Phase5-4:碧く滲む、置き去りの影
頭と爪先を持たない、一本の鉄串に刺された肉塊が、食べられるために高熱を浴びながらグルグルと回っている。
その様子を、少年警察官のジョイと、先輩のハルが、机の端を掴んでジーッと見つめていた。
彼らがしゃがんでまで観察しているのは、ロティサリーグリルで焼かれている鶏の丸焼き。ジョイが特別対策班に正式メンバー入りした祝いとして、ハルが用意したものだ。
レッドがサーバー管理センターに侵入したという事件があったため、日曜出勤を余儀なくされた面々だが、全員が集まったのだから折角ならと、ハルが提案したランチである。
見通しが甘すぎた。
こういった鶏の丸焼きは、通常サイズで、一時間じっくりと生み出すものである。
「良い色してそうですけど、まだダメなんですか?」
ジョイにそう聞かれたハルは、カフのホログラムを展開。参考にしているサイトを確認する。
「えーっとなになにー……? 串で刺して、透明な肉汁が出てくればオッケー」
ハルは試しにと、予備の鉄串で肉の腿部分をツンツンと刺してみる。
まだブカブカとしており、穴から出てきたのは、薄紅色の濁った液体だった。
ハルは串を皿の上に置く。元の屈んだ体勢に戻った。
「もうちょっと待ってみよっか」
我慢強いハルとは対照的に、ジョイは自身の腹を擦っていた。
「五十分も待つことになるなんて……」
その様子を、同じスクワッドルーム内の離れたデスクから、頬杖をついてダンは眺めていた。
背後から、両手にコーヒーカップを持ったフランが歩いてくる。
「あんなドジ女が指導役だなんてどうかしている。私が指導してやりたいくらいだ」
「いんや~? 似た流れの新参者ということで、案外名コンビになるかもしれんぞお?」
すると彼は、左手に持っていた方のカップをダンに差し出してきた。
ダンは両手を前に出して軽く振る。
「ああいや! カフェインとアルコールは、エヴォル細胞使用者になった以上は控えているんだ。中枢神経に作用する影響で、元に戻れなくなる可能性があるらしくてな」
「一週間は使用していないでしょう?」
「だとしても、緊急で使わなきゃならん時もくるだろう。今は状況的に難しいかもしれんが」
僅かに頷いたフランは、その差し出そうとしていた方を自分の口元まで持っていく。
「では、真面目な自分へのご褒美ということにします」
一口したのを見届けたところで、ダンはまた、可愛らしい部下たちへ視線を注ぐ。
「本部長は、最初からあのつもりだったのか?」
「実力至上主義だと常に言っていますので」
「まあその点で言えば、本官の息子は凄いぞぉ! 全てにおいてこのオレを圧倒していると言えよう! 筋力以外では!」
ガハハと笑うダンの隣のデスクに、フランが二つのコーヒーカップを置いた。
「失礼ですがダン捜査官。アーマードの開発に多少は携わったと聞きましたが」
「そりゃあ、本官のパワフルは、サイズ感も違う特注品だからな。基本のやつも見させてもらった」
その問いかけの最中、フランは、車椅子に座るダンを見下ろしていた。
しかし回答を受け取ってすぐ、無言で正面を見直した。
「ん? なんだぁ? おかしなことでも言ったか?」
やや強めな物言いでダンが問い直すも、言葉が返ってくることはなかった。
それよりも、今の会話の流れの方がおかしいんじゃあないか――?
疑問に思うダンの脳裏に、昨日の出来事が呼び起こされる。
まさかとは思うが……。
* * *
その日、エヴォル細胞投与においての担当医であるエイリンが、「ご報告があります~」と会いに来た。
偶然居合わせたフランも同席し、彼女の医務室兼ラボへと車椅子を走らせた。
彼女はコーヒーを一口すすってから、パソコンの画面を見せながら解説を始めた。
「ヨナ・ルッツさんに投与されていた薬物について、現場から採取した血液の検査、及びDNA検査。元素についても分析してみたところ〜……」
画面に、小数点以下三桁が並ぶ、具体的な数値が表示された。
「エヴォル細胞との一致率は約七十五パーセント……。ほぼ流用していると考えて間違いないかと〜……」
コンテナ内に吊るされていた輸液バッグ。入っていた液体の色から、その可能性はあると危惧されていた。
ダンは両手で頭を抱える。
結論を聞いたフランは、眼鏡をクイッと上げ、冷静にエヴォル細胞の成分について口にした。
「ナイゲールのバイオドーム内で、無菌化されたものを素材としているはずです」
「その工程をすっ飛ばしているので、化け物のような姿になってしまうのではないでしょうか~?」
「ま、待て待て待て!」
ついダンは、身を乗り出して聞いた。
「オレは使い続けて大丈夫なんだろうな? あんな……人語も話せない、強化イレギュラーみたいになっちまわないだろうな!?」
怪物を思い浮かべながらの発言だったが、フランが苦笑いを浮かべながら言う。
「既に化け物のような変容っぷりですが……」
「今こうして元の姿に戻れているので、大丈夫だとは思いますけど~」
「歯切れが悪いな!」
「あと二日だけ猶予をくださいね~。技術班が実装前に提示したエヴォル細胞の成分表と、現在ダン捜査官に投与している実装中の成分、誤りがないか結論づけられます。それまで細胞の使用は控えていただければと~」
やや前のめり気味だったダンだが、エイリンの穏やかな声に免じて深く座り込んだ。
「まあ幸い……事件らしい事件は起きていないからな」
しかし、ヨナ・ルッツに関しては、もう一つ妙な点があった。それをフランが彼女に問う。
「彼女の体内から出てきた、あのキューブについては?」
「ブルー・キューブと同様に開けることはできませんが……純セルジウム製で間違いないかと」
アーマードに使われる基本素材の鉱物。
その採掘現場で、赤と青の別の鉱物が盗賊に盗まれた、という話をダンは聞いたばかりだ。セルジウムも同様に盗まれていてもおかしくはない。
フランが口元に指の側面を当てて呟く。
「どちらの技術も、所在不明の組織の手に渡ってしまっているということか……」
「こりゃあゼオン本部長に相談したほうがいいな! 電話するぞ!」
ホログラムを展開し、電話帳からゼオンの名前を探そうとする。
しかし、フランが手首を掴んで止めてきた。
「この事実を広めるのはまだ早いです」
想定の外にあった言葉だった。ダンとエイリンが顔を見合わせる。
また見上げる視線に戻し、ダンは訝しげに持論を述べた。
「敵さんは、エヴォル細胞を悪用しているかもしれないんだぞ!」
「だからですよ。警察の技術が使われている時点で、スパイは必ずいるということ。ましてやゼオンなど、私の比ではないくらいに多くの警察関係者と広く繋がっているのです。どこかでこの件が漏れかねない。我々の間で情報を食い止めることが鍵……」
「では、もしこれから、今回の分析結果が警察内で広まりでもしたら〜……」
「ここにいる誰かがスパイです」
ダンとエイリンは、ギョッと肩をビクつかせた。
「勿論そうとは思いたくありませんし、盗聴されている可能性もゼロではありません。後でこの部屋に盗聴器がないか調べてみます」
「だがそのスパイとやらも、ヨナ夫人が発見、分析までされたことは知っているはずだ」
「なので、どうにか雲隠れできないかと今頃慌ただしくしているでしょう。エイリンさんが我々を呼びつけたことも察知されているかも」
彼は後ろ手を組み、均一なトーンで警告する。
「これからは、警察全員の様子に気を配ってください。あなた達も調査対象であることは悪しからず」
入室した時とは違う、新たな緊張感に包まれるのを実感した。
* * *
ある意味、組織内部の治安を重んじる、監査官らしい姿ではある。
しかし、常に疑いの目をかけられると宣言されたことで、なんてことない日常にも生じるむず痒さ。
そして、どことなくの気まずさも感じずにはいられなかった。
*
「うっわー、すっごーーい! ここがワシントンの中央警察署かー!」
警察署の正門前に、妙な女性が現れた。
彼女は両手の親指と人差し指で四角のフレームを作り、目の先にある高い建物を枠内に収めた。
「他の分署はせいぜい五、六階建てくらいなのに、ここには隔離部屋がある都合上、わざと十五階建てなんていう高層ビルみたいな形状になってるんだよねー!」
高く、耳にキンッと響く声で、やけに不自然な説明口調。
彼女は腕まくりで羽織っている白衣のポケットから、包装紙付きの青いロリポップキャンディを取り出す。
勢いよく引き抜いて自分の口に入れた。
「こんなカッコイイ建物が爆発でもしたら、きっとワンダフルに見栄えいいんだろうなー!!」
物騒な言葉まで発した彼女の格好は、極めて奇抜なものであった。
高い位置で結ばれた細めのツインテール。金髪の毛先に、ビビッドピンクのメッシュカラーを取り入れた、眩い配色。
服は、黒とピンクで彩られた緩いタンクトップと、華奢な足首を太い筒で覆っているような同色の長靴。
ここまでは、小柄な体格と子供っぽい服装という点で可愛らしさが目立つ。
問題はここからだ。
胴から腰へ斜めに巻かれたベルトには、パレットのように並べられた、謎の物体が連結されている。まん丸とした口紅のようにも見えるが、どれも色が違う。
チェック柄のスカートは極めて短く、左脚にだけガーターベルトのような黒いストラップが見え隠れする。
そして最も特徴的なのが、白衣と顔面に浴びせられている、ピンクだ。
特に顔には、ハートの形で描かれているが、その滲み具合から返り血にも見えてしまう。
しかし、あと二週間でハロウィンという時期でもある。先走った若者がバカをしているだけかもしれない。
「あの、通行人の迷惑になりますので、少し静かにしていただけないでしょうか?」
警備員がそう声をかけると、彼女は目を丸くしながら見てきた。
「んん? それもそっかー」
案外と聞き分け良く、すぐにこの場を離れてくれるのかと思った。
「じゃあ警備員さん、ハッピーハロウィーン!」
有無を言わさず横を通り過ぎようとしてきた。
咄嗟に、彼女の細い手首を掴んだ。
「待って待って待って!」
このまま通せば、警察署のエントランスへ直行という流れであった。
警備員は、何故だか驚いている彼女へ忠告する。
「外から見てる分にはいいよ。けど警察関係者以外は、先の事件の関係でロビーも封鎖してて……」
すると彼女は、口に入れたままであった飴を手で引き抜き……。
それを口に突っ込まれた。
「ぬっ!?」
唐突の奇襲。……という名の、ブルーラズベリーの味わい。
彼女の唾液が既に干渉していたために、生じた粘り気が舌に絡みつく。通常のロリポップキャンディよりは分厚く、重たいと気づく。
どう受け取っていいのか分からず、警備員はモゴモゴと控えめに堪能する。
女性はパッと手を離し、両手を上げてオーバーなリアクションを取った。
「えー!? でも広義的に見ればー、キャンちゃんって警察関係者だよ?」
「キャンちゃんって君のこと? それに広義的にって……。市民は警察に守られるものだから?」
「ノンノン! 警察に取り締まられる側って意味で!」
警備員は反射的に、舐めていた飴を口から出した。
「……何を言っている?」
「自己紹介したんだからちゃんと聞いてよー! アタシ、犯罪者のキャンディちゃんっていうの!」
傾いたピースサインとウィンク。なおかつ、ブリっ子するように首を傾げている。
「キャンディ・ブレア! ちゃーんと覚えて帰ってね?」
ここにきてようやく、只の浮かれた若者ではないと判断した。
警備員は、署内のロビーにいる受付員に、ガラス越しでアイコンタクトを送る。
受付員の男性が頷き、インカムマイクを自身の口元へ近づけた。
彼の対応に期待を抱きつつ、警備員は目の前の女性を見下ろす。
「中を見たいからという理由だけで犯罪者を名乗るのは良くない」
「おママゴト気分が抜けてないねえ。あなた警備員だよね? 危険人物を捕まえないでどうするのー?」
こうなれば、彼女の振る舞い、風貌までの全てが怪しく見えてしまう。
警備員は、自分が口にしてしまったその棒に刺さった飴を凝視する。
「安心して? その飴に毒性は無いし、麻薬とかの類でもないから!」
実際、彼女が舐めていた物であるため、毒物であるとは考えられない。
仮に本当は毒物であったとしても、一分近くもの間、口に入れてしまった。
もう助からないならいっそのこと味わうこととする。警備員はあえてその飴を口の中へ入れた。
「証拠も無しに、罪を立証することはできない」
「じゃあどうしたらいいのー? 今から通行人を殺して回れっていうの?」
「確かに歴とした犯罪者だな。その場合、署内に入ることはできず、蜂の巣になってもらうが」
「それは困るな~。じゃあ自白の方向でいくね?」
まるで、自分が犯罪者であることを、認めて欲しそうだった。
キャンディと名乗る女は、親に自分の善行を自慢するような声色で、口を開いた。
「キャンちゃんはね、熱くてどデカくてボーンッ!てヤツが好きなの。この一週間くらいで、キャンちゃんが丹精込めて作ったのがたっくさんボーンッと弾けて!」
両腕を大きく広げる振る舞いから、今度は一転して縮こまり、クネクネと腰を横に振る。
「ほんっと嬉しかったなー! キャンちゃんの努力が実ってー、ハッピーワンダフール! って感じでぇ~」
次に、人差し指を立てて下唇に当て、空を見上げた。
「あっ、でもー。フェニックス・フィールドのヤツだけはつまんなかったなー。あれって報道規制? 一番の目玉商品だったのに、肝心の場面が映らなかったの! まあ、記者気取りの配信者が拡散してくれたんだけど、レッド・アーマードが介入しちゃったから思ってた感じとは違ってー」
最初は、何とでも捉えられることを言い始めたのかと思った。
しかし、進んでいくに連れて正確な単語が浮上し、徐々に警備員の口元が開いていく。
それを認識したキャンディが、途端に口角を引き上げた。
今までの無邪気な笑みとは違う、邪悪めいたものだ。
「その表情。いよいよ本当に怪しんできたって感じぃ?」
「……目玉商品って」
「だーかーらー! さっきからほぼ答え言ってるよね~?」
彼女は一歩踏み込む。
身を低くし、あえて更に見上げるような体勢を取った。
「強化イレギュラーの自爆だけじゃなくて~。この前のトラック爆発とか、パトカー爆発とか!」
そしてトドメにと、また首を傾げる。
「あれ、ぜーーーんぶキャンちゃんの仕業だ。……って言ったらどうしますー?」




