表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【食品メーカー複数社監修】終焉の神ですが 今日も人の感情でお腹を満たす【もぐもぐ神™】  作者: 黒井津三木
献立4 お菓子 ときどきごはん

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/60

二十皿目・後編『ミレたん、歴史は紡がれる』

「ふぅ……疲れた」


現場を見て回り、執務室へ戻ってきたヴァルグレアは、扉の前で足を止める。


部屋は──元通りになっていた。


叩き割ったはずの机は跡形もなく、新しいものが据えられている。 散乱していた書類も整然と積み上げられ、まるで何事もなかったかのような光景だった。


「お帰りなさいませ、ヴァルグレア様」


振り返ると、お付きのメイドが一礼する。


「……ああ」


短く返し、椅子へと腰を落とす。


背を預け、天井を見上げる。 そのまま目を閉じると、今日一日の出来事が、押し寄せるように脳裏を巡った。


(久しぶりに……波乱な一日だったな……)


神竜。 焉龍。 創世。


一日に受け止めるには、あまりにも重すぎる情報だった。 思考が追いつかない。理解が、追いつかない。


沈みかけた意識の中で──ひとつ、引っかかる言葉が浮かぶ。


(……あの女)


ミレア・ノワール。


(私を“童”呼びしていたな……)


あの時は、ただの無礼だと思っていた。


『わたしが、こんな童如きに、なびくわけないでしょ?』


声が、はっきりと蘇る。


(……舐められている、とばかり思っていたが)


ゆっくりと、息を吐く。


(違うな)


あれは侮蔑ではない。


(“そう見えていた”だけか)


童。


年齢ではない。 在り方だ。


(理想だけを掲げ、その先を見ていない……)


思考が、静かに繋がる。


(子供と、同じか)


自嘲が、喉の奥で滲む。


さらに別の言葉が浮かぶ。


『こんなつまらない国で、何を揃えても価値なんてありはしないわ』


(……つまらない国、か)


目を閉じたまま、思考を巡らせる。


竜王国の収入は、ほぼ鉱山資源に依存している。 他国へ流し、それで成り立つ構造。


特産と呼べるものは乏しい。 せいぜい、チーズの生産が盛んな村がある程度。


(あの村も……)


思い出す。


バジルグロンド出現時、その正体が不明だった為に救援を出さなかった村。


結果として──納品優先度を下げると申し立てられた。


(当然の主張だ)


守らなかったのは、自分だ。

あの村は、国に頼らず冒険者ギルドへ依頼を出した。


(……そして)


報告があった。


調査に向かった冒険者たち。 バジルグロンドと接敵し、全滅を覚悟したと。


だが──


(“謎の配達員”が、討伐した)


そこで──思考が、止まる。


点が、線になる。


「っ……」


瞳が開く。


「ちっ……」


舌打ちが漏れる。


「あの女で間違いないな……」


ミレア・ノワール。


(そういうことか……)


礐壑かくがくの言葉が蘇る。


──民の王であるな

──国の王であれ


(内を見ろ……か)


ゆっくりと拳を握る。


王都の外。 領内の村であろうと。


(すべて“国”だ)


そこに住む者は、すべて守るべき民。


(それを……私は見ていなかった)


外敵ばかりを見ていた。


内側を、任せきりにしていた。


「……はっ」


乾いた笑いが漏れる。


「まったく……」


視線を落とす。


「自分の不甲斐なさに、反吐が出る」


だが──そこで、思考が止まる。


ひとつ、違和感が残る。



(……待て)



バジルグロンド。


あの存在は、国を滅ぼす災厄だ。


(なぜ、あの村は壊滅しなかった?)


本来ならば、一日も持たないはず。

それを、()()()も。


(耐えた……?)


理由が分からない。


(どうやって……何が、あった?)


静かに、目を細める。

思考は、まだ止まらない。


(それに、礐壑様はなぜこちらの事情を知っているのだ?)


目覚めてから間もないはず。

神だから全てを知っている。と言われればそれまでだが……。


色々と調査する必要がありそうだ。


村には、謝罪と言う名目で赴くことは出来る。


……だが今は休息が必要だ。


「あぁ……ユリエ、水」


無意識に、名前が零れる。


「はい。どうぞ」


間髪入れず、コップが机に置かれる。

すでに用意されていたかのような速度。


ヴァルグレアはそれを取り、一気に飲み干す。


「……はぁ」


喉を潤し、ようやく一息つく。


「タオルもどうぞ」


「ああ、助かる」


受け取るなり、顔を拭う。

そのとき、


「ところでヴァルグレア様」


柔らかな声。


「誰なんです? その“ユリエ”とかいう女」


笑顔のまま、そう言った。


「っ!」


手が止まる。


「す、すまん……()()()。少し昔を思い出してな……」


言い直す。

ユリア。それが、彼女の名だ。


「昔? ……昔の女ですか?」


笑顔は変わらない。

だが、その奥にわずかな圧が滲む。


「ち、違う! ユリエはお前の──」


「ああ!」


被せるように、ユリアが声を上げる。



「思い出しました。ユリエって確か、

 “竜王国の初代メイド長”の名前でしたよね?」



「……そうだ」


わずかに息を吐く。



「そして──ユリア、お前の()()でもある」



「そうでした。私の、遠いお祖母様ですね」



納得したように頷く。


「昔はどうでした?」


「うん?」


少しだけ、目の力を抜く。


「……まあ、色々大変だったさ。本当に」


遠い記憶を辿る。


「ふふふ」


ユリアが小さく笑う。



「私、ヴァルグレア様が昔を思い出したときに見せる、その優しい目──大好きです」



その言葉に──ヴァルグレアの脳裏に、別の声が重なる。



『前の優しい目も好きだったけど』



小さな少女の瞳。



『今の細くて鋭い目は、王子様みたいで……かっこよくて、もっと好きです』



ユリエの声。


「……ふっ」


思わず、笑みが漏れる。


「その昔な。鋭い目が好きだと言った子がいてな」


「え〜? 絶対、今の優しい目の方がいいですよー」


ユリアは一瞬、むぅ。とした表情を見せる。


「優しくて……なんだか、ずっと見つめていてほしくなっちゃいます」


「そういうことは、意中の相手にでも言うんだな」


軽く受け流す。


「言ってますけど?」


即答。


「もう一度言った方がよろしいですか?」


「……は?」


間の抜けた声が出る。


ユリアは、一歩前へ出る。



「私、ヴァルグレア様の目が好きです」



まっすぐに。



「ずっと、私を見つめていてほしいです」



一切の迷いなく言い切る。


「……これで、伝わりますか?」


「ちょ、待て待て待て!」


ヴァルグレアは思わず立ち上がる。


「俺は竜で、ユリアは人間だ」


繕う余裕もなく、一人称が崩れる。


「種族の違いなんて、些細な問題です」


即座に返される。


「ぐ……俺は250年生き──」


「人間換算で20代ですよね?」


被せられる。

逃げ場がない。


ユリアは、一歩も引かない。


「ヴァルグレア様が死ぬかもしれない、って思った時」


声が、わずかに柔らかくなる。


「後悔したくないって、そう思ったんです」


目を逸らさない。


「だから、もう迷いません」


胸の内に秘めていたものを、そのまま差し出す。



「ヴァルグレア様」



ゆっくりと、膝をつく。


「っ……」


呼吸が一瞬乱れ、言葉に詰まる。

目を閉じ落ち着かせる。


「ずっと……」


意を決し、言葉を紡ぐ



「ずっと、お慕いしておりました」



見上げるその表情は──恋する者の、それだった。



一瞬だけ、時間が止まったように感じられた。





竜王殿の奥。

最上の屋根の上に、ふたり。


「ふふっ」


ミレアが、楽しそうに笑う。


「人間って、ほんと飽きないわね〜」


視線の先。


「竜に恋する乙女か……。中々に美味しそうね」


くるりと踵を返す。


「さて、と──」


ミレアは、スゥ……と、深く息を吸い込む。


その瞬間、見えないはずのものが、形を持って現れる。

城中に溜まっていた感情が、ゆっくりと引き寄せられてくる。


淡く震える気配。

まとまりきらない揺らぎ。

そして、鋭く尖った圧と、じんわりと滲む温度。


「ふふっ、いっぱいあるわね〜♡」


嬉しそうに両手を広げる。


恐怖が、細かく震えている。

不安が、それに絡みつく。

敵意は、はっきりとした輪郭を持っていた。

恋心は──静かに溢れている。


「じゃあまずは、こっちから」


ミレアは恐怖と不安をすくい上げ、手の中で、くるくると転がす。


押し固めるわけではない。

潰すでもない。


「逃げないで、ちゃんと集まって〜♪」


やさしく、包む。

すると、震えていた感情が少しずつまとまり始める。


だが完全には整わない。

わずかに、揺れている。


「うん、このくらいでいっか」


ぽん、と軽く弾く。


それだけで、丸い形になる。


ひとつ。

ふたつ。

みっつ。


「はい、()()()♡」


ふわりと宙に並ぶ。


次に、敵意へ視線を向ける。


「こっちはちょっと強いわね〜」


指先で触れると、ぴり、とした刺激が返ってくる。


「この詰まった感じ……いいのが出来そうだわ♪」


ぎゅっと掴む。

圧縮。

濃く、重く。


出来上がったのは、しっかり引き締まった、大きな鶏肉。


「んで、こっち」


恋心。


溢れた分だけ、指先で掬う。


「全部はいらな〜い」


さらり、と流す。


「残してあげないと、続かないでしょ?」


くすりと笑う。


敵意へ、恋を落とす。


とろり、と溶ける。


「ま〜ぜまぜ〜♪」


指でなぞる。

ぐるぐると、絡める。


最初は弾く。

だが、やがて溶ける。


ぶつかりながら、ひとつになり、照り焼きソースとなる。


「うん、いい感じ♡」


それを、鶏肉へ。

すっと撫でるだけ。


じゅわ、と音もなく焼きが入る。


表面に、艶が走る。


「は〜い、照り焼きチキンのかんせ〜い♪」


皿が現れると、それぞれが皿の上に落ち、並ぶ。



《恐怖と不安の肉団子》。

《敵意と恋心の照り焼きチキン》。



皿の上で、ふたつの感情が湯気をまとっていた。


ミレアは、肉団子をひとつ取る。


肉団子は、丸いかたちのまま静かに艶を帯びている。

表面には淡い照りがあり、箸を近づけるたびに、

甘辛いあんがわずかに揺れた。

その丸さは、一見すると安心を誘う。

だが、よく見ると輪郭は完璧ではない。

きっちり固められた球ではなく、やわらかな肉の繊維が内側でかろうじて形を支えているような、不安定な丸みだった。


隣の照り焼きチキンは、それとは対照的だった。


濃い。

まず見た目からして濃い。

照りは深く、表面にはタレの厚みがそのまま残っていて、光を受けるたびに黒に近い飴色がぬらりと返る。

持ち上げれば重そうで、噛めば強そうで、触れる前から味の主張だけがこちらへ迫ってくる。


湯気が、ゆっくりと立ち上っていく。


肉の匂い。

甘みを含んだ醤油の香り。

火の上で温められた油の丸い匂い。

それらが黄昏に、薄く、だが確かに場を支配していく。


ミレアは小さく喉を鳴らした。


「ふふ……いただきま〜す♪」


まずは、肉団子。


箸でひとつ摘まむ。

持ち上げた瞬間、重さは軽い。

軽いのに、ただ頼りないわけではない。

表面のあんがとろりと糸を引き、肉の弾力が箸先へ控えめに返ってくる。

ぎゅっと詰めて固めた重みではなく、やわらかさを抱えたまま、崩れずに留まろうとしている重さ。


口元へ。


「あ〜ん♪」


ひと口。


──ほろっ。


噛んだ瞬間、外側が先にほどけた。

弾むのではなく、崩れる。

けれどそれは、弱い崩れ方じゃない。

形を失って散るのではなく、やわらかく解けながら、内側の肉がまだわずかにまとまりを残している。


「ん……♡」


ミレアの頬がふっと緩む。


舌の上で、肉の繊維がほどける。

細かく刻まれた不安が、熱と一緒にじわじわと広がっていくみたいに、口の中のあちこちでやわらかな震えを残す。


「あっ、これ……ほろほろ……♡」


もうひと噛み。


今度は奥まで届く。

表面のあんの甘さが先に触れて、そのあとから肉の旨みが静かに追いかけてくる。

だが、ただ甘いだけでも、ただ旨いだけでもない。

その奥に、落ち着こうとして落ち着ききれない揺れがある。


「この、まとまりきらない感じ……」


ミレアはゆっくり咀嚼する。

舌の上で崩れた肉が、もう一度だけ留まろうとする。

ほどけて、揺れて、それでも逃げずにそこにいる。


「ちゃんと怖がってる♡」


その一言のあと、さらに噛みしめる。


じわり。


味が深くなる。


最初に来たのは恐怖だった。

外側のやわらかさの中で、形を保てず揺れている不安定さ。

けれど噛み進めるほど、そこへ別の感情が滲んでくる。

ただ怯えて崩れるだけじゃない。

崩れながら、散らばりながら、それでもどこかに留まろうとする意志がある。


「ん〜……これ、ただの怖さじゃないのね……」


舌先で転がす。

肉のかけらが、あんをまとって静かにほどける。


「落ち着こうとしてる不安……♡」


逃げ出すほどの恐怖ではない。

取り乱して壊れる恐怖でもない。

怖い。

けれど逃げたくない。

震えているのに、その場に残ろうとしている。


その感情の揺れが、肉団子のやわらかさとぴたりと重なる。


外は先にほどける。

中は少し遅れて崩れる。

そして最後まで、完全には均一にならない。


その不揃いさが、妙に生々しい。


「ふふっ……いいわぁ……♡」


飲み込む直前、喉元に小さな震えが残る。

熱と一緒に落ちていくのに、感情の余韻だけが喉の奥に細く引っかかる。


「最後まで、ちゃんと怖がってるのが最高ね♪」


ミレアは満足げに息を吐いた。

その吐息すら、ほんのり甘い。


箸先を今度は、照り焼きチキンへ向ける。


こちらは摘まんだ瞬間から違った。


重い。


肉の厚みそのものもある。

だが、それ以上に、表面へ絡んだタレの粘度が重い。

持ち上げると、とろりとした照りが引き伸ばされ、皿とのあいだに濃い褐色の糸が生まれる。

その糸は細く長く伸び、途中でようやく切れた。


「こっちは……ふふ、濃いわねぇ♡ 最高っ♪」


指先で表面を軽くなぞる。


熱い。

熱いのに、その熱まで甘辛いタレに包まれていて、刺激というより圧に近い。

触れた箇所に、ぬらりとした艶が残る。


「しっかり混ざってるわ……でも、まだ奥がありそう……」


そのまま、かぶりつく。


「はむっ──」


表面が先に弾けた。


ぱつ、と薄い膜が破れ、閉じ込められていた熱が一気に口の中へ溢れ込む。

続いて来るのはタレ。

醤油の濃さ。砂糖の照り。

焼かれた肉の香ばしさ。

それらが順番ではなく、まとまった塊として舌へ叩きつけられる。


「んっ……♡」


ミレアの目が細くなる。


強い。


最初から強い。

逃げ場がない。

口に入れた瞬間に、味が周囲を塞いでしまう。

薄く入り込んでくる味ではなく、正面から押し込まれる味。


「これが、敵意……♡」


噛む。


肉は、肉団子ほどすぐには崩れない。

繊維がある。厚みがある。

噛むたびに、火を通された肉の弾力が歯へ返ってきて、その反発にタレの濃さがぴたりと張りついてくる。


もう一度、噛む。

そこで初めて、変化が起こる。


じわ、と。


遅れて、甘さが広がる。


「……ぁ、これ♡」


ミレアの口元に、小さな笑みが浮かぶ。


「恋、来た♪」


だが、その甘さは素直じゃない。

やさしく包む甘さではない。


「これは、諦めてない恋……」


強い味の奥に押し込められていたものが、噛みしめられたことでようやく滲み出してきた、遅い甘さだ。


敵意の熱。

恋心の甘さ。


どちらかがどちらかを打ち消してはいない。

むしろ、ぶつかっている。

押し合っている。

残したまま、同じひと口の中に居座っている。


「最高ね……これ……」


ゆっくりと、深く噛む。


表面の照りは、まず敵意として舌を押す。

わかりやすく濃く、強く、前へ出てくる。

けれどその奥、肉の繊維のあいだに残る熱の中から、恋心が遅れて顔を出す。


甘い。

でも、甘やかじゃない。


むしろ刺さる。

敵意があるから、その甘さはひどく切実になる。

優しいだけの恋では出ない濃度を持って、じわじわと舌へ残る。


「消えてない……♡」


ミレアは小さく囁く。


「敵意があるから、恋が甘くなる」


そのまま、もう一口。


今度は深く、中心までかぶりつく。


「はむっ♡」


噛み、解き、また噛む。

繊維がほどける。タレが滲む。熱が抜ける。

そこへ甘さが絡みつく。


それでも完全には混ざりきらない。


敵意は、最後まで少し尖って残る。

恋心は、最後まで少し柔らかく滲む。


その“混ざりきらなさ”こそが、この味の本体だった。


「恋があるから、敵意が美味しくなる……♡」


飲み込む。


喉の奥へ落ちていくのに、照りの甘辛さだけがそこへ貼りつくように残る。

肉の旨みは沈み、香ばしさが鼻の奥へ抜け、そのあとから遅れて、恋心みたいな甘い余韻が追いついてくる。


ミレアは、ふふ、と小さく笑った。


皿の上に残ったタレを指先でそっと掬う。


濃く、ねっとりしている。

けれど舐めれば、その濃さの中に、さっきまで肉に閉じ込められていた感情の名残がまだ生きている。


ぺろり。


舌先で味わう。


「んふ……♡」


敵意だけなら、きっとここまで後を引かない。

恋だけなら、きっとここまで深く刺さらない。

ぶつかって、残って、引き立て合っているからこそ、

こんなにも美味しい。


恐怖と不安の肉団子は、震えながら留まろうとする味。

敵意と恋心の照り焼きチキンは、ぶつかりながら甘くなっていく味。


どちらも、人の感情でしか出せない歪さを、そのまま美味に変えていた。


ミレアはゆっくりと指先を舐め取り、最後の余韻まで確かめるように目を細めた。


「ごちそうさまでしたっ♡」


それは食事の終わりの言葉というより、

美味しい感情へ向けた、満ち足りた賛辞のようだった。



日が沈む。その光は竜王国全体を夕暮色に染め上げていた。

王都の灯りが、揺れ始める。


「ミレア様は、本当に美味しそうに食べられますな」


礐壑が、どこか感心したように言う。


その視線の先。 ミレアは、まだ頬を緩めたまま、満足げに息をついていた。


「だって本当に美味しいんだも〜ん♪」


胸に手を当て、幸せそうに言う。 余韻を味わうように、ゆっくりと目を細める。


「礐壑はなんやかんや面倒見いいよね〜」


くるりと振り返り、にやにやと笑う。


「だから滅多に姿を見せないのに、信徒が多いのよ?」


その言葉には、先ほどのやり取り──ヴァルグレアへ“気付きを与えた”ことへの軽いからかいが含まれていた。


「よしてくだされ……」


礐壑が眉間に皺を寄せ、わずかに顔を逸らす。 露骨にむず痒そうな反応だった。


「神竜の中で、一番どこにいるか分からないのに、敬虔けいけんな信者が多いのはなんでだろうね?」


ミレアがさらに追い打ちをかけるように覗き込む。


礐壑は答えない。 ただ、ほんの少しだけ顔を背けたまま、低く息を吐いた。


「……ところで」


話題を切り替える。


「ミレア様は、あの竜をどうするおつもりで?」


横目で、ミレアを見る。


空気が、ほんのわずかに変わる。


「別にどうもしないわ」


軽い声。


そして──


「……今はね」


その一言だけが、わずかに重かった。


「……と言いますと?」


礐壑の声音も、ほんの少しだけ低くなる。


ミレアは、窓の内へと視線を向ける。

その先には、執務室へ戻ったヴァルグレアの気配。


「ヴァルグレア」


名前を、呼ぶ。


「彼はまだ、齢250年程度の竜よ」


「そのようですな」


礐壑が静かに頷く。


「バジルグロンドって呼ばれてたっけ?」


ミレアは思い出すように首を傾げる。


「あの蛇が300年くらいだったのよね〜」


軽く言う。


「だとしたら──」


少しだけ、楽しそうに目を細める。


「あと100年か200年は、熟成させたいわね」


その言葉に、礐壑の瞳がわずかに細くなる。


「……確かあの蛇は」


記憶を辿るように呟く。


「“焉龍の鱗を食わされた蛇”……だったと」


「ええ、そうよ?」


ミレアが即答する。


「実験だったけど、立派に成長したし──あの魂、本当に美味しかったわ♪」


くすり、と笑う。


「だから次に期待してるのよ」


その視線は、まっすぐに──


窓の奥。

ヴァルグレアへ向けられていた。


礐壑は、何も言わない。

ただ、その視線の意味を理解している。


ミレアの口元が、ゆっくりと歪む。


「わたし、煌竜ってまだ──」


ほんの少し、声が落ちる。



「“食べたことない”のよね……♡」



その言葉は、軽い。

だが──内容は、重い。


「どんな味がするのかしら……」


くすり、と笑う。


「楽しみ〜♡」


無邪気な声音。

まるで、新しい菓子を前にした子供のような響き。


礐壑は、静かに視線を落とす。

胸元。 無数に連なるメダル。


それぞれが、過去に存在した国の証。


指先でひとつ、軽く弾く。

乾いた音が、微かに鳴る。


「……やれやれ」


ため息混じりに呟く。


「また1枚──増えそうですな」



二十皿目・後編『ミレたん、歴史は紡がれる』

おしまい

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ