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幽世断ちのカクリ 〜宵町カクリは夜を歩く〜  作者: れんP


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131/131

第130夜 「渡す者、名を結ぶ」


今日も少女は夜を歩く。


「……わたしの続きは」


白石さやがそう言った瞬間、校門の前に流れていた空気が、ぴたりと止まった。


門の向こうに立つ赤い灯りの子供も、門番の影も、誰ひとり動かない。


黒い空の奥で揺れていた赤い点が、ひとつだけ強く脈打つ。


ピッ。


それから、静かな声が返ってきた。


『続きは』


『あなたが決めるのです』


白石さやは息をのんだ。


記録帳を胸に抱きしめたまま、その声を見つめる。


門の向こうにいる子供は、白い服の裾を両手で握っていた。


顔は見える。


けれど、どこか懐かしすぎて、すぐには思い出せない。


ただ、その瞳だけが、ひどく静かだった。


白い梟が門柱の上で羽をたたむ。


『最終名標、応答待機』


『続きを選択せよ』


冬華がわずかに眉を寄せる。


「選択……?」


総長が低く唸った。


「まだ終わりではない、というわけか」


門番の影は、顔のないまま静かにうなずく。


『名を持つ者は、門を通る前に』


『何を渡すか決めなければならない』


白石さやの胸が、どくんと鳴る。


渡す。


その言葉が、何度も頭の中で反響した。


保健室で預かった眠り。


音楽室で戻した歌。


放送室で集めた声。


校庭で返した遊び。


校門で聞いた名前。


全部が「渡す」ためだったのだと、ようやく分かる。


白石さやは、門の向こうの赤い灯りの子供を見た。


「……あなた」


子供はゆっくり頷く。


『わたしは』


『あなたの続きです』


白石さやの喉が鳴る。


「続き……?」


『はい』


『書かれなかった部分』


『呼ばれずに残った部分』


『それを、ここで受け取るのです』


白石さやは記録帳を開く。


そこにあった最後の空白は、もう空白ではなかった。


うっすらと、細い文字が浮かんでいる。


『渡す者』


白石さやはその文字を見つめた。


「……わたし」


『はい』


『あなたは、渡す者』


『終わった名前を、次へ結ぶ者』


『置いていかれた声を、次の朝へ送る者』


その瞬間、赤い灯りが少しだけ揺れた。


門の外で、みちびきが小さく息をのむ。


「……ぼく」


「知ってる」


「その声」


「ずっと」


門番が静かに告げる。


『ここで待つ子は』


『呼ばれるのを待つだけではない』


『名前を受け取り』


『次へ渡す』


『それが、この門の役目です』


白石さやは、胸の奥にじんわり広がる熱を感じた。


自分は、拾うだけではなかった。


返すだけでもなかった。


誰かが失くした名前を受け取り、それを次へ渡す。


それが、自分の続きだった。


そのことに気付いた瞬間、記録帳のページが静かにめくられる。


最後の白紙に、赤い灯りが一滴落ちたように文字が浮かんだ。


『白石さや』


『渡す者』


『校門をくぐり、次の頁へ』


ユイがそっと隣に立つ。


「さや」


「うん」


「わかった?」


白石さやは、ゆっくり頷いた。


「わかった」


「わたし」


「名前を結ぶ人なんだ」


ひびきが少しだけ笑った。


「じゃあ、ぼくたちのこと」


「ちゃんと渡してくれる?」


「うん」


「もちろん」


その返事に、ひびきの名札が柔らかく光る。


みちびきも、門の外で小さく笑った。


『さやちゃん』


『ありがとう』


門番の影は、赤い灯りの子供へ向けて、ゆっくり手を差し出す。


『では』


『受け取れ』


『渡せ』


白石さやは、記録帳を胸に当てた。


その中には、もう何も残っていないように見えて、けれど確かにすべてがある。


そして、赤い灯りの子供へ一歩踏み出した。


「……わたしの続きは」


今度は、最後まで言えた。


「渡すこと」


その一言で、門の向こうの黒い空に、細い朝の光が走る。


赤い灯りが、ふっとほどけた。


子供は微笑んだ。


『では』


『名前を』


『次へ』


白石さやは、深く息を吸う。


胸の奥にしまっていたすべての声を、ひとつずつ思い返す。


保健室の眠り。


音楽室の歌。


放送室の呼び声。


校庭の遊び。


そして、校門で待っていた約束。


それらを全部抱えたまま、白石さやは赤い灯りの子供へ向かって、やさしく手を伸ばした。


「あなたの名前は」


子供が目を閉じる。


門番の影も、みちびきも、ひびきも、誰もが息を止めた。


白石さやの声だけが、静かに校門に落ちる。


「……ひかり」


赤い灯りが、ぱち、とひとつ弾けた。


その瞬間。


名前は、門の向こうではなく。


朝へ向かって、静かに流れた。


赤い灯りの子供の輪郭が、やわらかな光に変わる。


門番が深く頭を下げる。


『受け渡し完了』


『声標、解放』


『門、開放』


鉄の門が、ゆっくりと大きく開いた。


その先には、夜の終わりの色が広がっている。


青でも、白でもない。


まだ少しだけ夜を残した朝。


白石さやは、記録帳を閉じた。


「……行こう」


ユイがうなずく。


「うん」


ひびきも、みちびきも、門番も、それぞれの場所で静かに見送っている。


そのとき、門の外へ踏み出した白石さやの足元に、ひとつの紙片が落ちた。


白い。


何も書かれていないように見える。


けれど、角度を変えると、うっすら文字が浮かぶ。


『次の夜へ』


白石さやはそれを拾い上げて、少しだけ笑った。


もう、怖くなかった。


夜は終わる。


けれど、終わるからこそ、誰かは次へ渡せる。


そうして歩いていく者がいるかぎり、夜はひとつではない。


白石さやは、朝へ向かって一歩を踏み出した。


その背中を、校門の赤い灯りはもう追わない。


代わりに、静かな風だけが、門の向こうへ吹き抜けていった。


終わり

ここまで読んでくれてありがとうございます。

次回もお楽しみに

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