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4 王子殿下とのお茶会

シルヴァン先生に教わり始めてから二週間が経った。

お父様が絶賛していた通り、先生は驚くほど博識で、歴史学、哲学、芸術、そして魔法学に至るまで、あらゆる分野に深い造詣をお持ちだった。

1つの事柄を多角的に語ってくださる授業は、知的好奇心を刺激され、時間が経つのを忘れるほど夢中になれた。

両親があれほど嬉しそうにしていた理由が、今なら痛いほどわかる。

美しい容姿に、お父様曰く魔法までお使いになるというのだから驚きである。


この国において、魔法の才を持つ者は稀有な存在であり、その力がどれほど貴重なものなのか、ある程度は理解しているつもりだ。

魔法を使える者はその出自に関わらず、貴族が通う学園で学ぶ権利が与えられる。

しかし、魔法を使える者はそのほとんどが貴族の家系であり、平民から魔法と使える者が現れたことはこれまで数えるほどしかなかった。


そんななか、シルヴァン先生は貴族の生まれではないにも関わらず、数々の功績を称えられ、伯爵位を授かっている。

エピステーメ侯爵家も魔法を使える者が多く生まれる家系であることから、侯爵家の中でも高い地位にある。

魔法の発現時期は人によって異なり、その多くは15歳の頃までには発現している。

私も家系的には魔法を使える可能性があるため、お父様は魔法にも精通しているシルヴァン先生に家庭教師を頼んだのだろう。


「そういえば、明日は殿下とお会いになるとおっしゃっていましたね。」


普段通り授業を終えると、シルヴァン先生が穏やかな声で尋ねてきた。


「はい、そうなのです。殿下とお話が合えば良いのですが」

「不安ですか?」


優しい眼差しに射貫かれ、私は素直に頷いた。


「えぇ、殿下は大変優秀な方だと聞き及んでおりますから」

「大丈夫ですよ」


先生は安心させるように微笑む。


「これまで良く学んでおられますし、同世代の方々と比べてもエピステーメ嬢は非常に優秀ですよ。」

「そうでしょうか…」


シルヴァン先生から評価してもらえると他の誰から評価されるよりも、心の奥がじんわりと温かくなるのを感じる。

こんなにも優秀な方から認めてもらえるなんて、たとえ社交辞令だったとしても、その言葉は私にとって何よりの励みだった。

喜びを隠しきれず、自然と口角が上がってしまう。

そんな私に、先生は追い打ちをかけるように言葉を続けた。


「はい。ですから、あまり緊張なさらずに普段通りにお話しなされればエピステーメ嬢の魅力がきっと伝わりますよ。無理に飾らなくても、エピステーメ嬢は十分に素敵ですから」


もしここが社交界であったなら、今の言葉と微笑みだけで、卒倒するご令嬢が続出しただろう。

かく言う私も頬に熱が集まっているのを感じる。

シルヴァン先生は、時としてあまりにも目に毒だ。

私は消え入りそうな声で「ありがとうございます」と言うのが精一杯だった。



殿下とのお茶会当日。

王城まではお父様が同伴して下さるとのこと。

挨拶までしか一緒には居られないとのことなので、それまでに心を落ち着けさせなければいけない。


馬車での移動中。

窓の外で流れる景色に意識を向けて心を鎮めようとしたが、結局鎮めることは叶わなかった。


王城は荘厳という言葉が似あう迫力ある城だった。

壁に掛けられた見事な絵画。

繊細な彫刻が施された柱。

王城の侍女に案内してもらいながら中庭へ続く廊下を進む間も、その壮麗さに目を奪われていた。

やがて、辿り着いたのは緑に囲まれた白い東屋のある中庭。

まるで、私たちの到着を見計らったように、東屋から1人の少年が歩み寄ってきた。

陽光を受けてきらめく、雪のような白髪。


「よく来てくれた、エピステーメ侯爵。」


凛とした、優しい声。


「お目にかかれて光栄です、殿下。私の娘、ヴィオレッタでございます。」


お父様の紹介に合わせ、私は練習通りに優雅なカーテシーを捧げる。


「よろしく、エピステーメ嬢。」


王子殿下のその言葉に促されて顔を上げると、澄んだ藍色の瞳と目が合う。

雪のように白い肌、整いすぎた顔立ち。

現実味のない、どこか儚さをも感じるその見た目に幻でも見ているような感覚に陥る。


噂では聞いていたが、本当に言葉を失うほど美しい方だ。

まるで芸術品を見ているような気持ちになっていると「それでは、私はこれで失礼させていただきます」というお父様の声で我に返る。

殿下が応じると、お父様は静かに退出していった。

残されたのは、私と殿下だけ。


殿下は洗練された所作でこちらに手を差し伸べ、「エスコートしても?」とほほ笑んだ。

その微笑みに再び心臓が跳ねるのを感じながら、私はそっと頷き、差し出された手を取る。

殿下に導かれるまま、東屋へと歩き始めた。


私が席に着いたのを確認してから、殿下も椅子に腰を下ろす。

こうして、私と王子殿下だけのお茶会が始まった。


「王城まで呼び立ててすまない。ここまでの道のりで疲れてはいないかい?」


どこまでも優しい気遣いの言葉。

しかし、その完璧すぎる美貌にまだ目が慣れていない私は、まともに顔を見ることすら躊躇われる。


「ご心配下さりありがとうございます。殿下にお会いできると思うと、ここまでの道のりも楽しく感じましたわ。」


なんとか、当たり障りのない返事を紡ぐ。


「そうかい?それは嬉しいな。」


常に柔和な表情を絶やさない殿下に、私の緊張はなかなか解けない。

そんな私の状況など全く知らない殿下は、悪戯っぽく目を細め、まるで秘密を打ち明けるかのように話し始めた。


「実は、私は同世代とこうしてゆっくり交流する機会があまりなくてね。君とも話してみたいと思っていたんだ。」


真っ直ぐに私の目を見て、そんなことを言われるものだから落ち着く暇がない。

流石にずっとこのままだと私の心臓が持たないため、できるだけ余裕があると見せながら、当たり障りのない言葉を探すことで、乱れる思考を無理やり落ち着かせようとした。


「そうなのですか?お会いできる機会をいただけて嬉しいですわ。」


私の言葉に、殿下は言葉の代わりに優しく微笑んで応え、侍従に目で合図を送った。

すぐに、お菓子の乗った皿を持った侍女たちが現れる。


「今日はエピステーメ侯爵に事前に聞いて、君の好物を揃えさせたんだ。遠慮なく、好きなだけ食べてくれ。」


促されるままにお菓子に目を向けると、そこに並べられたすべてのお菓子に苺が使われていることに気が付いた。

苺が大好物な私はあまりにも嬉しくて先ほどまでの緊張も忘れて満面の笑みで「まぁ!ありがとうございます!」と感謝を伝えた。


先ほどまでとは違い好物を前にもれる笑みを隠せていない私を見て、殿下は楽しそうに問いかける。


「君は苺が好きなのかい?」

「はい、この甘酸っぱい味が好きなのです。こんなに素敵なものばかりご用意くださってありがとうございます!」

「いいえ。喜んでくれたようで、私も嬉しいよ」


私がお菓子を食べている間も、殿下は私の会話のペースに合わせつつ、巧みに会話を繋いでくださった。


「君は普段何をして過ごしているんだい?」

「私は歴史学や芸術、魔法学などを学びつつ、合間に手芸などをして過ごしておりますわ。」


お菓子に夢中になってはいたものの、当たり障りのない返答を心がけることは忘れていなかった。

他のご令嬢方と同じような、模範的な返答になるように・・・手芸なんて、ほとんどしてないのだけれど。


「へー、様々な分野の学問を学んでいるんだね。」


「はい、お父様が家庭教師を見つけて下さったおかげですわ。」


実際、本当にお父様が頼んでくださったシルヴァン先生が教えるのがとてもお上手なおかげで、いろいろな学問を学べているのよねと改めてお父様とシルヴァン先生に感謝した。


殿下は私が様々な学問を学んでいることに興味を持たれたようで、話題は自然と学問の難しさへと移っていった。


「それだけの学問を学ぶとなるとそれぞれの家庭教師から学ぶことになるだろうし、大変ではないかい?」

「そうですね。様々な学問を学ぶことは容易ではありませんけれど、幸いなことに、私は御1人から教わっておりますので、複数の指導法があるという苦労はございませんわ。」

「おや?そうなのかい?もしや、その家庭教師というのは…シルヴァン伯爵ではないかい?」

「えぇ…!そうですわ!」


まさか殿下に言い当てあれるとは思わず、驚きのあまり声が大きくなってしまった。

なぜ殿下がシルヴァン先生だとお分かりになったのか見当がつかなかった私は納得がいったという様な表情をしている殿下をただ眺めることしかできなかった。


「なるほど、道理で君とは話が合うような気がしていたわけだ。」

「と、仰いますと…?」

「実は、私もシルヴァン伯爵に指導してもらっているんだ」

「えっ!?そうなんですの?!」


今日1番の驚きだった。

まさか殿下もシルヴァン先生の指導を受けていらっしゃるなんて!


「あぁ、シルヴァン伯爵ほど優秀な家庭教師はこの国にはそう居ないからね。」


殿下の言葉に確かにそうだわと心の中で同意しつつ、「まぁ!私はとても恵まれておりましたのね。」と自身の思ったままの言葉を口に出した。

殿下は「そのようだね」とほほ笑みながら紅茶の入ったカップに手を伸ばした。

その時の殿下の笑みが、同意とは違う笑みを含んでいることに、その時の私は全く気づかなかった。


シルヴァン先生という予期せぬ共通点が見つかったおかげか、その後は驚くほど自然に、普段通りの自分で話すことが出来た。

殿下の知性や気遣いに感心しながら、お茶会は和やかに進み、大きな問題もなく無事に終わった。


すごく楽しかったわと帰りの馬車に揺られながら思っていた私は、この後自分の行いを後悔することになるとは全く思っていなかった。


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