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就業ルイン  作者: ゆぞぅ
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 スマホの振動で我に返り、梅本はハッとして千円札の回収に動いた。

(単発の依頼が入ったから、まだ近くにいるんなら事務所に戻ってよ)

 そんな花川の一声を頭に浮かべた。

 しかし、スマホの画面を見ると、表示されていたのは実家の番号だった。


 スマホを操って聞こえてきたのは、梅本家長男の嫁、里花(さとか)さんの特徴的な(かす)れ声。車の往来と重なって、めっぽう聞き取りにくい。

 里花義姉さんはおざなりな挨拶を交わしつつ、変化のない近況を五分くらい喋ってから本題に入った。

 その間に梅本は、車道に出て無事千円札を拾い上げている。


(あて所に尋ねあたらないって、お米が戻ってきたんだけど……。晴彦さん、もしかして引っ越したの?)

「えっと……」

 梅本は大の米好きで、チャーハンをおかずに白米が食えるほどだ。他に何もなければ、カツオ節や醤油をかけて、満腹中枢を刺激する。その回を(しの)ぐことができる。とにかく米さえあれば食いっぱぐれないという。その保険はどうにも捨てがたいものだった。

 父親のような長男次男と疎遠になりたいと思う一方、お米だけは送ってほしいというのが、梅本の本音だ。


「火事になって、アパートじたいが無くなっちゃってさ」

(えっ、それって……)里花さんは案の定絶句した。(晴彦さんに怪我はないの?)

 ここからは何人かにしたような話を繰り返した。なぜすぐに連絡してこないのか、との詰問には、今のところ、まだゴタゴタしていて……と、理由にもならないような言い訳をした。

――こりゃ、夜に兄貴から電話がありそうだ。

「とにかく新しい処が決まったら、こっちから電話するから。とくに今夜なんかはメチャクチャ忙しいから。兄貴たちにもそう伝えておいてよ。――あっいや、余計な心配をかけたくないから、何も言わなくていいよ。本当に、こっちのことは大丈夫だから」

 外で働いたことのない里花さんなら、これで納得してくれそうな気がした。「えっと、それじゃ」と一方的に電話を切った。

 嘆息して、これでヨシとうなずく。が、思ったのも束の間……。ポケットへしまったスマホがすぐに鳴った。思わず舌打ちが出る。

――さっそくかよ。もしかして隣で聞いてたのか?


 長兄は兄弟の中で一人、大学まで進学した梅本のことを、頭がいい、大した奴だといって、農家仲間に自慢しているらしい。それが梅本には堪らない。

 一番稼ぎが悪いのだから。

 おそらく現在、一番質素な生活をしているのだから。

 出ないでおこうかと逡巡して、ポケットから取り出すと、画面にあったのは松本の名前だった。

 頭上に?マークが点灯する。梅本は大仰に目を見開き、首を傾げた。


(今、大丈夫だった?)

「あぁ。ひと仕事終えたとこ。――そうそう、昨夜はご馳走さん。また奢ってくれ」

(ハハハ……)

 通話しながら駐車場へ向かった。

「あれから竹本ん所に泊まってさ。もう少し飲んでたんだ」

(へえ。竹本さん、そんなこと言ってなかったけど、まぁ今朝は笑顔で喋ってる状況じゃなかったしね)

「そうか……そうだよな。何か進展あった?」

(加工部の矢部さんと事務長で、昨夜のうちに弁護士に話を持っていったみたい。そしたら警察に一刻も早く届け出たほうがいいってことになったらしくてね)

「へえ」

 ヘルメットをバイクのミラーに掛けて、シートに腰を下ろす。

(今朝出勤したら、いきなりだよ。社員全員から一人ずつ話が聞きたいって、警察がもう会社の会議室で待ってんの)

「マジか。警察ってそんなに早く動けるもんなのか」

(そこらへんのことはよくわかんないけど、指名手配するとなったら時間勝負なんじゃない? 発覚してから通報するまでの間、何してたのって、立場的に僕も散々訊かれたもの)

 視界の端に桔梗院たちが入ってきて、ふと顔を上げた。

 二人とも、えっまだ駐車場にいたんすか? と言いたげな表情で、自分の車へ向かっている。

「笹尾とかも、やっぱり?」

 梅本は、桔梗院らに向かって、チョイと片手をあげる。

 向こうは首だけで挨拶を返した。

(うん。いちおう鍵当番だったし、専務と最後に会ったのが葉月だったからね)

 そうなんだよなぁ、と梅本は唸った。

「竹本はどうしてんの?」

(ずっと外回りだね。ちょっとしたプロジェクトを抱えていたから、それの後処理っていうか、いろいろと忙しいみたい。こんな状況でも、いちおうこっちは業務中なんだから、行先と携帯番号さえ伝えておけば、出入りに制限はないんだよね)

「そうか……」

――竹本のくせに。「で、それを俺に?」

(あぁいや、今日も仕事にならないから早く帰れそうなんだ。それで、また一緒に晩飯でもどうかと思ってさ)

――現同僚と飲みに行けよ。なんで俺なんだ?


「さすがに連夜じゃ悪い気がするな」

 梅本は奢ってもらえるという前提で話していた。

(じゃあ、何かてきとうに買って、そっちへ行こうか? 神山駅から近いんでしょ)

「ええっと、まぁそうだけど」

――何とかマネージャーになって、松本自身は会社で孤立しているのか? それにしても、俺たちは仲良しグループってわけじゃなかったはずだけど。

 当然、笹尾がついてくるよな。竹本も来るだろうな。バランスが取れるように、竹本を抜いて女性を一人連れて来るってことは……ないな。

 ポテトサラダくらいはこっちで用意するとして、コップと皿は……。コンビニで紙のやつを買って帰るか。

 マンション名を伝えると、松本は知っていると答えた。行くときにまた電話するよ、と彼は言って電話を切った。

 誰であろうと、食い物を持ってきてくれるのなら歓待しなければならない。


 やっと梅本はバイクにキーを差し込んだ。

 ところが、ヘルメットを手に取ってかぶろうとしたときに、またスマホが震えた。

 今度こそ花川か。

 ポケットに手を突っ込み、事務所の窓を見上げる。ブラインドは閉まったままだ。スマホの画面には知らない番号が表示されていた。固定電話からだ。


(あぁもしもし。こちらは群馬県警の岡崎といいます。梅本晴彦さんの携帯で間違いないですか?)

 昨夜に聞かされているとはいえ、寸前に松本から電話がなければ、バイク泥棒や拳銃の件だと勘違いして慌てふためいた姿をさらしたかもしれない。

 それでも少し顔を歪めて、迷惑そうに「そうですが」と応えた……。



 向こうは単なる確認作業だと前置きしたが、それでも直接会って話したいとも言った。

 あまり好きな人種ではないが、冷えたお茶くらいは出してやってもいいかと思って、梅本は予定通りコンビニへ寄ってから帰宅することにした。


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