第4話 雪の村と白い湯豆腐
――雪って、音がない。
朝、テントを出た瞬間、思わず息をのんだ。
世界がまるごと白く染まっている。
木々の枝にも屋根にも、ふわふわの雪が積もって、まるで粉砂糖みたい。
「……わあ、すごい……」
「アリアス高地は冬の寒さが厳しい。油断するな、足元が凍る」
「了解です、騎士様。……でも、ちょっとテンション上がりますね!」
息を吐くたびに白いもやが立ちのぼる。
寒いのに、なんだかワクワクする。
――だって、雪の日って、鍋がいちばん美味しい日なんだもん。
私とレオンは、雪に閉ざされた村・ノールにやってきた。
道はほとんど通れず、村人たちは屋内にこもって暮らしている。
そのせいで、食糧も底をつきかけていた。
「暖炉も古くてな……、火力が弱いんだ。冷えで体調を崩す者も多い」
村長の話を聞いて、私はすぐにピンときた。
「――それ、鍋で解決できるかも!」
レオンが目を細めた。
「また、君のスキルを試すつもりか?」
「試すんじゃなくて、“あっためる”んです。心と体、まとめて!」
私はさっそく市場の代わりに村の倉庫を見に行った。
そこには、少しだけ残った乾燥野菜と、木箱の中に並んだ白い塊。
……これ、もしや。
「お豆腐!? えっ、豆腐あるんだこの世界!」
木箱から取り出して、スキルを発動する。
鑑定結果:
食材名:スノーフ豆の固形食
柔らかさLv80/旨味Lv25/吸水Lv90/冷気耐性Lv40
→ 加熱すると極めて滑らかになる。温めることで体温上昇効果(小)。
「やった……これは豆腐です、間違いない!」
「とうふ?」
「大豆を固めた奇跡のたんぱく質です。冬の王様ですよ!」
私は思わずスノーフ豆の塊を抱きしめそうになった。
鍋にぴったり。しかも、寒さに効くなんて最高すぎる。
雪の中、村人たちと協力して大きな鍋を囲むことになった。
火をおこす手がかじかんで、息が白く舞う。
けれど、火が灯るたびに、少しずつみんなの表情が明るくなっていく。
「じゃあ、やりますか……《鍋奉行:湯仕込み》!」
まずは水に干し茸を入れて、じっくりと温める。
スープの色が少しずつ琥珀色に変わっていく。
そこに削った氷魚の粉末を加えると、ふわっと香ばしい匂いが広がった。
「出汁がいい感じ……。豆腐、いきます!」
豆腐を四角に切り、鍋に静かに沈める。
じゅわりと音がして、表面に気泡がふつふつと浮かび上がった。
やがて、湯の表面に白い霧がかかるように湯気が立ちのぼる。
レオンがその光景を見つめてつぶやいた。
「……まるで雪の中の灯りみたいだな」
「いい例えしますね。今日の鍋のテーマは“白の癒し”です」
火を弱めて、昆布のような植物“ミル草”を加える。
香りがふんわりと立ち上り、冷えた空気の中で優しく漂った。
その香りに誘われるように、子どもたちが顔を出す。
「ねえ、お姉ちゃん、これ食べられるの?」
「もちろん! あったかくて、ふわふわで、体ぽかぽかになりますよ」
私は笑って答えた。
――寒い夜ほど、人の心は温かさを欲してるんだ。
湯豆腐がちょうどいい頃合いになったころ。
私は最後の仕上げとして、瓶に入った琥珀色の液体を取り出した。
「これ、昨日のカレー鍋の残りスープです」
「それを入れるのか?」
「少しだけ。香りが立つ程度にね。味に奥行きが出るんですよ」
スープを一滴垂らすと、香りがふわりと変わった。
出汁のまろやかさの中に、ほんのりスパイスのぬくもり。
それはまるで――雪の中の陽だまりみたいだった。
「さあ、完成! 《白雪湯豆腐》、できました!」
豆腐をひと口すくって、口に含む。
とろけた。
ふわふわで、舌の上でほどけるように消えていく。
出汁がしみて、噛むたびに温かい旨味がじんわり広がる。
「っ……あぁ、幸せ……」
「そんなにか?」
「はい。冬の神様にキスされた気分です」
「……詩的だな」
レオンも一口食べた。
少し目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。
「……これが、あたたかいという感覚かもしれないな」
「え?」
「昔は、戦場ばかりだった。食事も剣を握りながらだったからな。こうやって……心がほどけるような感覚は、久しぶりだ」
彼の声が少しだけ掠れていた。
私は黙って、鍋を見つめた。
湯気がゆらゆらと立ちのぼって、ふたりの顔をやわらかく包む。
「……じゃあ、これからは毎日温めますね」
「え?」
「私が鍋で、レオンさんをあたためます」
「……鍋で?」
「うん、比喩ですけど! でも半分本気です!」
彼がふっと笑った。
その笑顔が、焚き火の明かりよりもずっとあたたかかった。
食事を終えたあと、鍋の中から淡い光がふわりと立ちのぼった。
雪の中に金色の粒が舞うように、空気が輝き出す。
《鍋奉行:雪灯りの加護》発動
食卓を囲む者の体温・魔力循環を安定化し、周囲の穢れを鎮める。
効果範囲:村全域/持続時間:一晩。
「……すごい。村全体が……あたたかくなってる」
「結月、これは――」
「うん。たぶん、“癒しの鍋”の完成形です」
凍っていた窓に、ほのかな光が差し込み、氷が解け始めた。
外では、冷たい風がやみ、雪がしんしんと静かに降り続いている。
その静けさの中、私は思った。
――鍋って、ほんとにすごい。
たぶん、争いも悲しみも、少しずつ溶かしてくれるんだ。
その夜、焚き火のそばで、レオンがぽつりとつぶやいた。
「……俺は昔、王国騎士団の副団長だった」
「えっ、そうだったんですか!?」
「だが、“穢れ”との戦いで、多くを失った。仲間も、守るはずだった人々も」
「……」
「だから、君の料理を見て、驚いたんだ。争いではなく、温もりで救う力があるなんて」
私はしばらく黙って、湯気の向こうに揺れる炎を見た。
それから、静かに言った。
「レオンさん。私は“鍋奉行”ですから」
「ふっ……それは自慢になるのか?」
「なります。だって、鍋は平和の象徴ですから!」
彼が笑った。
その笑顔を見て、胸の奥がじんわりとあたたかくなった。
この旅は、まだ続く。
でも、今夜だけは――この湯気の中で、少しだけ心を休めよう。




