第7話 闇夜の取引 チェックメイト――ウラ
「初めまして怪盗ベイルくん、僕は幸津川壱。骨董屋を営むしがない男さ」
俺の取引相手は、黒髪糸目に浮世離れした服装の青年だった。
経験上、このタイプの人物はスペックが高く、胡散臭い。
「聞いておくが、実は辿り着けたのは偶然だったりして?」
すると、幸津川はニヤニヤしながらしゃべり始めた。
「いいや、必然さ。17時31分。時間にしては刻みすぎ、2つの素数。8日後というのも、実行までの間隔が空き過ぎ……」
フッ……そこまでは誰だって気付けるが。
「……“貴殿の挑戦を待っている”。つまりこれは選別だ。聡い者をふるいにかけるための。17と31……現代の怪盗が考えそうな手口はまあ……」
「RSA暗号が妥当かな」
ご名答。しかし、あの短時間でその考えに行きつくとは……!
「公開鍵は?」
「527、41」
ビンゴ。
「どうやってこの場所を?」
「6桁の座標しか記されていなかったら、クロスベアリングの可能性を考えるだろ?それに取引をするのに座標が不完全なんてミスを、キミが犯す可能性は低い。で、起点となるのは東京ニューツリーだってことに賭けてみたのさ」
幸津川が自慢げにロジックを解説し終えた時、ヤツの目が怪しく光る。
「テレビ局がキミの挑戦状の炙り出しに手こずり、10時半頃の発表となった。これまでと明らかに違う形式、筆跡で看破されるリスクを負う必要性……まず一つ、怪盗ベイルは追い詰められている。違うかな?」
まさか、それも看破されるとは。
「外からでは分からないエリアを指定した。ここにある監視カメラも一時的に細工したし、君が尾行されている痕跡もなかった。何も問題ではない」
ヤツの問いには応ずに返す。もしかすると、この男にも関係のあることが、今は違う。
「さて、取引だ。この鏡と引き換えに、こちらの要求を呑んでもらおう」
俺が鏡を差し出すと、幸津川の目が薄っすらと開く。
「ああ、その“グランドレガシー”には興味がないんだ」
それはこの取引を根底から覆す、有り得ない一言。
それにこの男、グランドレガシーの存在まで……!
「何……!?じゃあ、何のためにここに来た!?」
まさかコイツ、俺に差し向けられた刺客……!?
だが、幸津川は引き気味にこう答えた。
「嫌だなもう、そんな目はよしてくれよ。僕はただ、キミ個人に興味があるだけだよ」
「興味……?」
「そう、興味……。だから試させてよ」
月明かりが、幸津川の怪しげな笑みを際立たせる。
何か来る――
俺が銃に手をかけたその瞬間、無数の医療用メスが牙を向いて放たれた。
「聡いことはよく分かったよ!あとは強いやつかどうか次第だよ、取引に応じるのは!」
まるで忍者のように、素早く陰に隠れ、飛び道具を放つ。
だが、メスは秒速約1.6メートル。刃先には毒……。
「甘いな、君は」
俺がそう言ったと同時、無数の凶刃は標的を捕えることなく地に落ちた。
「いや……違う」
そうだ幸津川、俺が撃ち落とした。
幸津川の両目が開かれる。
(ほぼ不意打ちだよ……!?至近距離で放ったのに、全部アレで……!?)
冷や汗を垂らすも、既に銃口はヤツを捉えていた。
「安心しろ、今日は空気弾だ」
俺専用の特殊銃、『デュアルバレット・ジョーカー』。
極細ワイヤー付きアンカーの射出・高速巻取りによる3次元的高機動の補助、そしてリロードの必要のない空気弾+オプションで様々な特殊弾丸を装填できる霜凪トウマの発明品――!
「フィナーレだ、”幸津川壱”」
「カ……ハッ」
躊躇なく弾かれた空気弾に、幸津川は鳩尾をやられてうずくまるのだった。
俺は無傷で佇んでいる。勝負ありだ。
「大丈夫か。ほら、白湯だ」
俺は念の為持っていたペットボトルの白湯を渡す。
「あ、ありがと……」
※ ※ ※
「いやー、悪かったねー。認めるよ、キミのこと」
すっかり元気を取り戻した幸津川が、ニヤニヤしながら謝罪を口にした。
「ほんとに悪気あるか?」
相変わらず胡散臭い男だ……。
呆れていると、ヤツが右手を俺に差し出した。
「僕は、キミと友達になりたい。それが僕の要求だ」
嘘偽りのない真っ直ぐな瞳で、俺を見る。
ちょっと、いやかなり予想外だ。
「いいのか、俺はお尋ね者だぞ?」
だが、のらりくらりとした雰囲気とは裏腹に、この男の意志は固かった。
「キミがいいんだ。僕と話が合う、強くて聡いキミが」
「フッ、参ったな……」
正直、計画に利用できるという考えよりも、友達ができることへの興奮が勝ってしまうとは。
よし……。
「俺の要求は――だ。これからもよろしく、壱」
俺はそう言って、幸津川と固い握手を交わした。
「取引成立。こちらこそよろしくー、ベイルっち!」
「ベ、ベイルっち……?」
な、何はともあれ……俺は幸津川壱という強力なサポーターを手に入れたのだった。
※ ※ ※
<翌日――放課後 アイドル部 練習室にて>
「1,2,3,4!」
「みかん、一歩遅れてる!」
「ご、ごめんなさい!」
さて、オモテの僕に戻った後は部活動だ。
マネージャー、スプリガンドと会議をし、今後のリフレッシュのスケジュールを組んだり、彼女らの動きを分析したり……
「お疲れ、音重!」「サポートありがと、霜凪くん!」
……アイドルとハイタッチをしたり。
なんだろう……サポート部、結構楽しいぞ!?
「俺たちもいい汗かいたな!霜凪、小野寺!」
「うん……!いい感じ……!」
初めは相互不信だった容疑者――もといRサポート部のメンバーとも、活動を共にしていく内に仲良し3人組へと生まれ変わっていった。
ただ、姫矢ツルギとはギスギスした関係が続いていた。
※ ※ ※
そうそう、怪盗ベイルの挑戦状の決行日が来たんだ。日付も記すようにしよう。
<8日後――アンファンス・ピリオド0012年 4月17日 17時14分 アイドル部 部室にて>
「あらら。ペットボトル2L分のストックを切らしちゃったみたい」
アサヒ先輩が困ったなと頭を抱えているのが見えた。
毎度の練習後、リフレッシュやサポート部、スプリガンドの為に飲み物を用意している。
しかし、皆多忙ゆえに買い出しに行くことが出来ていなかったのだ。
……そんな時、助け船ってやつが欲しいだろ?
「僕、買い出し行ってきます!」
僕はここぞとばかり、エコバックを片手に扉へと駆け出した。
「えっ、でも外雨よ……」「汗を洗い流せるんで、そのついでに!」
これ、半分くらい本音です。
ただ、もう半分はというと……
「霜凪、活動中にお前を一人にさせるわけにはいかない。俺も買い出しに行く」
「――!!姫矢、君も!?」
いつの間にか、である。両脇に物騒なモノを差した姫矢ツルギが、僕と雨の中を並走していた。
「どうした、不満か?」
「いや、不満ってわけじゃ……」
フッ……むしろ逆だよ、姫矢。
おっといけない、口角が上がってしまう――いや、ありがたい。雨が僕の顔を隠してくれる……。
お前はもう、嵌ったんだよ……。
RSA暗号に気づくのが遅れた、その瞬間からな。
僕の勝ちだ、姫矢ツルギ……ッ!!




