第19夜 「呪の声」
今日も少女は夜を歩く。
昼の商店街。
だがそこはもう、常世ではなかった。
割れた窓ガラス。
黒く染まる空。
地面から浮かび上がる無数の顔。
「いやぁぁぁ……」
「タスケテ……」
「クルシイ……」
呻き声が空気を満たしていた。
宵町カクリは頭を押さえる。
気持ち悪い。
耳じゃない。
頭の奥へ直接声が流れ込んでくる。
『聞くな!!』
はっちゃんが叫ぶ。
『あれは呪だ!!飲まれるぞ!!』
巨大怪異はゆっくり歩いてくる。
ドゴン。
ドゴン。
その足音だけで地面が揺れた。
篠崎冬華が前へ出る。
「結界班、固定!!攻撃班は右側から圧縮してください!!」
霊能者達が一斉に動く。
札が舞う。
炎が走る。
光の杭が怪異へ突き刺さる。
だが。
「ォォォォォォ……」
怪異は止まらない。
まるで効いていない。
いや、効いてはいる。
黒い身体が少しずつ削れている。
だが再生が早すぎた。
『チッ……めんどくせぇタイプだ』
はっちゃんが低く唸る。
怪異の巨大な口がゆっくり開く。
そして。
「カエセ……」
空気が震えた。
その瞬間、地面の顔達が一斉に叫び始める。
「カエセ!!」
「カエセ!!」
「カエセ!!」
大合唱。
呪いの声。
カクリの視界が揺れる。
知らない景色が脳裏を掠めた。
暗い部屋。
泣いている女の人。
黒い影。
「っ……」
『カクリ!!』
はっちゃんの声で意識が戻る。
カクリは息を荒くした。
今の、何。
記憶?
違う。
怪異の中に流れてる“誰か”の感情だ。
冬華が怪異を睨む。
「集合怨念型……!」
霊能者の一人が叫ぶ。
「複数の未練が混ざってるのか!?」
「だから呪が強いんだ!!」
怪異が腕を振るう。
ブォン!!
凄まじい風圧。
商店街の看板が吹き飛ぶ。
霊能者達が結界で防ぐが、数人が弾き飛ばされた。
「ぐぁっ!?」
「きゃぁっ!!」
『おいおい、洒落になってねぇぞ』
はっちゃんの声にも緊張が混ざる。
カクリは怪異を見上げた。
怖い。
本当に怖い。
でも。
怪異の口から、また声が漏れる。
「ミツケタ……」
その声に、胸がざわつく。
「……なんで」
怪異は、ずっと自分を見ている。
まるで探していたみたいに。
冬華が叫ぶ。
「カクリさん!!下がってください!!」
だが。
怪異は突然、一直線にカクリへ突進した。
「っ!?」
速い。
巨体なのに異常な速度。
地面が砕ける。
『来るぞ!!』
カクリは反射的に巨大断ち鋏を展開した。
次の瞬間。
ドガァァァァン!!!
衝撃。
怪異の腕と鋏が激突する。
「ぐっ……!!」
重い。
押し潰されそうな力。
アスファルトが割れる。
だがカクリは踏ん張った。
「はぁぁぁっ!!」
鋏を振り抜く。
銀色の刃が怪異の腕を切り裂いた。
黒い液体が噴き出す。
「ォォォォォ!!」
怪異が咆哮した。
だが。
切った腕が再生していく。
『再生速度が上がってやがる!!』
はっちゃんが叫ぶ。
冬華が札を投げる。
「縛鎖!!」
光の鎖が怪異へ巻き付く。
動きが一瞬止まった。
「今です!!」
カクリは飛び出す。
怪異の懐へ潜り込み、鋏を振るう。
だがその瞬間。
怪異の口が、笑った。
「ミツケタ」
ゾクリ。
嫌な予感。
次の瞬間。
地面の影が盛り上がった。
「っ!?」
黒い手。
大量の腕が地面から伸び、カクリの足を掴む。
「しまっ……!」
動けない。
怪異の巨大な口が迫る。
真っ黒な口内。
底が見えない。
その奥から、無数の声が響いてくる。
「タスケテ」
「クライヨ」
「サムイヨ」
「イヤダ」
頭が割れそうになる。
『カクリ!!目ぇ逸らすな!!』
はっちゃんが叫ぶ。
『飲まれたら終わりだ!!』
怪異の口の奥。
そこに、一瞬だけ見えた。
黒い人影。
女の人。
そして。
病院のベッドで眠る姉の姿。
「――っ!!」
カクリの目が見開かれる。
「お姉ちゃん……!?」
その瞬間。
怪異の口がさらに裂けた。
「ミツケタ」
怪異の腕が、カクリへ伸びる。
だが。
――チリン。
鈴の音。
空気が一瞬澄み渡った。
「離れなさい」
冬華だった。
彼女の背後に、黒い着物姿の使役怪異が現れる。
長い髪が揺れる。
その女が片手を振るった。
黒い帯が一閃。
カクリを掴んでいた腕を切断した。
「今のうちに!!」
「っ……!」
カクリは後ろへ跳ぶ。
息が荒い。
胸が痛い。
でも。
今、見えた。
怪異の中に。
姉がいた。
『……おい』
はっちゃんの声が低い。
『あいつ、ただの怪異じゃねぇぞ』
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




