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就業ルイン  作者: ゆぞぅ
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 馬酔木が「つ、次は私にやらせてください」と押し気味に言うので、席を譲った。

 彼女の顔付きから推測するに、練習を繰り返すことで不安を和らげようとしているのではなさそうだ。男衆の中で、たった一人の女性ということが関係しているのかもしれなかった。そのやる気満々ぶりに、桔梗院と二人で感嘆とも嘲笑とも取れるような声を漏らした。

 梅本の手には基盤を割ったときの、締めていく途中でスッと軽くなったレンチの感触が残っていた。どこかで味わった記憶がある……。


「えぇじつはこれ、エアチューブシステムの制御基板なんですけどね」

 手の空いている者は、口を開いた三枝に注目した。

 エアチューブシステムとは、施設内外に配置したパイプの中に荷物を入れ、空圧で荷物を任意の相手に届けるための設備だ。それのバージョンアップのために、今回は各階の基盤をすべて交換回収するという。

 この南病棟は稼働してまだ日が浅いはずだ……。不具合が見つかったというのが、正直なところではないだろうか。

 しかし梅本たち派遣スタッフにとって、それはどっちでもいいことなので、同じことを考えていそうな者も黙って説明を聞いていた。


 梅本は遠い過去に、ラブホテルの支払いで、このシステムを利用したことがある。従業員と一切出会うことなく、料金を支払うことができるというのが、当時そのホテルのセールスポイントだった。

――あのときは、釣り銭がなかなか飛んでこなくて、結局、フロントへ文句を言いに行ったんだっけ……。


 三枝からは素人に対する気遣いを感じるし、(皆に協力してもらう)という姿勢が垣間見える。穏やかな喋り口調や丁寧すぎる説明。好感が持てるというものだ。口悪い現場を渡り歩いてきたスタッフの中には、むず痒く感じている者もいるくらいだろう。


 大手メーカーの下請け工場に派遣されたとき、梅本はプレス機を前にして、自分が何を作っているのか知らなかった。わからなくても問題がなかったのだ。重要視するべきことは製品が規格寸法内に収まっているか否か。それと製造スピードだ。

 社員に尋ねれば教えてくれるだろうが、それが製品をバラさない限り、目にすることのない内部部品だったり、専門用語品だったりして、聞いたところで頭に描けないことが多い。が、(教えたって、どうせわからないだろう)と、露骨に面倒くさそうな顔をされると、派遣スタッフ側はカチンとくる。その通りだったしても、だ。


「やたらと丁寧で気持ち悪いな」

 梅本は怪訝な表情を浮かべて囁いた。

「人心掌握術の本でも買って、毎晩寝る前に読んでるんじゃないっすかね」

 桔梗院がヒソヒソと言う。

 ここに二人、ひねくれ者がいた。


 練習が一巡して、皆の顔付きがそれぞれになった頃、三枝はチラッと腕時計に目をやって「ちょっと事務室へ行ってきます」といって、部屋から出ていった。

 森くんが目を光らせているので、スマホを弄り出したりなど、サボる者は出ていない。学校の先生が(後は自習にする)と言って、教室から出ていったときのようにはならなかった。

 桔梗院は二回目をやり終えて立ち上がった。彼は梅本の傍に来て、率直な感想を述べた。

「ナットが()めにくい。う~ん、それくらいですかね」

 梅本はうなずいて同意する。

「本番がこれとまったく同じなら、どうってことのない作業だな」

 馬酔木は飽きてしまったのか、

「カプラーさえすんなりと抜けたら、余裕で間に合う感じ」と軽口を叩いた。

 森くんが、長机に尻をあずけた姿勢で釘を刺す。

「練習用と違って、本チャンのやつは固くなってるかもしれないですよー」

 梅本ら三人は森くんを振り返り、そうかも、と軽くうなずいた。


「ほら、そこはもっと上のほうだけをつまんでさぁ、上下に揺するように抜くといいんだよなぁ」

 むくみすぎて顔面にメガネが埋まってしまったような男が、現在練習中のスタッフにコツを伝授し出した。

「ハァ、違うんだよなぁ。わっからないかなぁ」

 言われているスタッフのほうは、迷惑顔で交差する配線の扱いに手間取っている。的確な指摘だったが、言い方に人を小馬鹿にしたような棘がある。(教えたがり)はどこにでもいるものだ。

 桔梗院が、面白いものでも見つけたかのように、ニヤ~として、梅本へ耳打ちする。

「ああいう奴って、イジメたくなりません?」

 どちらのことを言っているのかは明確で、梅本はフフッと笑みで返した。

「やめましょうよ」と、聴力の優れた森くんが割って入った。おそらく冗談だ、と彼も承知したうえで言っている。

 桔梗院は首をすくめてみせ、ラチェットレンチを振り回しカリカリと鳴らした。

「あの植草(うえくさ)さんはパソコンに詳しいらしいですからね。ああいうのも得意なんでしょう」

 ふ~ん、と桔梗院は素っ気ない。

「彼は普段、どんな所へ行ってんの?」

 梅本の問いに、森くんは思い出すように上を向いてから答えた。

「植草さんは専門派遣ですからね。ずっと情報処理関係の所だったと思います。僕の担当したところでいうと、最近では流通センターへ何度か行ってもらいましたね」

 カンネスサービスにおける専門派遣とは、何かしらの資格を持っていて、それを活かした分野へ派遣される者のことだ。秘書検定や簿記検定、フォークリフトや溶接の有資格者もこれにあたる。


「一人でも失敗したら、ここにいる全員が迷惑するんだよな。難しいことは何もないんだからさぁ。みんなきっちりとやっていこうよ」

 エアコンの送風口から、しらけた空気がフーンと吹き出された。

「何か、きもっ!」と、森くんの横で腰掛けていた馬酔木がつぶやいた。

 それが聞こえてしまったのかと思ったほど、ちょうど言ったタイミングで植草が振り向いた。欧米人のように両手を広げて首を振っている。そして、梅本たちのほうへ近づいてくる。

 桔梗院は彼女を隠すように、二人の直線上に入った。梅本は机に肘をついて動かない。森くんは腰をあげた。


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