黄金の嘴《くちばし》亭
ハジメは町を歩き回りながら周囲を観察した。
「どうやら港町のようだな。海運や漁業で成り立っているらしい」
彼は『狼と大鴉の町』の情報ウィンドウを読み上げながら呟いた。
「どうやらここは初期の町ってわけじゃないらしい。選んだ出自によって、どの町も初期地点になり得るのか……。俺はランダムを選んだから、あの砂浜に落ちたってわけだ。ここには大いなる王都の海軍拠点もあって、衛星都市として知られている……衛星都市?」
彼はウィンドウ内のハイライトされた単語をクリックした。
『衛星都市:大いなる王都グラン・アストリクスの庇護下にある、提携された小規模な都市』
「なるほど、海軍の拠点とかがあるわけだ。それにしても、この辺りの海は『生ける海』って呼ばれてるのか……全然歓迎されてる気がしないな……並のプレイヤーにとっては、だが! わざわざそんな名前がついてるってことは、海竜とか巨大魚がいるに違いない。間違いなく強力なボスがいる激アツエリアだ!」
歩き続けると、遠くに一軒の酒場が見えてきた。外見はそこまで大きくはないが、小さくもない。綺麗に装飾された美しい造りで、横には『厩舎』と書かれた看板が掛かった大きな木製の扉がある。酒場の紋章は、魔法使いの帽子を被り、嘴を光らせた小さな黄金の鳥だった。
「すみません……どうか、小銭を恵んでいただけませんか?」
ハジメが横を向くと、そこには酔っ払いの男がいた。金髪の長髪を後ろで束ね、無精髭を生やしている。
『NPC:ホームレスの剣士』
(マジかよ!? 本当にそういうNPC名なのか? ただのプレイヤー間のネタ(ミーム)だと思ってたのに!)
ハジメはニビルの言葉を思い出し、男に金貨を2枚手渡した。
「俺も今ちょっと懐が寂しいんだけど、これで足しにしてくれ」
「ありが……」男はしゃっくりをした。「ありがとう」
男は硬貨を受け取ると歩き去っていった。ハジメはその背中を見送り、少し不思議に思いながらも酒場へと向き直った。
「着いた。居心地が良さそうだな」
彼は両開きの扉をくぐり――思わず息を呑んだ。
「うおっ! 中めちゃくちゃ広いぞ! 外から見るよりずっとデカい!」
空間拡張の魔法か何かだろう。酒場の中は間違いなく外観より広大だった。世界中の様々なサーバーから集まった何百人ものプレイヤーで賑わっているが、NPCの数も多い。
右側の奥には二つの扉が見える。
『厩舎』
『宿泊所』
右側のフロアには無数の木製テーブルが並び、左側にはさらに多くのテーブルと柱、そして掲示板がある。吟遊詩人が演奏するステージや立派な受付カウンターもあった。
ハジメが酒場に一歩踏み入れた直後、声をかけられた。
「ようこそ、冒険者よ!」
太く大きな声だった。ハジメが見上げると、そこには身長2メートル20センチはある巨漢が立っていた。ウェイターの服にエプロン、首には赤いリボンをつけている。だが、その正体は二足歩行の狼だった。
『NPC:ライカン・トロープ』
(ライカン……トロープ? そのまんますぎて全然ひねりがない名前だな……)と、ハジメは心の中でツッコミを入れた。
「それで、若き冒険者がこの酒場に何の用かな?」
「回復と休憩にきたんだ」
「素晴らしい! メニューを持って空いている席へどうぞ。すぐにご注文を伺いに行きますので」
ハジメはメニューを受け取り、空席を探して歩き出した……が、どこも満席だった。
周囲を見渡しながら歩いていると、うっかり別のウェイターにぶつかってしまった。彼もウェイターの服を着ていたが、馬の頭と蹄を持っていた。二足歩行の馬面男で、いななきながらも人間の言葉を話す。
『NPC:ウマムスコ』
「どうかしましたか、ブルルルッ?」ウマムスコはいななきを交えながら尋ねてきた。
「いや、座る場所を探してて……」
そのやり取りを聞いていた別のNPCがいた。長い桜色の髪をリボンで結び、伝統的な着物に草履を履いた長身の美男子で、腰には二振りの刀を差している。
『NPC:ゴエモン』
上機嫌でジョッキを片手に踊るように揺れていた彼は、ハジメを見て声をかけた。
「おい、あんたもこっちに座りなよ!」
(また酔っ払いのNPCか?)とハジメは思った。
「あ、それじゃあ、お言葉に甘えて」
案内されたテーブルには、さらに二人のNPCがいた。
一人はもう一匹のワーウルフ。彼は剣士のようで、刀を一本だけ差している。毛並みに合わせた灰色の着物を着ており、酒を樽ごと一気飲みしていた。
『NPC:ソウソウ』
もう一人は端の席に座っていた。彼は酒を飲まず、ひたすら飯を食っている。テーブルには酒だけでなく大量の料理が並んでいた。白髪交じりの髪で、農民の服の上からでも骨の形がわかるほどガリガリに痩せ細っている。顔や首、体中が傷だらけで、左右の瞳の色が違うオッドアイ(赤と黄色)。足元には杖が置かれていた。
『NPC:ジャック』
ハジメが席につくと、ジャックがナプキンを差し出してきた。
「使うか?」
「あ……はい、ありがとうございます!」
ハジメは素直にお礼を言った。




