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激昂のイレギュラー  作者: 亜空獅堂
Phase5:碧く滲む、置き去りの影
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Phase5-7:碧く滲む、置き去りの影

「ふぅ……。危なかったし重たいしぃ……」

 騒動の様子を見に来たカザミのもとで、すぐにその危機は視認化した。

 窓ガラスが割れる音。そして、腹から真っ逆さまに落ちる男性の姿だ。


 理由はどうあれ、目の前で死なれるのは非常に苛立たしいため、反射的な救出行動に入った。

 電磁バリアを駆使してのタックル。この衝突により、彼の腕に火傷痕はできてしまったが、落下の勢いを殺すことはできた。

 ワイヤーを胴体に巻き付け、壁にブーツのナイフを突き立てながら着地。急ぎ、警察署の駐車場、その端にある茂みに隠れた。


 一連の行動を終えたところで、カフ越しにパッチの疑問の声が鳴る。

『飛び降り自殺とイウコトはイレギュラーでしょうカ?』

「だとしたら失敗したわけだから、落ち着きすぎてるような……」

 救出した男は、地面に寝かされた後もひたすら天を仰ぎ、一言も発さない。

 カザミは、彼の顔の前で手を横に振る。

「おーい、あたしが見えてますかー?」


 反応がない中、特に目についたのは、額がひび割れたように抉れ、ガラスの破片が突き刺さっている点だ。

「勢いをつけてガラスをかち割っただけなら、こんな傷が生まれるかな……」

『つまり、直前に付イタ傷かもシレナイト……?』

「そういう推理に結びつく――」

 考察の最中だった。



 再び、空気を突き抜けるような音が聞こえたのだ。

 カザミはすぐに上を見る。


 今度は、警察署から近い位置で、人影が落下してきた。

「嘘でしょ、また……!?」

 しかしよく見れば、二つの人影が重なっている。直立の姿勢を保った一人が、もう一人を小脇に抱え上げているという状態。

 地面に近づくに連れ、前者が、生身の人間ではないことが明らかになった。


 スタッ……。

 その華奢な装甲が両足裏で着地するが、重たい着地音は響かない。差し込むような風切りが鳴るだけだった。

 カザミは狐の仮面を被り、木陰に隠れながらその姿を直視する。

 紫の装甲のある一点に疑念を抱いた。

「パッチ。あの胸の球体……見覚えある」

『既に解析シマシタ。教会デ放り込まれたモノと98%の一致』


 あの日、カザミはゴードンを連れ去る手筈だったが、日食模様の球体による攻撃を受けて頓挫した。

 妨害をしたのは……彼だ。

「今度はいったい何を企んで……」



 そちらに集中するあまり、もう一人の落下に気がつかなかった。

 ズドォォォッ!!

 今度は爆撃のような地鳴りだ。

 事実、その太い足がアスファルトにめり込み、クレーターのようなヒビを入れた。


 氷のように所々が尖り、重厚感もある青の鎧。

「ブルー・アーマード……!!」

『バカな……! 装着者は捕マッテイルハズデス!』


 すると、紫の装甲に腹から抱えられていた女性が、腕やら脚やらをジタバタさせ始めた。

「ね~! もっとお姫様抱っことかさー!」

『予定より五秒早かったようです』

「聞いてな~い。キャンちゃんは見栄えを重視する女の子であって~」

 ここから痴話喧嘩でも始まるのか、という様相だった直後。



 キィィィィッ!!

 今のホバー主体の時代には中々聞くことのない、ゴムタイヤの擦れる音だ。

 突如、巨大な体躯が駐車場内に踏み入り、ドリフトを仕掛けた。


 その切り返しは凄まじく、駐車されていた一般車両やらパトカーやらを側面で容赦なくなぎ倒す。

 突入から約九十度向きを変えての停止となった。


 甲高い声の女性は地に足をつけ、パチパチと拍手。

「ワ~オ! なんだかんだいいタイミング!」

 大量の荷物を運搬する手段としてはよく扱われるトラックだが、別の目的で使われているのを、カザミは以前にも目撃した。

「あのトラック、前に爆発したのと同じ車種じゃない!?」

『確かにそう見エマスガ……』


 トラックのコンテナ後部扉が開く。

 警察署から落ちてきた三人が、順番にその中へ。

 扉が閉まり、トラックは初速を加えながら旋回。元きた道から戻ろうとしている。


 おそらく逃亡。

 カザミは、あの怪しい集団を追うべきなのではと腰を浮かせる。



 その直後のことだ。

「まずい! 逃げられちゃいますよハル先輩!!」

 裏手側から、二人の警察官が息を切らして走ってきた。

 男女のペアであり、いま声を上げていた青年の方には見覚えがあったため、カザミはすぐに隠れ直す。


 アングの元同居人のジョイ・フルーレ。

 仮面越しではあるが、一度彼に存在を確認されている。

 二人が、駐車場に停めてあったパトカーに乗ろうとする。


「待って!!」

 すると咄嗟に、前髪を天に向けて結んだ女性警察官が、彼の手首を掴んで止めた。

 ジョイは振り返るが、彼女の視線はジョイではなく、パトカーの至る所を見回すようだった。


「パトカーに爆弾……仕掛けられてるんだよね……?」

 引きつった笑みの彼女に対し、ジョイの表情も一気に固まり、パトカーのボンネットを見下ろす。

「これにもあるってことですか……?」


 すると今度は、黒塗りの装甲車が駐車場内に入ってきた。

 運転手が扉を開き、身を乗り出して声を張る。

「爆弾騒ぎがあったと聞いて駆けつけたのですが!」

 その言葉を聞いたジョイが、パーッと表情を明るくした。

「ちょうどいいところに!!」

 彼は爆弾のことに集中し始めたらしく、カザミの姿を見られる危険は失くなった。


「よし、今がチャンス……」

『カザミ様! 何か良カラヌことヲ考エテイルのデハないでショウネ?』

「うん。だから切るね」

『アッ、カザミ様!』

 カフでの通話を強制的に切った。


 カザミは、路肩に停めていたエアバイクのもとへと走り、跨る。

 日食の球体に、同系統のトラック……。突き止めなければならない要素が彼らには数多くありすぎる。

 ゴードンという手がかりを失った今、なおさら見逃せないと思った。


 また、彼らの逃走を食い止めれば、流石に堂々と差し出すということはしないが、状況を理解した警察がこれまでのことを大目に見てくれるかもしれない。

 などという一抹の望みに期待しつつ、カザミはアクセルを握った。





 コンテナの中には何も無い。逃走用に用意された荷台でしかない。

 カナは広いスペースに残り、ただ佇む。

 キャンディは助手席に座る。エクリプスの彼は、運転エリアへと続く小さな扉の傍に立つ。


 ねぎらいの声をくれたのは、緑の髪でオールバック。眼鏡と白衣がトレードマークの男性。

 組織の技術担当その二。サイラック・スティッチャーだ。

「お疲れ様です御三方。ここまで計画通りに進むとは、いやはや見事な手腕です」

「パイセン、意外と荒っぽい運転するんだねー」

「医者に成り立ての、掛け持ちアルバイト時代以来ですから」

 常に上ずった声を出す彼は、共に笑みを絶やさない。この世界への順応で言えばキャンディをも上回る。


 エクリプスの彼がアーマードを着脱。すぐに覆面も脱いだ。

 毛先の尖ったマッシュルームヘアは全く崩れておらず、仮称、ジョリントは指示を出す。

「もっと加速していただいて結構です、サイラックさん。この世界の警察は加減を知りません」

 エンジンの唸る音は聞こえたが、加速の重力をカナは感じない。その程度で変化が生じる柔な装甲ではない。

 カナの小柄な体型とは不釣り合いな鎧。しかしそれは、心を温かくする。


「お人形ちゃん、まだアーマード脱がないんだけど」

 キャンディの指摘に、ジョリントが返す。

「懐かしい時に浸りたいのでしょう。そっとしておいてあげてください」

 否定はできない。そもそもしない。

 事実、カナは目を閉じ、脳で反響する声を聞き続けていた。



 堪能していた世界に、騒音として邪魔が入る。

『えー、そこの不審車両! 不審車両! 止まりなさーい!』

 やや男っぽく、格好をつけた音程だが、女性の声だ。トラックの外から聞こえてくる。

『止まらないのなら、君たちの身包みを剥いで、身元を特定します!!』


「え。なに。警察?」

 まばたきを繰り返すキャンディの横で、サイラックがサイドミラーを凝視。何かを確認した。

「いえ、違う。バイクに乗った狐のお面……。向こうも不審者ではないですか」


 まるで、その発言に反発したかのようなタイミングだった。

 拳銃の発砲音。二発連続で鳴り響く。

 カナは、アーマードの聴覚能力から、音の発信源を特定。

 銃撃はバイクに乗った人物からだが、その着弾点。後輪タイヤに全弾命中したのだと分かる。


 更に遅れてもう一撃。

 トラックの挙動が横に滑る。少なからず走行に影響が出ている。

 しかし防弾ゴム製のタイヤなので、パンクすることはない。


 キャンディが、席のヘッドレストに抱きつきながら叫ぶ。

「シミュレートには入ってなかったよ! 何あれ!」

 サイラックが、ハンドルを巧みに操りながら考察する。

「まさか彼女……囮のトラックを襲撃した、狐面のかたかな?」

「逃げる時に暴れたら足がつくから、ってこの作戦でいったのにぃ!」


 壁に手も付けていないジョリントは、直立のまま冷静に対処する。

「しかし、このように直視され続けるほうが問題と言えましょう。カナさん」

 名前を呼ばれ、カナは、ジョリントを見下ろす。

「あなたに任せます。あの目障りな小動物を追い払ってください」

 頷き、コンテナの後部扉へ向けて三歩進める。


 日光が差し込む。

 扉が自動で左右に開く。

 カナは、背後に手を回した。

 背負っている武装……ビーム・チェーンソーを手に取る。


 排除すべき対象者が視界に入った。

 サイラックが言っていた通りの、狐のお面を付けた不思議な装い。

 彼女がこちらに気づき、大きく身体をビクつかせた。

「げっ。大物さん自ら相手ですかー……」


 カナには大物という自覚がない。

 ただ命令に従い、立ちはだかる者を殲滅するのみ。


 ブォォォンッ!

 ビーム・チェーンソーを起動。青い光刃が回る。

 そしてすぐに分離。


 宙を漂う十ものビーム刃は、カナの脳波に合わせて自由自在に動く。

 まずは一つずつ。バラバラに突進させる。

 狐の彼女は、バイクを左右に傾け、時には車体を道路に擦れ付けながら巧みに回避。


 これでは埒が明かない。

 カナは脳波との共鳴を高めるため、左手を前に出す。


 次は取り囲む。

 バラバラの動きだった光刃九つを、時計の時間を示す目盛りのように、集結させる。

 左手をぐっと握りしめる。


 同時。

 九つの刃が、彼女の首という一点へと向かう。


 しかし彼女は、それすらも察知していた。

 既にかけていた右手のブレーキ、そして右足のブレーキを同時に踏み込む。

 かといって一気に握るのではなく、じわりと深く押し込む。


 バイクは前傾姿勢で急ブレーキ。一気に後退。

 九つの奇襲が空振りに終わる。

 回避した彼女は、一息ついたように肩を撫で下ろした。



(……甘い)

 既にもう一刃いちじんを滑り込ませていた。

 後退した先、エアバイクの真後ろにだ。


 ビームの刃を上向かせ、待機中だった。

 宙に浮く乗り物がバックを続け、刃を通り過ぎる。


 俯いていたがために、その光る刃が目に入ったか。

 彼女はハッと背筋を伸ばした。


 上昇。

 今度は彼女の胸元を抉ろうと、下から上へ突き上げる。



 標的の少女は、あり得ないほどに機敏だった。

 今度は胸から上を瞬時に仰け反らせ、被弾の軌道をずらしたのだ。


 代わりに、彼女の顔を覆い尽くす仮面。

 その顎から鼻先あたりまでを鋭く掠めた。

 亀裂と、それによって生じる断裂までは保障された。


 パリンッ!!

 仮面は二つに割れ、目を固く閉じた状態だった。

 彼女の素顔が露わとなった。


 ……。

 …………。

 ………………。




 え――?

 思考が凍りつく。

 世界が止まって見えた。

 今、自分の瞳に、何が映っているのか。



 まさか。

 まさかまさかまさか――ッ。

 一つの認知として処理しようとすると、――おかしい。



 ノイズに聞こえる。

 私を呼んでくれていた、あの優しい声たちが。



 裏返って。

 聞いたこともない低い音で。

 呪い殺してくるような――。


「っ――ぁ――――ぅぁ――――っ」

 装甲越しに両耳を押さえる。


 止まらない。嗚咽が。

 止められない。

 何もかもを理解できない。

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