刑事アズキ 第八話。
東京、大田区。
多摩川の河川敷で全身を殴打されたホームレスの遺体が見つかった。
石田は現場に駆けつけると、深いため息をついて頭を抱えた。
「やれやれ、また河川敷かバカバカしい。河川敷は死体のメッカじゃねぇんだ。」
「石田さん、そう言わず頑張りましょう。」
アズキは捨てられた雑巾のようにボロボロの遺体に手を合わせた。
そして、遺体に鼻を近づけ、匂いを嗅ぎ始めた。
独特の酸っぱい匂いがアズキの鼻を貫く————
アズキはホームレスの記憶の海にダイブした。
————「やめてくれ。」
「お願いだ、助けてくれ……。」————
アズキはダイブが終わると、首を横に振り無言で遺体を見つめた。
石田が心配そうにアズキに声をかけた。
「どうした、アズキ。大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です。ただ、これ以上は見えないの……。」
石田はアズキに近づくと、そっと肩に手を回し、遺体を見つめるアズキの横顔を覗いた。
「そうか、ここからは俺に任せろ。」
「どうするんですか?」
アズキは石田の顔を見つめた。
「刑事らしく、聞き込みでもするさ。」
石田はそう言うと、シルバーのクラウンへ歩き始めた。
警視庁、特殊能力課。
壁の時計の針が4時57分を指している。
石田が両手を頭の上に乗せると、アズキに声をかけた。
「アズキ、今日は上がっていいぞ。」
「まだ、早いです。頑張れます。」
強がるアズキを見て田村が話した。
「一ノ瀬、今日は帰って休め。これは、命令だ。」
アズキは不満げな顔をすると、ネイビーのロングコートを羽織り、特殊能力課を後にした。
アズキが東京メトロ、霞が関駅で振り向くと、西日に照らされオレンジ色に染まった警視庁が見えた。
警視庁、十三階。
石田は鑑識課のある警視庁、十三階の廊下を歩くと足跡係の部屋の前で足を止めた。
ポケットから警察手帳を取り出すと、ドアの横のカードリーダーに警察手帳をかざした。
すると、ピッという音と共にドアのロックが解除された。
「失礼するよ、新しい証拠が見つかったって聞いたんだが……。」
「それなら、こちらです。」
眼鏡をかけた足跡係の男性が振り返り、石田を見つけると手を上げた。
石田が足跡係の側に寄ると、足跡係の男性がテーブルに写真を広げ始めた。
「これを見て下さい。遺体に付着した複数の足跡から面白い物を見つけました。」
「面白い物?どれだ?」
石田はテーブルの上に広げられた写真を覗き込んだ。
「この足跡、日本に数足しかないレアなスニーカーの物だとわかりました。これです、このロゴが逆さのです。」
「なるほど、ロゴが逆さねぇ……。」
石田は顎に手を当て考え込むと、足跡係の男性に感謝し部屋を後にした。
翌日、石田はアズキと共に、多摩川の河川敷でホームレス達に聞き込みをしていた。
石田が白い髭のホームレスに写真を見せる。
「なぁ、あんた。こんなロゴが逆さになった靴を履いた奴を見なかったか?」
「知らねぇな。」
白い髭のホームレスが連れなく首を横に振った。
その時、近くにいた青いニット帽を被ったホームレスが写真を覗き込み石田に話しかけた。
「こいつなら……。」
その様子を見ていたアズキがホームレスに近づいた。
アズキの鼻にカビと酸化した皮脂の匂いが飛び込んだ————
驚いた表情のアズキに石田が声をかける。
「どうした、アズキ。大丈夫か?」
「見えました。見えたんです。」
そう言うと、アズキはビジョンを語り始めた。
————「どうします、橘さん。」
「東龍会を舐めやがって……。」
「俺は、白龍会じゃ……。ただの、小銭稼ぎ……。」
「殺っちまえ。」
「動画も撮れよ。」
「お願いだ、助けてくれ……。」————
アズキはビジョンを語り終えると両手の拳を力いっぱい握り締めた。
「卑劣な……。」
「よくやった、アズキ。もう、十分だ。」
石田はアズキの肩を抱くと、河川敷の側の車へと向かった。
警視庁、取り調べ室。
ネイビーのダウンコートに逆さまのロゴの入ったスニーカー。
今風の大学生といった感じの男性が腕を組み、椅子に座っていた。
石田とアズキが部屋に入ると、石田が男性に写真を見せた。
「橘さんだね、この遺体に見覚えは?」
「……知らねぇな。」
ふて腐れたように顔を横に向ける橘にアズキが詰め寄りスマホを見せた。
橘の顔が引きつった。
「これが、証拠です。私、鼻が効くんです!!」
スマホにはホームレスをリンチする動画が映っていた。
橘は動画を見るとうなだれた。
二月十日、犯人逮捕。
石田はいつもの行きつけの居酒屋にいた。
「しかし、珍しいな。アズキから飲みに行こうだなんて。」
「飲みたい気分なんですよ、石田さん。」
ジョッキを片手にビールを飲むアズキを見ると石田は口を開いた。
「しかし、殺人の動画を上げるなんて、最近の若い奴のすることはわからんもんだ。」
アズキがふくれっ面で石田を睨んだ。
「私も、そのZ世代なんですけど~。」
石田は黙って人差し指で顔をかくと苦笑いした。
刑事アズキ。 第八話。 終わり。




