第9話 希釈 僕らはギャップに呆れ果てる――オモテ
次回、ラブコメ回です。
俺の名は姫矢ツルギ。
今俺は、街頭モニターの向こうで起きていることを信じられずにいた。
『フハハハハハッ! ごきげんよう、皆さま。怪盗ベイル、予告通り取引に参上した』
加工された、男の声。間違いない、ベイル本人のものだ。
東京ニューツリーは電波塔の役割も兼ねている。回線をジャックして交渉と、自身の安全を両立する。
「馬鹿なッ……!」
俺は掴んでいた霜凪トウマから手を放す。
ヤツは冷や汗を垂らしていた。今この状況では、その心境を読み取りづらいが。
何故推理と違う……!?監視が足りなかった……?
それとも1日の猶予を持たせたからか……?
いや、ホログラムで変装した影武者か――!!
警察、そして俺たちスプリガンドなどは、ホログラム技術へのカウンター策として、特殊な磁場で変装をかき消す装置が実装されている。
これで……!
『ほ、本物の様です……!』
しかし、アナウンサーの動揺とも歓喜ともとれる声が、その可能性を潰した。
『取引するのは、先日頂いたこの鏡だ。返却と引き換えに、国家公務員たちに求めるもの。それは……』
『市民の声に、より真摯に声を傾けることを約束すること』
ベイルの要求に対し、警官の一人が無線で返す。
『なに、そんなことでいいのか……!?』
『無論、私は見ているぞ。行動の伴わない口だけの了承なら、私は何度でも君たちから奪い続けよう』
現場は混乱しているのが、よくわかる。
『……承知した。その交渉を呑もう』
やがて、指揮官らしき男が重々しく無線を飛ばした。
『フッ、成立だな。それでは、鏡をお返ししよう』
余りにも自然な流れで、ベイルが指を鳴らす。同時にパラシュートが開いたショーケースが落下する。
高さ888メートルから、しかも雨だ。どんな引き渡し方を……。
『これをもって回線を戻す。皆様、ベールの彼方にごきげんよう』
ヤツは白煙と共に姿を消した――。
ベイルは市民の代弁者などと、現場にいた野次馬から、歓声が上がる。
そんな光景を見ながら、俺の視界がどす黒くなるような感覚に襲われ続けていた。
「なにふざけたことを抜かして……ッ!!」
どうしようもなく虫唾が走る。
盗みが正当化されたせいで、心に癒えない傷を負った人がいることも知らずに……。
生中継が終わった後、周囲の人間は俺をとんだお騒がせ者だと罵りながらそれぞれの日常へと戻っていった。
俺は霜凪の顔を見ることが出来なかった。盗みをしたことを悪びれない連中を一人残らず排除する。その執念で磨いてきたはずの洞察力、その業を背負う覚悟の証である2本の剣。霜凪を疑っていても、それは有効打とはならない。
「な、なあ姫矢」
「……」
今は、何も聞きたくも言いたくもなかった。プライドなんてちっぽけなものじゃない、世界に自分自身を否定されたような感覚。
顔が……熱い。
「さっきのことはいいから、早く戻ろうぜ。な、姫矢?」
しかし、そう言ってヤツは穏やかに手を差し伸べた。
……何故、怒らない。何故だ……?
ただ程度はともかく、この男が本心からこの手を差し伸べていることは理解できる。
「……いや、いい。向かうぞ」
馴れ合いを嫌っているため、その手は払いのけたが。
「……すまない」 「はいはい」
雨水に全身を打たれながら、俺たちは共に部室へと帰るのだった。
※ ※ ※
僕とツルギは移動中、一言も話さなかった。向こうはともかく、僕自身ことを乗り切った満足感と、底知れぬ罪悪感に苛まれていたからだ。
科学技術が進歩したアンファンス・ピリオド(E.P)では、犯行の手口などもよりテクニカルになり、それらに対抗するため無力化技術を活用することが定石となっている。
そこを逆手に取った幸津川壱のクラシックな変装術と、電波塔を利用した怪盗ベイルの録音ボイスメッセージ。
幸津川が設計した怪盗ベイル――もとい僕の樹脂製フェイスマスクを、一昔前の3Dプリンターで作成。ニューツリーの高さ的に地上からでは見ることが出来ず、ヘリコプターでの確認を余儀なくされるので、身長が178センチの僕と174センチの幸津川の違いなど、分かるはずもない。
グランドレガシーである、あの鏡を手放すのは惜しかった。しかし、“起動”させる方法が分からないこともあり、妹ののどかを救うお宝ではないと賭け、手放した。
何にせよ勝ったんだ、この8日間に及ぶ心理戦に……!
……なのに、あのツルギのやるせない顔を見たせいで、心の陰りがぬぐい切れず燻る。
今回、ツルギは俺にチェックメイト同然の場所まで追い詰めていた。
あの数秒が無ければ、完全に終わっていた。本当、恐怖を感じさせるほどの強敵だった。
ずぶ濡れになりながら高校の下駄箱までたどり着いた時、ツルギは不意にこんなことを言った。
「霜凪……俺がベイルを嫌う理由、答えていなかったな。すまない」
何だ、少ししおらしくなってる……?
「い、いや。謝るのは僕の方――」
そう言いかけた時、2階から女性の悲鳴が複数響き渡った。
この声、まさかアイドル部のみんな……!?
「霜凪……!」 「姫矢!」
――気付くと僕らは、互いに顔を見合わせ部室へと駆け出していた。
音重たちに何か……!?
ツルギの表情も深刻だった。
(スプリガンドのアサヒ先輩、そしてシンジ先輩でも対処できないのか……!)
「クソッ、鍵が閉まってる!」
マズイな、声を出しても悲鳴でかき消される……!
それを理解した瞬間、先程のすれ違いが嘘のように、僕らは阿吽の呼吸でドアを蹴破った!
「「大丈夫か、みんな!!」」
部室の中で、みんな隅っこで震えている。これは一体……!
しかし敵らしきものは、どこにもいない。
ツルギが剣を取り出そうとした、その時。
元凶はソコにいた。
素早い動きで床を這う、黒いヤツ。"コードネーム・G"が。
「た、助けて二人ともぉぉ……!!」
アサヒ先輩が震えながら懇願する。
「だ、大丈夫だみんな!俺が守る!」
……シンジ先輩、足震えてますよ。
「し、霜凪く~ん……」
……僕は空になった差し入れのレジ袋を左手にはめ、一切の躊躇なく“G”を握りつぶした。
「……」
「……」
……僕とツルギは、無言で壊れたドアを振り返り、互いに大きくため息をついた。
ああ……このオチはないだろ……!




