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激昂のイレギュラー  作者: 亜空獅堂
Phase5:碧く滲む、置き去りの影
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Phase5-2:碧く滲む、置き去りの影

 カザミが契約社員として所属するスーパーイーツには、指定の制服も専用バイクの起用もない。如何に自分の色を出せるかが重要となる。

 早い話が、バイクを持たぬ者は車でもいい、自転車でもいい、徒歩でもいい。能力よりも外見重視の会社であるため、アプリに登録する宣材写真の質が全てを左右する。

 どの配達員を向かわせるかは顧客が指名する仕組みであり、人気のない配達員への支援を会社がしてくれることはない。その分、人気配達員への給料は高い。


 おかげでカザミは、好きな格好とエアバイクで移動できている。

 配達という本分から逸れすぎているという批判の声もぽつぽつとは上がっているが、是非はどうであれ、カザミは素直に関心している。

 『悪気がない』というこの世界の人間たちの心理を、最大限まで活用できているのだから。


 風に煽られながら、本日四件目の配達場所へと向かう。

 この業務はシフト制ではなく、配達員自身が、『行けるタイミング』であるかどうかを自主的に切り替える。フリー状態ならば客が指名できるという仕組みだ。

 今日は予定が無いからとフリー状態にしていたが、予想よりも高い頻度で依頼が舞い込んだ。ヘルメットの下であくびをしつつ、ナビゲーションホログラムをもとに次の目的地へ移動。


 ルートが指し示すとおりにバイクを走らせると、ワシントン北東のビル街へ到達した。

 そしてより中心部へと進み……。


 到着した場所は、一つの建物というよりも、もはや敷地だ。

 人の身長の倍以上はある白い塀に包まれ、その向こう側にいくつもの建物が並ぶ。

 その入口付近では、照明やカメラ、衣装などを運ぶ人たちが忙しく動き回り、トラックも複数台停まっている。


 住所の指定のみが手がかりだったため、気がつかなかった。

 ここは映画やドラマなどの撮影スタジオであり、カザミを指名した人物は、関係者ということになる。

 伝票に書かれていた名前も、少し有名な映画監督のものだったかも、と今になって気づく。


 横長のゲートが象徴的だが、その傍には警備室も設けられている。

 カザミはバイクでそこまで近づき、ヘルメットを脱いでから、中にいる警備員に声をかけた。

「パイン・デストロイピザの配達でーす」

 机の前で座る彼は、クロスワードパズルに向けている視線を離さぬまま、怠そうに言う。

「聞いちゃいないよ」

「ええ? 確かにここ指定の配達で……」

 カフで伝票を確認しようと指を立てた、その直後。


「お困りのようだねぇ、愛しのマイレディ?」

 やけにキザったらしい呼びかけ。

 背筋に悪寒が走りつつ、振り返る。


 外壁に寄りかかり、腕を組む、不自然なまでに日焼けした男性がいる。

 サングラスを少し下げ、筋肉のつき方が丸分かりなピッタリシャツというハリウッド顔負けな外見だが、それは彼が気取っているだけだ。


「うっっわぁ……」

 カザミは露骨に天を仰ぎ、喉の奥から嫌な感情を表現した。

 今回が初見ではない。彼、マックス・バリストは、どういうわけかこの撮影スタジオでカザミを待ち構えていた。


 そもそもカザミがこのデリバリーサービスに加入したのは、アングの身辺やマイライズ・ハイスクールについて調べる際に、出入り業者として重宝できると踏んだからだ。

 マックスの存在は、最初の頃には役立ったが、今さら会おうという気は一切なかった。


 そんな本心も露知らず、彼はニヤつきながらこちらに近づいてくる。

 嫌々ながら、カザミもバイクの底面を地に付けてから、降車する。

「オレっちのこと、覚えてくれてるよな? エリカちゃん」

 カザミは、眉間にシワを寄せながら、雲の彼方へと視線を向ける。

「あ、あぁあ~……。なんとなくなら」

 スーパーイーツで働く際の偽名として、カザミは『エリカ・エンブレム』と名乗っている。


 送信された情報には、六十代の男性……。そしてジョンソンと書かれていたはず。

 配達員は、応対が早ければ自由に依頼をキャンセルすることもできる。マックスに関しては明確にNGを出していた。

 避けられていることに気づいた彼が、他人の名義で配達依頼を出したのだろうとカザミは推理した。


 彼は鼻の下を伸ばしながら、ポケットから財布を取り出す。

「五回連続でフラれちゃってたからよぉ、てっきりもう会えないのかと」

 お客様へのスマイルのはずが、勝手に苦笑いが浮かんでしまう。

「ちょーーど立て込んでた時期でしてぇ。本当に申し訳ございませ――」

 言い終える前に、彼は財布のマジックテープをバリバリと開け……。



「おおっと」

 油断した。

 彼がわざとらしくふらつき、前のめりとなった余波だ。


 財布の中に入っていた硬貨を五枚、カザミの足元へとぶち撒けてみせた。

「あっちゃー。ソーリーソーリー、反省っすわマジで」

 彼は自分の頭を撫でてペコペコと頭は下げるが、拾う素振りを見せない。


 注文の際に電子決済で済ませていれば、このような時間は生まれないはずなのだ。今どき現金決済など珍しい。

 これが彼のやり口で、以前に彼の家を訪れた際も、うっかりを装って入口の隅に硬貨を転がしていた。

 無警戒だったカザミは、親切心から上体だけを傾かせて、それを拾い上げた。

 シャッター音が鳴り、彼の下等かとうな計画にようやく気づいたのだ。


 そういった行為が悪いという自覚も起きない世界であることと、これよりも過激な事例が発生する仕事ではあるという両方の側面から、彼を一概に責められないのがまたもどかしい。

 とはいえ、同じ目に遭うのは腹立たしいという希望もある。

 カザミは満面の笑みで首を傾げた。

「すみませーん。今ちょっと腰の調子が悪いので、自分で取ってくれますかー?」

「マジかよ奇遇だな。オレっちもちょうど昨晩、腰のトレーニングしてたとこだよ」


 そう言うと、見せつけるように腰を前後に振りたくり始めた。

 カザミは顔をしかめ、見たくもない部分を意識する前に、明後日の方向を見る。

 イレギュラーでなければ、この無礼勝手な言動にも快く応じていたのだろうか。

 虫唾が走ったため、イレギュラーでよかったと思った。


「お金を渡してくれないみたいなので、このピザはお持ち帰りしますねー。ありがとうございましたー」

「待って待って待って!! いっそチップは弾むからさ! もう少しここで……」

 彼に背を向け、バイクを引きずりながら去ろうとした……直後。



「何をしているのマックス君」

 華やかさと厳しさが、同時に乗っているような女性の声。

 スタジオの建屋が立ち並ぶ方角から聞こえてきた。嫌な予感がして、カザミは恐る恐ると振り向く。

「げっ……!」

 慌ててまた、顔を見られないようにした。


 風で流れる、ピンクブロンドの髪色……。若くして大女優であるメーナ・シンフォニーだ。

 彼女の主演映画の撮影が終わるのは今月中だとされていたため、この場にいること自体は不思議なことではない。


 しかし壁越しとはいえ、カザミは以前、彼女へ探りを入れた。

 つまり声は聞かれている。あの場にいた侵入者の正体として、勘付かれる可能性がある。


 会いたくない人間と、何でこうも立て続けに――!?

 カザミの胃がキリキリと痛み始める。

「今日は見学で来ているだけと聞いたのに、あなたが歩いている姿を遠目で見かけたから……。勝手にうろつかないでちょうだい」

「そ、そうは言っても、オレっちだってこれから出演者になるわけだし、どーにかして絆を深めようと……」


 このスケベな不良が映画に……?

 何故そんなことになったのかカザミには分からないが、もう少し耳を澄ませてみる。

「あっ。このピザは、出演者の皆さんへプレゼントとして……」

「浅はか」

「え?」

「映画の撮影は、スタッフの方たちがいるからこそ成り立っているのに、たった二枚分。あなたには、作品づくりの大切さが全く見えていない」

「こ、これから詳しくなってくんだよー……。オレっちという成長コンテンツに乞うご期待!」


 彼が言い訳を並べている最中、コツ、コツ、とヒールの足音が近づく。

 まだカザミは声を出していない。勘付かれたわけではないはず。


 そう自分に言い聞かせていると、彼女は、カザミの横でしゃがんだ。

 野放しにしていた硬貨を、彼女が一枚一枚拾い始めたのだ。

 膝までの丈ではあるが、横に広がるスカートを身につけており、身体のラインまでは強調されない。後ろから撮影されても、身を低くさえすれば危険性はない。


 地面に顔を向けたままのメーナが、マックスへ呼びかける。

「紙幣も必要なら早く渡して?」

 確かに、落ちた硬貨だけでは全く足りない。


 マックスは歯で息を鳴らしつつ、財布から紙幣を出した。

 計画の不完全燃焼ゆえか、二秒ほど見つめてから、カザミへ差し出す。

「とりあえず代金分だけね」

 カザミは手を後ろに伸ばし、なるべく顔を向けないようにして受け取る。紙幣をジャケットのポケットへさっさとしまう。


 まだ代金は足りないが、早めにずらかってしまおうか。

 バイクのエンジンをかけ直していると、問題の二人が、ある会話を始めた。

「あれからアング君とはやり取りした?」



 カザミの目がギョッと見開かれることとなった。

 今はなるべく考えたくない話題だ。

「もー、メーナちゅぁんさぁ、アンちゃんのことばっか聞いてくるよな」

「だってお友達なんでしょう?」

「そーだけど、あいつ元から、気乗りしない時期はずっと既読スルーだよ」

 どうやらこの二人も、彼とはまともに連絡を取り合えていないらしい。


 するとマックスの耳元から、夜の店で鳴っていそうな激しい重低音が響く。

 彼は、誰からの着信かをホログラムで確認。

「あー、ジョンソン監督からか」

 そう呟いてから、彼は少し距離を取って通話を始めた。


 硬貨を全て回収したメーナが立ち上がり、掌に載せたそれを差し出してきた。

「どうぞ?」

 未だにカザミは、背を向けたままである。

 警備室のガラスが反射し、背後のメーナの動きを読み取れる。


 腰の辺りで上下させるカザミの掌を、メーナが細めで見下ろす。

「独特な対応ですね」

 明らかに疑念を抱かれている。

 いま顔を見られたところで何かが爆発するというわけでもないが、今後のことを考えれば見られないほうが得策。ゆえにカザミは、顔を深く俯かせている。


 無言は怪しすぎるため、わざと上ずらせた声で誤魔化す。

「メ、メーナちゃんのお顔が眩しくって、直視できないんだよねぇ~~」

「もしかしてファンの方?」

 先週の侵入者だとは思われていない。ひとまずの安堵。


「どええ! マジっすかよ!!」

 それを汚すような、低い唸りの歓喜が後方から聞こえてきた。

 メーナが振り返る。カザミも、聞き耳を立てるためについ顔を上げてしまう。

「YO! メーナちゃん! 今夜、ジョンソン監督とナイトクラブに行くことが決まって――」

「家族とディナーなの。ごめんね」


 かなりの食い気味な返答。

 彼女も、この男と関係性を深める気はないということか。

 マックスは弱々しく何か言った後、猫背気味にこの場を去っていった。


 メーナが足のつま先を立て、くるりとターン。またカザミの方へ向き直る。

 両手を後ろに組んでから、覗き込むように斜め下から、その身を伸ばしてきた。



「あなたこそ、綺麗なお顔をしていると思うけれど」

「……っ」


 思わず心臓が跳ねる。

 反射で相手の顔を窺えるということは、相手もこちらの顔を視認できるということである。

 マックスの歓声を聞くのに釣られて、顔を上げたのが仇となった。もう顔を隠しても何の意味もない。

 カザミは唇を尖らせながら、睨むように振り向く。


 視線が合う。

 メーナは体勢を元の直立に戻し、またまっすぐにこちらを見つめる。

 相手が女子だからだろうか。ほころんだ笑みが、張り詰めていた空気に花を咲かせた。


 初めて彼女が、自分と同じ歳の、等身大の少女のように見えた。

「もっと自分に自信を持ってみたら?」

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