第11話 デートウィズ! 後編――オモテ
<AM10:28 クレープ屋前>
私、音重みかんはずっと緊張していた。
今まで男子と買い物なんて、行ったことが無かったからだ。
男子と遊びに行くことは何度かあったが、いずれも男女3人以上でだった。でも水着を選ぶためとはいえこんな形で、しかも転入早々実現するとは思いもよらなかった。
今並んでいるクレープ屋は人気で、朝だというのにそれなりに待たされた。
それにしても……霜凪くん、遅いなぁ……。
あと2人待ったら順番来ちゃうよ。
ふと、これまで交わした彼との会話を思い返す。
おにぎりから始まった出会い、Rサポート部員の彼との共同活動。
――霜凪くん、話しやすい人だな、と。
彼を誘ったのも、単に接する機会が多かっただけ。
この気持ちは、ただの友情だ。
もし、今日のデートが彼ではなく怪盗ベイルだったのなら、また違った感情になったのかもしれない。しかし、ベイルはRサポート部の中にはいなかった。
――ベイル、どうしてるんだろ
そんなことを考えているうち、遂に私の番が来てしまった。
「みかんと、チョコをそれぞれ1つ」
「はーい」
※ ※ ※
クレープを両手に抱えながら、私は人混みを避けて待っていた。
「もう……霜凪くん遅すぎ。女の子を待たせる男はモテないぞって言ってやりたい!」
そんなことを呟いていた。その時、人影が近づいてくるのが見えた。
噂をすれば……。
「遅いよ、霜凪く――」
……しかし、人影は3人で、霜凪トウマの姿はどこにも無かった。
「え……?」
鼻息を荒くした、無精ひげの男性と、その仲間の2人。
何の用だろう……? あまりいい雰囲気じゃない。
すると、男性がねっとりと口を開く。
「リフレッシュのみかんちゃんだよね? もしかして彼氏待ち?」
3人ともモノを吟味するかのような嫌な目で、私を嘗めるように見つめてくる。
「そっ、そういうわけじゃあ……。わ、私もう行かないと」
この人たちと話すのは良くない。そこからの判断は早く、私は彼らを避けて人混みの方へ抜けようとした。
しかしそのとき、3人のうち一人が急に私の進路をその身で阻んできた。
「きゃっ……!」
「おいおい、俺の服にシミがついたじゃね~かっ!」
何ということだろう……持っていたクレープのチョコシロップが、ぶつかった拍子に付いてしまったのだ。
「ごっ、ごめんなさい……!」
私は必死に頭を下げる。しかし、男たちは私の腕を掴んで裏路地に連れ込んでいった。
「ごめんで済めば警察はいらないんだよっ」
「いやっ、やめてっ……!」
私の力では振りほどくことが出来ない。
「おい、お前はコイツの荷物を漁れ」
「えー、それって……」
男たちは背筋の凍るような、醜悪な笑みを浮かべる。
「そうそう……みかんちゃんには……」
「いや……」
「「おじさんたちに罪を償ってもらおうかっ」」
――そこからは地獄だった。
馬乗りになり、全身を嘗めるように触り、握りながら鼻息を吹きかける。
「……っ」
「おっと誰か呼ぼうとしたら、はずかし~い写真、アップしちゃうよ?」
「さあっ、おじさんたちを満足させ――」
そしてカサカサの唇を押し付けようとした――
何で……何でこうなったの……?
私がアイドルの意識を持ってなかったから……?
悪い人たちがいることに、鈍感だったから……?
いやっ……!!皆に迷惑かけちゃう……!リフレッシュを、私のせいでッ――!
藻掻いても、ビクともしない……。
ああ、誰か……。
霜凪くん……ベイ、ル――
――
「あん……? 何だこの黒いモンは。つーか光って……?」
漁っていた男が身に覚えのない物体を取り出すのが見えた。
「え……」
唇が触れる――その寸前。
黒い物体から、何かが流れ始めた。
『全くもって醜悪だな、貴様らは……。 自分のちっぽけな欲求の為に他者を辱め、その涙を啜る下衆め』
「はっ……!? 何でっ、この声……!!」
男は驚きと恐怖でそれを投げ捨てた。そして、私の元に転がった。
『……その罪深き魂、全力で贖うがいい』
その言葉を最後に、それは機能を停止した。
男たちは困惑と焦燥感で唇をひっこめた。
他が冷や汗を垂らす中、私は“違う”涙を流していた。
この声、ガビガビなのに……聞き覚えがあるっ……!
あるっ……!初めてのライブで聞いたあの声と、彼の声に……!
「はーい、お疲れ様。君たちの一部始終、頂いたよ」
その時、裏路地の陰から足音と共に響く男の声。
「その罪を、贖う時だ」
私たちの前に現れた人――
スマホの録画を見せながら飄々と視線を送る、茶髪の男子高校生。
ううん……っ。
「しも……なぎ、くん……」
私を掴んでいた男たちは乱暴に手を離し、恐怖で青ざめた顔になっていく。
「て、てめええっ……!!とっ盗撮だ!」
「みっ、みかんちゃんの恥ずかしい写真を拡散するぞっ!オラ――」
焦った男が投稿ボタンを押そうとした。
……が、その手にスマホの姿はなかった。
「脅し道具として温めてくれてどうも」
「あっ……!! か、かえせ――」
キレた男は霜凪くんに殴りにかかった。
「……!! ダメッ――」
私は思わず目を逸らしてしまった。しかしその間、信じられないことが起こっていた。
その男が、二の足を踏んでいたのだ。
「……ちびんなよ、オッサン」
霜凪くんとは思えない、冷徹な上目遣い。
影がそれをより深めていた。
「あ……!ああああッッ!」
「次」
残りの二人に鋭すぎる眼光を向ける。
「ひっ――」
「……刑事さん、お願いします」
落ち着いた声に戻る。その言葉と同時に、パトカーの光が裏路地を赤く照らし、複数の警官が瞬く間に3人組を取り押さえた。
――
震えて縮こまる私に、彼がそっと上着を掛けた。
そして、私の顔を見て優しくこう言った。
「遅くなってごめん。もう大丈夫だよ、音重」
「霜凪……くんっ」
私は涙が止まらなかった。
彼をベイルと重ねるほどに――。
※ ※ ※
<AM13:14 渋谷新警察署 待合室>
数々の処理が終わった後、私は部の顧問に迎えに来てもらうことになり、霜凪くんと並んで座っていた。
両親は、二人とも腰痛持ちで中々遠出できない事情もあり、警察の人もそれを踏まえた措置を講じてくれた。
「荷物も、ありがとね。綺麗にしてくれて。 ……あの黒いのも、霜凪くんの?」
「ああ。万が一の為だよ。GPS付小型トランシーバー、役に立ってよかったよ」
霜凪くんの穏やかな言葉に、私は再び感情が込み上げてくる。
「私っ……怖かったっ……! もう私、歌え――」
「音重、聞いて」
震える私の肩を、彼の手が抑えた。
「君は歌える。僕も、リフレッシュも、Rサポート部、スプリガンドのみんなも、怪盗ベイルもそう思ってる。僕たちが、いや僕だけになっても君を守るから」
これまで見せたことのない、熱い彼の姿勢。
ああ……。
私は救われたんだ、今度も彼に。
「あり、がとうっ――」
そこで、張りつめていた私は意識を失った――。
「本当、頑張ったな。強い人だよ、君は……」
――“トウマ”に抱きかかえられながら、迎えが来るまで眠り続けていた。
次回は12日(月)18時頃投稿予定




