Phase7-2:双剣――世界を断つ者
本社ビルから数百メートル離れた立体駐車場。
その屋上よりも一つ下の階に、カザミとアングは退避していた。
ここからならば、先程までいたビルの状況を俯瞰して確認できる。そういったカザミの判断だったが……。
「この様子じゃ、戻れそうにないか……」
パトカーに救急車、消防車までもが駆けつける様相となっていた。
もはや、あの建物に侵入できる余地はない。カザミの潜入捜査は中途で終わった。
逃走の際、アングは、人のいない路地でレッド・アーマードの装着を解除。
その後、偶然この立体駐車場を見つけた。
エレベーターでここまで上がってきたわけだが、その前から、アングは一切の言葉を発さなくなってしまっていた。
今もコンクリートの壁に寄りかかるように座り、肘裏を膝にのせてはぐったりと俯いている。
情報共有をしたいという思いはあったが、無理強いもできない。
カザミは、半ば一方的に伝える。
「あの会社が何か隠してる、っていうのは分かった」
「…………そうか」
「あとは、うっすい手がかりから、本丸の何かを掴めればいいんだけど」
ここからは返答も無かった。
彼はわけもわからず、大切な人を攻撃する羽目になった。
そもそも彼は、周りの人を巻き込みたくないという理由から、家を飛び出したのだ。少しの時間が重なっただけで、こんなことになってしまった。
当初の彼は、少女の誘いを断っている。
にもかかわらず、「囮として都合がいいから」と、行くように押し切ったのは誰か。
唇を噛み、爪先が掌に食い込む。
カザミは無言のまま、カフのホログラムを起動。
電話帳から、急いで報告しなければならない人物の名前を見つける。
タップする前に、アングへ向けて言う。
「今から、レジスタンスの知り合いに連絡する。スピーカーモードにするから……聞いてて」
彼は頷かない。
ただ、拒絶の意志ではないと受け取る。
目を背けるように、カザミはホログラムの発信ボタンに触れた。
その人物……クロエへ電話をかける。
発信音が五往復してから、ようやく接続された。
「クロエ、話がある」
『今は潜伏先だ……! 連絡なら後で――』
「黒幕組織とナイゲール社が、裏で繋がってるかもしれない」
彼女はたじろぐような声を上げてから、無言になった。
本来ナイゲール社は、イレギュラーとなってしまった人々を、陰からサポートしていた。クロエも出産時にはお世話になっていたため、思い入れがあるはず。
ゆえに信じられないのだろう。
しばらくの間を置いてから言葉が出る。
『本当なのか……?』
「断定はできないけどね。だから、仲介役かもしれない、ラット・クリーナーって会社をそっちで調べて欲しくて」
『それはやってもいいが……。ウチはてっきり、マリウス・マキシロードの件かと』
未知の名前が飛び出し、カザミは目を見開く。
「えっ。なに?」
『知らないのか……!? 途中からだが、こっちでもサミットが動画中継されてるのを見た! ワシントン中のイレギュラーを殲滅するだのなんだの言ってな!! あの場に居合わせたイレギュラー達は、実際銃殺された!!』
情景は把握できないながらも、これが会議場で行われた顛末だと瞬時に理解する。
同時に、放心中のアングを呆れたように見下ろす。
こんな大事なことを言わないで――。
とはいえ、責めるのは酷だ。冷静に考えられる状況ではないのは分かっている。
カザミがPCのデータで見た型式番号からも、大規模な殺戮が行われたことは十分に想像できた。
更にクロエは詳細を続ける。
『なんでも、イレギュラーかどうかを判別できるシステムが開発されたらしい』
「そんなのがまかり通るんなら、とっくに全員蹂躙されてるって!!」
『ハッタリかましてるってことは分かってるよ! 問題なのは、それが出来ちまうくらいリサーチも済んでるんだろうってことだ!』
「つまり銃殺されたイレギュラー達は、そのマリウスとかいうのに図られて、ほいほい来ちゃったってこと……?」
カザミは、思わず表情筋を引き締める。
予め特定しているイレギュラーを、意図的にサミットへ誘った。確かに、その判別システムが本当にあるのだとしたら、難しくはない。
ある意味問題なのは、そんなシステムなど存在しない場合の時だ。
「負の感情が、表情や挙動に滲み出ちゃってるんならこっち側のミスだけど、そうじゃない気がする……」
多くのイレギュラーは、世間に正体がバレないように細心の注意を払っている。すぐにボロを出す馬鹿ばかりではない。
ここでクロエは、彼女が率いているレジスタンス・ワシントン支部について話す。
『メンバーには、重要物の処理だけして、ワシントンから脱出するよう連絡してある。寧ろ今日までよく持ったほうだ』
「いつ完全退避できるの?」
『早くて二日』
「それじゃあ遅い……!」
『隠してた兵器や、手に入れた情報を整理するんだから、これくらいは必要になる! だいたいあの女に、警察を総動員できるだけの権限があるのか!? 大統領を自称しているが、自称だからな!』
それは、現場にいなかった彼女の視点から見ての感覚だろう。
カザミは、彼女の知らない状況を知っている。
「アーマード装着者に会った。多分、警察じゃない。あたし達を待ち構えてた」
息を呑む音が、耳の端末から聞こえてきた。
『つまり、雇えるだけの力はある、か……。ん、待て。あたし「達」だと?』
口を滑らせていたことにいま気づいた。
レッド・アーマードと行動を共にする時間が多いことは、伏せている。カザミはあたふたと言い訳を考える。
「えーとぉ……。パッチ! パッチが外で見張ってたの! うん!」
『んん……? まあ、別にいいが……』
クロエは、細く絞り出すような吐息の音を鳴らす。
『ある程度は放棄してもいいとメンバーに伝えておく。だが、あたしはまだ逃げれない』
「何で!」
『正体を掴めそうなんだ。情報を他所様に言いふらしてる、内通者のな』
内通者。
彼女が潜伏している『あの場所』から見た、裏切り者を指しているのだろう。
『これ以上は怪しまれる。切るぞ』
「あっ、クロエ――」
強引に通話を停止された。
向こうも合間を縫って対応してくれたのだろう。もっと聞きたいことはあったが、致し方ない。
一方で気がかりなのは、アングについてだ。
「会場での銃殺が本当なら、君はイレギュラーとして特定されてたわけじゃないってことになるけど……」
何か心当たりはないか聞いてみたいところだが、相変わらず下を向いたままでいる。一体どうしたらいいのか、何も考えられないでいそうだ。
だがカザミも、こうなってしまったことには自分に責任があると感じていた。
アングの前でしゃがみ込み、彼の肩に手を載せた。
「や……やったのは、正体不明のレッド・アーマードさんなんだから、気にしない気にしない!」
「多分、バレてる」
「えっ」
励ましの言葉は一瞬で砕けた。
だとしたら、どうやっても弁明は不可能。カザミは、掌で自身の額を覆った。
「はぁ。どんなヘマしたのか知らないけど……!」
つくづくこの男は、メーナという少女に弱いらしい。
彼女について、悪い人物ではないというのがこれまでのカザミの読みだった。
しかしまた、今回の件で分からなくなってしまった。
単に巻き込まれた被害者だと信じたいが……。
悩みはした。だが言っておいたほうがいい。
カザミは視線を逸らしながらも、ある事実を伝える。
「……あの子に巻いた包帯に、小型の発信機を仕込んである」
ようやく彼の顔が上がり、丸くなった瞳と向き合う。
「手当してたのか……!」
「あのテンション高い奴を相手してくれてる間に、急いでね。捨てられても早くて救急車の中だろうし。だから……」
懸念をほぐすように言っていたが、途中で、伝えるべきかと口をつぐむ。
ただ、ここまで言ってしまった。
諦めて述べることとする。
「どこの病院に行くのかくらいは、分かると思う」
アングは小さく口を開いたまま、顔の角度がまた少し下へと落ちる。
実際、彼が直接会いに行けば、どうやって居場所を突き止めたのかと騒ぎになる事態も考えられる。
ゆえにカザミは悩んだのだが……。
また彼は、膝の間に顔を埋めた。
「……行けない」
彼の心までも消えていきそうな、そんな霞んだ声だった。
今の彼には、傷つけた本人と向き合う勇気がない。そんな簡単な話ではない。
だから……。
だからこそ、カザミも少し目を伏せる。
「そっか」
できれば謝りたい。
ただ、今の彼を見てしまえば分かってしまう。
その一言をかけたところで、傷口は塞がらない。寧ろ広げるだけかもしれない。
今は少し、時間が必要だ。
彼には万全な調子で、レッド・アーマードとして戦ってもらう必要がある。
この件は、一人で処理することとする。
カザミは、両手をズボンのポケットに突っ込む。
「今は、あたしが動いとくから」
背を向け、数歩だけ歩く。
彼に動き出す気配はない。
「立てるようになったら連絡して」
そう言い残してこの場を去る。
返事は最後まで無かった。




