Phase7-7:双剣――世界を断つ者
レッドさえ装着してしまえば、もはや人に見られることを気にはしない。
掌で小爆発を起こしての飛行。アングはそれを連続で繰り返し、ビル五階建て相当の高度を保ちながら、最短距離での到着を狙う。
ただ走るよりは圧倒的に効率が良い。
この急ぐ様子に、頭の中のユージーンは唾を吐いた。
『そんなにジョイに人殺しになって欲しくないのか』
『お前には分からないだろうな』
『ああ分からないね! どのみちクソみたいな世界なんだ! 全員で不幸になっちゃったほうがフェアってもんだろ!!』
舐めた発言に苛立ちつつも移動を続けていると、景色が一変。
北東部のビル街が途切れ、緑が現れる。
旧時代のワシントンは景観を重んじていた。
自然と街並みは地続きであり、高層建造物によって埋もれることなどなかったのだ。
その名残として未だ存在するのが、ワシントン中央部から北へと伸びる巨大な公園、ロック・クリーク・パーク。
季節相応の黄と赤の彩りが見えると同時に、目的の建物も姿を見せた。
樹木管理センター……。
公園内の自然を、市民団体がその名の通り管理する、木造三階建ての長方形型の施設。
中央部分は屋根のない大きな吹き抜けとして四角く切り抜かれており、開放的な場所だとネットで紹介されていた。その中庭のことをパティオとも呼ぶ。
陽の光を浴びることもできる、健やかな場所は。
今や、灰色の煙が天へと昇る、戦場の地へと変貌していた。
アングは、入口の前で着地。中がどのような状況かは、煙に阻まれてよく見えなかった。
探りを入れている時間もない。すぐに、ヒビ割れて半開きになった自動ドアを押し開ける。
悪趣味な出迎えだった。
頭を撃ち抜かれ、絶命した男性の遺体だ。危うく踏みそうになる。
照明が落ちて暗がりとなった廊下奥を見るだけで、他に二人の屍の影が転がっていることが分かる。
既に、多くの人員が犠牲になっている可能性が高い。
それをユージーンは、大変な状況だとは思っていなかった。
『ラッキー。新しい技を手に入れられるかもしれない!』
あいも変わらぬ狂気。卑劣だとすら思った。
亡霊に構っている暇はない。
アングは駆け足で前進する。銃撃や破裂する音は、中心部――吹き抜けの光が宿る場所から聞こえてくる。
現在の廊下は、非常灯が点滅する気味の悪い状況。
すぐに抜けようとするが……。
『くらえええええ!!』
唐突な、気合の入った声。
聞こえた横を向けば、別室にガード・アーマードが隠れて、待ち伏せしていた。
迫りくる彼は……。
なんと、マンホールの蓋を振りかざした。
防御の体勢を取る余裕はない。抵抗は、左腕を上げる程度に留まる。
ボガァッ!!
鉄の半分が、レッドの頭部を撃ち抜いた。
『ぐあっ……!?』
意識が揺れるが、掌での小爆発程度なら、すぐに出せるように練習はしてある。
アングは右手を出し、相手の腹部の前へ掌を向ける。
発火。
装甲を抉るほどの火力ではない。だが至近距離でモロに食らった彼は、後方へ吹き飛ぶ。
『ぐおおぉぉぉぉぉう!?』
そのまま背後の壁に、ヒビを入れるほどにめり込む。
首がガクッと前に傾いた。気絶したのだろう。
『そこで寝てろ……!!』
脅威ではない奇襲だった。しかし無駄に手間がかかってしまった。
自分に腹を立てつつも、パティオへと向かう。
一時的に屋外の吹き抜けへと出たわけだが、その中庭の園芸フロアで戦闘が起きているわけではない。
アングが見上げた先。
三階の開けた廊下にて、彼は処刑を遂行していた。
『でやああああああああああ!!』
野太い咆哮。
彼は巨体で跳躍しながら、その丸太のように太い右腕を斜め下へと突き出した。
生身の人間が食らえばどうなるか。
その疑問を晴らすのに、うってつけの瞬間だった。
ドブチュァアアア!!
逃げ惑う男性を後ろから殴り、脆い上半身がいとも容易く弾け飛ぶ。
断末魔を上げる隙すらなかった。
『エヴォル細胞の使用再開を大統領権限でやってくれるとは、実に気分がいいなァ!』
ダン・フルーレという光は、イレギュラーから見ればそうではない。
単に殺戮を遂行する、筋肉の怪物だろう。
更にもう一人。ジェットパックを使って宙に浮き、二丁拳銃で標的を狙い撃つガード・アーマードもいる。
アングは、柱の陰に身を隠す。二人の会話を聞く。
『しかし思っていたより対象が多いなぁ! なんだって今まで放置されてた!?』
『この人たちの潜伏スキルが高かったか、大統領の調査力がすごく高かったかでは!?』
『俺たち警察が弱すぎたのか!! ガハハ!!』
空に浮いている人物の声は、先ほど立体駐車場で会った女性警察官、ハル・フラットのものに聞こえた。
ということは、やはりジョイもこの区画内に……。
予感は、想定よりも早く加速する。
日が照らすエリアに、対面の暗い通路から、尻餅をついた女性が後退してきた。
同じく、彼女に警棒を突きつけているガード・アーマードも姿を現す。
既に女性は他の警察に撃たれたのか、肩や腿から血を流している。
彼女が右手を前に出し、怯えきった顔で懇願する。
「や、やめろ……」
対して、それを受けた彼は……。
自身の後頭部を擦った。
『うーん。そういうふうに言われると、決断が鈍っちゃうよ~』
悪びれた様子は全くない、無邪気で明るい男の声。
やはり……と、アングは意識を詰まらせる。
装甲に身を包んだ親友は、少し困ったように右腕を傾けた。
『僕も本当はさ、どういう事情でレジスタンス活動なんかしてたのか、詳しく問い詰めていきたい! けど仕方ないんだよな。仕事だから。監査官に説教されるのもやだし』
言いたいことだけ言い、そこから自責の念など知らない。
警棒に電磁をまとわせ、振りかざした。
『だからごめん、よ……っ!!』
軽い言葉とは裏腹の暴力。
着弾よりも前にアングは飛び出していた。
指の関節部から、ジャキッと白い爪を伸ばす。
その二本分を使って警棒を真正面から受け止めた。
感電は、緩やかにレッドの内部へと通る。
『ぐっ、う……!!』
気を失うほどではないが、身体を思うように動かせなくなるほどの衝撃が走る。
ジョイは、誰に攻撃を与えているのか気づき、『おっ?』と間の抜けた声を漏らす。
すぐに警棒を浮かせ、今度は抱擁の勢いだ。
両腕を大きく広げた。
『レッド・アーマードォ!! 学校ぶりじゃないか、会いたかったんだよ!!』
両手を近づけるも、まだ電気が通っているのを警戒してか、触れずに見守ってくる。
この隙に、女性レジスタンスは這いつくばって逃げていった。
『けどあの時とは事情が変わっちゃったね。統括官のおじさんを、あんな風に痛めつけちゃうからだよ』
憐れみの言葉をかけてきた彼は、人差し指を立てて声を上ずらせる。
『ただ安心して! 君がイレギュラーだとしても、今なら見逃してあげる』
ようやく、電流による異常から回復した。
前のめりになっていた体勢をゆっくりと戻す。
その間もジョイは、一人で延々と想いを語っていた。
『人の命を守るために戦ってたっていうのを、僕は目の前で見た! むしろ、社会のハミ出ものでありながら、世界を守る立ち位置を選んでるなんて、ヒーローコミックっぽくって興奮するよ!』
消耗による汗を垂らしつつ、アングは彼を見据える。
他の人間たちとは違い、まだ彼は、イレギュラーにも個体差があるから吟味しようという節がある。
その考え自体がどうかしているのだが。
彼に正体がバレないよう、低い声で述べる。
『イレギュラーであることの何がいけない』
『えっ』
『学校でそう習ったから、お前たちは妄信的にイレギュラーを迫害するのか』
これは警告だ。
話せば分かってくれる可能性が一番高い、彼にだから言っている。
しかし言葉を受けた本人は、首を傾げて唸るに留まった。
『きっと何か……明確な判断基準があるんだろう? 殺すべきイレギュラーと、殺さなくてもいいイレギュラーっていうのが!』
やはり簡単ではない。
イレギュラーは社会の害だという、植え付けられた固定観念を打ち砕くのは至難の業だ。
『それさえ教えてくれたら、同じチームの人たちとも共有するから!』
イレギュラーである事自体に罪はない。人間として平等の姿だ。
ただ、それがバレてしまうと排除されるから、抵抗するしかないのだ。
そのように伝えてやりたい気持ちはあるが、アングの脳裏にはどうしてもあの男がよぎる。
ゴードン・ルッツ。
怒りという感情に任せて、あの男の命を潰そうとした。
彼もイレギュラーだと判明し、挙句の果てには、怪物にされた妻を人質に取られていた。
あの男は、殺すべきイレギュラーに該当したのか。
自分の行動が、自分の首を絞めていた。
イレギュラーを殺すななどと、どの口が言えたものか。
黙り込んでしまったレッドを、ジョイが覗き込むように見てくる。
その最中での介入だった。
高い足音。
特有の履物が鳴らすそれは、まだアングの脳裏にこびりついている。
振り返る前から、表情が固まった。
ジョイは、片足立ちで身体を斜めに傾け、アングの背後から現れた彼女……。
マリウスを見る。
『誰』
「やはりまだ知名度は浅いか。この度、大統領に就任したばかりのマリウスだ」
『えっ。あぁ~……。あなたが』
全く興味なさげに、気の抜けた返答だった。
おそらく、『命令』という関係性が無ければ、交わることはない種類の人間だろう。
無礼なジョイを叱るでもない。冷たい笑みのままの彼女は、レッドを見ながら口を開く。
「彼と二人で話したい。下がれ」
『いやいや、流石に生身で立ち合うのは無茶じゃ……』
「私から言わせれば、能力が高いからという理由だけで学生を指揮下に招いた、警察の浅はかさに疑問を抱いているが」
『あ……』
彼女はこの採用に、不服側の意見だったのか。
ジョイは一度こちらを見ると、たどたどしい動きで身体を反転させる。
『は、はーい。善処しまーす』
闇となった廊下へと戻っていく。
その最中にマリウスが呼び止める。
「地下を捜索しろ。ここまで大掛かりな拠点を維持していたということは、何かしらの準備も敷いていたはずだ」
彼は立ち止まって振り返る。
ただ手を挙げるだけの対応を行い、すぐに歩みを再開させた。
闇に消えたのを見送った後。
マリウスはまた、アングの方へ向き直る。
「リリアン・リーの息子よ」
断定した。
しかも母の名を口にされ、空気が一変したのを装甲の内側でも感じる。
彼女は、自身の腰の前で手を組んだ。
「レッド・アーマードを私に譲渡してくれないか? 我が野望を成就させるためには、どうしてもその力が必要なのだ」
思わず身震いする。
今さら、否定しても意味はない。彼女はサミットの会場で、アングを直視しながらほくそ笑んでいた。
恐らく見逃したのも、人目のつかない瞬間を狙ってのことだ。
ならば逆に、問い詰めればいい。
『母さんとはどういう関係だ』
「直接的な面識はない。私が一方的に気にかけていた」
まるで、最初から用意していたかのように間髪入れずの返答だった。
彼女の言い分が本当なのか、確かめる術ならある。
アングは、意識の底で黙り込んでいる彼を睨みつけるように、目元へ力を込めた。
母リリアンの手中にレッド・キューブがあったというならば、彼も知っているはず。
ユージーンは冷や汗をかいてたじろぎ、歯で息を鳴らしつつも答えた。
『そいつの言うとおり。顔も知らないはずだ』
睨む対象を、眼前の女性へと戻す。
なぜ母の名を知っているのか。本当の目的は何か。聞かなければならないことは山ほどある。
だが、今は。
彼女に対する不満が、一つに集約されていた。
『敵討ちしに来たんじゃないな?』
ある意味では、親として侮辱とも取れる問いだ。
マリウスは、眉一つ動かさない。
さも当然のように、彼女は振る舞っている。
その腐った性根から、逆にアングの眉間にシワが寄り続ける。
『娘が怪我を負ったんだぞ、俺のせいで……! こんなところで何をしてる!! メーナのところに居てやったらどうだ!!』
迸る感情的な指摘。
しばし受け止めたマリウスは……。
鼻で笑って一蹴した。
「狭い視野で物事を見る、典型的なパターンだな」
信じがたい。
『な、に……?』
他人事のような回答に、自然と表情筋が痙攣する。
確かに負の感情が消失しているのならば、家族が怪我をしたところで、長くは引きずらないだろう。
だが彼女からは、それとは違う『別の歪み』が生じているように思えた。
「見舞いには行ったとも。だが流石は私の娘だ。気丈に振る舞っている。私たちが一々気にすることではない」
話が通じないと悟った。
衝突が避けられないこともだ。彼女はレッドを狙っている。
それが無意味だと分からせてやる必要がある。
『要望には応えられないぞ、残念だったな。レッド・アーマードは俺の意志でしか反応しない。俺専用の武器だ!』
「使えるようにするさ」
『強がりならやめておけ!』
「我々には、それが出来るだけの技術がある」
折れようとしない。彼女の言い分は本当なのか。
ガード・アーマードを発表した警察ならまだしも、彼女が?
しかし、警察よりも強い権力を持っているのならば、あるいは……。
思考する様子を、長身の彼女が見下ろす。
指の関節を顎に当てる。
「ふむ……。今のままでは説得力が薄いかな?」
再び笑みを宿らせ、黒のトップスとマントの間に手を忍ばせる。
「ならばこれはどうだ?」
そう言って、彼女はある物体を取り出し、掌の上に載せた。
灰色の布。
それにより、四角形の何かが包められている。
ここ数日、あまりにも頻繁に見かけるその形状。
息が止まりかけた。
中身を見る前に、確信する。
彼女は布を、花びらを開くように優雅に捲った。
当然、それが見える。
繋がる小さな四角たちは、深みのある紫色。
押し込む中央部分には、黒の四角に白い紋様が描かれたもの。
そのルービックキューブのような物体を、彼女は凝視しながら言う。
「生憎これは、コア・アーマードではない。模しただけのデミ・アーマードだが、貴殿のような未熟者では事足りるだろう」
これまで、多くのアーマード装着者を見てきた。
だが今回は、今までとは訳が違う。
最大権力者が自ら前線に立ち、装着する。
愛しい人の肉親でもある。
それがどれほどの圧かというのを、本能と息苦しさで痛感した。
『……使ってみろ。後悔するぞ』
「それは、貴殿のほうだ」
彼女は止まらない。
敷いていた布と共に、キューブを上空へ放り投げる。
ガコォンッ!!
キューブの分裂と、高速の伸縮。
それらが流星のように降り注ぎ、マリウスの身体へと吸着していく。
構築されたのは、禍々しくも美しい紫の装甲。
肩から手首へとかけて鋭利なトゲが突き出ており、近寄る全てを排斥せんという威圧を放つ。
胸部には、自らの家名を誇示するかの如き、白い紋章が鎮座する。
共に舞い上がった灰色の布も、どういうわけか伸縮。
身を包む長大なマントとして、そして腰を覆う前掛けとしても姿を変えた。
最後に、龍の如き八本の角を備えた頭部が完成。
両の目に白き光が宿る。
その高貴な鎧は――。
絶対的な覇者として、アングの前に君臨した。




