう距離まで来た。
「なんですか、監査官」
ジョイはわざとらしく「あっ……」と大口を開け、右手で隠す。後頭部を撫でながらニヤケた。
「それともフラン本部長って呼んだほうがいい……んですかね?」
一拍置いた後、フランはため息をつく。
「あくまで臨時だ。私はゼオンの復帰を心から望んでいる。だから監査官と呼べ」
「また説教ですか」
「本来ならば、奴共々まとめてそうしてやりたいところなんだが……」
するとフランは、ポケットから何かを取り出す。
ガムの包み紙程度のサイズの、色が付いた紙だった。
ジョイは受け取り、すぐに四つに折りたたまれた紙を開く。
中には住所のみが書かれていた。
「その場所へ行け。武装も何も必要ない、とのことだ」
他に説明があるのかもと黙って聞いていた。
終わったらしく、ジョイは眉間にシワを寄せる。
「何があるのか、教えてくれないんですか?」
「私もよく分かっていない。あくまで頼まれた身だ。行けば分かる」
「監査官が自ら行けばいいでしょ」
「呼ばれたのはお前だ。それに、ここを離れるわけにはいかないんだよ」
フランは壁から背を離し、ジョイの横を通り過ぎようとする。
こう言い残す。
「対処しなければならない事案を見つけたからな」
去っていく彼の背中を見つめて、ジョイは鼻で笑った。
「なにカッコつけてんだよ」
ともかく、自分も捜査から外れることになるかもしれない。ジョイは雑に伸びをする。
あるいは、極秘の重大任務だろうか。
口うるさい監査官が、自分にそんな大役を頼むとは思えないが……。
ジョイは、窓から空を見つめる。
よく晴れた青空なのに開放的ではないなと感じるのは、移動を続けるホワイトハウスが見えるからか。
本来あの空中要塞は、万が一の接触事故を防ぐため、ワシントン北東のビル街上空には来ない。
中央警察署はその範囲外だが、こう感じた。
「(やけにこっち側に来てるな……)」




