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幽世断ちのカクリ 〜宵町カクリは夜を歩く〜  作者: れんP


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2/19

第1夜 「呼ばれる夜」



夜は、いつも同じ顔をしている。


宵町カクリは、その日もそう思っていた。

姉の部屋で起きた“あの出来事”を見てから、まだ数時間しか経っていないはずなのに、世界は何もなかったように夜を続けている。


家の中には姉の姿がなかった。

病院へ運ばれたとだけ母から聞かされ、それ以上は何も教えられていない。


ただ一つだけ、カクリの中に残っているものがあった。


あの部屋で見た、説明のつかない“影”。


そして、紙を裂くような音。


ぴり、ぴりり……


耳の奥に残っているその音が、消えない。


「……あれ、絶対ただの病気じゃない」


そう呟いても、答えてくれる人はいない。


カクリは机の上に置かれたスマートフォンを見つめた。

検索しても出てこない言葉。

相談しても信じてもらえない話。


“お化け”なんて言葉を口にしたら、きっと笑われる。


それでも、姉は現実からいなくなった。


カクリは布団を押しのけ、静かに立ち上がった。


「……夜、行くしかない」


理由はわからない。

でも、あの時感じた“何か”が、まだ外にいる気がした。


玄関の扉を開けると、冷たい空気が肌に触れた。


夜の街は、昼と同じ場所とは思えないほど静かだった。

街灯の光は弱く、影のほうがずっと強い。


カクリは一歩踏み出す。


その瞬間だった。


背後で、何かが“動いた気配”がした。


振り向く。


誰もいない。


けれど、電柱の影が、ほんの一瞬だけ“人の形”に見えた。


「……いる」


声に出した瞬間、影はすっと消えた。


だが安心するより早く、別の場所で音がした。


ぴり、ぴりり……


あの音。


姉の部屋で聞いた音と同じ。


カクリは息を飲み、音のする方向を見た。

路地の奥。街灯の届かない場所。


そこに、何かが立っている気がした。


人のようで、人ではない。


形が定まらない“黒い揺らぎ”。


それがゆっくりとこちらを向いた瞬間、空気が重くなった。


「……っ」


逃げなきゃ、と直感が叫んだ。


カクリは踵を返して走り出した。


後ろから、ぴり、ぴりりという音が追いかけてくる。

足音はないのに、確かに“追ってきている”気配があった。


息が切れる。

夜の風が冷たく肺に刺さる。


どこへ行けばいいのかもわからないまま、ただ走る。


そのときだった。


「――こっち」


声がした。


女の声でも、男の声でもない。

どこか乾いていて、金属をこすったような響き。


カクリは足を止めかけたが、振り向く余裕はなかった。


「こっちだ。止まるな」


再び声。


今度ははっきりと“方向”があった。


路地のさらに奥。

街の明かりが届かない場所。


普通なら行かない。

いや、行ってはいけない場所。


それでも背後の気配は確実に迫っている。


選択肢はなかった。


カクリは声のする方へ飛び込んだ。


細い道を抜けると、景色が変わった。


突然、古い石段が現れる。

苔むした階段。壊れかけた鳥居。


「……神社?」


こんな場所、見たことがない。


だが、確かに“そこにあるべきでない場所”だった。


背後の気配が一瞬止まる。


ぴり、ぴりり……


音が、鳥居の前で止まった。


まるで、そこから先に入れないと言うように。


カクリは肩で息をしながら振り返る。


影のような存在が、鳥居の手前で揺れていた。


入ってこない。


いや、“入れない”のか。


その瞬間、また声がした。


「中へ入れ。ここなら届かない」


カクリは唇を噛んだ。


罠かもしれない。

でも、背後のそれよりはまだ“人間に近い気配”があった。


覚悟を決めて、石段を駆け上がる。


神社は荒れていた。


拝殿の扉は半壊し、境内には落ち葉が積もっている。

だが、その中心だけが妙に整っていた。


まるで“そこだけが生きている”ように。


そして――そこに、それはいた。


小さな鋏。


石の上に置かれたそれは、月明かりを受けて光っていた。


「やっと来たか」


また、声。


今度は確かに、その鋏から聞こえた。


カクリは思わず一歩下がる。


「……しゃべった?」


「しゃべるさ。俺は神だからな」


鋏はカチリと動いた。


その瞬間、空気が変わる。


神社の闇が少しだけ薄くなったように感じた。


「お前、あれに追われてるな」


鋏は鳥居の外を指すように刃を向けた。


ぴり、ぴりり……


影が鳥居の前で蠢いている。


「……どうすればいいの?」


カクリの声は震えていた。


鋏は一瞬沈黙し、それから言った。


「斬ればいい」


「……斬る?」


「そうだ。幽世にいる“お化け”はな、形を持ってる。なら、切れる」


鋏がゆっくりと開く。


その瞬間、鋏の影が膨らみ、巨大な刃の姿へと変わっていく。


夜の空気が裂けるような感覚。


「貸してやる。使え」


カクリの手に、重い感触が落ちてきた。


それはただの鋏ではなかった。


“巨大断ち鋏”。


外では、影が鳥居を越えようとしている。


ぴり、ぴりり……


今度ははっきりと“怒り”のような音。


カクリは鋏を握りしめた。


震える手のまま、しかし目だけは逸らさなかった。


「……姉を、返して」


その言葉と同時に、夜が一瞬だけ静かになった。


そして、影が一歩踏み込んだ。


戦いが始まる。


夜の底で、少女は初めて“切る”ことを選ぶ。

ここまで読んでくれてありがとうございます。

次回もお楽しみに

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