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聖女スキルは「鍋奉行」!?  作者: 肉じゃが男爵


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第3話 市場のスパイスと異世界カレー鍋

 異世界に来てから、もう三日目。

 朝からスープの香りで目覚めるなんて、ちょっと贅沢な生活だ。

 泉のそばでレオンが水を汲み、私は鍋の底に残っていたスープを温め直す。

 昨日のミルフル鍋のだしを継ぎ足しているから、香りが深い。


「……ん〜、これぞ鍋の魔法。二日目スープ、最強説」

「君は毎朝それを言うな」

「だって本当に美味しいんですよ! 昨日の旨味が“熟成”されてるんです」

「熟成……なるほど。料理にも鍛錬があるんだな」


 レオンが苦笑する。

 でも、鍋を囲む時間が、なんとなく“日常”になりつつあった。


「さて、今日はどこに向かうんですか?」

「アベル村を越えて、王都へ向かう。……その前に、食材を整えたい」

「おっ、それってつまり――市場ですか!?」

「……君、食材のことになると目が光るな」

「当然です。食材は正義です!」


 レオンと私は、同じ目的を持って旅をしている。

 それは――“穢れ”と呼ばれる呪いを鎮めること。


 王国の各地では、土地や水が黒く濁る現象が起きていた。

 人々はそれを“魔の穢れ”と呼び、聖女の力を求めた。

 でも、私のスキルは《鍋奉行》。

 戦えない、光らない、奇跡も起こせない。


 ――そう思っていたけれど。


 ロックウルフ鍋の“心温度共有”が、穢れに蝕まれた村人の心を穏やかにした。

 ミルフル鍋のスープが、汚染された水を浄化した。


 それで分かったのだ。

 “私の鍋は、人を癒やし、土地を清める力を持っている”と。


 だから、レオンと私は「各地の穢れを鍋で鎮める旅」をしている。

 レオンは護衛兼、味見役であり、相棒。

 ――あと、ちょっとだけ、頼りになる人。


 昼過ぎ、アベル村に到着。

 市場は人でごった返していた。

 木の屋根の下で、色とりどりの野菜、魚、肉、そして……香辛料の山!


「うわっ、スパイスだ!」

「すぱ……何だそれは?」

「香りで料理を劇的に変える魔法の粉です!」


 屋台のおばちゃんが笑って言う。


「お嬢ちゃん、旅人かい? この辺じゃ珍しい香辛料もあるよ。嗅いでごらん」


 差し出された小瓶のフタを開けた瞬間、鼻の奥を刺激するスパイシーな香り。

 それに、甘くて芳醇な匂いが混じって――まるでカレーの香りだ。


「……カレー! この匂い、絶対カレー!!」


 興奮して思わず叫んでしまった。

 レオンが目を丸くする。


「カレー?」

「日本の最強国民食です! ご飯にかけても、パンにつけても、鍋にしても最高!」

「……最後のは初耳だ」

「鍋奉行アレンジです!」


 おばちゃんが笑いながら、袋を差し出す。

「特製ブレンド、試してみるといいよ。体を温める効果もあるさ」


 私は喜んでそれを購入した。

 今夜は決まりだ――異世界初の《カレー鍋》だ!


 夕方、村の外れの小川のほとりで火を起こす。

 レオンが持ってきた肉と、私が市場で仕入れた野菜を並べる。

 スキルを発動。


鑑定結果:

食材名:バルドボアの肉(大型獣)

旨味Lv48/脂肪Lv60/魔力適応Lv30

→ 強火で焼くと香ばしく、煮込むとコクが出る。スパイス適性◎。


食材名:ゴルニア根菜

甘味Lv35/煮込み適性Lv45/色彩Lv20

→ 火を通すととろける。スープの濁り防止効果あり。


食材名:フェンリ草

香気Lv50/刺激Lv40/癒しLv10

→ スパイスと混ぜると香り倍増。


「ふふっ……鍋奉行、フルスロットルいきます!」


 鍋に油を少し垂らし、刻んだフェンリ草を炒める。

 じゅわっと香りが立つ。

 刺激的なのに、どこか懐かしい。

 香ばしい煙が鼻をくすぐり、レオンが思わずくしゃみをした。


「こ、これは……すごい香りだな」

「鼻が幸せでしょ?」

「いや、刺激が強すぎて涙が出る」


 次に肉を入れて焼く。

 表面がこんがり色づき、脂がじゅわっと溶け出す。

 鍋底に溜まった旨味の層が、もう見ただけで罪深い。


「スパイス投入!」


 赤、黄、茶、オレンジ。

 粉を少しずつ加えて、木べらで混ぜると――

 空気が一気に変わった。


 スパイスの香りが爆発する。

 異世界の夜空に、カレーの香りが広がるなんて、ちょっとロマンチック。


「これは……何という香りだ」

「カレーの神降臨です。あとは水と野菜を入れて、じっくり煮込みましょう」


 ぐつぐつと煮込む音。

 黄金色のスープが濃くなって、表面にうっすら油の膜が張る。

 スプーンですくうと、とろりと重い。

 味見した瞬間、舌がとろけた。


「うわっ……うまっ……!」


 スパイスの刺激と、肉の甘みが完璧に混ざってる。

 辛さのあとに優しい旨味が広がって、スープの奥行きがすごい。

 まるで味の冒険。


「……レオンさんも、どうぞ」

「いただく」


 彼が一口スープをすすると、表情が一瞬で変わる。

 眉が上がり、目を閉じ、そして小さく息を吐く。


「……体が、熱くなる。だが、不思議と落ち着く」

「スパイスには魔力循環を促す効果があるみたいです。穢れ対策にも効くかも」


 レオンが頷いた。

 そのとき、鍋の上にふわりと光の粒が舞い上がる。


《鍋奉行:癒香浄化》発動

スパイスの香りが穢れを中和し、周囲の空気を清める。

範囲:10メートル/効果時間:1時間


「……見てください、スキルが反応しました!」

「これが……浄化の力?」

「うん。カレーって、魂も浄化するんですよ」


 焚き火の光とスパイスの香りが混ざり合い、穢れの黒い靄が少しずつ薄れていく。

 あたたかい風が吹いて、空が少し明るくなったように見えた。


「……本当に、君の鍋は不思議だ」

「でしょ? でも不思議じゃなくて、“優しさ”なんですよ」

「優しさ、か」

「鍋は、みんなで食べるものでしょ? 一人で食べるより、美味しいんです」

「……それは、確かに」


 沈黙。

 鍋の音と、焚き火のぱちぱちだけが響く。


「ねえ、レオンさん」

「なんだ?」

「この旅が終わったら……王都で小さな鍋屋を開こうかな」

「鍋屋?」

「うん。人が集まって、笑いながらご飯食べられる場所。穢れも、悲しみも、鍋で溶かしたい」

「……いい夢だな」

「でしょ? その時は常連になってくださいね」

「約束しよう。……ただし、その時も味見役は譲らない」


 思わず笑ってしまった。

 香り立つスープの中で、少しずつ夜が深まっていく。

 この旅にはまだ先があるけれど――

 今はただ、この温かさを忘れたくなかった。


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