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就業ルイン  作者: ゆぞぅ
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 病院


 梅本たちは六十人ほどが座れる教室のような部屋に通された。

 ここには梅本が苦手としている、病院特有の匂いがまったくしなかった。しかも冷房が利いている。一般の人がこの部屋へ入ることはないらしいので、これも貴重な体験だ。

 これだけの空間があるというのに、八人は一つのテーブルを囲んで集まるように指示された。梅本のパーソナルスペースは広い。このギュっとした状況に、四方から圧迫されるような感覚をおぼえていた。


 皆で囲んだ長いテーブルには、金属でできた筒状の物体が二つ立っていて、それぞれに五つのボルトナットで基盤が取付けられている。そこから繋がっている配線は六種、八本だった。これが今回交換する基盤の模型に違いない。もちろん原寸大だろう。


「えぇ、皆さんにしてもらうのは、この部分の交換作業です」

 最初に三枝(さえぐさ)と名乗った社員さんは、模型に手を置いて説明し始めた。

 雰囲気は理科の授業。班単位で行う実験のようだ。

「まぁ作業じたいは簡単ですね。基盤に繋がっている配線を全部抜いて、五つのナットとワッシャーを外します。新しい基盤と交換したら、また配線カプラーを元通りに差す……っと、これでOKです。配線の色もそうですが、カプラーの形状がそれぞれ異なるので、差し間違えることはないと思います」

 ナットとワッシャーがかなり小さい。五ミリほどか。それ以外に問題はなさそうだが……。

 これの交換作業だけで二時間もの拘束はおかしい。現物はよほど作業しにくい場所に設置されているのか、それとも数が多いのか。

 どう思う? と梅本が桔梗院を見ると、彼は耳をほじってよそ見をしていた。


 車やバイクを弄る者なら、CPUの交換くらいは自分でする。近年の車はそのほとんどがコンピューター制御なので、マフラーを交換する際などにも、それに見合ったCPUに付け替えるのだ。

 桔梗院が乗るホンダ車も、金が掛かっているように見えた。梅本と同様、細かい説明は省いて注意点だけを簡潔に述べろ、とでも思っていそうだ。

 ところが、三枝の次の説明で皆の目の色が変わった。


「えぇ、すでに稼働中ですので、十五分間だけ電源を落として、その間に各自作業を終わらせてもらいます。一箇所でも間に合わない場合、つまり、失敗したときはですね、再度、病院側と日時調整をしなければならないので、必ず今回だけで成功させてください」

 部屋の空気がピリリと引き締まった。

――なるほど、そういうことか。


 三枝の説明によると――

 一階から八階まで、一人ずつが配置される。電源を落としてから一分後に合図があって、交換作業開始。合図は病院の放送を使う。作業が終わっても電源が入る時間まで、その場で待機。シグナルの色がグリーンになったのを確認後、カバーを元に戻して、一階のロビーに集合、といった流れになる。

 三枝自身も最上階の九階を担当し、最後に点検しながら降りてきて、皆と合流するそうだ。


「失敗しそうなところっていうか、例はありますか?」

 スタッフの一人がピョコッと手をあげて訊いた。

 変な尋ね方だと思ったが、要するに注意点を聞いておきたいのだろう。

 三枝は表情を変えずにうなずいた。

「部品が小さい、の一言に尽きますね。ナットとかワッシャーを落として見失ってしまうと探すだけでも大変なんですよ。――念のために各自、基盤を含めたワンセット分の予備を携行してもらいます」

 三枝が指差すダンボール箱へ、皆の視線が注がれた。不安げな顔をする者、余裕あり気の顔でうなずく者、半々といったところか。


「えぇ、今からひと通り説明しながらやりますので、見ていてください。それと、病院側の許可が下りたら、実際に現場へ行ってもらいます。そこでまた何点か注意点がありますので、それはまた後ほど。――えぇ、この人数でぞろぞろと行くわけにはいきませんので、何名かずつ呼びますね。えぇ、とにかく……」三枝は腕時計に目をやった。「時間はたっぷりと取ってありますので、二つしか用意できませんでしたが、これで納得がいくまで、各自で練習してみてください」


 それじゃあ、と三枝は練習用模型の前でしゃがみ、背後から皆が見えるようにして、実際に作業をやってみせた。丁寧な解説付きで、所要時間は八分強だった。

 梅本は、三枝から特別な注意点がないかと外巻きにいて見ていたが、とくに耳新しいことはなかった。配線を引っ張るなとか、ワッシャーの入れ忘れ、ナットの締めすぎに注意といったところだ。五分もあれば充分だと思った。


「今から個々に工具をお渡ししますので、こちらへ並んでください」

 ほぉっと吐息が聞かれただけで、騒めきにならなかった。皆単独で来ていて、一々喋るような知り合いがいないのだろう。紅一点である馬酔木さんの声だけが耳につく。

「現場で独りにされるのって不安じゃない?」

 それに桔梗院は、何かボソッと答えていた。


 工具を受け取って一番手に模型に向かったのは、森くんだった。もう一つのほうは、遠慮の塊状態で誰も手をつけたがらない。その間を嫌って、梅本は模型の前へ進み出た。桔梗院と馬酔木がその両脇についた。

 梅本は慣れた様子で、遠慮なく両刀使いでカプラーを抜いていった。普段は使うことのない、あまりに小さく可愛らしいラチェットレンチをリズミカルに回して、基盤を外した。

 その様子を窺っていた三枝が、梅本に言う。

「きみは手慣れた感じですね。そこからもう少しナットを締めていってみてください」

 三枝が何をさせようとしているのかを、瞬時に察した梅本がチラチラと周囲に目をやってから、スイーッとレンチを絞っていった。すると突然、パキッと小さな音がした。ボルト穴を中心にして基盤にヒビが入ったのだ。

 わざとやっていても、皿やコップ、基盤にしてもそうだ。割ってしまうときの触感が、梅本の気を萎えさせた。派手に壊すときとは違った罪悪感が手に残る。


「ね。それくらいの力で割れてしまうんですよ」

 自社製品の脆さを憂いでいるのか、三枝は大袈裟に渋面をつくって言った。

 エンジンのスパークプラグ、オイルパンのドレンボルトしかり、部品が台座に接地後、さらにどれだけ回すか。パワーさえあればいくらでも締まっていきそうなので、手心を加えなければならない。とかく、しっかりと締め付けたい性分の者が陥りやすい失敗だ。


――ね……じゃねぇよ。俺が失敗したみたいで気分が悪いじゃねぇか。


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