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就業ルイン  作者: ゆぞぅ
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 二人は、貯水槽の蛇口から直接水を出して、顔や首筋と靴を洗った。

 梅本は防水加工が施されているリュックにも、さっと水を流しておく。焼け出されるのに最適な季節はいつかと問われれば「だいたい今頃」と梅本は即答する。これが冬だったら……と寒さが苦手な梅本は、想像してみて、あらためてゾッとする。


「ほんと参ったよね。――そうそう、梅本さんはあの荷物をどうするの? 一旦、西町会館へ持っていくの?」

 さっきのやり取りを思い出していた。不安定な心理状態にある住民の中には、捌け口になるような(ほころ)びを見つけて、からんでくる人もいるだろう。

「あんなのを運び込んだら怒られますかね? 夕立の心配はありますけど、バイクの周りに置いときますよ」

「こんなときだから、そんなので怒る人はいないと思うけど……」

 同じことを考えたのか、田井中が言葉を切って、う~んと唸る。

「だったら、荷物は俺の車に載せといたらいいよ。軽トラだしさ。汚れとか気にしないよ」

「え、そうですか。助かります」

「ああ。荷台に載せて何か被せといたら、大丈夫じゃないかな」

「あんな煤けた服を持っていく奴なんていないでしょうしね」

 二人が火災現場で不謹慎な笑い声をあげた。


「こっち側の部屋はもう駄目ですって!」

「危ないよ。止めたほうがいいよ」

 何事かと思って見ると、一〇七号室の住人が部屋に入ろうとして、かなりの高齢に見える町内会の役員さんたちに、押し止められていた。

 梅本は嘆息した。火元の真下だ。無事なわけがない。見かねて、役員さんに加勢しようとすると、

「あんなの、気の済むようにやらしてやりゃいいんだよ。いい大人なんだから、何事も自己責任だ」と、田井中は素っ気ない。

「裏手から覗いてみれば、わかるようなものなのに……。それで諦めがつくんじゃないですかね」

「あぁそうかも」

「ちょっと言ってやりましょうか。――あのおばちゃんは、何て名でしたっけね?」

「いやぁ俺も顔は知ってんだけど……何ていったっけな」

 あの人に訊けば……と思って、鈴木の婆さんの姿を探してみたが、見当たらなかった。すでに娘さん夫婦の所へ行ってしまったのか。


 田井中が短い息を吐いて、面倒くさそうに歩き出す。梅本もそれに追従した。

「上のコンクリが今にも落ちそうだから、さすがに間口からはヤバいよ。裏に回ってみたらどうかな」

――あっそれ、俺のアイデアなのに。

 役員さんの一人は、何言ってんだアンタ……と言いたげに眉を寄せる。もう一人は、仕方ないといったふうにうなずいた。三人は一列になって倒れた階段を跨いでいった。

 反対側からなら楽に通れると言いかけたが、もう半分乗り越えてしまっている。役員さんだって消防や建築のプロというわけではないだろう。しかも老体だ。我儘な人に付きあって、巻き添えでも食ったら悲惨だ。

 振り返った田井中は、

「じゃ、俺たちは飯だな」と言ってニヤッとした。

「まぁそうですね」とは答えたものの、梅本の中には(わだかま)りが生まれた。一つ年上の兄貴が、ちょうどこんな感じで笑う奴だったからだ。


……(晴彦、きっと大丈夫だって。やってみろよ)

 奴は見届けない。それでこちらが失敗すると(な、言っただろ?)と、人をからかう。

 彼は高校を出てすぐに建築業に就き、今は結婚して実家から出て暮らしている。もっと上に三人の兄姉がいるが、梅本とは歳が離れているうえに母親が違うので、十代の頃、梅本の喧嘩相手といえば、兄の秋正(あきまさ)だった。

 まったく連絡を取っていないが、それについてはとくに何とも思っていない。思い浮かべることさえ久しい。秋正はその程度の兄貴だ。

 そんな既視感に、梅本の顔は片方だけ歪んだ。


 冷たいようだが、所詮は端から付き合いもない。梅本は両手に荷を持ち、アパートを離れた。駐車場はアパートの裏の二軒をまたいだ所にある。

「ここまで酷いことになっているとは思ってなかったですよ。もう、一から建て替えないと駄目ですよね」

「それなんだけどねぇ。改正された建築基準法に接道義務ってのがあってさ。たしか四メートル以上だったかな。この路地の幅だと、新しく建て替えるっていっても、役所の許可が下りないだろうな。まぁ業者に任せときゃ、法の抜け道とか知っているんだろうけどね」

「そうなんですか。どのみち、家賃は上がるだろうし、俺がここに戻ってくることはないかなって思います」

「ま、俺もないだろうけど」



 飯はコンビニ弁当。軽トラの荷台で済ませた。

 田井中が、楊枝をくわえながら「さて、これからどうしたものかな」と独り言のようにつぶやいて空を見上げた。梅本は一緒になって視線を宙にさまよわせて考えた。

 梅本がこれからしなければならないのは、ペットボトル貯金箱の回収作業。釣り銭をチマチマと貯めていたものだが、ちゃんと数えれば、五万円は下らないと予想している。下着類も少しでも無事であってほしいと願っている。

 梅本がそう答えると、田井中は運転席に着いて、軽トラを発進させた。


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