ゴブリンランドの闘技場(前編)
(レベル30……ステータスは悪くない。だが、この装備じゃ物理防御力が低すぎる)
[HP:56]
[筋力:17 / 敏捷:19 / 体力:10]
(低い。公開闘技場で戦うにはあまりにも低すぎる)
ハジメは、全身トゲだらけの巨大イノシシに跨るゴブリンを冷静に分析していた。トゲ付きのヘルメット、トゲ付きのグローブ、トゲ付きのハンマー。おまけに鞍にまで鋭い突起がびっしりとついている。
「騎乗戦闘……その上、全身トゲまみれか。少しでも接触すれば直接ダメージ(ダイレクト・ダメージ)を受けるな」
そして反対側には——
それはライオンではなかった。
『キメラ』だ。
ライオンの胴体をベースに、片方の肩にはヤギの頭、もう片方にはオオカミの頭が生え、背中には巨大なワシの翼が生えている。中央のメインの口の奥では、すでにチロチロと炎が蓄積され始めていた。
(……開幕からいきなり1対2のハンデ戦ってわけか?)
ハジメは横に一歩踏み出し、間合い(リーチ)を測った。
バンバンがすでにイノシシを加速させている。
第一撃。トゲの塊が巨大な弾丸のように、一直線に突進してきた。
ハジメはスキル『戦場の直感』をアクティブにした。
視覚、聴覚、触覚が極限まで研ぎ澄まされる。イノシシの突進軌道をコンマ5秒早く読み切った。
左へローリングして回避する。
鋭いトゲが顔の数センチ横を通り過ぎていった。
(速度はそこそこ。だが旋回半径が大きい。小回りは利かないな)
その直後、キメラが大きく口を開け、巨大な火球を吐き出してきた。
ハジメは大きく後方へ飛び退いたが、熱波が脚を掠めた。
[HP:56 → 49]
(炎属性か。俺の物理耐性も低いが、魔法攻撃(火炎)にはそのままダメージを通される)
通り過ぎたバンバンがUターンし、再び突進の構えを見せる。
ハジメは『三日月の剣』を抜刀した。
しかし、空にはまだ太陽が高く昇っている。夜間に発動する三日月のステータスボーナスは、今はまだ適用されない。
振り下ろされたトゲ付きハンマーを剣で受け流す。強烈な衝撃が走り、刃がビリビリと震えた。
(重い……純粋な筋力だけでこのハンマーを押し込んできている)
そこへ今度は、キメラが鋭い爪を立てて飛びかかってきた。
ハジメは左手に握った『鎖鎌』を振るい、キメラの前足を一瞬だけ絡め取って固定した。
だが、本当に『一瞬』だけだった。
肩のヤギの頭が鎖に噛みつき、強引に引っ張ったのだ。
(くそっ……2つの頭が完全に独立して同時に動くのか)
そのまま引きずり込まれる前に、ハジメは鎖から手を放して後方へ跳んだ。
すでにバンバンが3度目の突進を仕掛けてきている。
ハジメは瞬時に思考を巡らせた。
(このまま物理ステータスだけでやり合えば、確実にジリ貧になる。まずはあの厄介な『乗り物』から潰す必要があるな)
彼はインベントリから『ミサイルアーマーの鍵』を取り出した。
カシャンッ! という金属音と共に、無骨なアーマーがハジメの身体を覆う。
[ミサイル残弾:7発]
[移動速度 +10% / 跳躍力 +20%]
「……さあ、ここからが本番だぜ、英雄さんよ」
ハジメは2体の強敵を睨み据えながら、自らを鼓舞するように低く呟いた。
アリーナの観客席からは、割れんばかりの熱狂的な歓声が響き渡っている。
ハジメは円を描くように走り、バンバンに大回りの旋回を強いた。イノシシが方向転換を試みるたび、その突進速度は目に見えて落ちていく。
(旋回中はこちらに隙を晒している。だが、あの全身のトゲのせいで近接戦に持ち込めない)
その間にも、キメラが側面から回り込もうと牽制してくる。オオカミの頭が咆哮を上げ、ヤギの頭が毒液を吐き散らし、メインのライオンの口から火炎が放射される。三つの頭が、それぞれ全く異なるタイミングで別々の攻撃を仕掛けてくるのだ。
ハジメはスキル『オーディンの眼』をアクティブにした。
視界に敵のHPバーが浮かび上がる。
[バンバン(騎乗状態):HP 78%]
[キメラ:HP 91%]
(耐久力はキメラの方が上か。だが、バンバンの方が攻撃パターンが圧倒的に単調だ)
ハジメはアーマーからミサイルを2発同時に発射した。
追尾ミサイルが一直線にイノシシを狙う。バンバンは回避しようと試みたが、自らの重々しいトゲの装甲が仇となり、機敏な機動が取れない。2発のミサイルはイノシシの側面にまともに直撃した。
強烈な爆発にイノシシが悲鳴を上げ、一瞬だけ体勢を大きく崩す。
その隙を、ハジメが見逃すはずがなかった。
アーマーの跳躍ボーナスを全開にして高く飛び上がり、空中で身体を捻る。そのまま『三日月の剣』を大上段からゴブリンの頭頂部へと振り下ろした。
バンバンが咄嗟にハンマーを掲げて防御する。
ガァンッ!! という乾いた金属音が響き渡った。だが、剣は折れていない。
(まだ夜のボーナスは乗っていないが、刃の鋭さは健在だ)
だが、そのわずかな硬直を突いてキメラが急襲を仕掛けてきた。
着地と同時にハジメは横へローリングする。すれすれの距離を巨大な火球が通過していった。
[HP:49 → 44]
スタミナゲージがじわじわと削られていくのを感じる。
(スタミナ管理が厳しいな。ここで奥の手の『ヒロイック・サージ』を使うには、まだ早すぎる)
標的をゴブリンに絞り切ったハジメは、走りながら弓を引き絞り、3本連続で矢を放った。
シュッ、シュッ、シュッ!
矢は正確にバンバンの肩と膝を射抜いた。痛みにゴブリンが叫び声を上げ、一瞬だけイノシシの手綱から注意が逸れる。
ハジメは一気に距離を詰めた。
キメラが翼を広げて割って入ろうとするが、ハジメは即座に3発目と4発目のミサイルを起動する。
ミサイルは空中で軌道を分け、1発はキメラへ、もう1発はイノシシへと飛んだ。爆発の衝撃で、さしものキメラも半歩だけ後退を余儀なくされる。
その「半歩」で十分だった。
バンバンの懐に潜り込んだハジメは、剣で斬りかかる代わりに左手の『鎖鎌』を投げ放った。蛇のように伸びた鎖がゴブリンの脚に深く巻き付く。
そのまま全身の体重を乗せて思い切り引き倒した。
「ギィヤァァッ!?」
無様にイノシシから引き摺り落とされるバンバン。乗り手を失ったイノシシは完全にコントロールを失い、アリーナの中をパニック状態で走り回り始めた。
(厄介なマウントの排除、完了だ)
これで状況は1対1……いや、正確には「1対1.5」といったところか。キメラはまだほぼ無傷のままだ。
ハジメは深く息を吐き、不敵に口角を吊り上げた。
「……さあ、行くぜ」




