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【食品メーカー複数社監修】終焉の神ですが 今日も人の感情でお腹を満たす【もぐもぐ神™】  作者: 黒井津三木
献立4 お菓子 ときどきごはん

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二十皿目・中編『ミレたん、歴史は紡がれる』

王都の通り。


焼き上がった甘い匂いが、風に乗って流れていた。


その中心で──


「はむはむ……」


ミレアが、頬いっぱいにベビーカステラを詰め込んでいた。


小さな口で懸命に咀嚼しながら、次を手に取る。 迷いがない。完全に“食べること”に集中している顔。


その横へ、礐壑かくがくが歩み寄る。


「美味しそうですな」


ゆるやかな声音。


岩から降り、静かに地に足をつける。 その一歩だけで、足元の石畳がわずかに沈む。


「礐壑も食べる〜?」


ミレアがひとつ摘み、背伸びして差し出す。


が、届かない。

腕をいっぱいに伸ばす。 つま先も浮く。


その様子に、礐壑はわずかに目を細め──腰を折る。

差し出されたそれを、素直に口へ運ぶ。


「っ、おいしい?」


「……はい」


短い答え。 だが、その声には確かな満足があった。


その光景を──ヴァルグレアは、少し離れた位置から見ていた。


(……これが、神か……?)


遠いものを見るような目。


神竜と焉龍。 世界の根幹を担う存在。

それが、屋台の菓子を分け合っている。


(いや……違うな)


視線がミレアに向く。


(この女が、異質すぎるだけか……)


アークリンク配達連盟。 その名が頭をよぎる。


(あの組織……何を抱えている……)


思考が深く沈みかけた、その時。


「こんな軽いお菓子でもね」


ミレアの声が、静かに落ちた。


「食べたくても食べられない子が、この国にはいるのよ」


空気が、わずかに変わる。


ヴァルグレアの視線が動く。


「……待て」


一歩、前へ出る。


「それはどういう意味だ」


純粋な問いだった。

否定ではない。 理解が追いついていないだけ。


ミレアは視線だけを向ける。


「言葉通りよ」


静かに、淡々と答える。


「この国には、家もなく、親もいない子供がいる」


ひとつずつ、置くように言う。


「残飯を漁って、盗みをして、それでも足りなくて……飢えてる子がね」


その顔は、もう笑っていない。

ただ、“見たもの”を語る者の顔だった。


「バカな」


即答。


「孤児院も、支援施設も、十分な数を用意している」


言い切る。


「資金も、人員も、足りているはずだ」


それは事実だった。

建設途中の施設。 日々の食事。 最低限どころか、余裕を持たせた配分。


「溢れるはずがない」


自信がある。だからこそ──


「わたしは、この目で見たわ」


ミレアは遮る。


「頼れる大人もいない兄弟」


少しだけ、遠くを見る。


「兄は盗みに出て、弟は店の前で残り物を待ってる」


静かに言う。


「それでも、誰にも拾われない」


嘘には見えない。 理由もない。


「……そんなはずはない」


それでも、否定する。


「この国に住んでいるなら、必ず管理されている」


声が少しだけ強くなる。


「親がいない子供なら尚更だ」


ミレアは、わずかに首を傾げる。


「それ、人間以外も含めて?」


「当然だ」


間髪入れず返す。


「種族問わず、全て対象だ」


「そう」


一拍。


「じゃあ、その支援金」


ミレアの目が、まっすぐ刺さる。


「誰が“届けてる”の?」


言葉が、止まる。


「……我が国が、建国以来共に歩んできた家系だ」


誇りを込めて答える。


「信頼できる者たちだ」


それは嘘ではない。 事実だった。


「そうね」


ミレアは頷く。


「最初は、きっとそうだった」


言葉は柔らかい。だが──


「あなたの背中を見て。あなたと一緒に積み上げて。同じものを見てきた人たち」


一歩、近づく。


「その子供たちも、きっとそうね」


ヴァルグレアは、何も言わない。


「でも──」


ミレアは、少しだけ首を傾ける。


「その“次”は?」


沈黙が落ちる。


「孫は? そのまた次は?」


言葉が、重なる。


「みんな、本当にあなたの背中を見て育った?」


──詰まる。


呼吸が、わずかに乱れる。


「……」


ミレアは続ける。


「最初は、あなたも現場にいたんでしょ?

 自分で見て、聞いて、触れて。だから、分かってた」


視線が逸れない。


「でも今は?」


一歩、引く。


「城の中で、報告を受けて。数字を見て。“大丈夫”って判断してる」


その言葉は、責めていない。

ただ、事実を並べている。


「世代が変われば、価値観も変わる。

 距離ができれば、見え方も変わる」


ほんの少しだけ、笑う。


「その中で、“竜王ヴァルグレア”って存在は──」


言葉を切る。


そして、静かに落とす。


「どんな風に映ってるのかしらね」



沈黙。


長くない。


だが、重い。


ヴァルグレアは、何も言えなかった。


否定できない。

分からない。

確かめてもいない。


(……私は……)


初めて、視界の外に意識が向く。


“見ていない場所”へ。


ミレアは、くるりと背を向ける。


「ま、別にいいんだけどね〜」


軽い声に戻る。


「それはそれで美味しいものが増えるだけだし♪」


またひとつ、ベビーカステラを口に放り込む。


「ん〜♡」


頬を緩める。


「こういうお菓子も悪くないわね〜♡」


その横で──礐壑は何も言わず、ただ静かにヴァルグレアを見ていた。


重く落ちた空気の中で──礐壑が、ゆっくりと口を開いた。


「……小僧」


低い声。

ヴァルグレアの肩が、わずかに揺れる。


「ミレア様の言葉は、間違ってはおらん」


淡々と告げる。

否定はしない。


「だがな」


わずかに間を置く。


「それは“崩れている”という話ではない」


視線が、街へ向く。

人の流れ。 灯り。 生活。


「“変わった”のだ」


静かに言う。


「人は、同じではおれん。

 世代が変われば、積み上げ方も変わる。想いも、形もな」


ヴァルグレアは、静かに聞く。


「貴様が見てきたものと、今のそれが違うのは当然だ」


礐壑は腕を組む。


「問題はそこではない」


一歩、踏み出す。


「それを“知らなかった”ことでもない」


視線が、刺さる。


「……知ろうとするかどうかだ」


沈黙。


「王とはな」


ほんの少しだけ、声音が落ちる。


「すべてを見ている者ではない。

 すべてを“見ようとし続ける者”だ」


その言葉は、重い。


わずかに顎を引く。


「別にそれが悪いことではない」


短く、切るように言う。


「ただ──」


わずかに視線が細くなる。



「貴様は守るばかりで、王として──民を“導く”ことをしなかったのではないか?」



その一言で、ヴァルグレアの内側に冷たいものが走る。


「導く……?」


思わず、言葉が漏れる。


この竜王国は、建国以来一度も他国へ侵攻していない。

攻められれば、自らが竜となり、すべてを焼き払う。


それだけで十分だった。


やがて周囲は理解した。

この国に手を出せば終わる。


それだけで、この国は大陸で最も堅牢で──同時に、

“最も戦いを知らぬ国”となった。


軍は縮小され、資金は支援へ回る。

危機が来れば、自分が出ればいい。


それで足りていた。


「貴様は、皆の指針を示すのではなく、“シンボル”であり続けた」


礐壑が言う。


その声には、責めも、嘲りもない。

ただ、事実だけがあった。


「その結果──貴様の苦労を知らぬまま、役目だけを受け継ぐ者が現れる」


「……っ」


胸の奥が、わずかに軋む。


「そしてこう考える。これほど余裕があるのだから、多少は懐に入れても問題ない──とな」


その言葉は、刃のように重かった。


裏切られた、というより──

見落としていたものを、突きつけられた感覚。


「……私は、間違っていたのか……?」


ぽつりと零れる。


礐壑は、すぐには答えない。

ほんの一瞬、間を置き──


「ふむ」


低く唸る。


「では問おう」


視線が、真正面から刺さる。


「貴様が思う“正しさ”とはなんだ?」


「……何者にも脅かされぬ安寧こそが──」


「理想を語るな、馬鹿者が」


即座に、切り捨てられる。


空気が、重く沈む。


「それは結果だ」


礐壑の声は、低く、整然としていた。


「民の盾となる王。理想の王。

 だがな、小僧」


視線が鋭くなる。


「貴様は外ばかりを見ている──内を、見ていない」


「っ……」


言葉が、刺さる。

逃げ場はない。


「貴様の行いは間違いではない」


礐壑は、そこで初めて“認める”。


「それもひとつの形だ」


その上で、踏み込む。


「しかし、この国は貴様という柱一本で立っている」


静かに、しかし確実に。


「その柱が折れれば──この国は崩れる」


沈黙。


否定はできない。

事実だった。


「……」


ヴァルグレアは、何も言えない。


礐壑は、そんな彼を見下ろしながら──言葉を落とした。


「竜王・ヴァルグレアよ。──“王でいるな”」


「……?」


意味が、繋がらない。


だが、続く言葉で──すべてが変わる。


「民の王である必要はない」


視線が、街全体をなぞる。



「──国の“王で在れ”」



礐壑の言葉が、静かに沈む。


妙に、重く響いた。


「国の、王……」


ヴァルグレアが、ゆっくりと街並みを見渡す。


灯り。 人の声。 行き交う影。


そこにあるのは、守り抜いてきた日常だった。


「なにも、他国に攻め入れと言っているのではない」


礐壑が続ける。


「血を流すことでしか学べんこともある。厳しさ、というものも必要だ」


そのとき──近くを走っていた子供が、段差に躓いた。


「っ……!」


ヴァルグレアの身体が、反射で動く。

だが──


「待て」


低い声。

礐壑の一言で、足が止まる。


「……見るがいい」


短く言われ、ヴァルグレアは視線を戻す。


子供は地面に手をつき、顔をしかめる。 膝を擦りむき、血がにじむ。

一瞬、泣きそうな顔になるが──


歯を食いしばり、立ち上がる。

走るのをやめると、ゆっくりと歩き出した。


「……」


その姿を、ただ見つめる。


「今、あの子は知った」


礐壑が言う。


「どこで走れば危ないのかを」


静かな声。


「だが貴様は──」


わずかに視線を向ける。


「転ぶ前に、すべてを受け止めてしまっていた。

 学ぶ機会を、奪っているのだ」


言葉が、深く落ちる。


「“身をもって知る”」


礐壑が続ける。


「それは小僧──貴様が、最もよく知っていることではないのか?」


その瞬間、脳裏に焼き付いた光景が蘇る。


「……っ」


息が詰まる。


「……そう、か」


ぽつりと零れる。


礐壑は視線を戻し、淡々と続ける。


「転んだ先が崖ならば、手を掴んでやればよい。

 それが“守る”ということだ」


言い切る。


「すべてを支えることではない。

 必要な時に、落とさぬことだ」


そのまま、礐壑はミレアの方へ歩き出す。

その背中は、変わらず重い。


ヴァルグレアは、その背を見送る。


「……私は……」


静かに口を開く。


「怖かったのかもしれんな」


視線が、街へ戻る。


「また、失うことが」


あの日の光景。

仲間たちの笑顔。 当たり前だった日常。

それが、何の前触れもなく消えた。


「……だから私は」


ゆっくりと、言葉を紡ぐ。


「共に歩くことをやめたのだ」


守ることだけに、徹した。

外を見張るだけの存在へと、自らを変えた。


「……はは」


小さく、笑う。

自嘲でもなく、諦めでもない。


「私は、過去に囚われていた」


目を閉じる。


「止まっていたクセに、導こうなどと……」


軽く首を振る。


「出来るはずもないな」


その顔には、もう迷いはなかった。


完全ではない。

だが──前を向いている。


「……さ」


小さく息を吐く。


「仕事仕事」


足を踏み出す。

今度は、迷いなく。

竜王殿へ向かって歩き出す。


その背は──守るだけの王ではなく、

“動き出した王”のそれだった。



二十皿目・中編『ミレたん、歴史は紡がれる』

おしまい

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