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聖女スキルは「鍋奉行」!?  作者: 肉じゃが男爵


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第7話 王都帰還と宮廷鍋会


 ――王都の空気は、スパイスの香りがしない。


 灰色の石畳、香りのしない風、煌びやかな建物。

 旅の間に嗅ぎ慣れた焚き火や肉の匂いが恋しくて、私はつい鼻をひくつかせた。

 馬車の中でぼやくと、隣のレオンがちらりとこちらを見る。


「緊張しているのか?」

「え、まさか~! 胃のあたりが若干バターになりそうなだけです」か

「……それを緊張という」

「でも、大丈夫です。バターは溶けたほうが美味しいですから!」


 冗談を言って笑ってみせるけれど、ほんとはちょっと怖い。

 だって私、異世界に呼ばれて“役立たずの聖女”って言われた女だ。

 その私が、今から王女に会いに行くんだから。


 王都の中心、ルミナス城。

 白い大理石の回廊を進むと、床に自分の顔が映るくらいピカピカ。

 鏡面仕上げすぎて、うっかり転びそう。


 謁見の間の扉が開くと、空気が一気に張り詰めた。

 王女セリナは金色のドレスを纏い、玉座に座っている。

 その周囲には貴族たちがずらり。見事なほどの“上流社会の圧”だ。


「聖女結月、そして騎士レオン。ご苦労でした」

「ただいま戻りました。炎竜の穢れ、無事浄化です!」


 私が頭を下げると、場がざわつく。

 “あの無能が?”って顔。はいはい、慣れましたよ。

 でも今回は、胸を張れる。だって――ちゃんと人を救えたんだ。


「……聞いています。あなたが“料理”で浄化を行ったと」

「はい。鍋です!」

「な、鍋?」

「ええ、具を煮込んで、みんなで食べて、世界を救うやつです!」


 空気が止まる。レオンの肩が小さく震えている。たぶん笑いこらえてる。


「……面白い話ですね。では、今宵の晩餐で披露していただきましょう」

「……はい?」

「王都の貴族たちに、その“聖なる鍋”とやらを」


 ――はい、出ました。試練の味見会。


 夕刻。

 王城の庭園が、即席の“宮廷鍋会場”に変わっていた。

 金の燭台、白いテーブルクロス、そしてその中央に――

 場違い感100%の、私の黒鉄の旅鍋。


「な、なんという……庶民的……」

「お城の晩餐に鍋とは……」


 貴族たちのささやき声が刺さる。でも、負けない。

 私はエプロンを締め直して、材料を並べた。


今日のメニュー:異世界カレーミルク鍋

(胃袋に幸せが直撃する仕様)


食材鑑定:

《白角牛のすね肉》:旨味Lv85/コク深度+40/疲労回復+15

《ルゥ芋》:ほくほくLv70/粘度Lv40/幸福感+10

《ミルル草の乳液》:まろやかLv90/辛味調和/胃の守護

《赤陽スパイス》:刺激Lv100/浄化効果(小)

《風穂米》:腹持ちLv80/安心感+20


 私は火を起こし、油をひいた。

 じゅわぁぁぁ――と音が立ち、白角牛が焼ける。

 すね肉の脂が溶けて、甘い香りが辺りに漂う。

 その香りだけで、貴族たちの表情が変わった。


「な、なんという芳香……」

「香辛料の香りが鼻をくすぐる……!」


 赤陽スパイスを指先でひとつまみ。

 その粉が鍋の中に散り、空気が一気に熱を帯びる。

 スパイスが焦げる匂い――カレーの“立ち上がりの瞬間”。

 そこにミルル草の乳液を投入。


 ジュッと音を立てて、辛味の香りがまろやかに変化する。

 黄金色のスープがとろりと輝き、泡がふつふつと立ち上がる。

 香りが甘く、優しく、そして少し刺激的に変わった。


「この香り……癒されるのに、食欲が止まらない……!」

「舌でなく、心を刺激する香りですわ……!」


 うんうん、いい反応。

 さらにルゥ芋を加え、ゆっくりと煮込む。

 ほくほくの芋がスープを吸い、角がとろけていく。

 スープの粘度が上がり、コクが増して――もう、鍋が“完成”の息をしてる。


「仕上げに、風穂米を少し。スープに溶け込ませると、とろみが出るんですよ」


 私は木べらでゆっくりとかき混ぜる。

 すると、香りがさらにふくらみ――

 スパイス、乳、肉、米、芋……それぞれの個性が溶け合っていく。


「《鍋奉行スキル・融合発動――“風味交響フレーバーシンフォニー”》!」


発動結果:

味覚幸福度Lv+200

心身の穢れ中和(大)

周囲の空気に“満腹感”を発生


 鍋が光った。ほんのり金色に。

 湯気が立ち上がると同時に、庭園全体に香りが広がる。

 香辛料の刺激、乳の甘み、肉のコク。

 それらが層になって、風のように流れていく。


「お、お腹が……!」

「なんだ、この香りだけで心が満たされる感覚は……!」


 うん、スキル補正入りの飯テロは強い。

 貴族たちのプライドとか、たぶん今どっかに吹き飛んでる。


 王女セリナが立ち上がり、鍋の前に来る。

 白い手でスプーンを取り、スープをすくって口に含む。

 その瞬間、彼女の肩がわずかに震えた。


「……優しい……のに、力強い。

 まるで……母の腕の中にいるような、温かさ……」


 セリナの瞳に光が宿る。

 そして、ゆっくりと微笑んだ。

「これが、あなたの“奇跡”なのですね」


 私の胸がきゅっと締めつけられる。

 あの日、無能と呼ばれた自分の力が――今、誰かの笑顔になってる。


「はい。これが、私の《鍋奉行スキル》です」

「……いいわ。あなたの力を正式に認めます。

 聖女結月、“鍋の奇跡”をこの王国に授けなさい」


 その言葉に、貴族たちがどよめいた。

 でも私は、ただ笑った。

 スープの香りの中で、レオンと視線を交わす。


「やりましたね、レオンさん!」

「……君は本当に、鍋で国を動かす女だ」

「えへへ、褒めてます?」

「ああ。心からな」


 その声が、香りよりもあたたかく響いた。


 宴のあと。

 夜風の中、鍋を片付けながら私は残りスープを味見する。

 冷めてもまろやかで、最後の一滴までおいしい。

 王都の夜景を背景に、レオンがそっと言った。


「……君の鍋は、人を救う」

「そんな大げさな……」

「いや。あの香りを嗅いでいた全員の顔を見た。

 戦いよりも、癒やしが必要な者たちばかりだった」


 レオンの瞳に、炎のような真剣な光が宿っている。

 私は思わず微笑んだ。


「じゃあ、次も鍋で世界を救いましょう」

「どこへ行く?」

「北の氷原。冷たい場所には、熱い鍋が似合います!」

「……また鍋か」

「はい、また鍋です!」


 二人の笑い声が夜に溶けた。

 王都の灯が遠くに瞬き、鍋から漂う最後の湯気が空へと昇る。


 ――鍋は、世界をあたためる。

 そう信じて、私はまた旅に出る。

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