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【食品メーカー複数社監修】終焉の神ですが 今日も人の感情でお腹を満たす【もぐもぐ神™】  作者: 黒井津三木
献立5 海鮮 と お菓子

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零皿目 前香『白き帆が集う港』

ここは、竜王国・ヴァルグレア──デス。


みなさん、どうも。

ご存知、アークリンク・ヴァルグレア支部、特急配達員のルッカ・エクスなのデス!


……え? 忘れた?

大丈夫デス! 私より、ミレア先輩を覚えて欲しいのデス!


昨日はおっかない竜が、竜王様と王都の上でバトっていたのデス。

正直、何が起きてるのかさっぱり分からなかったのデスが……気がついたら終わっていて、ついでに神竜の礐壑かくがく様も現れてりして……。


生まれて初めて神竜を見たのデスよ。


……うん。今思い返しても、意味が分からないのデス。



そして、今日はミレア先輩に菓子折りをお届けに行くのデスよ。

先日、会話に割って入ってしまったお詫びなのデス……。


──よし。


「おはようございますデース!」


勢いよく扉を押し開ける。

朝の空気が流れ込み、いつもの営業所の匂いが鼻をくすぐる。


「ルッカ・エクス、出っ勤♪ デス!」


いつもの調子で声を張り上げる。

……が。


その瞬間、空気が妙に張り詰めていることに気付く。


視線の先。


カウンターの前で、ミレア・ノワールと──最近移籍してきた配達員、サクラ・ミナヅキが、受付嬢フェリシア・メルティーナに詰められていた。


「……全く、おふたりが居なくて大変だったんですからね! 本当にわかってますか?」


フェリシアの声が鋭く響く。

柔らかい笑顔のままなのに、圧がすごい。


「本当に申し訳なく……」

「ぶ〜……」


サクラはしっかり頭を下げている。

対してミレアは頬を膨らませて不満げだ。


「私が休みを許可したのは一日だけです。連日休むなんて聞いていませんよ!」


「あ……」


ルッカの足が止まる。


脳裏に、一昨日の光景が蘇る。


──竜っ子おかしフェスの後。

──竜王様からの手紙。

──ミレア先輩の言葉。


『……明日行くって、伝えておいて』


(……あれって、竜王様“だけ”じゃなかったのデスか……?)


血の気が引く。


(営業所にも、って意味だったのデス!?)


つまり──報連相を怠ったのは、自分。


その結果、今ここで叱られているのは、ミレアとサクラ。


(まずいのデス。これ、めちゃくちゃまずいのデス)


自分の不手際で招いた事態。胸の奥がキュッと締め付けられる感覚に襲われる。


「ちょ……ちょっと待つのデス!」


弾かれたように前に出る。

勢い余ってカウンターに手をつく。


「おふたりが竜王様からの呼び出しで休むという連絡は、私が承っていたのデス!」


空気が一瞬でこちらに向く。


「その報告を……その……」


喉が乾く。だが止まれない。


「すっかり忘れていたのデスよ!!」


勢いで押し切る。


「あら、ルッカさん。おはようございます」


フェリシアが、にこりと笑う。


(怖いのデス)


その笑顔に背筋がゾクリとする。


「お、おはようございますデス!!」


声が裏返りそうになるのを、無理やり張る。


「今の話、本当ですか?」


穏やかな声音。それ故に不穏さがある。


「本当なのデス!」


しかし、引くわけにはいかない。


「竜王様宛に了承の報告をしたあと、仕事が終わったと思って気を抜いてしまって……そのままこちらへの報告を完全に忘れてしまったのデス!!」


必死に言い切り、肩で息をする。



営業所の空気が、しんと静まる。



「……そうですか」


フェリシアが静かに眼鏡を指で押し上げ、かけ直す。

その仕草ひとつで、場の空気がぴたりと整う。


「では今回の責任は、ルッカさんに──」


言葉が一度、止まる。


ルッカの喉が、ごくりと鳴った。


背筋が自然と伸びる。

逃げ場はない、と本能が理解していた。


「……と、いう訳にもいきません」


あっさりと切り替わる。


「ウチはいつだって人手不足です。現状、一人に負担を押し付けるメリットがありません」


淡々とした口調。だがそこには、現場を知り尽くした者の現実があった。


「本来であれば──」


視線がミレアとサクラへ向く。


「ミレアさんとサクラさんにお願いしようと思っていた案件ですが」


「え?」

「ぇう?」


二人の反応が重なる。


「今回の件も含めて、おふたりには別行動をしてもらいます」


一切の迷いなく、言い切る。


「はい!?」


サクラの声が、強く跳ねる。


「ミレアさんには──港町・ラグナレイアへ向かっていただきます」


一拍置き、ルッカを見る。


「ルッカさんは、それに同行してください」


「え、私は別にいいんデスが……」


ルッカは反射的に答えながら、横目でサクラを見る。


不安が、胸の奥で膨らむ。


自分が抜けることで生じる穴。

そして何より──


サクラの、あの“距離感”。


ミレアを中心に回っているのは、誰の目にも明らかだった。


それを無理やり切り離す。

そう言われているのだ。


「納得できません!!」


サクラがカウンターに手を叩きつけるように置く。

乾いた音が、場に響く。


「なぜ私が、ミレア様と離れなければならないのですか!」


その言葉を口にしてから、サクラははっとしたように息を呑む。


「……失礼しました。ですが、理由を求めます」


真っ直ぐな怒気。

取り繕ってはいるが、声の端はわずかに震えていた。

それでも言葉だけは崩さない。


対し、フェリシアは微動だにしない。


「理由は簡単です、サクラさん」


淡々と返す。


「私はあなたが、ミレアさんの“舵”になると考えていました」


その一言で、サクラの呼吸がわずかに詰まる。


「ですが現状──」


視線が鋭くなる。


「あなたはミレアさんの舵になるどころか、あの人の流れに呑まれているように見えます」


静かな断定。


「っ……」


サクラが言葉を失う。


「あなたの意思は尊重します。ですが、ここは組織です」


一歩も譲らない声。


「個人の感情よりも、優先すべきものがあります。残念ですが従っていただきます」


沈黙。


重い、だが逃げ場のない空気。


「……罰でもある、ということですか」


サクラが、苦く吐き出す。


「理解が早くて助かります」


フェリシアは、微笑んだまま答えた。


「ねぇ、フェリシア」


ミレアが、いつもの軽い調子で口を開く。


「はい、なんでしょう?」


フェリシアは変わらぬ笑顔で応じる。


「サクラの罰が、ここに残ってお仕事。ルッカの罰が、わたしに同行。ここまでは理解できたわ」


ミレアがサクラ、ルッカの順に一瞥する。


「で、わたしは?」


視線だけが、すっと細くなる。


「ミレアさんには……」


フェリシアは一瞬だけ言葉を選ぶ。


「本来であれば、この手の面倒な案件は拒否していただいて構わないのですが──」


そのまま言い切る。


「今回に限り、拒否権はなしとさせていただきます」


「ふーん?」


ミレアの目が、わずかに冷める。


「……フェリシア、私怨が入ってるね」


ぴたり、と空気が止まる。


ミレアは笑っていた。

そのまま、ほんの一瞬だけ──舌先で唇をなぞる。


それは癖のような、何気ない仕草に見えた。

なのに、ルッカの背中にぞわりとしたものが走る。


「っ……」


フェリシアがわずかに目を見開く。


「どうして、そう思うのでしょう……?」


声音は崩れていない。だが、僅かな揺らぎ。


「だって──」


ミレアは、にこりと笑う。


「わたしが仕事を拒否したことないの、知ってるでしょ?」


さらりと言う。


「わたしの罰って、罰になってないのよね」


そのまま、視線を滑らせる。


「まぁ、さすがにサクラを使い潰すようなことはしないと思うけど──」


少しだけ首を傾ける。


「ちょっとくらい、意地悪な気持ち……あったんじゃない?」


核心。


誰も、口を挟めない。


フェリシアはゆっくりと目を閉じた。


そして──


「……はぁ」


小さく息を吐く。


「そういった気持ちは、ゼロではない……とだけ、言っておきましょう」


認めた。


サクラの眉がぴくりと動く。


だがフェリシアは続ける。


「ですが──ひとつ、間違いがあります」


視線を上げる。


「実を言うと、ミレアさんの罰が一番重いのです」


「え、そうなの?」


ミレアが素直に首を傾げる。


フェリシアはカウンターに肘をつき、手を組み、額を預けるようにして俯く。


「今回の案件、詳細を軽くお話すると……」


ゆっくりと顔を上げる。


「港町・ラグナレイアは現在、白帆しらほの商船が絶えず出入りする交易港ですが、支部の配達員は他支部と比べて成績・評価ともに低迷しています」


「内部と外部からの評価が低いのデス?」


「はい。なので原因解明と再教育を兼ねた案件です」


淡々と説明を続ける。


「本来であれば、うちの稼ぎ頭をそのような場所に長期間派遣するのは避けたかったのですが──」


バンッ!!


一枚の書類が、カウンターに叩きつけられる。


「……竜宮殿の修繕費諸々、その請求書です」


沈黙。


全員の目が、紙に釘付けになる。


そこに記されていた金額は──0が九つ、整然と並んでいた。


「……あ」


ミレアがぽつりと呟く。


「あ。じゃありませんよ!!」


フェリシアの声が、ついに弾けた。


「なんですかこれ!? とんでもない金額ですよ!?

 ミレアさん一体何をしたんですか!!」


営業所に響き渡る怒声。


「なので!」


その勢いのまま、前のめりになる。


「今回の港町の案件は高額報酬なんです!!」


指で書類を叩く。


「ミレアさんとルッカさんで、早・急・に! 終わらせてきてください!!」


勢いのまままくし立てる。


「うちのエースツートップが本気を出せば、あっという間に改善できるでしょう!?」


ほぼ懇願に近い力説。


「あー……なるほどデスね」


ルッカが深く頷く。


(請求書の詳細は分からないのデスが、これはヤバいのデス)


そして──フェリシアが、ぴたりと止まる。


俯き、肩が震えている。


「……サクラさんへの私怨?」


低く呟く。


「ええ、ありますとも」


顔は見えない。

だが、確実に“そっち”に入った。


「職場に入ってくるなり、毎日毎日ミレアさんとイチャコラして……」


肩がプルプルと震え始める。


「羨ましいなコンチクショウ……」


震えが大きくなる。


「私たち受付嬢は、節度を守って……! 程々に……! ミレたんを愛でるだけに抑えているというのに……!!」


ぐっと顔を上げる。


「あなたと来たら、さも当然のように隣に居座って……! 独占して……!!」


叫びが漏れ出る。


「私たちは日々のストレスを、ミレたんという心のオアシスで癒しているのに……! それを……それを……!」


言葉が詰まる。


サクラは、少し頬を赤らめた。


「……す、すみません」


小さく呟く。


「まさか、ミレア様をそこまで想われているとは……」


視線を落とす。


「その……以後、気をつけます」


深く、頭を下げる。


「オホン! ……それに、ルッカさんは常日頃からミレアさんに憧れを抱いていると聞き及んでいます」


気を取り直しすかのように、フェリシアがちらりと視線を向ける。


「これを機に、良い刺激になっていただければ、と」


「は、はいデス……!」


思わず背筋が伸びるルッカ。

だがその直後、フェリシアの表情がわずかに引き締まる。


「ご存知でしょうが、昨日──王都上空で“邪竜”が出現しました」


その言葉に、ミレアがほんの少しだけ口をへの字に曲げた。


それは一瞬のことだったが──

その場の誰よりも“はっきりとした不機嫌”に見えた。


「その影響で王都全体が混乱し、各所の業務が一時停止しています」


空気が、少しだけ重くなる。


「こういう時こそ、おふたりの出番なのですが……こちらとしても“頼りきり”という状況は望ましくありません」


フェリシアはため息をし、続ける。


「現状、おふたりの穴を埋められる人材がいないのが実情です。したがって、十分な戦力が確保できないことを前提に、今回の一件を乗り越えていく方針といたしました」


未来を見据えた判断だろう。


「万が一、また同じことが起きた場合──今の体制では回りませんので」


(なるほどデス……)


ルッカは小さく頷く。


(フェリシアさん、完全に先を見てるのデス。受付嬢をやりながら、支部の統括までしているなんてすごいのデスよ)


「ところで……」


ルッカが口を挟む。


「あの竜は、結局なんだったのデスか?」


「真相は不明です」


即答。


「現時点では、竜王殿からの正式発表もありません」


サクラはふいと視線を逸らし、

ミレアはごく自然な仕草で調理場の方へ目を向ける。

その“自然さ”が、逆に不自然だった。


(……なんでふたり同時に目を逸らすデス?)


違和感が、胸に引っかかる。


「おにくが食べたいわ」


ぽつり。


場の流れをぶった切るように、ミレアが呟いた。


「……はぁ」


フェリシアが深くため息をつく。


「資料はまとめておきます。おふたりは出発の準備を」


「分かりましたデス!」


ルッカが即答する。


「あ、ちなみに」


フェリシアがさらりと付け加える。


「今回は馬車も竜車もありませんので」


「……徒歩?」


ミレアが首を傾げる。


「はい。交通費がありませんので手配できません」


「そっかー」


軽い返事。

残念なのかどうか、まったく読めない。


(……問題なさそうデスね)


ルッカは心の中で頷く。


(ミレア先輩の脚力なら、むしろ速いくらいなのデス)


「サクラはお留守番か〜……あ、礐壑〜」


ひらりと手を振るミレア。


その視線の先。

視界に入った瞬間、そこにいた。


だが──“いつからいたのか”が、思い出せない。


つい先ほどまで誰もいなかったはずの場所に、最初からそうであったかのように、男が座っている。


気配がない。

存在感がないわけではないのに、“意識に乗ってこない”。


そこに“いたはず”なのに、視線を外した瞬間、居たこと自体が曖昧になる。

次に見たとき、最初からそこにいたようにしか思えない。


奇妙な感覚だった。


「お呼びでしょうか、ミレア様」


低く、落ち着いた声。


「え?」


フェリシアとルッカの声が重なる。


(今……なんて言ったデス?)


「い、いつからそこに……って、え? 礐壑……?」


フェリシアが言葉を失う。


礐壑は静かに口を開く。


「──大地というものは、常にそこにある」


ゆっくりとした口調。


「あることが当然であり、無ければ強い不安を抱く」


礐壑が頬杖をする。


「故に──大地たる俺を認識できぬのは、当然のことだ」


理屈としては分かる。

だが納得はできない。


(……今の、理解した気になってるのが一番怖いのデス。なんなのデスか、これは……)


「して、ミレア様」


「うん。わたしが留守の間、サクラをお願いね」


「承知致しました」


礐壑は軽く頷く。


「……とはいえ、既に瀞澪とろみおが目をかけている様子」


視線が、天井の隅へ向く。


そこには、小さな水滴がひとつ。

ミレアがそれを見つめる。


水滴はふわりと離れ──落ちる。

ポチャン、と水面に落ちたような音を残し、途中で消えた。


「あら」


ミレアがくすりと笑う。


「わたしに悟らせないようにするなんて、瀞澪も上手くなったじゃない」


そのままサクラへ向き直る。


「サクラ、何か伝えたいことがあったら、瀞澪か礐壑に言うといいわ」


「そんな、恐れ多いです……!」


サクラが慌てて手を振る。


「遠慮することはないぞ、娘よ」


礐壑が静かに言う。


「ミレア様が気にかけ、瀞澪もお前を気に入っている」


スっと立ち上がり、一歩ずつ近づく。


「些細なことでも構わん。なにかあれば俺にも申し立ててみよ」


また一歩、近づく。

それだけで、足の裏にわずかな違和感が走る。


地面が沈んだわけではない。


ただ──自分の体重が、少しだけ増えたような気がした。


「……では、早速で私事なのですが」


サクラが意を決して顔を上げ、礐壑の目を見る。


「ミレア様のことを、“ミレア様”と呼ぶのは……やめていただけませんか?」


「ぇう?」

「ほう?」


ミレアと礐壑が同時に首を傾げる。


「……理由を聞こうか」


礐壑が問う。


「ミレア様は、敬称をつけられるのを好まれていません」


サクラの言葉に、ミレアがうんうんと頷く。


「それに……」


サクラが少しだけ言い淀む。


直後、頬がふくらむ。


「“ミレア様”は……私にだけ許された、特別な呼び方であって欲しいからです」


小さく、しかしはっきりと申し立てた。


「……可愛いわねサクラ」


ミレアが優しく笑う。


「むぅ〜〜〜……!」


サクラが顔を真っ赤にして俯く。


(なるほどデス……これが例のやつデスね……!)


ルッカはひとり納得する。


「……というわけで、礐壑」


ミレアが振り返る。


「呼び方、変えてくれる?」


「ふむ……致し方ありませんな」


礐壑は腕を組み、少し考える。


「ちなみにノワール様と呼ぶのは──」


「却下」


即答で切り捨てる。


「では瀞澪はなんと?」


「……ノワール様」


「なぜあやつは良くて俺はダメなのだ!?」


思わず声を上げる礐壑。


「だってあの子頑固だし……言っても一日しかもたないもの」


ミレアは半ば諦め顔。


「……確かに、あやつはそういう奴ですな」


礐壑が納得する。


「周囲からは“ミレたん”と呼ばれていたのでしたな?」


「そうよ!」


ババン、と胸を張るミレア。


「ふむ……ミレア様……ミレたん……」


ぶつぶつと呟く礐壑。


数秒の沈黙。


「……よし、決まりました」


顔を上げる。


「今後は、ミレア様とミレたんを合わせて──“ミレたま”とお呼び致します」


沈黙。


全員の思考が止まる。


(何を言ってるデス、この人)


「ミレたま!? 新鮮でいいわね!」


当の本人だけが、満面の笑みだった。


「よし、決まりね〜」


ミレアがわざとらしく軽く手を叩く。


「それじゃあ、出発前に朝ごはん食べてくるわね〜」


くるりと踵を返し、ひらひらと手を振りながら食堂の方へ向かってゆくミレア。


フェリシアとルッカは目をパチクリさせ、ミレアと礐壑の顔を何度も交互に見る。


「……え?」


彼から目を逸らした一瞬で、その輪郭が曖昧になる。

見ていなければ、そこに居るという確信すら持てない。




しばらくして──




「おまたせ〜♪ 最近追加されたチーズ系のメニューがマイブームなのよね〜。うまうまっ♡」


満足げな表情で、ミレアが戻ってくる


「それじゃ、行こっか」


その一言で、空気が切り替わる。


「了解なのデス!」


ルッカが勢いよく応じる。

あれこれ考えるのは性に合わないからやめた。


サクラは一歩引きながらも、しっかりと頷く。

礐壑は何も言わず、ただその背を見送る。


扉が開き、外の光が差し込む。


風が流れ込むと、ふたりの髪を揺らす。


「港町・ラグナレイア──楽しみね〜♪」


軽い足取りで踏み出すミレア。

その後を、ルッカが追う。


潮の香りを運ぶ風は、まだ王都までは届かない。

けれど街道の先には、白い帆が幾重にも重なり、魚と塩と喧騒に満ちた港の景色が待っている──そんな予感だけはあった。


「任せてくださいデス! 一気に立て直してやるのデスよ!」


声が弾む。


背後で、サクラが静かに頭を下げた。


「……いってらっしゃいませ」


扉が閉まる。


「港町か〜。きっと美味しい海鮮物が多いんだろうな〜♡」


ジュルル、と口から零れそうになるよだれをすするミレアの頭には、教育や改善などは既に抜け落ちていた。

目指すは新たなる“食文化”。


新しい仕事と、新しい場所へ。そして、新しい食……。


ふたりの姿が、王都の喧騒の向こう──

白き帆が集う海の町へと伸びる街道の先へ、消えていった。



零皿目 前香『白き帆が集う港』

おしまい

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