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激昂のイレギュラー  作者: 亜空獅堂
Phase4:誰が為の断罪
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Phase4-9:誰が為の断罪

 頭の向きが百八十度曲がった遺体が、鉄製の床に落ちた。


 命じられた二つの任務が完了した。

 ――タロウ・サキヤマを誘導せよ。

 不要となったトカゲの尻尾を排除せよ――。


 後者に関しては、空港に対して行われたハッキングの痕跡から位置を導き出した。

 所在がバレないようにという工夫は為されていたが、無意味である。予め特定されていたレジスタンスの拠点と照らし合わせれば、容易に結びつけることができた。


 ワシントン南西部に建つ廃工場……。その暗がりの中にターゲットはいた。

 侵入した人物を見るや否や、彼は、喉が渇いたと飲料物を要求してきた。



 首を両手で捻れば、全てが事足りた。

 雷鳴が照らす。

 移送用のトラックが間もなく到着する。


 緑の装甲は、ただ静かに、動かなくなった生物を見下ろしていた。





 もはや車両と変わらぬ速度で駆け抜ける炎の姿を、カザミは、高所から追跡していた。

 徐々に距離は突き放されるが、赤く揺らめく残像は上から見ると目立ち、見失うというほどではない。

 しかし、彼がいま進んでいるのは、北東のビル街。深夜とはいえ、目撃者も多いだろう。


 すると、一点に強い火力が見えた直後。

 別の色による変化が生じた。


 白だ。

 辺り一面を、徐々に濃くなる白い気体が、塗りたくり始めた。

 高所からの視界も悪いが、地上では本当に何も見えないだろうという、それほどに濃い霧。

 この豪雨と熱気を上手い具合に利用し、蒸発で発生させたか。


 代わりに、追跡していた赤の色は、見えなくなっていた。

 この霧隠れに紛れて、人に見られにくい場所へ逃げ込んだのだろうとカザミは推理する。


 カザミは、被っているお面の縁を触り、熱源探知モードに切り替えた。

 霧は水の粒の集合体であるため、熱源探知の能力を鈍らせるが、使わないよりはマシだと判断した。

 ただ、遠距離からは乱反射で何も見えなくなる。あえて霧の中に侵入。

 電灯のポールに掴まり、辺りを見回すこととする。



 ……見つけた。

 霧の端がかかった路地裏に、明らかに足取りの悪い人物が奥へ向かおうとしている。

 カザミはすぐさま飛び降り、一度ワイヤーを使って前へスイング。ちょうど霧から抜け出せるというポイントで着地した。


 視線の奥に見えるのは、アング・リーの黒いパーカー。

 その後ろ姿で間違いないが、彼から、こちらを見ようという気配は見られない。


「待って!」

 ともかく呼びかけてみると、彼の足は止まった。

 そこは素直に受け止めるのか。予想できていなかったために困惑しつつ、話題を出す。

「伝えておくけど……ゴードン・ルッツは、のがした」

「そうか」

「状況わかってる? 君の行動が世界中に拡散されて、嘲笑の的になってる」

「当然だ。俺の正体が、イレギュラーだと分かったんだからな」


 カザミは仮面の下で、思わず目を見開いた。

「もしかして、わざと……!?」

 統括官の裏の顔が暴かれたのはいいことだ。

 しかしこの男は、彼に重症を負わせ、殺そうというところまでいった。


 いや、殺すだけなら……。

 良くはないが、この世界の基準では、強化イレギュラーをけしかけた者への断罪として、正当な行動として受け入れられる。



 あのように声を荒げなければ。

 わざわざカメラを回させなければ。拷問めいた行動を取らなければ。


 湧いては消える仮定を浮かべるも、当の本人は、鼻で笑った。

「気味が悪かったのは今までのほうだ。これで良かったんだ」


 聞いている内に、空から落ちてくる雨と、熱を基準にした赤と青の視界に対してもだ。

 鬱陶しく思えて、仮面を乱暴に外した。

 どこか苦笑いの彼の表情が、鮮明に見えるようになる。


 カザミは、皮肉を投げかけた。

「満足してよかったね。おかげで、レジスタンスとか、他の怯えながら暮らしているイレギュラーのみんなが、一斉に排除されかねないくらいには生きづらくなった」


 アングの肩が、ピクッと動いた。

 彼を追ってまで話したかったのは、この世界に対する身の在り方。どう動くべきかをちゃんと伝えたかったからである。


 しかし、鼻で笑ってやりたいのはこちらのほうだ。

 全てが承知の上でというのなら、大きく話が変わる。

「そうなることについて考えでもした? してないよね!? 君みたいな危険人物がもっと大勢いるって、思われかねないんだよ!」

「だったら……そう忠告しておくべきだったろう、偉そうに言うなッ!!」

 声に怒気は宿り始めたが、アングは一向に顔を向けてこない。


 それは逃げだ、とカザミは思った。

 もっと彼の気に障りそうなテーマをぶつける。

「友達のタロウ君だっけ? 何で自分からあの子を巻き込んだの?」


 彼の身体が僅かに震え、手が開いたり閉じたりを始める。

 苦い心境をおもんぱかりつつも、カザミは、冷ややかな眼差しのままに言う。

「つい衝動的に……って感じだね。君がやったことは、大勢の人を余計に駆り立てて、今後の被害を増やすだけの迷惑に過ぎない!!」


 彼の背がひどく小さく見える。

 この程度の罵倒で揺らぐくらいならば、もうやめたほうがいい。

「イレギュラーになったばかりで、正常な判断がつかない状態なのはもちろん分かってる。けど、自己満足のヒーローごっこならやめて!!」

 彼の危うさを正すためには、強い言葉が必要だった。



 しかし。

 この言葉が引き金だと、カザミは思っていなかった。


 彼は勢いよく振り向き、血走った目でこちらを睨みつけてきた。

「二度と俺をヒーローと呼ぶなッ!!」


 それは、対象を刺さんと言う程に。

 誰だろうと容赦しないという鋭さを持った、決死の叫びだった。


 彼は、身体もこちらへ向ける。

「レジスタンス連中と知り合いなのなら言ってやれ。お前たちが何も変えられなかった現実を、俺が変えてやる」

 最後に、はぐれものの代表としてか。

 カザミを指差してきた。

「そこで指を咥えてジッと見ていろとな!!」



 ――ダメだ。

 先ほどの忠告はもう、耳から耳へと通り抜けていったのか。カザミは、自身の唇を軽く噛む。

 今の彼とは、どうやっても話の反りが合わない。


 だからカザミは、唇を震わせながらも、決して視線を逸らさず。

 言葉を発した。

「断る」


 拒絶を受けたアングが、軽く目を見開く。

 カザミは、ズボンのポケットに両手を突っ込んだ。

 初めて彼と会った時のような、どこか相手を舐めるような口調を選ぶ。

「君のことは本当にかわいそうだと思ってたよ。リリアンさんのお世話になったよしみとしてね」


 名前に反応して、アングの眉間にシワが寄る。

「でも、それとこれとじゃ、全然話が違う」

 一転して、カザミは声色を低くした。

「ビジネスパートナーとしては時々一緒に動いてあげてもいい。けど、もしもあたしにとって、君が何の利益にもならないって判断したら、容赦なく切り捨てる」


 雨は激しく落ち続けている。音は気にならない。

 同じ師を持った同い年として、常に協力し合える関係になるかもと心のどこかでは思っていた。


 その可能性に蓋を閉めるため、冷徹にならんとしているからだ。

「その時まではよろしくね。弟く……」


 言いかけ、一度息を呑む。

 あえて見下すように、ゆっくりと顎を上げた。

「いいや。アング・リー君」





 ゴードンが四階の窓から目撃したのは、よく見知った茶色い公用車だった。

 この騒動の陰に隠れるように停まり、カチカチッ、と二度フロントライトを明滅。

 右ウィンカーにも同様の動きを取り、Uターンで離れていった。

 これは、緊急時の際にはと予め決められていた、サインの一つだ。


 ゆえにゴードンには、勝算があった。

 これまで助けてくれた狐の少女を突き飛ばすという、自己中心的な判断に至らせた。


 公用車の乗り手を信じた結果、近くにいたパトカーは爆発し、ウイニングロードが開いた。

 あとは、染みる靴裏を気にせず、全ての力を振り絞り、駆けるのみである。



 細い道の向こう。

 横向きに停車する、公用車の姿が見え始める。

「ひぃ……。ふぅ、ふぅ……!」


 もう少し。

 肉付きの良い笑みが自然とこぼれる。自分は、この死地を乗り切ったのだ。


 運転席の扉が開かれる。

 今日もそこにいてくれた。

 ゴードンの優秀な秘書である、ジョリント……。彼が出迎えてくれている。

「あぁ……! よかった……。やはり貴様が……」

 ゴードンは左腕を大きく広げ、もはやハグすら辞さないという勢いだった。




 代わりに銃口を向けられた。

 刺さる音と共に、ゴードンの意識は唐突に途絶えた。





 混濁する頭の重さ。

 それに釣られ、目覚めた視界はまだ揺らぎ続ける。


 必死に瞼を押し上げていくと、自分の視界が、真横に傾いていることに気がついた。

 白く埃っぽいコンクリートの床。それに頬が付着している。


 続けて、自分を広く取り囲んでいるのが、黒い金属の線だとも認識する。

 鉄格子だ。つまりここは、牢獄。

 本来なら闇の空間を、天井からの眩く白い照明が一点に照らし、見世物として仕立て上げている。



 その証として、鉄柵の向こうには、人が立っていた。

 光の当たり具合のせいか、より一層、蔑むような見下ろしに見える。

 自分を救出してくれるはずだった男、ジョリントだ。


 そしてゴードンは、現状に気づく。

 両の手も、足も、縄で縛られ、動けない。

 特に右腕は、レッドに折られたばかりである。現在の無理な体勢から、遅れて痛覚が宿る。


 嫌な汗が滲み始める中、これがどういった状況なのか、ゴードンは必死に推理しようとする。

 やがて思いついた。

「そ、そうか。ここは秘密の隠れ家か、セーフハウス……! 私にすら場所を悟られぬよう、運んでくれたのだな?」


 ジョリントは、顔の筋肉一つ動かさない。

「いやはや確かにな。思わず言葉で漏らしかねないからな。ふふふ……」

 笑って紛らわせるという、そんな手段の一つも、彼には何の影響も及ぼさない。何の言葉も発さない。


 理不尽。

 被害を受けているのはこちらだというのに。遂に痺れを切らす。

 ゴードンは声を荒げた。

「やはり罠だったのだな……? この私を、最初から陥れようと――!!」



 背後の闇から新たな声。

「では逆に問おう、ゴードン・ルッツ」

 低く年季がありながら、大いなる品格をも漂わせる、女性のもの。

 ゴードンにとっては、通信越しによく聞いていた声でもあった。


 よく見れば、照明の範囲外である、闇の向こう。

 薄く輪郭が見える。椅子に脚を組んで座り、優雅にティーカップを口につけ、ソーサーに置く。

 まるでゴードンを、特上の一品として味わっているかのように。

「貴殿は『ケイオス』にとっての残滓という立場でありながら、妻であるヨナ・ルッツの現状況を世界中へ言いふらし、あまつさえレッド・アーマードの逃走を許した」


 彼女は、食器をサイドテーブルに置くと、女性の中でも長い身長を立ち上がらせた。

「ここまでの失態を犯しておきながら、まだ自分には、責任所在の選択権がある……。本気でそう思っていたのか?」


 ヒールが床を叩く、耳触りの良い足音。

 しなやかな脚の伸び。シャープな腰つき。それらが近づいてくる。

 彼女は、ジョリントのすぐ横である、闇側の境界線。

 ちょうど光が顔を照らさない地点で足を止めた。


 腹部には金の飾緒しょくちょ。横へと広がる白いネクタイには赤の紋様があり、まるで返り血のように飛び散って見える。

 何より首から肩、そして膝付近までを覆う長大なマントだ。

 横へと尖りを見せる襟や、黒い表地と紫の裏地の配色が相極まり、威厳と高潔さを醸し出す。


 足音の反響が消えるのを待ち、ジョリントは口を開く。

「ご紹介します。彼女こそ、私が真に仕え、覇道を突き進まんとするお方。マリウス・マキシロード様です」

「マリウス・マキシ……」


 その名から全てが繋がった。

「まさか……M――!?」


 彼女は否定せず、ゴードンに対する追求を続けた。

「貴殿には、特に致命的な失態がある。強化イレギュラーの使用権があるのをいいことに、我がワシントンに建つ、一つの学び舎を襲撃した。結果的に僅か一名の死者に留まったが、もっと多くの被害が出かねない事態だった。これは許し難い蛮行だ」

 ゴードン自身も、これは危険な賭けだと自覚していた。


 だが、そうした行動に及ばざるを得なくなった原因がどこにあるのか。

 ゴードンは喉を絞るようにして言い放つ。

「レッドを手に入れろと……! 唯一の救済の道だと、貴様は……!!」

「そんなものは最初から存在しない」



 あっさりと。

 彼女が提示したはずの、元の順調な人生を取り戻すための条件は、存在自体を否定された。

「妻という人質を取られた時点で、貴殿が、我々と対等にいられる状況は潰えていたのだ。統括官という肩書を存分に扱える駒でしかなかった」


 歯を食い縛る。

 普段ならば、悔しさだけで押し留まっていたところだ。


 今はどう足掻こうとも、打開の道筋がない。

 目尻から水滴が伝った。

 絶望の涙と呼ぶにふさわしかった。

「だが良い舞台装置ではあった、ゴードン・ルッツ。今日こんにちまでの労を称え、貴殿には……」

 彼女が、一歩分のみこちらへ近づく。


 闇の陰よりも前に。

 モニター越しでも見えることがなかったその顔が、ようやくお目見えとなる。

 ゴードンは、揺れる瞳で捉えようとする。


 その胸中に潜む企みの内容から、彼女もイレギュラーであるという可能性は少なからずあった。

 どんな苛立った顔つきを見せているのか、拝んでやりたかった。




 しかし、彼女は。

 この瞬間までの全てが掌の上だったと、そう言いたげに。


 歳不相応と思われるほどの美貌で、ただほくそ笑んでいた。

「最期の花道を設けてやろう」


(つづく)

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