Phase7-4:双剣――世界を断つ者
「イレギュラー化している。間違いなくな」
漆黒の車両による移動の最中、後部座席のマリウスはそう口にした。
運転席でハンドルを握るジョリントが、メーナの様態について事務的に尋ねたことへの返答だった。
適当にはぐらかせばいいものを、何故……。
ともかく言われてしまったため、ジョリントは受け答えをする。
「まさか、レッド・アーマードによる攻撃が原因で……?」
「それは分からない。兆候も無かったが、現にこうなってしまった」
バックミラー越しに、彼女の挙動は見えている。
脚を組んでいた彼女は、更に、膝の上で手を組むという余裕を見せた。
「仮説はいくつか上がっている。いずれ自らの手で導き出すさ」
ジョリントには、気になる点がいくつもあった。
まずは、先のサミットでの発言と照らし合わせての、今後について。
「メーナ様を……どうなさるおつもりで?」
「処刑はしない」
一切の間がなかった。
彼女は会議場でこう言ったはずだ。ワシントン中のイレギュラーを殲滅すると。
その範囲から、簡単に娘を除外した。
「詭弁だと思うだろうが、一人娘を葬るなど、親としてあるまじき行為だ。この世界の倫理においては異質かもしれないがね」
「迷いはなかったのですか?」
「逆になぜ迷う必要がある?」
「あなたは、目的のためならば、誰を利用することも厭わないお方のはずです」
「その通りだ」
ジョリントは、ハンドルを握る指に力を入れる。
「私は、あなたに指示されて、元統括官を捕らえました」
「ゴードン・ルッツか。彼には申し訳ないことをした。愛する者が醜い姿に歪められれば、我々の活動に協力してくれると踏んだのだが……」
マリウスは、くすりと嗤った。
「まさかレッド・アーマードを見つけることをあっさり諦め、妻を見捨て、女遊びに興じるとは。しかしそのほうが幸せだったのだろう。再び希望を見出してやったのが運の尽きだったな」
そんなことを聞きたかったわけではない。
だが好都合と考えた。
ジョリントは、別の質問を投げる。
「失礼ですが、あのタコ型の状態から、彼女が人間に戻れた可能性は?」
「ゼロだ。技術の進歩で……と彼には嘘をついた。モルモットへの実験では成功した、という内容のフェイク動画を作り、改めて彼に見せてな。だから今回の一件で彼は本気になったのだ」
彼が救われる道は、最初から無かったというわけだ。
車は、専用ゲートのバーの前で停止する。
赤く回転する認証ランプの光が、ジョリントの顔を照らす。
「つまりあなたは、目的のためならば平気で人を騙し、流儀にも背くと」
「必要だからそうしているのだ。失望したかな? 元統括官秘書の、『ジョリント』君」
強調するように、そう言われた。
ジョリントの表情筋が微かに強張る。
彼女が公然とその名を口にしたことにより、ジョリントという仮面を剥がせなくなっていた。
「私は、自分が何者なのかを熟知しているつもりだ。役割を全うする為ならば蛇にもなろう。偽りの名前を駆使し、標的の傍で潜伏する貴殿と、本質は同じとも言える」
車内の酸素が薄くなったように感じる。
ジョリントは、悟られまいと、沈黙を作らずに返す。
「あなたの使用人として仕えている間、私の名前は『ジョン・ノウン』であるとお伝えしたはずですが」
「好きな名で呼ぶことの何がいけない?」
「私が名前を選んだのです」
「貴殿がいくつも名前を変えるのは、まだ本当の自分を見つけ出せていないことへの逃避だろう」
彼女はやや胸を張り、見下すように顎を上げた。
「ゆえに、考え方を変えるべきだ。その名前になるのだ、と」
「あなたがそうだったように、ですか」
氷の笑みは一切動かない。
ピーッ、と電子音が鳴る。
認証が完了したのだ。ゲートのバーが上がる。
ジョリントは、ゆっくりとアクセルを踏み込んだ。
「もう一つ伺います」
「何だ?」
「ゴードンによるマイライズ・ハイスクール襲撃と、ご息女の映画撮影……。偶然重なったと聞きましたが」
「まさか」
彼女は鼻で笑った。
「スタジオの幹部に呼びかけ、こちらが日程を調整した。上手くいけば、アング・リーをおびき寄せ、捕らえることができる。判断したのは私だ」
車両一台分のみが通れるトンネルへと入る。
橙色の照明に照らされながら、彼は問う。
「では今回のサミットでの一件、アング・リーが会場へ現れなければ?」
「出席者たちへの処刑は予定通り遂行。また別の機を窺ったまでのこと」
「いずれも、ご息女が亡くなられる可能性がありましたが」
「あそこで無様に散るようならば、その程度ということだろう。もっとも、そうならないことは想定の内だった」
やはり、そうだと思った。
彼女は本質的に、自分の両親と変わらない。
バックミラーに映る彼女を睨みつける。
「実の娘を、器としか思っていない?」
ピクリ、と。
彼女の視線もまた動いた。
ミラー越しに鋭くぶつかり合う。
初めて、彼女の顔から笑みが消えた。
すぐにまた作り直す。
「何か誤解があるようだが、私は娘を愛している。愛したうえでの現在だ」
彼女は、まさに支配者の如く目を細め、心を突き刺す。
「家路を呪っている貴殿とは違う」
イレギュラーならば、臨界点一歩手前。
急ブレーキでもかけてやろうというところまで来ていただろう。
単に、彼女への忠義が薄れただけだ。
目的地には到着した。
場所は、ロナルド・レーガン・ワシントン・ナショナル空港の最奥部。
関係者のみが入れる通路を利用した為に、車両の移動だけでここまで来れた。既に視界いっぱいに、滑走路と、着陸した巨大な建造物が広がっている。
「ご苦労だった。そして後のことは頼む」
マリウスはすぐに、シートベルトを解除。自ら外へと出る。
ジョリントは息を吐きつつ、エンジンを停止させる。車体がふわりと地面へ沈む。
同じく外へ出ると、出迎えが現れた。
一人ではない。二十名以上にも及ぶ男女が一斉に掌を叩き、マリウスを歓迎した。
先頭のスーツの男性が口を開く。
「マリウス卿。今宵のイレギュラー粛清、お見事でした」
「こちらこそ、極秘の準備や莫大な出資、心から感謝する」
「我々からしてみれば、あのジジ――ゴードン・ルッツは、アメリカという存在を地に落とす汚物のようなものでした。哀れな死に顔を拝めて満足です」
マリウスは、微笑みを浮かべながら静かに頷く。
「しかしこれは、長きにわたり闇に潜んでいた、マキシロード家。その覇道の第一歩でしかない」
歓声を上げる彼らは、マリウスの……。
いや、マキシロード一族を支援するパトロンたちだ。
旧時代から続く名家。真の姿を隠してはいるが、裏社会での影響力は未だに衰えていない。
人々が湧く中、マリウスは右手を挙げる。
「ところで、台座に例の物は取り付けてくれたのだろうか?」
「つい先程、完了致しました」
出資者たちの背後には、もはや要塞とも呼ぶべき物体がそびえ立つ。
マリウスが台座と呼ぶ円錐形の推進ユニットと、その上に乗るホワイトハウスが着陸しているのだ。
合わせて八階建てビルに相当するものであり、下から見えるのは、支えである黒鉄の推進ユニットのみ。白亜の建物は見えない。
正面側の端には、クジラの口のように開閉する滑走路及び搬入ドック。通称、ホエール・ジョーが備え付けられている。
そのホエール・ジョーと、円錐の先端であるロケットノズルのちょうど中間の位置。
銀色の、立体的なひし形の物体が取り付けられた。
台座には、予めそれを嵌め込むための穴が用意されていたのだ。
これでようやく、完成した。
スーツの男性は、それを見上げて疑問符を浮かべる。
「一体どういった代物で?」
「ふっ……。なぁに。地上からよく見えるようにと思ってな」
はぐらかす彼女の説明を聞きながら、ジョリントは無表情を貫いた。
ここにいる彼らも、全てを伝えられているわけではない。
正体を知った時、彼らはどちら側に回るのだろうか。
男性は、自身の手をポンッと斜めに握り合わせる。
「では早速、執務室の案内を――」
「必要ない。全て把握している」
「ええ?」
パトロンを招き、ホワイトハウス内を見て回る。その行事があるからこそ彼らはわざわざ集まったのだ。
当然、全員が面を食らい、互いに見合う。
発言者本人は全く気にもかけず、右を向いた。
「それよりも、別の要件ができた。私はそちらへ向かう」
車を走らせる以前に、ジョリントは手配を済ませていた。
彼女が優雅に歩いていく先には、ヘリコプターが待機してある。
ジョリントは後を追わない。
置いてけぼりにされた出資者たちへの応対を、代わりにしなければならないからだ。
秘書などという立ち位置が、彼女に必要なのか。
甚だ疑問ではあったが、静かに息を吐き、納得した。
ケイオスにとって得になるというのであれば、従うとしよう。




