この手で黄金のチャンスを掴み取る
ハジメは待合室のソファに座り、紙コップの水を一口飲んだ。
ピカピカに磨き上げられた床、受付デスクの奥に座る秘書、そしてやけにお洒落なウォーターサーバー。テーブルには多くの雑誌や本、漫画が並べられ、壁に設置された複数のモニターが映像を流し続けている。
「ハジメ様」
「ハジメ様」
秘書がハジメの名前を呼んだ。
「……俺の番か」
ハジメは面接室の扉を開け、中へと足を踏み入れた。
「掛けたまえ」
正面に座る男が声をかけた。
かっちりとしたスーツを着こなしたその男は、スキンヘッドにサングラスという出で立ちで、腕には高級そうな腕時計、そしてネクタイには純金のような装飾が施されていた。
机の上に置かれた手帳には『金神 賢郎』と名前が記されている。
「さて、私の名前は金神賢郎だ」
男は淡々と自己紹介をした。
「若者よ。君がなぜ当社で働きたいかという『志望動機』はどうでもいい。私が聞きたいのは、なぜ我々が君を『採用すべきなのか』だ」
ハジメはゴクリと唾を飲み込み、母親の「自信を持ちなさい」という言葉を思い出した。
だが、途端に手足が冷たくなり、胃の奥がキリキリと痛み出す。13歳の頃、惨めな敗北を喫した時と全く同じ感覚だった。
ハジメは必死に意識を集中させ、震えそうになる声を絞り出した。
「ぼ、僕は……プロゲーマーとしての採用に応募しました……将来の大会や競技シーンに参加するためです。かつては大きな大会で優勝した経験もありますし、チームにとって良い戦力になれると……思います」
緊張のせいで言葉がしどろもどろになってしまった。
「モサ・ハジメ。13歳にしてVRゲームの神童と呼ばれ、あらゆる大会を総なめにしたものの……その後、手痛い敗北を喫して表舞台から姿を消した」
金神は手帳の資料を読み上げながら、冷ややかに言った。
「すでに全盛期を過ぎた君を、なぜ我々が雇わなければならない? 過去の栄光にしがみついて同じようなセリフを吐く人間なら、毎日ここへ山のようにやって来るんだがね」
ハジメは言葉を失い、金神をただ見つめることしかできなかった。
(怖い……)
恐怖が押し寄せ、思わず視線を床へ落とす。頭の中が思考の渦でぐちゃぐちゃになった。
(この人の言う通りだ。俺はもうトッププレイヤーじゃない。負け続けて、チームでどう連携すればいいのかも分からなくなってる……)
膝の上で両手を強く握りしめ、ハジメは再びゴクリと息を飲んだ。なんとか勇気を振り絞る。
「……ぼ、僕は」
顔を上げ、今度ははっきりとした声で言った。
「僕が『採用すべき理由』を語ったからといって、僕を雇うべきではないと思います」
ハジメの瞳には、確かな自信が宿っていた。
金神はピクリと眉をひそめた。
「どういう意味だね、ハジメ君?」
ハジメは自分の言葉への確信を保ちながら、まっすぐに相手のサングラスの奥を見据えて答えた。
「僕が『雇ってくれ』と求めている。ただそれだけの理由で、僕を採用するべきだという意味です」
「威勢のいい言葉だが、単なる馬鹿者の強がりにも聞こえるな」
金神は皮肉めいた笑みを浮かべた。
「その程度のハッタリ(自信)だけでは、まだ私を納得させるには不十分だぞ」
「僕は先日、御社から『固有進行』到達の特別通知を受け取りました」
ハジメは迷いなく言い放った。
「ゲーム内で遭遇した『天界の存在』……あのクリップ動画を撮影し、投稿したのは僕です。動画はたった数時間で数百万回再生され、御社から直々に10万ドルの報奨金も受け取りました。それが単なる運だったのか、実力によるものなのかは分かりません。ですが、今のところあのゲームの『歯車』を動かしているのは僕だけです」
金神の表情がわずかに動いた。ハジメはさらに続ける。
「僕は『元』プロゲーマーじゃありません、今もプロゲーマーです! 一度レースで負けたからといって、ランナーがランナーでなくなるわけじゃない。僕の最大の勝利は、もう一度立ち上がり、この世界最大のゲームを完全クリアすることです。そのためにここに来た。そっちが最高のプレイヤーを探しているなら、今、目の前にいますよ」
自信に満ちたハジメの言葉を、金神は静かに観察していた。
やがて、彼は口を開く。
「……よかろう、若者よ。それが中身のない虚勢なのか、それとも鋼のように強固な意志なのか、見せてもらおうじゃないか。引き続き我々のゲームをプレイしたまえ。ただし今度は『プロ』としてだ。明日から頼むぞ」
ハジメはハッと目を見開き、立ち上がって深くお辞儀をした。
「ありがとうございます!」
面接室を後にしたハジメは、エレベーターに乗り込んだ。
2050年。高度なAIや機械が人間の労働の多くを代替したことで、人類は『退屈』という名の病に陥っていた。
だが、そんな世界でも「人間の手」に代わってAIを使用することが固く禁じられている分野があった。それが『芸術』である。
この時代において、ビデオゲームはすでに世界で最も収益性の高い芸術媒体となっていた。そのため、ただゲームをプレイしてエンターテインメントを生み出すこと自体が、立派な職業として成り立っていたのだ。
高層ビルのエントランスを抜け、外に出たハジメは大きく深呼吸をした。
そして両手を強く握りしめ、その場でピョンと跳び上がって叫んだ。
「っしゃああああ! やったぞおおお!!」




