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激昂のイレギュラー  作者: 亜空獅堂
Phase6:戴冠の序曲――爪痕
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Phase6-7:戴冠の序曲――爪痕

 ナイゲール本社ビルの十階。

 既に社員専用のフロアであるが、エレベーター前には来客者用にと、簡易の展示パネルが壁面に施されている。

 責任者のスタッフが来るのを待っている間、カザミは、その展示のある項目を直視し続けていた。


 義足の起源。

 そこからどう進化・発展し、ナイゲールが携わるようになったのか。事細かに図として描かれている。

 この会社が販売している義足は、今や神経との直接接続が売りとなっている。

 カザミが履いているアルクス・ブーツは義足ではない。だが同じ神経接続という点から、基礎を作り上げた会社であることは間違いないのだ。


「さっきから義足のところばかり見てますけど……」

 横から、先程の邂逅で同行することになったハルが、ぽかんとした瞳でこちらを見つめていた。

「興味あるんですか?」

 聞かれるとは思っていなかった。カザミは口をつぐんで困り眉を浮かべる。

 事実を説明するのも面倒なので、壁の図にまた目を向けて嘘を吐く。

「知り合いが使ってるんですよ」

「はえー。実は私の職場の先輩も、脚が不自由でしてね?」


 ちょいちょい、と何やら右手で手招きしてくる。

 オフィス側へと少し進んでまた壁を見ると、ナイゲールが手がける別の技術の紹介がされていた。

「けど最近、自力で歩けるすべを手に入れたんです! その技術がこちら!」

 エヴォル細胞なる物質の説明文の前に、あるキャッチコピーが大きく添えられている。


『障がいの無い世界へ――。ナイゲールは叶えます。皆さんの望みを』


 企業の言葉選びとしては違和感が残る。それに綺麗事が過ぎないか?

 そう不思議に思いながら、カザミは説明文をざっと読む。

 深海由来の微生物を哺乳類用に再構成し、細胞化したもの。モルモットへの実験では、失った視力が元に戻るどころか、極限にまで達したらしい。

 ある人間に対しても実利用が始まっており、貼られている写真を見て……。


 カザミは一瞬、心臓が跳ねた。

 写真に写っているのは、胴体より腕のほうが太いのではと錯覚するほどの筋肉の肥大化。本来なら車椅子の彼が、二つの足でしっかりと大地を踏みしめている。

 過去の負傷で下半身不随となった、ダン・フルーレの写真だった。

 カメラ目線で、両腕を均一に上へと曲げたマッスルポーズ。ということは、この展示用の為に用意された写真だろう。

 彼の肉体が巨大に変質したという話は噂で聞いていたが、実際に見たのは初めてだ。とんでもない変わりようだと、カザミは思わず息をするのを忘れる。


 横にいるハルは、むふふと誇らしげにニヤケ顔だった。

「もし一般向けに実装されたら、ご友人さんに勧めてみてはいかがでしょう!」

 改めて写真を直視し、カザミは苦笑いを浮かべる。

「こんなムキムキマッチョマンになるんなら嫌なんですけど」


 硬い足音が近づいてきた。

 既にこの時点で察したが、現れたのは人間ではなく、ロボットの社員であった。

 昔ながらのナースキャップを被り、胴体が縦長に細い。礼儀正しく頭を下げてくる。


『お待たせしてしまい、申し訳ございません』

「いえいえ。捜査官のハル・フラットです! そしてー?」

「えっ」

 アイドルグループの自己紹介のようなフリを急に持ちかけられた。


 只の名乗りなのに妙な緊張感を覚え、やらかす。

「カザ――。……ショウ・ナルップです。探偵やってます」

 言ってはならない名を口走るところだった。

 なんとか持ち直したが、気をつけの体勢で固まるという不自然さが前面に出てしまう。


『本日は、どういったご要件で?』

 問われたハルが、アイコンタクトを持ちかけてきた。

 彼女には、会社の虚偽報告に関する調査だと適当に伝えただけだ。実際はどういった目的なのかまでは知らない。

 代わりにカザミが問う。

「ここには、ナイゲールさんが経営している病院で作られた出生証明書と、死亡診断書のデータが残されていますよね?」

『はい。バックアップとして、病院全てから送られてきています。法律で五年間の保存義務がありますし、実際はそれ以上の分が保管されているかと』

 やはり一流企業のロボットだ。パッチのチグハグな発声と違い、発音が流暢な女性声である。


 カザミはサングラスをかけ直す。

「ある死亡した人物が、戸籍を不正利用していた可能性がありまして。できればデータを見せて欲しいんですけど」

 ロボットが、両手の指を付け合わせる。

『それは……。まさか、会社が罪に問われているのですか?』

 警戒モードに入ったのか。話の流れが滞りそうな空気だ。

 とはいえ、こちらには強い権限を持った警察がいる。


 ……のだが、ハルの視線は行ったり来たりを繰り返す。

 カザミは狙いを伝えるため、仕方なく耳打ちする。

「通してもらうためのハッタリです。合わせて……!」

「おおっ、なるほど……!」

 あっという間に納得した彼女は、両手を擦り合わせてロボットとと向き合う。

「大丈夫ですよ~。今回の捜査はあくまで個人を罰する為のもので、警察はナイゲールさんを信頼しています」

『そうですか。なら安心です』


 手を横に広げ、『どうぞ』とオフィスエリアへ歩き始めた。

 二人は、親切なロボットの背中をついていく。

 見渡す限りがデスクとチェア、パソコンの列。みな忙しそうにキーボードを叩いたり、ピンマイクを介して通話したりしている。


 ロボットにも専用の席は用意されているようだ。その席に彼女が座る。

 消していたパソコンのモニターを起動させ、こちらへ振り返った。

『当然ですが、こちらで操作させていただきます。指示をどうぞ』

 本来は自分で調べたいが、致し方ない。カザミはやや前のめり気味に言う。

「出生証明書の、今からちょうど七年前の範囲を」

『かしこまりました。前後二日以内に絞って表示します』


 ミスタイプなどあり得ない。そう言わんばかりの高速の手つきでキーボードが打ち込まれる。

 白一色の画面に、ダーッとリストが表示された。

 カザミはロボットの横に並び、上から順に確認する。

 よく見知った名前が一つある。


[出生証明書]クロエ・モース_デイヴ・モース.dat


 彼女に息子がいたことは聞いていたが、名前を見たのは初めてだ。

 言わばこのリストは、出産の記録である。子を産むということは必ず、『陣痛』が絡んでくる。

 イレギュラー化のきっかけの一つとして挙げられる、『死を想起するほどの激痛』。カザミも、足首とアキレス腱の損傷が原因で覚醒した。

 外傷による痛みは有髄神経が関連していることが多く、脳への情報伝達が速い。ゆえにダイレクトで危険信号として送られる。

 脳に何らかの異常が発生しているこの世界の人間においては、イレギュラーとしての覚醒に至る確率が高くなる。


 一方で陣痛の鈍い痛みは、子宮やその付近の筋肉から発生する内臓痛だ。

 脳への伝達として使われるのは無髄神経であり、こちらは逆に伝達速度が遅い。

 ゆえに外傷と比較して、イレギュラーへの覚醒確率は0.1%。

 だが、その低い確率を拾ってしまった母親は、以降、社会不適合者として真実を隠しながら過ごさなければならなくなる。このリストに上がっている彼女も、そうやって生きてきたのだ。


 なお、陣痛が理由でイレギュラー化したと語っていたクロエは、ナイゲール傘下の病院であった為に匿われ、後にレジスタンス入りした。

 データがまだ残っているということは、ナイゲールは正しくイレギュラーの味方として機能していたことになる。少なくとも、その頃だけで言えばだ。


 当時のことは分かった。もうこのリストに用はない。

「次に死亡診断書ですけど、2222年、2月5日の範囲で」

『はい』

「え? まだ何も開いていませんよ?」

 ハルが困惑の声を上げる。


 出生証明書のリストを開いた意義に関しては、『照合』という単語を用い、社員に信用してもらうための側面が強かった。

 本題はここからだ。カナの生死。その真実に直結する。


 新たにリストが表示された。同じように、ロボットがゆっくりとスクロールしてくれる。

 クロエの名があったのだから、妹の名が表示されないわけがない。

 そう思っていたが。



 …………見当たらない。

 もう一度確認するため、ロボット社員からマウスを奪い取る。

『あ。ダメですよ、勝手に』

 注意は無視。マウスカーソルをファイル名に宛てがいながら、順番に。

 また見つからず、先頭に戻る。


 二度繰り返しても、その名前は存在していなかった。

 カザミはマウスから手を離す。全身から、血の気が引いていく。

 口を掌全体で覆いつつ、次の指示をどうにか捻り出す。

「名前で検索って……できますか?」

『可能ですよ』

「カナ・シルヴァという名前で」


「カナ・シル――!?」

 後ろにいたハルが、急に愕然と顎を落とした。

 だが落ち着くのも早く、顎に親指の付け根を添えて考え始める。

「ああいや、あの子はブラウンか……」


 カザミは、少し迂闊だったと冷や汗を垂らす。警察がブルー・アーマードの装着者として彼女を取り押さえていたのだから、名前を知っている可能性もある。

 だが、ブラウンという姓の別人なのか。勘違いだったようだ。


 警戒心を抱いている間に、ロボットが検索を終えていた。

『死亡診断書のほうには該当がありません。過去の診察履歴であれば確認できますが』

 手がかりの一つになりそうな響きだが、残っていて当然の記録だ。見たところで何にもならない。


 それよりも、カナの名前以外で気になる点が、一つあった。

「……さっきの日付検索に戻って」

『はい』

 ワンクリックで、死亡診断書のリストに戻る。


 カザミは、今回の件とは一切関係ないファイルの注釈部分。

 その右端にある名前を指差す。

「このルー・レイアっていう人……」

『ええ。当時の担当医です』

 思い違いではなかった。カザミの拠点にて保管されていた死亡診断書。

 それに記されていた名前と全く同じだ。


 他の人物の死亡診断書にも彼女の名が残っているということは、工作の為に作られた架空の名ではないという可能性が高い。

 すぐに問うこととする。

「どこに行けば会えますか?」

『少々お待ちください。ルーさん!』

「はい!」

 他の社員たちへ向けてロボットが呼びかけると、一人の女性が立ち上がった。早足で近づいてくる。


 白衣ではない。スーツ姿の女性が目の前に来た。

 ロボットが掌を傾け、紹介する。

『こちらが、現在本社で働いていらっしゃいます、ルー・レイアさんです』

 彼女が礼をしたので、カザミも合わせて軽く頭を下げる。


 ハルは深々とお辞儀した後、勢いよく顔を上げて質問する。

「お医者さんから社員さんに転職されたのですか?」

『義体や、神経接続などの技術を推し進めるに当たり、優秀な医師を引き抜いているのです』

 事態を掴めないのだろう。ルーはこの場にいる全員を見回す。

「あの……どうなさいましたか?」


 カザミが、彼女の方へ身体を向けて切り出す。

「死亡診断書のデータを探してるんです。カナ・シルヴァっていう人の」

「カナ・シルヴァさん、ですか……。現場で働いていたのは二年も前なので、流石に名前までは……」

 見たところ、何かを誤魔化そうという素振りはない。信用できそうな声色にも聞こえる。


 そのうえで、カザミは踏み込んだ。

「頭部と胴体。腕と脚の六つに分けられた遺体でした」

 遺体の説明に、ハルがぎょっと目を見開いた。

 聞くに耐えないほどに凄惨な状況だが、実際にカザミが目の当たりにした事実。


 そして、ルーの表情にも変化が生じた。

 ハルほど大げさに驚きはしない。だが優しげな笑みが消える。

 精悍せいかんな面持ちで、口をキュッと硬く閉めた。


 彼女は、ハルとロボット社員へ向けて、要望を伝える。

「少し、この方と二人ではなさせてください」





 会議場を訪れた聴衆のほとんどが、同席した者たちとざわめき合い、困惑している。

 それはアングも同様だ。言葉は発しないが、異様な空気に呑み込まれかける。


 マリウス・マキシロード。メーナの母親……。

 未来の希望を願ってのサミットは、壇上に立つ彼女の物騒な言葉で幕を開けた。


 その鋭かった笑みが、彼女が目を閉じると同時に一旦の落ち着きを見せる。

 開眼と共に後ろで手を組み、また言葉を連ね始めた。

『驚かせてしまい申し訳ありません。皆様方が期待していたのは、医療に関するプレゼンテーションでしょう。ただ、こうも考えてみてはいかがでしょうか。今この瞬間も、皆様の周囲では、得体の知れない暴力が蔓延はびこり続けています』


 背後の無色だったスクリーンに、二段二列のレイアウトで四枚の写真が映し出される。

 両手を上げて命乞いする人間と、スタジアムを襲撃した銃型の怪人。マシンガンを乱射する人間と、向き合うように拳銃を構える警察官たちだ。

『イレギュラー。強化イレギュラー。レジスタンス。それらを鎮圧するための、警察による武力行使。逞しい皆様方はお気づきでないかもしれませんが、この状況は異常です。平和とは本来、血の流れない、誰もが笑顔で暮らせる社会のことを意味します。皆様方は笑顔を絶やしませんが、血は流れ続けているのです』


 指を鳴らし、別の写真が表示された。

 アングはわずかに身を強張らせる。

 自らが暴行を加え、その後行方をくらました、あの統括官の宣材写真が映し出されたからだ。

『そして今、更なる危機に直面している。ゴードン統括官の不正。その発覚に際しての逃亡。ホワイトハウスの椅子は空席の状態にあり、何の法も遂行されていない。ただワシントンの空を飛び回っているだけです』


 話の流れに合わせて、ホワイトハウスの絵にバツ印が付けられる。ブッブー、というチープな音も鳴る。

『つまり今、このアメリカ地域には、責任者という概念そのものが存在していないことになります』

 マリウスがスクリーンを直視すると、今度は年表と世界地図、かつての偉人たちの写真が表示された。

『思えば、約百年前に定められた「統括官制」。及び「テン・ドメイン・システム」。発足当時は非常に優れた制度でした。国歌という枠組みを排除し、世界を十の主要ブロックに分け、連合を組む』


 世界地図が十の色で塗り分けられ、代わりに、かつての指導者たちの写真が灰色と化していく。

『国の実権を握っていた指導者、最高権力者の存在をリセットさせ、あくまで地域の調停役として統括官を置く。争いも起こらない。実に合理的なシステムでした』


 突如、地図の各所が炎のCGにより、メラメラと燃え始める。

『ですがしばらくして、あらゆる地域で綻びが発生します。イレギュラーの増加。それに対する不処置の慢性化です。いったい何故そのようなことが起きたのか』



 彼女の演説も核心部に向かおうというところだが、アングはふと斜め下の方を見た。

 あくびをしている女性がいる。机に突っ伏し、居眠りを始めた男性もいる。

 医療に関するサミットを聞きに来たはずが、いきなり政治批判へすり替わろうとしているのだ。無理もない。


 そしてまさに、マリウスによる持論が募られ始めている。

『実権能力の弱さです。所詮統括官とは、警察や議会、行政機関、企業連盟など、各自が提出した制度や法案を承認するか否か、精査するだけの存在。私はこの弱さを生み出す構造を、徹底的に排除しようと考えています』


 アングの隣に座るメーナも、事前にスピーチの内容を聞かされていなかったのか。

「お母様、さっきから何を……」

 まるで部下の失態に動揺しているかのように、覚束ない瞳の動きとなっている。


『そのうえで、私は宣言しましょう』

 娘の心配など気にも留めない。

 彼女は、より雄弁と声を張り上げた。

『我がアメリカ地域は北米連合から脱退し、かつて君臨した合衆国アメリカを再興する』


 再びどよめきが発生する。

 だがまだ、序の口であった。



 次に続く宣言への反応に比べれば。

『そして私マリウス・マキシロードが、大統領に立候補すると!』



 驚き。

 というよりは、理解しがたいという感情のほうが多く見られた。

 その言葉に全員が目を剥き、寝ていた者も起き上がる。


 大統領……。

 人々の記憶から薄れつつある単語を、あえて彼女は使っている。

 やがて、二人の席とは少し離れた真横の席から、冷やかしの会話が聞こえてきた。

「大統領? わざわざ格下げ?」

「時代錯誤も甚だしい」

「政財界のフィクサーだと聞いてたから、どんなものだと思ったら……」


 この空気に、気が気でないと感じるのはメーナのほうだろう。

 きょろきょろと聴衆の反応を見回しながら、尻を持ち上げて座り直す。

 それを直視していると、メーナと目が合う。

 明らかに引きつった笑いで首を傾げた。

「ジョ……ジョークかしら。ふふ……」


 大多数があり得ないといった反応だが、真剣に聞いている者もいる。

 最前列に座る一人の女性が、ビシッと手を挙げた。

「統括官制と大統領制……何が違うんですか?」

『前者は……もちろん、ゴードン・ルッツのように立場を利用した輩もいますが、多数の声を反映しやすい分、機敏さに欠ける。だが後者は違う。大統領という一人の長が独自に発令し、他はそれに従う。良く言えば圧倒的な行動力。悪く言えば、好き勝手……といったところでしょうか』


 前から三列目に着席する男性が、両手でメガホンを作った。

「その横暴が良くないから、統括官制を選んだじゃないのかー!」

 そうだそうだー、と同調の声も増えていく。メーナの表情に不安の色も増す。


 だがマリウスは、全く臆さない。

 何食わぬ顔で反論する。

『しかし、皆様方には危機感が無かった。統括官という地域のトップが犯罪行為に身を染め、逃亡。あまつさえ週が回るほどの間、代わりは生まれなかった。選ぼうという気も起こさなかった』

 見せつけるように両腕を広げる。

『これではアメリカは衰退し、誰も好んでは選ばなくなってしまう。だからこそ私自らが立ち上がったというのに、何故なにゆえ不満を吐露するのでしょう』

 徐々に彼女の口角が釣り上がっていく。挑発するような発言。


 これに対し、露骨に咳払いが何度も繰り返された。

 野次を飛ばしていた男性ではない。前から二列目の、如何にも政治家といった風格の、斜めストライプのネクタイの男性だ。


『アリゲイト議員。何か?』

 名前を呼ばれた彼は、待っていましたと言わんばかりにほくそ笑み、立ち上がる。

「つまりあなたは、世に蔓延る社会不適合者どもを殺すことこそが、真の医療改善。それをやりたいから自分が地域の長になりたいと?」

『誤解も混ざっているようですが、そのように受け取ってもらって構いません』


 彼女の返答を受け、同席している議員仲間や、後ろの席の人々と笑い合う。

 もう一度ステージへ顔を向ける。

「お言葉ですがマリウス氏。地域のトップは、議会の投票と、それに至るまでの綿密なプロセスを経て選出されます。あなたの言葉回しがどれだけ美しかろうと、独断で玉座に座ろうというのは無茶な話ですよ」

『では実力を持って証明してみせましょう』

「ふふ。ですから、政治にはルールというものがありまして」

『上げろ』


 謎の一言を発してからすぐ、マリウスが自身の立ち位置を右にずらす。

 すると、さっきまで彼女が立っていた場所――ステージの中央部分がだ。



 人一人分の範囲だけ円状の線が浮き出て、花びら状にスライド。

 ぽっかりと穴が開いた。

 ゴォォ……という何かの機械が駆動する音。ステージの下から聞こえる。


 何かが上がってくるのか。

 そう予感した時には、既に物体の一部がお目見えとなっていた。


 全貌が明るみになるに連れ、人の声が多くなる。

 今日一番の騒然が空間を揺らす。



 アングは……気が気ではなかった。

 脈拍を激しく揺らし、咄嗟に立ち上がってしまうほどにだ。

「どうしたの?」

 メーナが見上げ、表情に疑問符を浮かべる。



 ここにいるわけがない。想像の範疇にすらなかった。

 だが、何故……ここにいる。


 ひざまずくように地べたへ座り込むのは、初老の男性。

 後ろで両腕を縛られている。片方は、関節から不自然な折れ曲がり方をしている。


 顔には、昨日……あるいは今日出来上がったものなのか。

 青痣あおあざ。腫れ上がった頬、目蓋。あらゆる部位に痛々しい変質が生じている。



 そして、表情は。

 この世の終わりを突きつけられたように激しく、歯を鳴らしていた。


 アングは想起する。

 世界を牛耳る闇の片鱗。それがまさか。

 隣にいる少女の母親が……。



 場を支配する彼女は、床と平行に右腕を伸ばし、彼を指し示す。

『紹介しましょう。彼こそが、星条旗に泥を塗り、イレギュラーであることも隠し偽っていた紛うことなき大罪人』


 彼女が説明する前から、誰しもが分かっていた。

 だが実質的な死刑宣告として、強調する。

『アメリカ地域の元統括官、ゴードン・ルッツ容疑者です!』

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