The Princess In Cage.
暗がりに潜む者達の相手をするのが私の仕事だった。
一つへまをすれば、私はその闇にとらわれてしまう。この仕事はそんな不安が常に付きまとった。
友人が闇に手を引かれ、首を吊ったこともある。それをこの目で見たことも、気が触れてしまい狂ってしまった上司も、新人も見たことがある。
では、私の仕事とは何か。それを説明するにはまず、この仕事に必要なものを説明しなければならない。
いるのは、覚悟だ。
人を手にかける覚悟。銃を手に取り、他人のこめかみにつきつけ、引き金を引ける覚悟。首に縄をかけた男を前にして、首をつる仕掛けのスイッチを踏み込む、そういった覚悟だ。
その技能はいつ使われるのかと言われれば、処刑するときと答える。
そう、私は処刑人。
ばっさりと人の命を奪うことの許された闇のような暗いものが付きまとった悲しき住人といったところか。
今日の仕事は、そうした一つだ。どういったわけか、何人もの処刑人にたらいまわしにされ、最後に私のもとまで回ってきた相手だそうだ。
処刑人のたらいまわし、となんとも珍しい事柄だ。つまりは訳あり物件で、処刑人が嫌がる何かがその受刑者にはあるのだろう。珍しい相手を受け持つことになった。
受刑者のもとへ行く前にやることといったら今日の体の状態を感じることだ。
斧に手を伸ばし、何回かその場で振り回す。
悪くはなかった。
だが念には念を入れて、処刑できやすい拳銃を手に取った。
今日の仕事は、きちんとこなさなければならない。
気持ちに活をいれ、私は処刑人の控室からその受刑者が待つ部屋へと歩き出した。
じめじめした通路は、まるで死霊がいるかと思うほど暗く陰っている。通路わきにある、せめてもの明かりである鉄格子がはめられた窓は今日はその機能を果たさず、外の曇り空をのぞかせている。憂鬱になる風景を眺めていると、案外早くに今日の相手の檻に着いた。
すると、そこにはまだ年端もいかない少女がみすぼらしい木の椅子に座っているではないか。
私は、目を疑いもう一度少女を見た。
やはり少女の姿は変わらなかった。
腰まで伸びたきらびやかな銀髪に、透き通るような薄い青の瞳。長いまつ毛はぱちぱちと数回瞬きすると蝶が羽ばたいたかのように揺れた。整った鼻筋。紅を引いたかのような赤い唇に、死人のように白い肌は魔女を思い起こさせ、自然と身震いを起こした。
ここの刑務所は特殊で最後の最後は受刑者に服を選ばせる。たいていはどうでもいいのか、いつもの作業着姿だが、少女は違った。葬式用のドレスを着ていたのだ。黒のベールを飾り、レースが編み込まれた手袋で両手を強く握って祈っている。
ややもすれば、この少女はおどろおどろしげで魔女ととらえられるが少女だけを見つめると、まるでどこかの国のお姫様のように見えるだろう。
これがあのたらいまわしにされた問題児だと到底思えなかった。
「againだな」
驚きのあまり普段はしない本人確認を行った。
「ええ」と少女はうなづいた。
銀髪が薄く小さな灯りを放っているかのように思えた。
「あなたが今日私を死なせてくれるの?」
「も、もちろんだ」
少女は私の感情をくみ取るとけらけら笑った。
少女を横目に、私は銃殺に使う拳銃を握りしめ、檻の中に入る。彼女は、全くおくびにもせず、悠々とそのさまを見ていた。
諦め、ともまた違う。一種の面倒くささが見えた。投げやりにぼんやりと檻の外の窓を見るそれと変わらない。しばらくして少女はそのまま目を閉じた。
子供を殺すという良心が痛むものの、気持ちを押さえつけ、銃口を少女のこめかみに押し付ける。
まったく抵抗もしない。これがまだ暴れるのなら、たらいまわしにされた意味も分かったのだが、何となく不気味だった。
そんな不気味や不安なんか早く終わらせたかった。
一呼吸入れて、引き金を引く。
途端、少女の柔肌には真っ赤な花が咲く。頭から体は吹き飛ぶ。体が椅子から崩れる。力なく放り出される体を見てふう、とため息をついた。
痛みが目の前を過り、瞬きを数回する。
これで帰れる。いつもの処刑を淡々とこなしてゆく日々に、と心の安静を図ったその時……
「まだ私は死んでないわ」
もう聞くはずのない声が鼓膜を揺らした。
恐る恐る、先ほどの死体を見ると、そこには檻にきた時と同じような姿の少女がいた。
肢体満足、ドレスまでもがクリーニングされたかのように新品だ。
嘘だろ。
「ほら、早く。私を殺しなさいよ」
毅然とした態度から滲み出す彼女の一言にせかされた私はもう一度、今度は最初より素早く少女のこめかみにつきつける。今度は二度引き金を引き、あの嫌な感触を確実に感じるようにした。
だがーー
「なにしてるの?」
と、なぜか少女は再生する。鮮やかに彼女の体はこの檻に来た時のようにリピートされ、また元の少女に戻る。
「殺せないの?」
煽る少女を二度、三度、四度、と撃ち続けた。そのたびに少女はおかしくなる。
二度。
「なにしてるの? もっとよ、もっと」
三度。
「もっとって言ってるじゃない」
四度。
「私のことバカにしてるの?」
その時点で私は気づいた。
「なんで死なねえんだ」
「知らないわよ!」
だが、もっと、もっととコールしてくる。
「足りないの。こんな痛みじゃ」
涙ながらに少女は訴えてくる。
おかしいのではないか、この少女。相手している方がバカな気がしてくる。どうりでみな引き受けたくないわけだ。だってーー
「足りないわ。足りないの。早く、もっと大きな私の興奮をーー」
「ただの変態じゃねぇか」
私はもう銃弾の込められていない拳銃で彼女の頭を殴った。すると、彼女の額から顎先にかけて、血が滴る。白い柔肌に塗られた鮮血は輝きを増し、少女の笑みを引き立てる。
「ああ、今のいいわ」
「どーも」
不本意ながら変態に親指を立てられた。
と、思ったら少女はぐらりと身を落とし、椅子から今日何度目か知らないが気を失った。拳銃にについた血はもぞもぞと動き出し、少女の額へと向かっていた。
黒のドレスを注視してみると、これはウェディングドレスを黒にしたものだとわかった。この少女はあろうことか、自分の死を招くこんな場所で華やかなものを着ていたのだ。
ますます意味が分からない。
少女は意識をものの数分で取り戻し、また椅子に座った。その瞳で私に何か物欲しそうな瞳で訴えかけてくる。私に何を要求しているのかは、理解している。
「もうしねぇから」
「えっ、なんで」
「なんでも、かんでもないから。ここどういった場所だと思ってんだ」
「クラブ」
がっくしと頭をもたげる。
「こんな素敵な場所ないわ。私を幸福の絶頂にもっていってくれるもの」
「ここは処刑場。お前の私利私欲を満たすためのものじゃない」
「あら? でも、これまでも私のことを殺しにいろんな人が来てくれたわよ。みんな私を死なせてはくれなかったけれど」
「そりゃ、お前死なねぇじゃん」
想像しておぞましくなる。少女の前任がこの檻を引き払ったときいつもげんなりして通路を通っていたことを思い出した。
みななぜこの少女のことを話さなかったのだろうか。もっと前情報を伝えてほしかったものだ。そうしたら、私はとんずらをこけたのに。
えーと少女は口を3(さん)にして不満を見せた。
「あなた、最初に私を死なせてくれるって言ったじゃない」
「死なねぇ奴をどうやって処刑すんだよ」
「そこはくいっと」
少女は可愛らしい擬音語とは対照的に手で首をひねった。
「ぽろっと」
首をひねったところで嫌な音が響く。
「簡単に」
首が元に戻った。
「カンタンってなんだ」
「私を殺すことよ」
カンタンカンタンカンタン……数度頭の中で呪文を唱えた。だが何も召喚されず、途方に暮れた。
不可能だ。処刑人としてクビを言い渡されたようなものだ。いいや、ここにいること自体死ねと言われているようなものだが、さすがにこの仕打ちはひどいかった。
今日でこの仕事も自分の命も終わりだと悟った。
「私は、死にたくないなあ」
ひねり出したカンタンの答えがそれだった。
私は自身の心や記憶が好きだった。それらを忘れてしまえば、私の中に一瞬に登場した彼らの命がなくなっていくような気がした。いつもここにあると思っていたものが目の前の危機がよぎることにより、より一層強くなる。
「なぜ?」
少女にとってその感情は訳が分からないものなのだろう。
「この世において一番美しく刺激的で快楽を得られるのは『死』という痛みを感じた時だというのに」
「私はそうは感じないさ」
私の経歴は汚れたものだった。処刑人になるくらいだ。これしか職種しかなかったと言い切って、落ちぶれたのだ。本当にどうしようもない。
「あなたはこれまであったどんな刺激よりつまらないわね」
「最高の誉め言葉さ」
「けなしてるのよ、クズ」
「クズに言われたくない」
クズという言葉に、少女は頬を緩ませた。反対に私の心に一種のほころびを感じた。私が処刑する側だというのに、敗北感が付きまとう。こちら側に立たされているようでならないし、手のひらの上で遊ばれている気さえする。
「もっと言ってちょうだい」
もっと、とまた催促してきた。一体その美貌からどうしてその言葉が生まれるのか理解が追い付かない。だが一方でそういったやつなのだとは理解した。
「お前は気楽だな」
死なないから。
言いかけて悲しくなった。
死ななくて済むのなら、私の中の記憶は保存される。そして、未来に受け継がれる。それはどんなに良いことだろうか。
手にあった銃を放り投げる。少女はもったいなさそうに目で拳銃を追う。
「処刑人が処刑人をするのは、処刑人自身が罪人だからだ、というのは知っていたか」
少女に問いかけるが、聞いていない。ずっと銃に心を奪われている。
はあ、とため息を漏らす。仕方ないことだ。私達処刑人のことを彼女に知ってもらうだなんて、それこそできない。
「お前にはわからないが、わかってもらうことなんてしてほしくないが、それでも言おう」
彼女のあどけない横顔が昔に出会った誰かに似ていた。
「処刑人は、処刑できなければ自身も処刑される。お前を殺せなかった者たちは、俺が殺したんだ」
どうしようもなく私は生きたかった。だから彼女に、私を生かせてくれるぐらいの慈悲を求め、私はとうとうと語りだした。
処刑人をする前、私はスラムにいた。死体まみれの日常と化した異常に私はひと時の快楽を得るため、多くの血を吸った。その時は今のように罪に感じることなんてなかった。今の罪にも等しい感覚を得たのは、その時ある少女にであったためであった。
手になじんだ斧に、拳銃、血を吸った刃物はどんなものでも人を死に追いやることができると感じられた。
少女はそんなとき、近づいてきた。
焦げた肌に無数の傷がつけられた彼女は、私に意思を求めた。
「それは、あなたのしたいことなの?」
血を何度も吸ってきたのに対し、彼女はずっと疑問を提示してきた。
「あなたのしたいことなの?」
どうしたいの。
刺激がほしいんだ。
嘘だ。
焦げた肌に私の刃物を突き刺したとき、何かが変わると、その問いが消えると思っていた。しかし残ったのはどうでもいいと思っていた問いと、彼女の偶像だけ。私の中の彼女は消えず、こびりついていた。
記憶は欲していた、この世にとどまり続ける理由を。私が忘れられないほどの痛みと、悲しみを。
きっと私は生きたかったのだ。そして彼女は問いかけたの問いは、私には傷つくことであった。その問いに触れてしまい私は死んでしまいたくなくなった。
今となっては、私は彼女を保存するために記憶に縫い付け、生きる意味にしている。惰性に生きていたあの頃とは決別した。
だからか知らないが昔よりもギラギラとした太陽のように生きることに執念を持っていた。刺激や問いかけなんかよりも、彼女の記憶を保持するため、生きるために手に入れたものを消させやしないために、私は捕まるよりも処刑人になることを志願した。
処刑人になってからは、同じように処刑人になった同期の動向を見ていた。それまで血で手を汚したことがなかったものをあざ笑ってはいたが、生きたがっていた同期の処刑人が自殺まで追い込まれたところを見ては心を痛めた。
殺せなかった処刑人を用済みと称し、上からの命令のもと私はいやいやながら手を下した。
今は、もう手に死を感じることを気持ち悪くさえ思えていた。
あれほどまでに生きたがっていた同期が死を渇望し落ちぶれていく様を見るのはおぞましかった。だからか知らないが先日へまをした。同期を殺せなかったのだ。
引き金を引けなかった。斧を振り下ろせなかった。電気椅子の電気をいれるスイッチを押せなかったし、首つりの板を踏み込み、彼の首を絞めることもできなかった。
だから今日私は死ぬのだと、思っていた。
いや、でも朝の時点でそれを悟っていたがどこかしら救いがあるのではと求めてしまっていた。
これが最後の処刑だ。この最後をきっちりしたら私は助かる。私は生きられる。だから、やろう。今日の仕事だけでもこなすのだ。
覚悟して、向き合った。
それがこの少女だった。
死刑宣告と同じではないか。
この少女を殺せない、これでは死ねと言っているのと、同じだ。
たらいまわしではない。この少女は、処刑人を殺す名目を作るための道具だ。
私は背後を気にする。ここに処刑人がもう一人やってきて、私を処分するのではないかと気が気でなかった。
青い瞳を大きく見開き、少女は不思議そうに私を見た。これまでの記憶を彼女の中で保存させようと、こうしてしゃべってはみたが彼女の頭に記憶されたかは定かではなかった。
私の入れ物のほうが少女の入れ物よりも幾分か優秀なのはここに入り数分で分かっていたから期待もしていなかった。
ただあと数分の命である私の記憶を吐き出したかったのだろう。薄っぺらい生きる願望を輝かせて、宙ぶらりんになった処刑を断つその時を待っていた。
「なら」
少女が首を傾げた。
「なぜあなたはそうして何かを待っているの?」
「待ってなどいないさ」
「いえ、待っているわ。自分が死ぬのを」
「生きたいのに、そんなことするわけがない」
「では、私を死なせて」
少女が悪魔のように妖艶にほほ笑んだ。今までの私の過去など大したことがないと笑っているのだろうか。少女にとっては確かにどうでもいいことだろう。
「だが、私はここで降りるしかない。処刑できない君を殺せない」
「何言っているの。まだ、処刑は続いてるのよ?」
「だから」
「降りなければいいのよ、この処刑」
肩を震わせ彼女は最高に歓喜に満ちた輝きを放った。
「降りなければ、あなたは処刑を続ける。続けているときに、上からは何も言うことができない。なぜなら降りたら、処刑されるという前提があるから。続ければ、あなたは続けている間は処刑されずに済む」
「つまりは、私は君を殺し続けろと」
「そう、私を死においやるまで、続けて」
「気が滅入る」
「あら、あなたは生きたいんじゃなくって?」
ひどく侮辱されたように感じた。
「生きてぇよ」
「それなら、私と我慢比べをしましょう」
少女は黒のベールを脱ぎ去り、立ち上がる。私より圧倒的に小さい。比べると、コロボックルのように見えてきた。
「私を殺し続けなさい」
私の仕事は人を処刑することだ。
この時から私はたった一人の専属の処刑人として、あり続けることになる。檻の中でたった一人、刺激を求めるお姫様へと、私は孤独に奮闘するのである。




