ゲームを始めよう!
ペタペタという足音が牢獄の冷たい通路に響いていた。ハジメはネコ・ビリーボーイの巨体の後ろをついて歩く。
周囲の収容エリアを見渡すと、鉄格子の中にはあらゆる種族の囚人たちが閉じ込められており、中には人間ですらない凶暴な怪物の姿もあった。
ハジメは歩きながら、以前仕入れた知識を頭の中で整理していた。
(『ゴブリンランド』を統治しているのは、巨体で肥満体のゴブリン『グルプ』だ。元々は普通のモンスターだったが、あらゆる智慧を授ける古代の神器『王冠』を手に入れたことで、あらゆる知性を獲得したという……)
ハジメは胸の中で独りごちた。
(正直言って、コロシアムで戦うのも悪くないな。これまでのゲームプレイは正直地味だったし、初期エリアをあちこち走り回されるお使いクエストばかりだった。こういうコロシアムでのバトルなら、むしろテンションが上がってきたぜ、ヒヒッ)
「到着だ」
ネコ・ビリーボーイが立ち止まり、ハジメに向かって振り返った。
「この門の向こうにあるエレベーターが、お前をアリーナへと運ぶ。ハハハ! 楽しませてくれよ、英雄殿!」
ハジメは不敵な笑みを浮かべ、迷いなく前へと踏み出した。
エレベーターに乗り込むと、ギシギシと鉄の鎖が音を立てて引き上げられ始める。
(よし! ようやくゲームが面白くなってきたぞ!)
ハジメは軽くジャンプしてウォーミングアップをしながら、上空から届く大歓声に耳を澄ませた。観客たちの熱狂的な叫び声が地鳴りのように響いてくる。
エレベーターが上昇を終え、眩しい太陽の光がハジメの視界を一気に染め上げた。
大歓声を上げる無数の観客に囲まれた巨大アリーナ。ハジメはその真ん中に立っていた。
グラディエーターたちが戦うコロシアムの最深部と観客席を隔てる壁は、高さ8メートルにも及ぶ巨大な石壁だ。すり鉢状の膨大な観客席は、NPCだけでなく無数のプレイヤーたちで埋め尽くされている。ここは24時間365日、途切れることなく戦いが繰り広げられる狂気の宴場なのだ。
「右側(東)ァァァッ!!!!!」
実況アナウンサーがマイクに向かって絶叫した。アリーナ中に設置された巨大スピーカーから爆音が響き渡る。
アナウンサーを務めるのは、派手で大きなモヒカン頭にベストを羽織り、溶接用ゴーグルを装着した小柄なゴブリンだ。
「現れたのはぁぁぁ! 魂を売った英雄! ワイン泥棒の成り上がりぃぃぃ!」
アリーナ中に設置されたスピーカーが、ゴブリンの叫び声を大音量で咆哮させる。
「ハジマックス(HAJIMAX)!!!」
観客席から『ハジマックス』の名を呼ぶ大歓声が湧き上がった。
今のハジメはプレイヤーとしては無名の存在に過ぎない。しかし彼にとって、この瞬間こそがかつての栄光を取り戻すための絶好のステージに思えた。
「そして右側(東)ァァァッ!!!」
(……えっ? また右側?)
ハジメは首を傾げ、実況席のゴブリンを見上げた。
「我が誇る最高のマシン乗り(パイロット)!!!」
アリーナの反対側(左側)の大きな鉄門が重々しい音を立てて開き、中から巨大なイノシシに乗ったゴブリンが姿を現した。
そのゴブリンはトゲ付きのヘルメット、トゲ付きの指切りグローブ、トゲだらけの巨大ハンマーを装備しており、乗っているイノシシのアーマーにまでびっしりと鋭いトゲが施されている。
「俺たちのパイロット! 『バンバン(BANG BANG)』だぁぁぁ!」
「さらに右側(東)ァァァッ!!!」
(このバカゴブリン、右しか方向を知らねえのか!? 史上最悪のアナウンサーだな!)
あまりのポンコツ実況に、ハジメはイライラしながら心の中で激しくツッコミを入れた。
アリーナの中央に立つハジメの前方には、イノシシに乗ったバンバンが身構えている。そして今度は、ハジメの『背後』の鉄門がゆっくりと解放された。
激しいライオンの咆哮がアリーナ全体を揺さぶる。
(よし、ライオンか……)
直後、ハジメは驚愕で目を丸くした。
それはただのライオンではなかった。ライオン、ヤギ、オオカミ、そしてワシの肉体が奇怪に融合した禍々しき『キメラ』だったのだ!
だが、ハジメの胸に湧き上がったのは恐怖ではなかった。全観客が見守るこのステージで、この巨大な怪物を撃破してやるという激しい高揚感だった。
(火を噴く超巨大モンスター……!)
ハジメが心の中で叫ぶと同時に、ゴブリンのアナウンサーがアリーナ全体に向かって大声を張り上げた。
「ゲームを始めよう!!!!!」




