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就業ルイン  作者: ゆぞぅ
86/96

 客


 刑事がマンションを訪ねてきたのは、十七時をすぎた頃で、茹で上がったジャガイモを潰しているときだった。

 二人連れの刑事は、梅本が思い描いていたようなイメージと違っていて、柔和な顔つきをしていた。先の電話で岡崎と名乗ったのは、そのうちの若いほう。玄関先で立ち話とはいかず、二人とも部屋に上がってもらった。

 歳のいったほうは床にあぐらをかくなり、前原ですと繰り返し名乗ってから、言った。


「住民票の住所にいらっしゃらない、ということを聞いてませんでしたので」

 眉をハの字に曲げて困り顔を見せる。目つきが(ちょっと探しちまったじゃねぇか)といっている。

「ここは仮の住まいですから」

 ここでも火事で焼け出されたという話題から入った。

 すぐに免許の書き換えをするようにとアドバイスされ、いろいろと反論はあれども、そこは素直に聞いておいた。

 それで、さっそくですが――。梅本が蝦夷松に会ったという話の確認だ。

 刑事は、竹本あたりから聞いているはずだが、あらためて梅本の口から話してほしいと言う。テレビドラマか何かから得た知識があって、邪魔くさがらずにハイハイと応じた。


 それならまずは日時だ。

 梅本は、蝦夷松父娘が走り去ってからすぐに、竹本へ電話を入れている。なので、これはスマホの通話記録を見ればOKだった。

 続いて場所だが……これが困る。ビシッとココですと伝えようにも、あそこは道端であって地番なんかはわからない。

 そうすると岡崎が、薄い鞄から十二インチくらいのタブレットPCを取り出して、操作し出した。市の周辺地図を表示させるとテーブルに置いた。

 今どきは営業マンだけでなく、警察もそんなものなのかと、梅本は勝手に納得した。


 ワークマンで作業服を買って、定食屋に入って……。地図を指差し、そこからの道を思い出しながら、

「この道沿いで、自販機が二、三台並んでいる所でしたね。――それでコッチ方面へ走り去っていきました」

(では、今から一緒に現場へ行きましょうか)なんて、言われたら困ってしまうが、だいたいは合っているはず。ついでに車種も告げる。飛行機の件は一人芝居のように声色まで変えて再現してやった。

 ここまでやって梅本は鼻息をついた――。

 話していて、さほど重要な証言とは思えない。この日まではまだ近場をうろいついていた、という証言だけでいいのではないか、と思う。

 刑事たちは手帳を見て、うんうんとうなずいている。岡崎のペンが動いたのは場所を告げたときだけだ。


 とりあえず、用向きはこれくらいだろう。そもそも電話で済む話だ。さっさと帰れ、と思っていると、

「あとですね……。梅本さんは蝦夷松さんにどんな印象をお持ちですか」と、前原が口元だけに笑みを浮かべて訊いた。

――何だ、その質問は?

「こっちは下っ端でしたので、社長とは元々接点がなさすぎて、何とも言い様がないです。好きか嫌いかというと、まぁ嫌いでしたけど。小枝……蝦夷松部長のほうは、ハッキリ言って嫌いな上司でした。向こうも同じように思ってるんじゃないですかね。――そのぉ、久々に会ったそのときも、いきなりツバを吐きかけられましたし」

 専務も蝦夷松だが、頭になかったので言わなかった。

「ほぉ、いきなりツバを……。普通そんなことしませんよね。相当嫌われてらっしゃる。……ではやはり恨んでおられるでしょうね?」

 嫌いな奴だから、(おとし)めてやろうとして嘘を言っている、とでも思ったのだろうか。恨んでいる、という言葉に、梅本は内心ギョッとさせられた。

 梅本は心を落ち着かせるように幾度かうなずき、笑ってみせる。

「俺があそこで働いていたのは、もう三年近く前のことですよ。久々に会って、あいかわらず嫌な女だとは思いましたけど、もう毎日顔を突き合わせることもないで、かかわり合いにならなければ、どうでもいい、くらいにしか思ってませんよ」

「そうですかー」語尾を伸ばしながら前原は、なぜだかニヤリとした。


 そこへ梅本のスマホが鳴った。画面には松本と出ている。

「あ、いいですか?」いちおう刑事に断りを入れた。「これから、晩飯の約束がありまして」

「や、どうぞどうぞ。私らは、もうこれでお(いとま)しますから。大変参考になりました」

 前原は、立ち上がりながら、んんっと痰を切って、

「失礼ながら、松本、と表示されているのが見えてしまいましたが、ちなみに、どちらの松本さんでしょう?」

「は?」

「あぁいえいえ。差し支えなければ、で結構ですけど」

「えっと松本、松本幹夫ですよ。松コーポレーションの。その他にも何人来るか、わかりませんけど」

「あぁ、あのエリアマネージャーの松本さんですか。今でもお付き合いがあるということですね」

 刑事たちの勘ぐりに、梅本は辟易としてきた。

「まぁそうですね。いちおう松本と、あと竹本って奴は同期だったんで、気安いですかね。とくに竹本とは月イチくらいのペースで会ってますけど。あ、松本とは、ほんと久しぶりです」

「はぁ、そうでしたか。あ、ご協力ありがとうございました」

 前原が、どうぞとスマホに手のひらを向けた。

 梅本がハッとして、電話に出ようとしたとき、呼び出し音はちょうど止まってしまった。

「いやぁどうもすみません。どうぞ、かけ直してあげてください。それでは私どもは、これで」

 結局、岡崎のほうは何も喋らなかった。

 梅本は手にスマホを持ち、形だけだが玄関まで行って見送った。



 それから五分と経たないうちに松本がやって来た。ただ、一人で、だった。

「竹本さんは忙しいみたい。八時までに上がれるようなら電話するって言ってたよ」

 靴を脱ぎ、ほとんど段差のない部屋へ上がる。

「あぁそう。竹本のくせに?」

 松本が疲れた様子を見せず、爽やかに笑った。

――笹尾は? 松本と二人で晩飯って……。


 松本が買ってきたのはビールの六缶パック。他には出汁巻きやら串の焼き鳥やら、コンビニの独身者メニューなどなどの単品、それとポテトチップス。梅本のポテトサラダと丸カブり感があった。が、作ってしまったものはしかたない。

 ステンレスのボウルから皿へ盛り付けて、松本の前にドンと出した。

「何、この量……」と松本は顎を引き気味にして言うが、まさか一人で来るとは思っていなかったので、これもしかたない。そもそも言うほど大した量じゃないし、ご飯がないので、米だと思って食えばいい。

 二人は、まずは乾杯と缶を当て、口をつけた。

 梅本は途中、松本に目をやった。彼がグイグイと呷っているので、付き合いで350mlを一気に空けた。(ぬる)くなっていたタコ焼きを、チンせず口へと放り込む。晩飯として寂しいと感じるならその通りだろうし、こんなものだと思えるなら、それはそれで幸せだ。


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