お姫様は刺激がお好き
私の家には開かずの間がありました。
家は旧家でした。
きぃきぃと廊下の板を歩くたびに鳴りますし、未だに行ったことがない場所もありました。
暗がりが苦手だという私の性格もありましたが、どうにもお屋敷の雰囲気がいただけませんでした。
かくれんぼをした時には、すぐに見つかる場所に隠れていましたし、鬼を率先して引き受けず、いつも遠めに遊んでいる子らを見ていました。
畳が続く奥間。灯りが照らされる夜。電気を吹き消すその瞬間まで気が気でなかったです。
そんな私の耳にある噂が伝わるようになったのは、私が成人し、そろそろ誰か婿養子に嫁いでくださらないか、という両親の圧が強くなった時でした。
こんな古ぼけた家に誰も嫁いではくれないでしょう、と私はひねくれていました。
そう申しますのも、この家はもうとっくの昔に繁栄はしおれていますし、時代外れ甚だしい息苦しい着物を未だに着せられるからです。
お付きの人を雇うお金もないのに、見栄をはって最低二三人を雇っていました。そのお付きも先日やめていきました。
そのお付きの方が最後に言ったのです。
「地下の襖を開けてはなりません」
真意がわかりかねる言葉でした。
私のお屋敷には、離れに地下に通じる階段がありました。そこはてっきり倉庫に使われているものだと思っていましたが、お付きの者達のお話ではどうやら違うようでした。
周囲の結婚の期待のまなざしや、お家の惨めな存続意思に耐えかねた私の心の矛先は、地下に向けられました。
いわゆる開かずの間だとされた場所です。開けてはならない、としか私には言われていませんでした。私の暗所の恐怖心を思ってのことだったのでしょうが、それもいただけません。
両親が外出した時を見計らい、私は地下に足を運び、意を決しふすまを開けました。
そこには座敷牢がありました。
暗所を避けるため、持った懐中電灯が木の格子を照らしますと、古ぼけた木は黒ずんでいて、やせ細っているのが見えました。座敷牢の向こうには大量の人骨があり、その現実的ではない雰囲気に面を食らいました。
「あら? ようやくこの長い生活が終わるの?」
ふと、暗闇から声がしました。
ひゃぁっと思わず声が洩れます。懐中電灯をそちらに向けました。
よくわかりませんが、お化けのような白い何かがそこにはいました。
しかし、この世にお化けなんてありえません。薄目を開けて、お化けを確認します。
「長い長いこの生活も楽しかったのになあ」
物憂げな声を絞り出すその『人』に息をのみました。
白髪のウェーブがかかった長い髪の毛に、蒼の瞳をした『彼女』は物憂げに私を見つめていました。
彼女の表情は、ほんのりもったいなさそうに、それでいて悲しそうにしおらせ、座敷牢の隅に無数の骸骨とともにちょこんと座っていました。
「あなた、ここで何をしてるの?」
懐中電灯で彼女を照らすと、彼女の白髪がきらきらと輝いて見えました。
周囲の骸骨で怖いはずなのに、暗所で恐怖を感じていないはずがないのに、私は彼女を見ることで自分の感情が安らいでいるのを感じていました。
「なにって……」
彼女は、こてんと頭を傾げます。
「あれ? なんだっけ。長いこと閉じ込められて、忘れちゃった」
と、笑うと思うと、彼女はどんどん表情を凍らせていきました。不気味にも、人と出会えたことに歓喜してそうには見えません。
「なんで、そんな……えっと、あなたは、そんなに悲しそうなの?」
「当り前じゃない」
彼女は立ち上がり、牢の外にいる私の近くまで来ました。
その背の大きさを見るに、あまり高くありませんでした。
むしろ、子供というべき背で、ますますこんな小さな子供を座敷牢に閉じ込めておく意味が分かりません。
「あなたは今度の処刑人?」
私をつぶらな目でじっと物欲しそうに見つめました。
「どういう」ことだろう。
言い切ろうとしたその瞬間。
ーー座敷牢から手が伸びます。私の首をぎゅっと握ります。その瞬間手に持っていた懐中電灯が落ちました。
「処刑人じゃなきゃ、ここに来ないでほしかったなあ。長時間放置されるという刺激、痛み、すべて意味なくなったじゃない」
「刺、激?」
「私の痛み」
首が閉まっていきます。
「私の刺激、私の放置、私の痛み」
目に涙がたまっていき、蒼い透き通った瞳が濁っていくのが見て取れました。
「長時間放置されるという何とも言えない刺激がたまらなかったのに、あなたみたいなどうでもいい人が来るなんて、聞いてない」
息をするため彼女の腕を払いました。すると彼女の腕はいとも簡単に音をたてて折れてしまいました。
私は、背後に体をのけぞらせて、座敷牢から距離をとります。
折れた腕は座敷牢に引っ込でんでいきました。
せきをたてました。
「やるじゃない。それぐらいしてくれなきゃね」
先ほどとは打って変わって、彼女の声色は跳ねるような陽気な色に変わっていました。
どうにもとらえられない彼女の性格にたじろいでします。
湿りきった地下の空気に、深い深い呼吸をします。私のため息が混じりました。
まだ、彼女は続けます。
浅黒い格子に彼女は折れた腕を押し付けたのです。まるで私に見てほしいといったように、執拗なまでに音を鳴らしました。あまりの痛い音に私は顔をしかめて彼女を睨みつけました。
「そう、こっち見て。痛みを感じて」彼女は私に告げているのかわからない声でぶつぶつと呟いています。「これが、私のいう刺激」
ふふふと彼女は心の底から笑っていました。
「これが、私の喜び」
あははは、と今度は豪快に笑います。けたたましく狭い座敷牢の中で響きわたる彼女の笑い声に私は不気味さを覚え、体が震えました。
まるで彼女が魔女のようなおぞましい者のように見えたのです。
あはは、あはは、と何度も笑い声が反響しました。
と、その時事切れたかのようにぐったりと彼女はその場に崩れました。もともと柔い体でやせ細っていたので、弱っていたのでしょう。それが今の骨折が致命傷となり、亡くなったのかもしれません。
やはり、私にはどうにもできません。その時は彼女の正体、彼女がどこからきて、どうしてここにいるのかわかりませんでしたので、すぐにこの地下から私は去っていきました。
その後、私の住んでいたお屋敷は売り払われ、あの地下のことを知るものはいなくなりました。
あとから両親に聞きましたが、昔先祖様がある妖怪と契約したそうです。
「私を奉りなさい。一年に一人、生贄を捧げるのです。そうすれば、あなたの家を繁盛させてあげますよ」と。
それから、奉ったのですがその妖怪がどこかへ出かけ人目につくのを恐れた先祖様は座敷牢に妖怪を閉じ込めました。
毎年一人、生贄に捧げて。
閉じ込めて奉り、家は繁盛しました。しかし、その繁栄も長くは続きませんでした。
やはり何百年となると効力が切れるのか、家は困窮の一途をたどったのです。
怒った先祖様は、妖怪を煮たり焼いたり、切ったりしましたが、妖怪は滅びず、逆に恐れを買い、生贄の量を増やすことを要求しました。
妖怪はその生贄をどう使っていたのか、ちらりと妖怪を見た当時のお付きさんは、きっと食べてしまったのだろうと推測しました。それが少女の傍らにあった骸骨の正体だと。
ここ数年は、少女のことを無視をして放置をしていました。
今は家ごと売り払い、妖怪の少女とは縁が切れ、私の家はつきものが晴れたように中級階級の庶民に戻り、私への圧力もなくなりました。
お付きの方とは、今もたまに会ってます。良い友達として。
そして、自分の選んだ方と付き合わせてもらっています。両親も容認しています。
しかし、ふとあの時出会ったあの妖怪である少女を思い出すのです。
もしかしたら、あの恐怖を思い出すのが怖くて今付き合っている方に逃げているだけではないか、と。あの恐怖から逃れるために、私は一人を選ばず、夜のような暗所を一人で暮らしたくなくて、付き合っているだけなのではないか、と。
確かに、そうかもしれません。
それが妖怪を見捨てた私達家族の呪いなのかもしれません。
ですが、考えたって仕方ありません。あの少女の本当の意図も正体も、結局のところ何もわからずじまいなのですから。ここで終わり、と区切りをつける他ありません。
あの美しくおぞましい少女は、約束した家とは縁が切れ今も一人寂しくあの座敷牢にいるのでしょうか。腕も折れたままで。銀のたおやかな髪をなびかせ、傍らの骸骨の相手でもしているのでしょうか。
いえ、あの時死んだのをこの目で見たのですから、もうあの座敷牢の中の骸骨のように成り果てているのでしょう。
あの少女の分も私は元気よく生きなければなりません。
私は……今、とても元気に日常を過ごしています。




