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3. 最高の■■



 お姉ちゃんは十二の女中のなかでも順調に勝ち進んでいき、ついに最終選抜の合同演奏会(ライブ)へと挑もうとしていた。


 十二の女中から最終的に選ばれた三人の候補者(メイデン)が今日、一人一人演奏会(ライブ)を行い、二十四人の枢機卿と信徒たちのリアルタイム投票による最多得票数を一票とした計二十五票によって、たった一人の偶像(アイドル)が選ばれる。


 信徒三十億人の頂点、世界最高のステージを、少女は今、最前列で見守っている。


 ステージではすでに最初の一人目が演奏会(ライブ)を終えて、次の候補者(メイデン)演奏会(ライブ)を始めようとしている。


 先ほどまでの熱気が冷え込むことなくイコンの遺跡に満ちている。


 最後にお姉ちゃんが演奏会(ライブ)をする頃には、ステージの盛り上がりは最高潮を迎えているだろう。


(ようやくだね、お姉ちゃん……!)


 少女はペンライトを握りしめて、目の前のステージに立つ偶像(お姉ちゃん)の姿を想像する。


 夢にまで見た景色が今日、現実に——


「『舞台は整った』」


 そう言って、背の高い一人の司祭(プリースト)が少女の目の前を通る。


 彼の正面には、黄金の長髪を靡かせる一人の候補者(メイデン)がいる。


 二人は互いに手を取り合い、ステージへと昇っていく。


 司祭(プリースト)はステージの上に立つことなく踵を返して信徒たちの前に戻り、右手の拳を左手で包み込む。


 ステージに立つ彼女の姿は、背後にある巨大なモニターの光によって輪郭がぼやけている。


 それでも、彼女は圧倒的な存在感を放ち、先ほどまで騒がしかった信徒たちが一斉に黙り込む。


 彼女のことを知る者、彼女の信徒(ファン)ですら、この異様な雰囲気は初めてだった。


 何かが起こる。

 何かが始まる。


 そんな曖昧な予感を、彼女を見る全ての信徒が抱く。

 彼女は瞼を閉じて、祈るようにマイクを握っている。


 全てのモニターに彼女の顔が映し出される。

 白い頬に黄金の糸が垂れ下がる。

 曲の前奏が小さく流れ、徐々に口角が上がっていき、そして、微笑みと共に瞼を開く。



「———」



 一瞬の静寂。


 その瞬間、心臓の鼓動が跳ねた。


 "何か"と目が合った。


 全ての信徒がそう感じた。


 誰もがソレから目を()()()()

 ソレがこちらを()()()()()()


 歌い踊る彼女の姿が、黄金の双眸に映る光輪が、まるで現実離れした夢のよう。


 心の奥底から、畏怖の感情が湧き上がってくる。


 ひとつ、またひとつ、信徒たちの手元から、"偽りの光(サイリウム)"がこぼれ落ちる。


 右手の拳を、左手で包み込む。



「……『ただ、イドラのために』」



 少女は祈る。

 涙を流して。

 偶像(お姉ちゃん)すらも、忘却して。



○○○



 その日、お姉ちゃんはステージに上がることはなかった。そのまま棄権という扱いになり、たった一人の偶像(アイドル)は黄金の髪をもつ彼女に決まった。


 少女はすぐにお姉ちゃんを探したが、どこにも見当たらなかった。担当の司祭(プリースト)によると、控え室で"あの演奏会(ライブ)"を一緒に見ていたとき、気づいたらその場から姿を消していたという。


 司祭(プリースト)の顔は生気を失ったかのように青ざめており、「許してくれ……許してくれ……」と唇を震わせながら呟いていた。


 その姿を見た少女は、自分がとんでもない"罪"を犯したのではないかと、唐突に脳裏をよぎった。


 そして、お姉ちゃんはその日から、一切連絡が取れなくなった。



○○○



 彼女の演奏会(ライブ)は世界中の信徒を虜にした。


 まるでイドラを目の当たりにしたかのような、共通の神秘体験。そんな演奏会(ライブ)ができるのは、世界でたった一人。イコンの再来にして、新たな救世主、そう言って彼女を崇拝する者まで現れるほどの、圧倒的な出来事だった。


 連日、彼女に関するニュースがテレビで放送されている。


 他の候補者(メイデン)は話題にすら上がらない。

 少女は警察に届け出をして、自分も必死にお姉ちゃんの行方を探すが、あの日から一ヶ月が経とうとしている今でも目撃情報すら耳にしない。

 O(オー)に事情を伝えても、『こちらでも捜索を続けている』との一点張りで、ろくな情報も寄越さない。


「お姉ちゃん……どこにいるの……」


 少女はパソコンに張りついて、お姉ちゃんに関する掲示板の書き込みを朝から眺めている。


———どうして演奏会(ライブ)をしなかったのか?

———勝てないと分かったからだよ。

———哀れな敗北者。


「………っ!」


 少女は電源を落として机を勢いよく叩いた。


「……そんなわけない……そんなわけ……」


 普段の少女なら、必要な情報とそうでないものの取捨選択ができているが、最近はどうしても、嫌でも目に留まってしまう。


【お姉ちゃんは、()()()()()


 心のどこかで、そう考えてしまう自分がいる。

 そして、その"原因"が、"私たち"にあるのではないかと、どうしても考えてしまう。


 あのとき、あの瞬間、少女はお姉ちゃんではなく——


——コンコンコン


 突然、誰かが扉を叩く。

 

「……」


 少女は自分の部屋から出て、廊下を渡り、リビングへと向かおうとする。

 廊下から見えるリビングの窓には、暗闇の中からぼやけた街灯の光が滲み出る様子が写っている。

 時刻はもう深夜を迎えており、小雨がパラパラと音をたてながら、無人の街路を濡らしている。

 

「窓からじゃなくて、こっちに来て」


 少女がリビングに入ろうとすると、扉の外から声が聞こえた。

 毎日のようにテレビのスピーカーから流していた、少女にとっての福音。


「お姉ちゃん!」


 少女は走って玄関に移動し、扉を開けようとする。

 

「待って。……開けないで」


 お姉ちゃんの声は低く、掠れていた。


「お姉ちゃん……? 大丈夫……? 今まで、どこにいたの……心配したんだよ……」

「……ごめんね」


 お姉ちゃんの声色なのに、まるでまったくの別人が向こう側にいるかのような、そんな不気味さを、木製の扉そのものから気圧されるように感じてしまう。


「……ねぇ、わたしの演奏会(ライブ)、楽しみだった?」

「え……も、もちろん……もちろんだよ! お姉ちゃんの演奏会(ライブ)が一番……楽しみだった……」


 少女の全身から脂汗が滲み出る。

 心臓がどくどくと鳴り響き、口の中が乾いていく。

 

「……そっか」


 沈黙が二人を支配する。

 小雨がだんだんとその主張を強めていき、二人の世界を祝福する。


「……わたしはイドラ様に愛されなかった。愛されたのは、彼女だった。あの瞬間、わたしは、それを確信した」

「あの瞬間って……」

「……」


 お姉ちゃんは答えなかった。

 それでも、少女には心当たりがあった。

 全ての信徒(ファン)に、心当たりがあった。

 なぜならあの瞬間、確かに一度、心を鷲掴みにされたから。



 あの、偶像(アイドル)に。



「……ふふっ、やっぱりすごいなぁ、"エヴァ"ちゃんは。……わたしには、"覚悟"が足りなかった」


 お姉ちゃんは、鞄からガサガサと何かを取り出しているようだった。


 少女は、嫌な予感がした。


「……もう遅い……もう遅いの……何もかも手遅れなの……だけど……だけどね……諦めきれないんだ……イドラ様ならきっと……わたしを見捨てたりしない……」


 街路を濡らす雨音が、まるで何かを急かすように、早く、強く、二人の世界を破壊する。



「……お願い、ヨハンナ。()()()()()()()、祈って」



 扉の外から、音が聞こえる。


 お姉ちゃんの、苦しそうな嗚咽。


 木製の扉が、ガリガリと爪で削られる。


 バシャリと二度、水が跳ねる。


 お姉ちゃんの、最期の音。


 歌でも、言葉でもない、最期の絶叫。


 全ての音を、雨はかき消していく。


 ひとりぼっちな無音の世界で、ヨハンナは祈る。


 ただ、お姉ちゃんのために。



○○○



 聖歴2034年2月14日。

 夜明けを迎えたばかりの早朝に、お姉ちゃんの遺体は発見された。


 口から泡をふいて倒れており、爪は剥がれて血まみれになっていた。


 扉にはもがき苦しんだ痕跡が生々しく残されていて、まるで何かに取り憑かれたかのように、見開かれた眼がその傷を凝視していた。


 駆けつけた警官が中にいる住民に話を聞こうと扉に手をかけると、鍵はしておらず、簡単に開けることができた。


 扉の先には両膝をつき、ぶつぶつと何かを呟きながら祈りを捧げる少女がいた。


 あまりに異様なその光景に、警官は思わずこう呟く。


「……君が……殺したのか……?」


 少女は声に反応して、顔を上げる。


 その日、目に焼き付けた彼女の顔を、警官は忘れることができない。


 不気味に歪む口端と、真っ黒な円環を宿した瞳。


 涙で濡れるその表情は、まるで【悪魔】のようだった。

 


 

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