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3 招かざる記憶

扉の向こうには、楽しみにしていた両親との朝食が待っているはずだ。

重くのしかかる前世の記憶を一時でも忘れようと、努めて平静を装い部屋に入る。

そこには既に、侯爵であるお父様と、その傍らにお母様の姿があった。

お父様は1番奥の席に威厳を持って座り、お母様は優雅に微笑んでいる。


「おはようございます。お父様、お母様。」


礼を尽くし、できる限りの笑顔で挨拶をする。

両親もまた、穏やかな笑顔を返してくれた。

その変わらない日常の光景に、ほんの少しだけ心が安らぐ。


「おはよう、ヴィオレッタ。さあ、席に着きなさい」

「はい、お父様」


お父様に促されてお母様の対面の席へと腰を下ろす。

私が着席するやいなや、侍女たちが料理を運び始めた。

目の前に次々と並べられていく彩り豊かな料理と、部屋を満たす芳しい香りが、食欲を刺激する。


「もうすぐヴィオレッタの誕生日だな。何か欲しいものはあるかい?」


不意にお父様から尋ねられ、自分の誕生日が間近に迫っていたことを思い出した。

数日前までは指折り数えるほど楽しみにしていたはずなのに、あの記憶が蘇った衝撃ですっかり頭から抜け落ちていた。

以前の私なら、あれもこれもと目を輝かせてねだっただろう。

しかし、今の私はそんな気にはなれなかった。

軽率な言動は避けなければいけない。


「お父様からいただけるなら何だって嬉しいですわ」


できるだけ無難にそう答える。

いつもと違う私の反応に、お父様は僅かに驚いた表情を見せたが、そんなこともあるだろうと納得したのかすぐにいつもの落ち着いた気品あふれる表情に戻った。


「そうか、今年も例年通りパーティーを催す予定だ。呼びたい友人がいるなら、リストをまとめておきなさい」

「はい、ありがとうございます。」


いつもパーティーでは何人か交流のあった友人を呼ぶようにしている。

友人といっても何度かパーティーで顔を合わせたり、お茶会で少し言葉を交わした程度の方々だ。

それでも互いの誕生日パーティーに招待し合うのが慣例となっているため、私も招待しなければならない。


今年も数人呼ぼうと友人たちの顔を思い浮かべていた、その時だった。


「それと、ヴィオレッタに教師をつけようと思っている。」


お父様の言葉で思考が現実に引き戻される。


「え?教師ですか?」

「あぁ、もう教師をつけても良い年だろう。幸い、ちょうど引き受けてくださる方も見つかってな。非常に優秀な方だからきっと素晴らしい学びを得ることができるだろう。」


私の知らない間にどうやらすでにお父様が教師を探していたようだ。

確かにこの国では、貴族に教師がつく年齢として6歳はおかしな年齢ではない。

もはや、適切な時期だと言えるだろう。


これまで静かにお父様の話を聞いたお母様も興味を持ったようで「まぁ、どなたですの?」と話しかけている。


「君も知っている方だよ。以前、1度お会いしただろう?」

「あぁ、あの方ですね!それは素晴らしいですわ!とても聡明で素敵な方ですからしっかり学ぶのですよ、ヴィオレッタ。」


どうやら両親は教師としてついて下さる方と面識があるようで、私の教師としてついてもらえることをとても嬉しく感じているようだ。

私は『あの方』がどなたなのか全くわからないため、とりあえずお母様からの言葉に「はい、お母様。」と返事をした。




侯爵であるお父様が誰かに敬意を示したり、優秀な方だと称賛したりすることは滅多にないため、すごい方なのだろうということは伺えた。


今後、交流も増えていくためしっかり学ぼうと意気込んだ、その瞬間───


「今度、王宮に行く際に王子殿下と会わせる予定だから励みなさい。」


お父様がなんでもない事のように告げた言葉が、冷たい刃のように私の胸を刺した。




(・・・王子、殿下?)



今、お父様は王子殿下と、おっしゃったの・・・?




驚きのあまり、声が出ない。


王子殿下は今年7歳、私と1つしか変わらないにも関わらず、頭脳明晰で保有する魔力量も規格外であり、加えて非常に優秀な方であると聞く。

まさに完璧な王子。


以前の私ならば、きっと天にも昇る気持ちでその日を待ちわびただろう。

しかし、今の私にとって王子殿下との交流は一種の爆弾を抱えるようなものだ。




もし、万が一にも、王子殿下ほどの影響力を持っている方の不興を買えば・・・あの記憶にあるような結末が再び私を襲うかもしれない。

我が家は侯爵家であるから、王子殿下もそこまで無下にはできないだろうが、王子殿下と個人的に交流するということは、すなわち『婚約者候補』として見られるということだ。



婚約者候補は危険すぎる。

これまで何度か参加したお茶会でも、令嬢たちが王子殿下の婚約者候補になることを夢見るように語っていた。

その憧れが、やがて嫉妬や羨望に変わり、どれほど恐ろしい事態を引き起こすか・・・私は、知っている。



あの時だって───





(・・・あの時?)





不意に、自分の中に湧き上がった言葉に、思考が凍りつく。

『あの時』とは、一体いつのことなのだろうか。

前世の記憶は、断片的で、霧がかかったように不明瞭な部分が多い。


私が忘れている、あるいはまだ知らない『何か』を再び呼び覚まそうとしているのだろうか?


背筋を、冷たいものが走り抜けた。


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