刑事アズキ 第二話。
半年前の夏————
ジリジリとアブラゼミが鳴く声と、上空を飛ぶ航空機のエンジン音が鳴り響く。
蒸し暑い東京、大田区の倉庫。
左胸から血を流し、仰向けに倒れた中年男性の遺体が見つかった。
死後数日経過し、大量に流れた血が赤黒く乾ききっていた。
「田村課長、遅れました。すんません。」
白いワイシャツにボサボサ頭の若い男が、関西弁で田村に話しかけた。
すると、後ろの長い髪にウェーブがかかった若い女性が申し訳なさそうに頭を下げた。
「式の準備で遅れました、ごめんなさい。」
「中島に早川。そうか、お前ら結婚するんだったな。」
眼鏡をかけた田村が二人に話した。
中島が田村に聞く。
「田村課長、被害者は?」
「ガイシャは本庁組織犯罪課の刑事。私と同期で優秀な奴だった。」
そう言うと、田村は唇を噛み締めた。
遺体の横で膝に手をかけ、しゃがみ込んでいた中島が、頭をボリボリ掻くと、後ろの田村を見上げた。
「ということは東龍会関連ですか?最近、うちら本庁も取り締まりを強化してますし。」
「わからん。」
田村はチラリと早川に目をやった。
田村は早川に聞いた。
「早川、私、本庁特殊能力課課長ではなく、一人の人間として頼めるか?」
早川は頷くと、遺体に近づいた。
「わかりました、触ってみます。」
早川は遺体に手を伸ばし、暗い記憶の海へダイブした。
遺体に触れると、早川はベタベタした夏特有の湿気を感じた。
——ーー「アブラ……ゼミの声。」
「エンジンの音……。」
「止めろ!!撃つな!!と叫ぶ刑事。」————
フラフラと鼻血を流しながら、ビジョンを語る早川。
「大丈夫か?」
早川を心配する中島。
「まだ、潜れます。」
早川はハンカチで鼻を拭った。
早川を止めようとする中島。
「今日はもう無理や、フラフラやないか。もう、止めとけ。」
田村が早川を見ると、冷たく突き放すように言った。
「やってくれ。」
再びダイブする早川。
深く、深く、早川が潜る。
薄暗い海の底。
——ーー「銃が見えます。」
「銃声が……。」————
突如、バタンと鼻血を流し、早川が倒れた。
中島は慌てて、早川に駆け寄った。
「医者や、医者。誰か、はよ、医者呼んでくれ!!」
中島の悲痛な叫びが、蒸し暑い倉庫で無慈悲に響いた。
大田総合病院、ERの前。
中島はうつむきながら、ボサボサの頭を抱え、赤茶色の長い椅子に腰掛けていた。
バタンと音がすると、ERの扉が開いた。
中から三十代の若い男性医師が、首を横に振りながらERから出て来た。
中島は男性医師に詰め寄った。
「先生、早川は……早川は、どうなったんですか?」
「手は尽くしましたが……残念です。」
男性医師は視線を落とし、苦渋の表情で中島に早川の死を告げた。
中島は気が動転し頭を抱えた。
「嘘やろ……なんでや?式は……式はどうなるねん?」
中島は横にいた田村の胸ぐらをつかみ、感情をぶつけた。
「あんたのせいや!!あんたが殺したんや!!」
田村が冷たく返事した。
「中島、彼女は殉職だ。」
中島は顔を手で押さえると、膝から崩れ落ちた。
本庁、特殊能力課。
中島がいたであろうデスクには辞表があった。
田村は無言で辞表を手に取ると、一人静かに見つめた。
その時、田村を呼ぶ声がした。
「失礼します。田村課長に資料お持ちしました。」
女性の事務員が『極秘』と書かれた茶封筒を田村に渡した。
田村がデスクに戻り、ガサゴソと茶封筒を開くと、中の資料をデスクに広げた。
そこには、アズキの資料が入れられていた。
刑事アズキ。 第二話。 終わり。




