第10話 デートウィズ! 前編――オモテ
<E.P 0012 4月22日 AM5:00 霜凪家 ガレージ >
前に言ったかもしれないが、僕は家族と別居状態にある。両親は海外で働いているし、妹ののどかは6年間入院生活。一軒家での一人暮らしも寂しく感じることは多々あるし、食事も洗濯も、全部一人でこなさなければいけない。
無論、悪い事ばかりではない。このガレージを見てほしい。サンドバックや簡易的なトレーニングマシン、壁に仕込んだ無数のレーザーポインターを調整した怪盗ベイル式高機動トレーニングシステム、特製保管庫、秘密のゲートといった具合に、人目を気にせず魔改造できる点は、僕の生き方を支えてくれている。
毎朝1時間ほど、ここで様々な訓練をして、シャワーを浴びる。これがたまらないんだ。
あ。そうそう、この間のベイル影武者作戦の反省会を、幸津川と無線でした時、不可解な話があった。
――
『――ベイルくん。来月のリフレッシュのライ
ブ、横浜でやるらしいね』
『ああ。しかし、何故そんなことを? グランドレガシーの話はなかったと思うが』
ゴキッ……“G”騒動のあと、リフレッシュのマネージャー兼顧問が急遽決まったと言っていた。
『いやあ、出たんだよ。グランドレガシーの展示とリフレッシュのライブを一つにするって話がさ』
『――!! 何だとっ……!?』
――
――この件をリフレッシュ、いや蒼霞高校に提案したのは、ツヴァイアス商会。グランドレガシーを複数保管しているという情報くらいしか出回らない、謎の多い組織だ。
いくらリフレッシュが市民権を得ているとはいえ、宝物とアイドルを同じステージに置くこと自体不可解、それを二度も行おうとしている。
それにしても幸津川壱……少なくとも骨董屋はカムフラージュ用の職業に違いないな。
サンドバックを殴り続けながら、不穏なものが頭の中で回り続けていた。
「まあ……今はっ、今日の試練を乗り越えることがっ、最優先、だっ!」
左ジャブの乾いた音が轟くと同時、終了を告げるタイマーがやかましく鳴った。
「さて、シャワーでも行きますか」
今日、僕は影武者作戦時に負けないくらい緊張している。何故かって?
それは……
※ ※ ※
<AM9:30 新渋谷駅 駅前>
「霜凪くん、おまたせ~っ!!」
良く晴れた日曜の朝。無難な服装で待っていた僕のもとに、黄色いうさ耳リボンに薄桃のミディアムボブの天真爛漫な少女がこちらに駆け寄ってきた。
今世間の注目の的となっているスクールアイドルグループ・リフレッシュの音重みかんの登場だ。
……隠す気ゼロ。もう人目を気にしなくなってるな、君。
「いや、そんなに待たなかったよ。音重」
自然な会話?いいや違うな、これは彼女と自分にも嘘をついた男の上っ面だ。
女子とデートなんて行ったことがない。だからボロが出ないよう必死に気持ちを偽る。
「ごめんね、急に誘っちゃって」
「ぜ、全然。 僕なんかでよければ」
音重が彼氏でもない僕をデートに誘った理由。それは来月のライブの前にリフレッシュの水着写真を撮るらしく、男子の意見を聞きたいからだそう。
「ありがとう。それじゃあ、レッツゴーッ!」
「ゴー!」
こうして、僕は周囲の羨望の眼差しをひしひしと肌で受けながら、音重とショッピングモールに向かうのだった。
※ ※ ※
<AM9:55 ネオンシティモール 水着売り場>
多くの人で賑わう施設。その中に設けられた、様々な種類の水着が架けられた一角。
音重に合うような水着を共に吟味していた僕は、ただひたすら心音が収まってほしいと思っていた。
いくら僕でも、水着は海パンしか触れてこなかったし。今更ながら、引き受けたことを後悔していた。
……初めは。
「し……白いフリルのやつとか、どうかな? それか、水色のホルダーネック? とか」
音重は提案された2着を手に取り、それらをじっと見つめる。感心しているのか、引いているのか……まったくわからない。
「……決めた!」
「はい……?」
「どっちの私がいいか、試着して確かめる!」
「はいっ!?」
おいおい嘘だろ、試着するのか……!?
1着目――。
「どうかなっ、この私!」
白いフリルの水着を着た彼女は、不思議なことに落ち着いた上品な印象を与えた。
フリルが余裕を生み出すのだろう。
「似合ってるよ、音重」
着替えている最中、店員さんにお願いして試着室の周りをカーテンで覆ってもらって正解だった。
撮影用の水着試着なんて、タダで見せるわけにはいかない。Rサポート部として。
2着目――
「こっちはどうっ?」
今度は天真爛漫さ全開の、爽やかスタイルだ。
ああ、あるんだな。むね――
「あーっ!今胸あるんだなって思ったでしょ!?」
なにっ!! 何故思考が読まれているっ!?
「いや、そんなことは――」
「もうっ! 白い方にするっ!」
彼女は頬を膨らませながら、大股でレジへと向かっていった。
……やれやれ、僕は開いた口が塞がらなかった。
誰が言ったか、乙女心は真のミステリー。
※ ※ ※
「ん~っ!なんだかんだ付き合ってくれてありがとう、霜凪くん」
「う、うん。役に立ったかわからないけど……」
「霜凪くんがムッツリだったことはわかったけどね!」
「ご、誤解だっ!」
冗談じゃない……! 怪盗ベイルもムッツリさんになるんだぞ、ぶち壊しだ。
そんな会話をしながら音重と歩く中で、僕は不穏な視線を複数感じた。しかも僕らをつけているようだった。
目の端で横に路駐していた車のバックミラーを捉える。鏡に映っていたのは、卑しい目つきで音重を凝視する、3人の男たちの姿だった。
……さて。
「音重、上」
「え?」
「空が青いね」
「あ、うん。青いね……ってそれだけっ!?」
ものすごくしょうもないフリに、彼女は困惑する。
「はははっ、悪い悪い」
「もう」
駅に戻る途中、クレープ屋を通りかかった。
「うまそうだな」
僕の何気ない一言。それを聞いた音重もクレープを見る。
イチゴ、ミカン、チョコ――おしゃれでボリューミーなモノを提供してくれそうだ。
「そうだっ!今日付き合ってくれたお礼に、おごったげる!」
「え、マジ?」
「遠慮しなくていいよ」
「じゃあ、僕ミカンで。ちょっとトイレ行ってくる」
「あ、うん……えっ!?」
驚く音重を他所に、僕はいそいそと駅前のトイレに急いだ。
音重みかん……良くしてくれた礼だ。君に近づく悪意の種は摘んでおこう。
トイレの個室で、僕は計画を実行する。
今回は霜凪トウマとして、一仕事しますか。
次回は11日(日)の18時頃投稿予定です。




