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激昂のイレギュラー  作者: 亜空獅堂
Phase7:双剣――世界を断つ者
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Phase7-8:双剣――世界を断つ者

 猛々しい紫のアーマーの腰元には、中央で黄金色に光るバックルと、その奥で薄灰色のフレームが斜めにクロスしている。

 装着者であるマリウスは、自身の腕も交差させる。

 そうしてフレーム部分を掴む。


 勢いよく引き抜く動作を行う。

 まるで、最初から鞘に収まっていたかのようだった。


 シャキンッ!

 抜かれたフレームは瞬く間に変形。つばと剣身を生み出す。

 只でさえ威圧のある様相だったアーマードが、更に二つの剣を手にした。

 剣先を上へと向け、短い歩幅で重厚に詰め寄ってくる。


 無言による強圧な姿勢。アングは後ずさりする。

 脳内の住人が警告してきた。

『母親だかなんだか知らないが、こいつ本気だ! 躊躇してる場合じゃねーぞ……!』

 つまり、本気を出せと言いたいのだ。


 アングも両手の爪を逆立てる。

 だが、それだけ。

 彼女の接近をただ許す。


 焦る息遣いを上げたのは、脳内のユージーンだった。

『何してるアングゥゥゥ!! 今さらヘタれたのかァ!!』


 アングの視界が微かに揺らぐ。

 眼前にいる彼女は、危険人物だ。ここで排除できるのならば排除したほうがいい。

 一番効果的なのは、捕らえて情報源にすること。


 だというのに、自分でも信じたくはなかった。

 ――メーナの母親と、戦うことになった。

 そのことに対する怯えが、アングにあと一歩をもたらさないのだ。


 辛抱堪らずといった具合に、歯ぎしりが内で響く。

『貸せ!!』

 引きずり落とされるというよりかは、脳の中で隣り合う感覚だった。

 腕が勝手に動き、右の掌をマリウスへと向ける。


 向こうも、肉体の支配に慣れてきている。

 厄介な事実のはずだが、逃避という意味では、今のアングにはあまりにも都合が良かった。


 掌の中で、火球が膨れ上がる。

 もはや手の倍近いサイズだ。レッドの耐熱性があるからこそ火傷せずに済んでいる。


『そのまま朽ち果てやがれぇ!!』

 突如、アングの声で発せられるガラの悪い言葉。

 それが掛け声となり、発射。

 通過するごとに、中庭の地面と、敷かれているタイルを荒らす。


 この勢いに、マリウスは対応できず。

 いや、違う。



 逃げようと、していない。

 彼女はその双剣を、胸の前でバツの字に擦り合わせた。

 まさにその交差点へ、人の頭を超えたサイズの炎が直撃する。


 アングの疑念。ユージーンの慢心。

 抱いた双方の結末。

 その決着を示したのは。



 音だった。

 ドッ――。

 爆発音が、途切れた。


 不可解な現象は続く。

 これは、レッドが吸収した死者の魂を利用した攻撃だ。

 ゆえに着弾点を軸に、十字の火柱が立つはずだった。


 それも起きていない。

 爆炎も黒煙も、何一つ見えていない。

 何故かは見れば分かる。

 アングは、釘付けとなっていた。


 マリウスの双剣が、炎を破裂させず、受け止めているのだ。

 続けて起きたのは、一瞬だけの火球の膨らみ。

 しかしあとはまるで、握りつぶされたかのようだった。

 剣同士の交差点に吸い込まれるようにして、火の玉は消えた。

 いや、そうではない。


 その剣同士の接触点が、僅かに赤く光っている。

 やがて彼女は、バツ字の構えを解く。


 解放の瞬間だった。

 鎮火寸前だったはずの火が、拡大。


 アング達がいる正面へ向けてだ。

 ボゴァァァァッ!!

 行き場を取り戻したかのように、強烈な火柱が伸びてくる。

 十字に発生するはずだったはずの爆炎のうち、三方向分を吸収でもしたのか。

 想定の倍は太い、凶悪な線となって襲いかかる。


『なにぃ……!?』

 レッドの耐熱性でも危ういとユージーンは悟ったのだろう。

 横に跳び、反射された炎を回避。

 背後の栽培用ラックが、一瞬で灰と化した。


 考える余裕もなく、彼女は次の行動を取る。

 右手の剣を持ち上げる。鋭く振るう。

 下へ向けての横薙ぎだった。


 それは、想像だにしない現象を生み出す。

 刃から波動の横線が生み出されたのだ。

 レッドとマリウスの、ちょうど中間に位置する地面へと着弾。

 剣身と同等の長さが亀裂となり、抉れる。


 一秒後、妙な変化が起きた。

 地面に刻まれた線が、どういうわけか。



 ズドルルルル……。

 意思を持つように、左右それぞれへと伸び始める。

 この中庭の端から端まで到達。断面からは、紫の光が仄かに灯る。

 直接的な攻撃ではない。


 ゆえにユージーンは、構わず再び前へと走る。

 アングは警鐘を鳴らした。

『(待て! あの長い線は妙だ! 危ないぞ!)』

『だからといって止まってたまるかよ!! せいぜい下から上に光線が伸びるくらいだろ!?』


 決めつけた彼は、脚に力を込める。

 踏ん張りを利かせた結果だ。まさにこの建物の最上階である三階の高さまで跳んだ。

 降下している間に、彼女が生み出した線を越えるだろう。


 そのまま引っ掻き攻撃へ繋げようとする。

『これだけ高く跳べば、どんなトラップも無駄に終わるってもんだぁぁ!!』


 彼に身を委ねていたアングの思考も、接近してからどう動くべきかという次への対処に陥っていた。

 だから、想定できなかったのだ。



 いきなり地を這いつくばることになるとは。

 空中で線を越えた瞬間に、それは起きた。

 まるで、上から隕石でものしかかってきたようだった。


 ズォォンッ!!

 緩やかなはずの落下が一変し、垂直の急降下。

 うつ伏せで地面へ叩きつけられた。


『があああ!? な、何だこれ……!? 動けねぇ……!!』

 手も足も、持ち上げるどころか、指一本上げることすら叶わない。

 縦の線が見えそうになるほどの、とんでもない重圧。


 紫のアーマードは直立を続け、こちらを見下ろしている。

『勢いで乗り切ろうとするのは愚策というもの。ゆえに大きな過ちへと繋がったな』


 彼女は剣を持ち直す。

 真下に向けた剣先を高く掲げた。

『我がバイオレット・アーマードの許可無しに、国境線を越えることはできない!』

 レッドの首元へ向けて、ギロチンのように真っ逆さまに振り下ろされる。


『(ユージーン、代われ!!)』

 彼の意識を強引に突き飛ばす。

 肉体の所有権がもとに戻り、アングは即座に行動を起こした。


 右掌で小爆発を起こす。

 アングの想定では、この反動によって自分の身体を浮かせ、彼女のテリトリーから抜け出せるというものだった。


 それは成功するが、重力の影響は底知れなかった。

 身体が浮くのではなく、倒れたまま滑るようにして、元来た道へと弾き出される格好となった。


 だがこれでいい。形成を立て直す準備は整う。

 彼女の言う国境線から抜けてしまえば、いつものようにできる。

 逆の手である左手で空気を爆破。

 これにより、起き上がると同時に飛び上がる。


 よじるようにして身体の向きを立て直し、落下の勢いを重ねる。

 右手から伸びる白い爪を振り下ろす。

 何に対してか。


 この中庭で育てられている草花を潤す、スプリンクラーに対してだ。

 切断された瞬間に爆炎が生じる。


 この火種を使う。

 右手の全体に纏わりつかせる。

 これを横に振るえばどうなるか。


 巨大な五本の炎の爪が、相手の身体を襲うだろう。

 炎の長さをこちらで自在に調整。遠距離からでも実行できる広範囲の斬撃。

『この攻撃までは止められないだろう!!』

 横に薙ぎ払うようにして右腕を振るった。


 しかしマリウスは、やはり動かず。

 彼女のほくそ笑む表情が見えるようだった。

『愚かめ』


 再び剣を動かす。

 今度は縦だ。

 ブゥンッ!!

 上から下への一閃により、紫の波動線が発射される。


 しかし、目で追える速さではあった。

 先ほどの炎の反射よりは容易に、横へのステップで回避する。

 縦線はアングの横を通り過ぎ、柱へと命中。

 今度は線の長さが伸びることはなく、だが生じた亀裂には紫の光が灯る。

 逆に、レッドとバイオレットの位置を隔てていた横線からは、光が消えた。


「(……同時に二箇所の線は発現できないのか)」

 アングは振り返り、縦の断面を確認する。

 偉ぶるほどの攻撃、状況ではないと思い、つい笑みがこぼれた。

 彼女の方へ向き直ってから言い放つ。

『粋がっていながらこれか!! そのアーマードも大したことな――』



 発言という行為自体が、引力に引っ張られるようだった。

『い……!?』

 アングの身体が勝手に動く。

 まるで、正面から強烈な一打を浴びせられたかのような勢いで、後ろへと引きずられる。


 しかし、及ぼす力自体は背後からだ。

 まさしく、柱から生じている紫の光によってだ。

 レッドの背中は、まるで磁石のようにその柱へ叩きつけられ、くっつくこととなった。

 身体の伸びまでもが、縛られたように気をつけの姿勢で固定される。


 レッドに対してだけではない。一定距離内にある全てを吸い込む。

 カレンダーやネジ、挙句の果てには黒い土の塊までもが飛んでくる。

 赤い装甲が立ちはだかろうとも、それらは、柱に刻まれた剣筋にどうにか潜り込もうと直進を続ける。装甲にバチバチとぶつかる。


 離れた場所にいるマリウスは雄弁と語る。

『貴殿は今、私が統べる国家の中心に立っている。つまり私の思うがままということだ』

 言い終えてから彼女は、右の剣を後ろへと振りかぶる。


 そのまま続けての動きだ。

 槍投げのようなフォームで放り投げてきた。

 軌道自体は若干の逸れが生じたものの、関係はない。


 引力により、進行方向は修正される。

 投擲とうてき物ではあり得ない小刻みな揺れが生じたのち、剣先がピタリとこちらを向く。

 アングの心臓部めがけて迫ってきた。


『やらせるか……!!』

 レッドの両手は腰の後ろに回っており、掌が柱と接している。

 両方で同時に爆破を行う。


 ドゴォゥッ!!

 柱は根本から粉砕。断面が鋭く尖った上部も、遅れて真下へと落ちる。


 これにより、アングの身体は自由を取り戻す。

 横に転がって剣の直撃を逃れた。


 マリウスは、右手で虚空を鷲掴みにするような動きを取る。

 地面に転がった剣が、ガタガタと独りでに動き出す。

 吸い寄せられるように浮き上がり、主の手の中へと戻った。


 直立の体勢へと戻ったマリウスは、剣を持ったままガシガシと拍手。

『なるほど。引力の基点そのものを破壊する。良い判断だ』


 しかしここで、彼女は右斜め後方へと目を向ける。

 アングもそちらを向き、ハッとなる。


 まさに対面となったのは、アングに対してだ。

 ガード・アーマードを着用した人物。腹部には焦げ痕がある。

 アングがこの施設に侵入した際、すぐに奇襲をかけてきた人物だ。


 両手で握りしめているのは、細かい破片。青銅色で厚みがある。

 先ほどのマンホールの蓋を砕き、鋭利な刺突武器としたのか。


 彼は、助走を取るように右脚を深く引いた。

『うおおおおおお!』

 掛け声と共にダッシュ。


 安易な突き攻撃だったため、アングは簡単に手首を掴んで止める。

 しかし、想定以上に腕力は強い。押し倒されそうになる。

『ここで勝てば、俺も昇進だ……! 死ねレッド!!』

 先端が喉元まで迫る。まずい。

 そうして訪れた痛みは。



 全く別の位置だった。

 腹部の肉が切れる。

 激痛が、一瞬で脳まで駆け巡った。


『がはっ……!?』

 アングは血を吐いた。

 鋭い切っ先が、レッドの横っ腹の装甲を貫いたからだ。


 それをもたらしたのは、目の前にいるガード・アーマードではない。

 むしろ、声を上げれて良かったくらいだ。



 眼前の彼は、もう言葉を発せられない。

『ぐぷっ……。ぅっ……』

 何故なら、彼の腹部の中心から、薄灰色の刃が飛び出ていたから。

 貫通したそれが、アングにも一撃を与えた。


 鍔迫り合いをしている間にマリウスは忍び寄っていた。

 そして、遂行したのだ。


 ユージーンが、彼女の凶行に愕然とする。

『なにぃぃぃ!? こいつ、味方ごと……!!』

『ありがたい死だ。敬意を評し、勲章を与えよう』


 マリウスは剣を引き抜く。血の飛沫が舞う。

 アングが片膝を付くよりも先に、囮とされた勇敢な人物は仰向けに倒れる。

 もう動くことはなかった。


 首謀者である彼女は、もはやその遺体に目もくれていない。

 ただこちらを見下ろす。

『急所は外せているな? では交渉だ。大人しくレッド・アーマードを譲渡するのであれば、このまま貴殿を連れて行く。断るのならば、今ここで斬首する』


 アングの首元に、血で濡れた剣の側面が添えられる。

『さあ、答えを聞こうか』


 彼女は勝ち誇っている。

 理由は定かではないが、レッド・アーマードさえ手に入れられれば、目的は達成するのだろう。


 アングは、絶命した警察官を見る。

 彼は、後ろから刺された。

 力を手にしてからのアングが目の当たりにした死因の中では、初めてのパターン。


 レッドは既に、彼の魂を回収しているだろう。

 どう作用するのかは分からない。だがこれは……。

 人の命を道具として利用した彼女が招いた、唯一の隙だ。


 彼女も完璧ではない。

 ならばと、装甲の内側で口角を釣り上げた。

『くたばれ毒親め』

 心の底からの侮蔑である。


 彼女の身体が微細に震える。

 笑いを堪えるので必死だったようだ。

『では仕方あるまい』

 バイオレット・アーマードは、剣を持ち上げる。

 見せつけるような挙動。


 対してアングは、内に眠る炎を意識した。

 ボォォォゥッ!!

 レッドの結合部から炎が噴き出る。


 この変化に、マリウスの動きがピタリと止まる。

 レッドの閉じていた口元がガシャリと開き、牙を剥き出しにする。

『その一瞬が命取りだ……ッ!!』


 怨念がどのように作用するかは分かっていなかった。

 だが発動してすぐに、理解する。


 レッドから噴き出した炎は、流れるようにバイオレットの背後へ。

 集合体となり、人型を形成する。

 それは、バイオレット・アーマードと全く同じシルエットだった。


 マリウス本人が振り返り、横斬りを行う。

 感触はないだろう。剣が掠めたことで、上下真っ二つに分かれて霧散する。



 ただこれは、怨念だ。

 背後から刺されたという『事実』が覆ることはない。


 炎が纏わりつく。

 バイオレット・アーマードの背部に、へばりつくようにしてだ。


 もはや、彼女の剣で対処できる位置ではない。

 所詮は炎であるため、刺すという行為をそのまま実行することは不可能。

『ぬっぅぅぅ……!?』

 だが、彼女の装甲を熔かし、肉体を炙ることはできた。


 これは、一種の拷問として作用する。

 彼女へ言葉を吹き込むのに最適な状況となった。

 腹部の痛みに耐えながら吠える。

『さっきの質問を……そのまま返すぞ……。俺たちの為に言うことを聞くか、ここで焼け死ぬかだ! 選べ!!』


 形勢は一変している。

 本来ならば、もう偉そうな言葉は使えない。


 しかし、この支配者は。

『く……ははっ』

 背中を焼かれているというのに、嗤っている。


 その不気味さゆえに、一つの動きを見逃した。

 彼女は剣を縦に振っていた。

 己の斜め後ろへ向けて、剣筋の波動が飛んだ。


 着弾したのは、中庭の入口に設置されていた石造りの噴水。

 ゴパァァッ!!

 岩は砕け、亀裂から水があらゆる方向へ噴き出す。


 そしてあの位置が、新たな重力の基点となる。

 ギリギリ、吸収の範囲内だったようだ。

 重そうなバイオレットの装甲までもが強引に引っ張られる。

 しかしそれは、危機を脱するための処置だ。


 ジュゥゥゥ……!

 大量の水流を背に受け、背中にまとわりついていた怨念の炎を鎮火してみせた。

 噴水の残骸にもたれかかる彼女は、ようやく声に疲弊の色が見られた。

『聞いていたとおり……だな。人の魂を吸収し、糧とする力か』


 強烈な引力だ。アングも経験した。

 だというのに彼女は、もはや鋼の精神力によるものか。

 引いていた顎を上げ、真っ直ぐにこちらを見た。

『集めた情報は正しかったということだ』


 彼女に一撃は与えられた。

 にも関わらず、未だに悪寒が覆い尽くそうとしている。


 その最中のことだ。

 ジジ、ジ――。

 それは、装甲内の機械音声。

 というよりは、ノイズとして鼓膜へ辿り着いた。

 何だと思った直後。



 視界がまばゆく光る。

 金属の塊に包まれていたはずの肉体が、いきなり外気に晒された。


 しかもこの現象は、アングに対してのみではない。

 視線の先。

 マリウスに張り付いていた装甲も外れ、キューブとなって転がった。

「なに……?」

 斬れ痕から漏れ出していた重力の光も消える。花壇を燃やす炎だけがこの場に留まる。


 すると、アングの傍にあった案内看板に、黒く太い線が巻き付く。

 ワイヤーだ。三階のバルコニーから伸びてきていた。


 続けて、凄まじい巻き取りと同時に人影が引き寄せられてくる。

 普段とは違って手元のデバイスから射出しており、左脇には何故だか白い布を抱えている。

 スーツの裾から覗く鋼鉄の足。その爪先付近からナイフが突き出る。


 地面に刺すことで勢いを殺し、着地。

 狐の仮面を被った状態のカザミだった。まだスーツ姿のままでいる。

 着地した途端、脇に抱えていた布……。

 どこかからか持ってきた白いカーテンを、アングの頭に被せた。

 他の警察に正体を見られないように、という配慮か。


 マリウスは悠然と立ち上がり、彼女を直視する。

「理解したぞ。何かの生産工場だということまでは掴んでいたが、まさかアーマードの装着を強制解除する兵器だったとは。しかもよほど精巧かつ、小型化していると見た」

 すると彼女は、近くにある柱へと歩いていく。

 備え付けの受話器を手に取る。

「地下に仕掛けがあると決めつけた私の失策だな。完成する直前にいただくつもりでいたが、致し方あるまい。手の内を暴けただけ良しとしよう」


 言いながら、彼女は最初から分かっているようにタッチパネルを高速で叩く。

 受話器を耳に当てると同時に、建物中のスピーカーからプツッ……と音が鳴る。

『全員、撤退だ! 北入口前に集合しろ!!』

 マリウスの命令が、屋内全体に響き渡る。

『アーマードを使えない以上、武力としては同一。深追いはするなよ! ダン捜査官もだ!』

 最後に名指しされたダンは、何らかの手段で肉体が肥大化している。生身の人間なら容易く殺せてしまう。

 そんな彼もわざわざ退散させるのは、いったい何の情けか。


 いずれにせよ、そのような采配を下すということがどういうことか。

 イレギュラーを一人ひとり足りとも逃さないという意志など、最初から無かったことを意味する。


 彼女は受話器を元に戻す。

 こちらを見ずに、薄い笑みをこぼした。

「ここにも警官たちが来るだろう。貴殿らも早く逃げたほうがいい」

 マントを翻し、北側の出口へ向かおうとする。


 無謀な行為はできない。生身だからと彼女に手をかければ、近づいてきた警察に撃たれる。

 だが、このままタダで逃がしたくないとも思った。

 アングはカーテンの布を少しずらし、彼女から見て顔を視認できるようにする。


 そのうえで問いかけた。

「自分のやり方が間違っていると……考えたことはないのか」

 部下を殺した。多くの人の命を奪い、娘も巻き込んだ。

 この歪んだ世界に取り憑かれているからだとしても、理解することはできなかった。


 支配者の足音が止まる。

 結局彼女は、こちらを見ようともしない。


 だが、自信有りげに白い歯を見せた。

「そんな迷いは当に捨てたさ」

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