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工事が止まってしまった現場の裏手に軽バンを停めた。
梅本は小さめのボストンバッグを二つ抱えて、助手席から降りた。運転席から降りた桔梗院が、梅本からバッグを二つとも受け取る。
「んじゃ、行きますか」
梅本は大仰に深呼吸してから答えた。
「ああ。行こう」
桔梗院のアパートで飲むことになったのは、二週間前のこと。酔っぱらった梅本は、彼に拳銃を手に入れた経緯を明かしてしまった。桔梗院の部屋の本棚に所狭しとモデルガンが並んでいて、彼からそれの薀蓄を聞かされたのが切っ掛けだった。
その話を素直に信じた桔梗院は目を輝かせて、撃ってみたい、と梅本にせがんだ。
彼が梅本のところへ情報と計画を持ってやって来たのは、それから十日後のことだった。情報元は普段から方々の企業に散っている派遣スタッフらしい。
「一億二千万円。山分けしませんか?」
「馬ぁ鹿。そんなの簡単にいくかよ」
桔梗院は目を伏せてから薄く笑った。
「俺たち、いつまでも派遣ってわけにはいかないですよね。体はどんどん衰えていくし、ずっとやっていける補償なんてないっすよね」
「そりゃ、このままずっとってわけじゃないだろ」
「梅本さんって、二年くらいカンネスにいるんすよね? その、貯金ってどれくらいできました?」
就職していた頃にできた貯蓄が徐々に目減りしていっている。それが実状で、質素な生活を心掛けていても、カンネスサービスにいて貯蓄増なんて話はとんでもない。彼が何を言いたいのか、を察した梅本は黙り込んだ。
桔梗院はベッカムの頭をひと撫でして、鼻息をもらした。
「俺、バリ島に移住しようと思ってんすよね」
「六千万を持ってか」
「親父の知り合いに、一千六百万円の退職金とちょっとした貯蓄を足して、シンガポールへ移住した夫婦がいるんすよ。絵葉書が届くんですよね。けっこう楽しくやっているらしいっすよ。インドネシアで六千万なら悠々自適じゃないっすか。しかも、こっちは一人だし」
「その考えは甘いだろ? 後何年生きるのかって考えたら……」
「もちろん、向こうの言葉を覚えて、どこかしらで働きますよ。何にせよ、六千万円があったら……。とにかく、あるとないでは心持ちが違うじゃないっすか」
「――そりゃそうだけど」
ベッカムが外へ出たがったので、梅本は立っていって履き出し窓を開いた。
「六千万っすよ? 梅本さん、今からコツコツと貯めていく自信てありますか? 欲しくないっすか?」
奪われる側の話はしなかった。
そんな話をしてから四日後の朝。
とある会社の駐車場が見える所で、梅本は缶コーヒーを飲んでいる。そこへ桔梗院が細長い体躯を揺すって戻ってきた。
「だいぶ経つけど、いつ来るんだよ?」
「そんなに経ってませんよ。まだ十時前じゃないすか」
今日の朝一に、向こうから一億二千万円が走って来るらしい。貴金属の取引きだというが、梅本は元同業者なのに、目の前の会社のことを知らなかった。
男二人がじっとしていても怪しまれるだけなので、さっきから交代で近隣をぶらついている。次は梅本の番だ。
梅本はポケットに拳銃を入れているので、職質にでもあったら、と思うと気が気じゃない。手筈通りなら、二回発砲することになっているが、はたしてそれで上手くいくのだろうか? と歩き回ったところで、不安は払拭しきれないでいる。ちなみに、桔梗院が持っているのはモデルガンだ。
梅本が先ほどと違う路地へ入ったところ、子供たちの笑い声が聞こえてきた。
「こんな所に幼稚園なんてあったのか」
頑丈そうなスライド式の門扉からグラウンドを見やると、何やら園児たちが集まって、紅白の旗を持って飛び跳ねていた。
「じゃあ、もう一回いくぞぉ」
園児たちは真剣な表情で、保育士のお兄さんを括目する。
「赤あげて! フフン――白、あげて!」
梅本は目を細めて微笑んだ。
――あぁあれか。懐かしい。自分にもあんな頃があった。どこら辺から道を逸れたっけな……。
額の汗を拭い、そろそろ戻ろうと振り返ったとき、ニッサンのプレジデントが通り過ぎた。すぐに梅本のスマホが鳴った。いよいよだ。
桔梗院と合流する。
「情報通りっすね。聞いていた取引先の車で間違いないです。梅本さん、まずは派手に一発お願いします」
「わかってるよ」
二人は会社の出入り口へ向かいながら、目出し帽を被った。
予想外にも店内には客を含め八人もいた。
梅本は奥の壁に掛けられている丸い時計に狙いを定めた。外で撃つより派手な音だった。両手でしっかりと構えたのに的は外した。
「全員、動くなよ!」
はっきりと発声したのに、馬鹿が一人、出入り口へ走っていく。そいつの方へ一発放った。当てるつもりはない。出入り口のガラスに穴が開き、無数に亀裂が入った。
逃げようとした女性はその瞬間、膝から転んで、割れかけていたガラス扉に、頭から突っ込んでとどめを刺した。
あぁと嘆息する。――自分のせいじゃない。
桔梗院がずんずんとショーケースへ歩み寄って、バッグを二つとも叩きつけた。
「一億二千、あるはずだよね。全部出して、このバッグに分けて詰めてください」
店員のこめかみをモデルガンで小突いた。
「他の奴は全員、そっちの端へ寄れ!」
梅本は周囲に目を配った。拳銃を一人一人へ向けて威嚇していく。
「よし。そこで全員、両手をあげ……ないっ!」
また人の言うことをちゃんと聞かない馬鹿がいた。今度は五人。泣きそうな顔で手をあげている。こんなに面白いことを言ったのに、誰も笑わねぇな、と思った。
ひとつ咳払いをして、梅本は考えた。
――見せしめのために、一人くらいは血を流してもらおうか?
一番手前にいた男に手招きして、ひざまづかせた。後ろから男の髪を鷲掴みにして、拳銃を持つ腕をぐうっと伸ばした。
――コイツの腕にしようか、それとも並んでいる奴らから一人選ぼうか。
横流しに標的を探った。
桔梗院を一瞥する。彼は金をバッグに詰める社員を急かしている。順調だ。
そのとき突然、梅本は座らせた男に腕を掴まれた。あっと思った瞬間、体ごと柔道の一本背負いのように引っこ抜かれた。
拳銃が手から離れてどこかへ飛んでいく。首をぐいぐいと絞め上げられて、それの行方を追うことはかなわなかった。
桔梗院が慌てて拳銃を拾おうとした。が、すんでのところで、誰かに蹴られた拳銃は床を回転しながら滑り、接客テーブルの下に潜った。
桔梗院がすばやく体を翻した。詰めている途中にもかかわらず、バッグを一つひったくった。その背中が一目散に逃げていく。
がっちりと決まった絞め技に、梅本は喘いだ。
振り解こうとする腕、暴れる脚。跳ね上がる腹。そのすべてを冷たい床に押さえつけられて――梅本は悪夢から目覚めたのだった。
誰もがどこかへ電話をかけている。親族あるいは仕事先だろう。じっと座っているのは梅本くらいなもので、他の住人は部屋から出たり入ったりと落ち着かない。
変な夢のせいで、よく眠れたという爽快感はないし、人の話し声がここまで不快と感じたのはいつ以来だろうか、と思う。梅本は上体を起こして、難しい顔つきのまま目を閉じていた。
「まだアパートに戻ったら駄目なんですかね?」
「外から様子を見るくらいならいいんじゃないですか。行ってみましょうよ」
そろそろ皆が動き出しそうなので、梅本は洗面所へ立った。洗顔し、すでにビチョビチョになっているタオルで水気を拭った。




