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激昂のイレギュラー  作者: 亜空獅堂
Phase5:碧く滲む、置き去りの影
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Phase5-8:碧く滲む、置き去りの影

 彼女は、喋れなくなった少女だ。

 喉から這い出るような音が鳴るだけで、異常事態だとジョリントには分かった。

「どうしましたか、カナさん!」

 この発言により、運転席側にいた二人も状況を察知する。

 キャンディは細い目で目を凝らし、うずくまるカナを見た。

「急に使い物にならなくなっちゃった! どーいうこと!?」


 しかもエアバイクは、距離を取れたものの、転倒せず。追走を再開した。

「ここは一度停車し、エクリプスに任せてもら――」

 言いかけたサイラックは、サイドガラスを見た後、目を見開いた。

「今度はパトカーが来ましたよぉ!?」


 ジョリントは、覆面を被り直してから再びしゃがみ込み、後方を確認する。

 明らかな蛇行運転だ。対向車すら巧みに回避しつつ、高速の接近を実行している。

 黒と白のボディの上で、赤と青のランプが交互に灯る姿。トラックも相当なスピードを出しているため、向こうが限界の加速を繰り出していると考えられる。


 サイラックは危機を覚えるというよりは、頬を赤らめ、鼻息も荒くしていた。

「なんということだ! 対向車線に踏み入りながらのあの加速! 常人離れしたドライビングテクニックと言えましょう!」

「感心してる場合ィ!? ていうか交通法違反じゃないのぉ!?」

 この世界の、あって無いような法律について、ジョリントが補足する。

「犯罪者を捕まえるという名目であれば、まかり通るかもしれません」


 ならばと言わんばかりに、キャンディは、サイラックの頬に自分の尻を押し付けるような体勢を取り、窓から身を乗り出した。

 同一車線に並んだパトカーを嘲笑いながら、ポケットから白黒のスイッチを取り出す。

「けどざーんねん! 社会の盾も、無法者の前では無意味なのでしたー!」

 お遊びは入れない。すぐさま爆弾のスイッチを押した。



 ……反応無し。

 キャンディはスイッチを見つめ、連続で何度も押してみる。

『残念だったのはそっちの方さ爆弾犯!!』


 その声は、パトカーから反響して聞こえてきた。

 助手席に座っている若い男性警察官――ジョイ・フルーレが、パトカーに備え付けのワイヤレスマイクを使用し、発言しているのだ。

『こっちには、処理班の人たちから借りた、電波遮断器が付いてるんだ! ……ハル先輩!』


 汗ばみながらも高度な運転を続ける女性警察官――ハル・フラットに発言権が移る。

「自信ないんだけど!?」

『とにかく全力で!!』

 両席の窓が下がる。

 まずハルが、片手でハンドルを回しながら、もう一方の手に持っている物を掲げた。



 掌にちょうど収まるサイズの、歯車と同じ形をした物体……。

 キャンディが作った爆弾だ。

 更にジョイはというと、こちらも身を乗り出してから、拳銃を構えた。


 チラチラと後ろを見ながら走行していたバイクの少女は、口をあんぐりと開いた。

「まさか……!!」

 急ぎカーブし、この場を離脱しようとする。


 ジョリントも振り返り、サイラックに指示する。

「後部扉を閉めなさい!!」

「てぇぇい!!」

 ハルが、掛け声と共に歯車を投げた。


 接触した金属面に、磁力で付着する仕組みだ。

 コンテナ内の側面、その角付近に爆弾が貼り付く。

 ジョイが、それ目掛けて弾丸を撃ち込んだ。


 ジョリントは急ぎ、アーマード・エクリプスのスイッチを押す。

 自身と、運転席にいる二人を守るためである。



 ドガァァァッ!!


 視界を爆炎が埋め尽くす。

 この衝撃により、バランスを崩したトラックは、横転。

 カーチェイスという一点においては、警察側の勝利に終わった。





 あいにく、ジャケットに搭載されている電磁バリアは、連続での使用ができない。

 再チャージにあと数秒足りず、仮面を犠牲にすることとなった。

「うわ~……。あのトラックはもう回収できないなぁ」

 路肩に停められていた車の陰に隠れながら、カザミは、横転したトラックを見つめていた。コンテナ部分が見事に炎を上げている。


 あわよくば、トラックごと持ち帰ろうと思うほどには、今のカザミは自信に満ち溢れていた。

 ゆえに今回の件に首を突っ込んだわけだが、限界がきた。早くこの場を立ち去ろうと忍び足の構えを取る。



 背後から、硝煙の臭いが立ち込めた。

 チラッと後ろを見ると、銃を構えられていた。

 ジョイ・フルーレだ。

「アングの部屋に入ってきた盗人ぬすっとだろう!!」


 こうなるから接触は避けていたのだ。

 カザミは溜息をつきながら両手を上げる。

「別に何も盗んでないですよー」

「統括官をさらおうとしてたところの映像は見たけど、こんなところでも会うなんてね!」

「たまたまあそこに居合わせただけで――」

「ウチの仲間に傷を負わせといて、まだそんなこと言えるのか!」


 畳み掛けるように言われてしまい、笑みが引きつる。

 ガード・アーマードの肩を貫いた点に関しては、仕方がなかったとはいえやりすぎたという罪悪感がある。

 彼は一拍置き、途端に鼻息を荒くした。

「君が家に来てからというもの、ずっとアングの様子がおかしくて、家出までしちゃったんだぞ!!」


 アング。家出……。

 この追求を受けて、カザミはムッと眉をひそめた。

 何でどこに行ってもあの子が絡んでくるのか。


 辛抱たまらず、体ごと振り返る。

 煽りの笑みを浮かべた。

「人のせいにするのって楽でいいよねー。チャットの既読が付いてるんなら心配するほどじゃないと思うんですけど」

「確かにそう……って、何で君にそんな指摘されなくちゃならないんだ!」

「ジョイ君!! 今はトラックの方を優先しないと!」

 パトカーから降りていた先輩警察官が、後輩に呼びかける。


 彼女の方を一度見たジョイだったが、また一度、睨みつけられる。強調するように銃を上下に揺らした。

「ちゃんとそこで待ってなきゃダメだからね!」

 そう言い残し、彼らは燃えるトラックの方へと歩き始めた。


 カザミは小さく息をつく。

 この世界の警察であることから、即刻射殺される可能性もあった。その点に関してはアング・リーに感謝……。

 問題はこの隙に、次に繋がる手がかりを早く突き止められるかというところだ。

 まず警察二人が、トラックのコンテナから放り出され、倒れているブルーに近づいていく。

 その内容を遠くから聞いた後に逃げよう。そうカザミは計画する。


 警察二人は、それぞれキューブを取り出し、ガード・アーマードを装着。青の装甲の目の前まで歩み寄った。

 気絶……はしておらず、先程から生じていた発作めいた何かが続いており、身体は小刻みに震えている。

『おいブルー! 君はレッドと違って、人を守ろうとしたことなんて一度もない。処刑に値する犯罪者だ!』

 ジョイが素早く銃口を向けた。

『今すぐそれを脱げ! 僕があの世に送ってやる!!』



 言い終えた直後にそれは起きた。

 日食の紋様が描かれた球体が、コンテナの奥から飛んできたのだ。


『なにぃ!?』

 奇襲への対処にジョイは遅れ、拳銃を弾き落とされる。

 そして球体は、ブーメランのような軌道で元の居場所へ戻っていった。


 例の紫のアーマード、その胸元へだ。

『彼女を何の罪で裁くつもりですか? 会場を切り刻んでの器物破損? 公道での攻撃による暴力事案? でしたら、過剰な追走を働いたあなた達も同罪ということになりますが』

『何を言うんですか! 撤回してください!』

『そうだそうだ! 僕らは正義のためにやっているんだ!』

 連続での反論に対し、彼は鼻で笑う。

『あなた達が正義であり、彼女が悪だという証拠は?』


 問われた女警察官。

 一度後輩と顔を見合わせ、オドオドとしながら返答した。

『じょ、状況から考えたら、間違いようもなく……』

 それに対し、今度は紫の彼が首を横に振った。

『正しさの基準は感覚任せであり、結局は、階級が弱者を虐げる。そうした愚かな綻びを我々が排除しようというのですよ』

『難しい言葉ばっか並べちゃって……!』


 ジョイが不満を口ずさむ中、カザミは、前者の発言に強烈な違和感を覚えた。

 まるでイレギュラーではなく、この世界における『普通の人間たち』へ皮肉を言っているような……。


 すると、状況が急変した。

 倒れていたブルー・アーマードが、枯れるような息を発しながら、よろめきつつも立ち上がったのだ。深く俯いたままの体勢である。

『ようやく投降するようになったかブルー! 観念しろ!』

 しかしその視線は、明らかにジョイの方には向いていない。



 カザミの方を、見た。

 間もなく、再び青の息が引きつる。

 両手で頭を抱え、苦しみ始める。


 この異変は、カザミの素顔を見てから発現した。

 今回も同じだ。

『がっ、ぁあ――ぁぁ――――!!』

 それを見た紫の装甲の持ち主は、何やら、直立の体勢を解いた。

『各員、すぐに脱出を!!』


 呼びかけは、トラックの運転席側にいるメンバー達に対してだ。

 横転したトラックの窓から、派手な格好の女、ニヤケ男の順で屋外へ這い出る。

「傍から見たら、すっごい派手な演出だったんだろうなぁ。ケホッ、ケホッ!」

「逃がすか……!」

 全く悪びれた様子のない彼女たちを、せめて捕まえておこうとカザミが歩き出す。


 しかし、ブルーの異変はまだ終わっていなかった。

 膝当てや胸部といった、水色の装甲部分が眩く光り始める。

 それは、あまりにも目に見えた……。



 覚醒の前触れだった。

『ッ――――――――!!』

 より深く俯き、耳鳴りのような悲鳴が響き渡る。


 装甲の結合部に、それは現れた。

 人の頭部に大穴を開けてしまえるほどの、巨大な氷柱。肩や膝付近から生え伸びた。

 それだけならば、アーマードの隠された武装なのかという憶測で済む。


 だが、細かく足元が揺れた。

 ブルーの股下にある地面に、ヒビが入った。

 二人の警察官が、その異変をギョッと見下ろす。



 何で立ち止まってるの――とカザミはざわめいた。

「離れて!!」

 その声に反応。両者はシンクロするようにカザミの方を見る。

 足元の更なる異変に気づき、割るように左右へ跳ねた。



 直後。

 ヅダァァッ!!

 アスファルトの奥底から急速に生えてきた。


 ブルーの長身をも突き破りかねないほどに大きい、氷柱だ。

 一本だけではない。その範囲は連鎖的に、ドスッ、ドスッ!と続く。


 しかし何の法則性も見いだせぬ広がり方だ。どこから氷槍が生えてくるのか予測できない。

 やがて、背後にあったトラックを貫き、大破。威力も底知れない。


 カザミが思い出したのは、レッドの発火能力だ。

 あちらも、ただアーマードから火が出るだけではない。火にまつわる現実離れした現象を起こす。

 そしてブルーに至っては、全く力を制御できていないように見える。更なる被害が及ぶことは必須……。


 ジョイは、ブルーに対して果敢に射撃を行っているが、装甲に弾かれるだけに留まる。

 当のブルーは、この攻撃を止めようとするでもなく、ただ受け入れ続けている。


 カザミはワイヤーを使って跳び、ジョイの隣へと着地した。

「ここはお互いにごめんなさいして、協力を……」

『なに無かったことにしようとしてるんだ!』

 すると、二人のちょうど間の足元。



 マンホールの蓋が、ガタガタと揺れ始めた。

 予感が二人を、すぐさま前へと走らせる。


 パァーンッ!!

 蓋が舞い上がる。同時に、噴水が如く地下水も噴き上がる。

 そしてこれが、ブルーに秘められた能力なのか。



 宙へ上がった一粒一粒が、瞬く間に凝固。

 氷の雨となり、周囲一帯へ降り注ぎ始める。


 カザミはジャケットの襟をくっつけ、電磁バリアを展開。

 ジョイは両手に拳銃を構え、必死に撃ち落とす。


『それとこれとじゃ話が違うだろー!!』

「そっちの武装だけでどうにかなるものじゃないけど、あたしならなんとかなるかもしれない!!」

 引き金だけは押し込みつつ、彼は驚いたような声を上げてこちらを見た。

 ようやく状況を理解してくれたか、というカザミの安堵。


 一瞬で砕けた。

『嫌だね! 君なんかの指図は絶対に受けない!!』

 彼は身体の向きを反転させ、バックパックのジェットブーストを起動。


 電磁警棒を構えながら突っ込んでいってしまう。

 単なる直進だけではない。ブルーの周囲に立ち並ぶ氷柱を、次々と蹴っていく。

 五芒星の形で反射を繰り返す。勢いを倍増させる。


 目に見えないほどの速度となった。

 遂に、ブルーの立つ地へ線を結ぶ。

『くたばれェーッ!!』

 青い腹部へ、警棒の先端を突き立てる。


 ガンッ!!

 直撃。

 しかし身を震わせたのは、攻撃したほうであった。


かったッ!!』

「電気ショック!!」

『流してるのに……!!』

 相手の内部に電流が伝わる仕組みのはずだが、全く行き渡っていないように見える。

 スタジアムでの目撃例、そして今回の爆発でも無傷だった点から、ブルーの防御力はかなりのもの。警棒のように鋭利でもなんでもない武器では限界がある。


 そして、あれは本体の意志か。装甲の自発か。

 雪の結晶のような薄い物質だ。

 美しいキラメキを放ちながら、ブルーの周囲を彩り始める。



 同時に聞こえる。

 ピキッ、ピキ……。

 どこからの音か。


 空気だ。

 視認できるほどに白く漂い始めた空気の、凍りつく音。

 そのキラメキが何度か鳴った後に……物質も音も消えた。



 瞬間。

 ドグァァッ!!

 突風を伴う衝撃波が突如巻き起こった。


『い、一体……! うわぁ!? 何だぁ……!?』

 至近距離にいたジョイを、いとも容易く吹き飛ばした。斜め上の向きでだ。

 青の周囲に、冷気による白い霧が、円状に立ち込める構図となった。


 カザミは、先程のジョイの動きを参考……。もとい利用すべく、ジョイの手首にワイヤーを巻き付ける。

 上昇し、彼の腹を蹴り上げた。


『うあああ!? 公務執行妨害!!』

 文句を言われたが、なるべく高所へ辿り着き、勢いをつけるためだ。

 いま対峙すべきは、目下にいる青の装甲……。


 まるで駄々をこねるように、その鎧を横に揺する人物だ。

 見下ろしながら叫ぶ。

「こんなところで暴れたって……何も良いことないでしょ!!」


 ここで強く酸素を吸い、呼吸を止めた。

 空気そのものを凍らせるということは、呼吸でもしようものならどうなってしまうか分からない。

 一方で、アルクス・ブーツに搭載されているブレードは、対アーマード戦を想定して作られている。

 ガード・アーマードに対しては、以前の騒動で有効打であることが判明した。


 この青い巨兵ならばどうだ。

 右の踵からブレードを出す。そして高く振り上げる。

 降下しながら位置を見定める。


 狙うべきは、貫ければ再起不能まで陥れられる、首裏付近……。

 このまま一直線に落ちれば、確実に当たる。

 しかし、ブルーの不自然な挙動を見てだ。

 一体どういうわけか。



 脳裏をよぎった。

「……!?」

 あの、血みどろの日。光景。

 荒い画質のようなレイヤーが重なって見える。



 腕を、全身を、錆びついた金具で固定された、少女の姿。

 こちらを見ている。

 何かを叫んでいる。

 ジタバタともがき苦しんでいる。



 カザミは思わず、息を呑みかけた。

 ダメ――!!


 理解を拒む指示に従う。

 急ぎ、後方の電灯へ、ワイヤーの鉤を引っ掛ける。

 巻き取りの軌道変更で、氷結した空気から逃れた。


 着地してすぐに振り返る。

 白い霧越しに、青の鎧を見る。


 今まで苦しそうにしているだけだった。

 その青が、ゆっくりと顔を上げ……。



 思わず声が漏れたのは、カザミの口からだ。

「どう、して……」

 その呟きの意味は、過去を思い出したことだけではない。


 何故いま、青の鎧と視線が合うのか。

 それはまるで……。あり得ない予感が内に滲み始める。



 その最中のことだ。

 ブォォォンッ!!

 いきなり重たい駆動音が鳴り響き、カザミはそちらを見た。


 パトカーが突っ込んできたのだ。

 例の女性警察官が、中でハンドルを握っている。

『ブルー・アーマード! 覚悟ー!!』

 武器で無理ならば、より強い衝撃でといった狙いか。


 しかし、ブルーの様子は、今までとは違った。

 自身の斜め後ろに落ちていた、ビーム・チェーンソーとでも言ったところか。

 それを即座に拾い上げ、三角のストラップを引いた。


 ビームの刃が回りだす。

 パトカーと向かい合った。


 焦りの汗が滲んだのはカザミのほうだ。

「まっず……!!」

 先ほどのうずくまっている状態ならば、パトカーでの特攻も一つの手段として許された。


 今は違う。彼女は気づいていない。

 カザミは、ワイヤーをパトカーの扉に引っ掛けた後、手で射出装置を後方へ放り投げる。

 この強引な張力により、扉が剥がれた。


 カザミが大声で呼びかける。

「早く出て!!」

『はい?』


 ブォォゥッ……と、光刃の回転が加速する。霧越しでも青い光が分かる。

 それに女性警察官もようやく気づいた。

『おわぁ!!』

 転がるように車外へ飛び出した。


 無人と化したパトカーが突っ込む。

 対して、ブルーはチェーンソーを振り下ろす。


 まさに一刀両断。

 青の鎧を軸に、波が割れるかの如き破壊となった。

 エンジンやガソリンなどへの損傷、引火を誘発し、爆発。



 しかも、空気が氷結化した影響か。

 急激な温度変化による爆炎、衝撃波の範囲は、カザミの想像を上回るものと化す。

 そして……。


『あぶなーい!!』

 大気が揺れるのが見えた。そう認識した直後のことだ。

 目の前をグレーの装甲が覆い尽くし、抱きつかれた。



 何倍にも膨れ上がった爆発の衝撃波を、盾となった彼女が一身に受ける。

『ぐおええええ!?』

 その威力を装甲越しに受け、アヒルのような声が飛び出る。


 重なるかたちで共に倒れた。

 しかしカザミは、無傷のまま終えることができた。

 一方でブルーは、スタジアムを震撼させた時のような、威圧感のある佇まいに戻った……。



 と思われたのも束の間。

 またよろけ、崩れ落ちるという流れだった。

 うつ伏せの姿勢で倒れ伏したのだ。

 このまま状況が終われば、また警察に拘束されることとなる。


 だが、彼がそうさせなかった。

 回転する球体が、ブルーと地面の接点に潜り込む。

 ウーハーのような重低音を鳴らし、その重いであろう巨体をふわりと浮かせたのだ。


 霧の範囲外へ逃れたところで、紫の装甲が待ち構えていた。

 ブルーの装着は解除された。元の立方体へと戻る。


 落ちてくるのは……ブルーの巨大な装甲とは、あまりに不釣り合い。

 小さな体躯を彼は両手で受け止め、その上にキューブも載った。

 カザミは上半身を起こし、その様子を目の当たりにする。


 話では聞いていたが、本当に少女……。

 白と水色が醜く濁り混ざったような、そんな髪色だった。

 顔は、前髪と陰でちょうど隠れてよく見えない。


『逃げるのか、ブルー!!』

 身を潜めていたジョイが拳銃を構え、発砲。

 生身で当たれば致命傷。だが、紫のアーマードは日色の球体を手に、衝撃を受け流す。


 ジョイがリロードする最中に、その日食を自らの足元へ叩きつける。

 ヅゥゥンッ!!

 発生した衝撃波は、カザミが教会で見たものと同じ。


 これを利用して、大跳躍という名の後ろっ跳びを繰り出した。

『待てぇ!!』

 ジョイは果敢に追いかけるが、たった一度の跳躍で、豆粒程度の大きさに見える。あれをどこまで追うつもりか。


 とにかく、ブルー・アーマードとその一味は去ってしまった。

 敵……といって差し支えない存在だが、ブルーの身に発生した発狂や、蘇った記憶。

 何故だかカザミの身に遺恨を残す結果となり、モヤモヤが止まらない。



 カザミを守ってくれた女性警察官が片膝を立てる体勢となり、その身が光る。

 装甲がキューブ状に戻り、彼女は大きく息をついた。

 間近で見れば、少し童顔で、可愛らしい顔立ちをしている。張り詰めていた心境がほぐれるのを感じた。


 彼女に助けられてしまった。

 取り締まられる身であるという気まずさはあるが、軽く頭を下げる。

「あ……ありがとう、ございます」

 すると彼女は、驚いたように目を見開き……。


 太陽のようにはにかんだ笑みを見せた。

「こちらこそです!」

「うおぅ……!?」

 眩しすぎて、思わず顔を背けてしまった。

 ここまでの屈託のない笑顔を見たのはいつぶりだと、逆に戦慄してしまう。分からず屋の警察にしては愛嬌があると思った。


 隙をついて逃げ出そうと思っていたが、彼女ならば……とささやかな望みが浮かんでしまう。

 下心丸出しの笑みで、カザミは口元を覆いながら、小声で提案した。

「お互い様ということで、あの相方さんが来る前に見逃してくれません?」


 すると彼女は腕を組む。

 うーん、と唸りながら悩み始め……。

「分かりました!」

「まあ流石に……。え?」

「あなたがいなければ……というのは事実なので、ここでの殺処分は取り下げてあげます!」


 半分冗談のつもりだったんだけど――。

 逆に冷や汗が出るという状況の中、彼女は人差し指をビシッと向けてきた。

「しかし、次なにかしら起こした時にはお縄についてもらいます! あと、私以外の警察官ならば、きっと容赦はしてくれないと思うので!」


 バカと言うべきか、優しいと言うべきか……。

 カザミは呆れながらも、今度は礼の代わりにと、ツールボックスからある紙を取り出す。彼女に渡した。


 目をぱちくりとしながら顔の前まで近づけられたそれは、スーパーイーツの割引チケットだ。

 去る前に、もう一度小声で伝えた。

「エリカ、って子がおすすめですよ」

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